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第七章
136.彼の本音
しおりを挟む「私、もう心の行き場がなくて。翔くんに迷惑かけちゃうと思って今まで黙ってたけど……。家族とか友達とか身の回りで色々ありすぎて、どんなに頑張ってもずっと空回りだし、精神的に参っていて……」
「……」
彼に三度目の告白したあの日。
親の不仲で心を痛めている自分の拠り所として傍に居て欲しいと、弱い自分を曝け出した。
人の心を操作するようなやり方は卑怯だなって思っていたのに、残念ながら別れ言葉を口にされてる今も同じ手口に。
でも、あの頃と一つ違うのは彼が後ろを向いたまま無反応な事。
だから、無駄な遠回りは辞めた。
「好きじゃなくても……。ううん、好きにならなくてもいいから離れて行かないで。私には寄り添いどころが翔くんしかいないの」
大切なものが次々と指の隙間からすり抜けていき、手元に残されているのは僅かな希望だけ。
もう、これ以上何一つ手放したくない。
お互い口を塞ぎ込んでから、およそ3分くらい経過していた。
公園の時計の針が少し下に傾いていたからそう思った。
返事に集中しているせいか、夜風が草木を撫でる音や、公園前を通り過ぎる車の走行音すら耳に入らない。
分厚いストールを巻きつけていても、乾いた風が手足の先端を冷やしていく。
唯一、体温を感じているのは涙を滲ませ続けている瞳だけ。
無言の時間は、思い留まる準備をしてくれていると願っている。
その反面、彼を失ってしまうかもしれないという恐怖に駆られた。
雑音だけが耳に飛び込んで変哲もない状況を待ち続けても息が詰まる一方。
好転を願って再び彼の心に王手をかけた。
「翔くんが好き。これから時間がかかってでも好きになってもらえるように努力するから、もっともっと大切にするから……」
彼の心に浸透するように、一つ一つの言葉に願いを託した。
すると、彼は公園に着いてから初めて振り返って見つめて手をゆっくり解いた。
「……ごめん。咲ちゃんの気持ちには応えられない」
そう言われた瞬間、感情の波に溺れて爆発したように声を荒げた。
「……っダメだよ! 別れられない」
「好きじゃないんだ」
「翔くん。私っ……好きじゃなくても、傍にいてくれるだけで……」
「ごめん。これ以上俺の都合で振り回したくない」
「振り回してもいい。私がついていくから。これからも好きになってもらえるように一生懸命頑張るからっ……」
「ごめん」
彼は別れ話に終止符を打つように言葉を重ねて深く頭を下げた。
私が口を開く度に本音が跳ね返ってくる。
だから、心を支えるのもそろそろ限界に……。
翔くんは何年経っても、他の事で気を散らそうとしても、心の中では愛里紗を一途に思い続けている。
それは、交際当初に想像していたより、何十倍何百倍にも匹敵するほど……。
だから、今は私の事が考えられなくなってる。
何回も何回もすがりついてもダメだと思い知らされた途端、何を伝えても無意味だと思った。
翔くんが初めての彼氏なのに、愛里紗に存在を知られたくなかったから恋愛相談すら出来なかった。
昔から思い描いていた恋愛とは程遠く、彼が愛里紗の幻影を追い求めていても、歯を食いしばるだけ。
二人が再会した後は暗闇に転落していく一方だった。
「俺、好きな人を追って家を出て行った父親を見て育ったから、自分は好きな人と幸せになりたい。それが俺の願いだから……」
翔はそう言って頭を上げた。
咲は『好きな人と幸せになりたい』というトゲに追い討ちを喰らうと、ワーッと泣き崩れた。
どんなに努力しても。
どんなに最善を尽くしても。
彼の心が離れてしまってる以上、関係修復は不可能だった。
人の心は変えられない。
そう思ったら、全身の力が抜けて地面に座り込んでいた。
関係改善が不可能な両親。
それに加えてケンカ別れをしてしまった愛里紗に次いで、最も大切にしていたものがまた一つ目の前から消えていった。
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