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第七章
149.咲の母親
しおりを挟む木村はガックリと肩を落としている愛里紗の腕を引いて、受付正面の椅子に座らせた。
愛里紗は木村が二つ隣の椅子に座る音を聞き取った後、床をぼんやり見つめたままボソッと言う。
「咲がここに居る証拠のメモもあるのにね」
「もし、ここに搬送されてるなら、そのうち家族が来るかもな。もしかしたら、手違いで名前が反映されていないだけかもしれないし」
「木村」
「ん……?」
「咲……、見つかるかな」
「お前が信じてやれば見つかるかもな。……ほら、スマホ貸して」
「どうして?」
「もう15時過ぎたし、これから長丁場になるかもしれないから、代わりにお前んちに電話しとくよ。駒井に会うまで待つんだろ? お前は駒井の家族と入れ違いにならないようにここで待ってて」
「……木村って、いい奴」
愛里紗はスマホ画面に自宅の電話帳を映し出して連絡を託した。
「やめろよ。じゃあ、行ってくるから」
木村は少し照れ臭そうにスマホを握りしめて、病院の自動ドアを出て行った。
木村は咲の事だけでも目一杯なのに、私まで気にかけてくれる。
知らなかったよ。
案外優しいじゃん。
不器用に咲を追い続けていただけじゃなかったんだね。
ーー15分後。
木村は院内に戻ると、背中を丸めて座ってる愛里紗の目の前にスマホとレジ袋を一緒に突き出した。
「昼メシまだだったからコンビニでおにぎり買ってきた。一緒に食おう」
「あはは、昼食の事なんてすっかり忘れてた」
「駒井の親はまだ来てない?」
「うん。会ってない」
「じゃあ、病院の出入り口付近のベンチに座ってメシを食いながら待つとするか」
日が傾き始めて身震いするほどの冷たい風にさらされながらも、病院前のベンチでおにぎりと温かいお茶を口にしながら、次々と訪れる来院者を一人一人見届けていた。
暗闇に包まれ始めても、咲の両親は一向に姿を現さない。
だから、本当にこの病院に搬送されたか確信が持てなくなった。
外は街灯が灯されたので、再び受付前の椅子に座って待つ事に。
長時間不安にさらされていたせいか、肉体的にも精神的にも疲れきっていて、いつしか会話も途切れ途切れになった。
『今日はもう帰ろう』
『ううん、あともう少しだけ待つ』
こんな会話を幾度となく繰り返しながら、静かに腰を下ろしていた。
ーーしかし、時計の針が17時半を回った頃。
咲の母親がスマホの操作をしながら病院の奥から姿を現した。
愛里紗は母親の姿を視界に捉えた瞬間、咲が病院内にいると確信して無言で立ち上がると、吸い込まれるように駆け寄って行く。
それに気付いた木村は、手荷物を持って後を追った。
「咲のお母さん! 咲はっ……咲は、この病院内にいるんですか? 容態は?」
愛里紗は聞きたい事が沢山あって、息つく間もなく質問攻めに。
咲の母親は愛里紗達に気付くと、足を止めて憂に満ちたままの表情を向けた。
「おい、落ち着けよ」
「落ち着いてられないよ。咲の容態が気になってしょうがないの」
若干フライング気味の愛里紗は木村と小競り合いをしていると、母親は言った。
「愛里紗ちゃんと、咲のお友達くん。咲の心配をして来てくれたのね。ありがとう。咲は軽い脳震盪を起こしていたみたい。あとは軽い打撲と捻挫だから、そんなに心配しなくても平気よ」
「でも、私が咲を階段の上から突き落としたから咲はっ……」
「だから、さっきから違うって言ってるだろ! 駒井の転落原因はお前じゃねえって」
「おばさんもね、学校の先生から事情を聞いたの。直接現場を見た訳じゃないけど、お友達くんが言う通り愛里紗ちゃんが咲を突き落としたとは思えないの」
「でっ、でも……」
「だって、愛里紗ちゃんは誰よりも咲を大事にしてくれてる。おばさんにはちゃんと伝わってるの。……だから、自分を責めないでもう帰りなさい。咲なら大丈夫だし、いま眠ってる。また連絡するから」
咲の母親は心配かけないようにそう言うと、家に帰るように促した。
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