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第九章
191.咲は親友
しおりを挟むーー始業開始時刻まで残り5分。
クッキーへの手が止まったところで、咲は目線を落としてフゥと深いため息を漏らしながら蓋を閉じた。
「今日は理玖くんにバレンタインを渡しに行くんだよね」
「うん。学校が終わってから会う約束をしてるんだ。中学生当時と全く同じ物を渡すから進歩がないよね。あはは……」
「ううん、幸せそうで羨ましい。二人は息がピッタリだし仲がいいから、何気ない事ですら羨ましく感じちゃう」
「そうかな。お互い慣れてくるとつい感覚が麻痺しちゃって。理玖にいつでも会えると思ったら、会う事に特別感がなくなってしまうと言うか……」
「それはいま幸せだという証拠だよ。……いいなぁ。私にも彼氏がいたらチョコレート作りに張り合いがあったのになぁ」
咲はそう言うと、頬杖をつきながら遠い目を外に向けた。
まつ毛を軽くふせながら一点を見つめている瞳の奥にはどんな情景が思い浮かべられてるのだろうか。
「……まだ、彼が忘れられないの?」
余計な事を言うつもりはなかった。
しかも、別れの大元となる私が聞くなんて論外だ。
でも、翔くんを彷彿させるような雰囲気に親友としての自分が動いていた。
すると、咲は再び目を合わせて弱々しく微笑む。
「簡単に諦められる恋ならこんなに悩まずに済んだのにね……。ほら、私って真っ直ぐだから実は鬱陶しいって思われてたかも」
「そんな事ない。咲はいつも頑張り屋さんだよ」
「ありがと。早く忘れなきゃいけないって思ってるのに忘れられないのは執着している証拠なのかな」
咲は私と仲直りした後、翔くんの件について一切触れなかった。
それは、1ヶ月経過した今も同じ。
私達二人の間にとって翔くんという人物は、いつしか腫れ物のような存在に。
翔くんと過ごした1年より、咲と過ごした時間の方が倍近く長いから、咲と会話しているとつい翔くんの存在がボンヤリしてしまう。
咲はこれからもずっと友達でいたいと言ってくれてるし、お互い関係を拗らせたくないというのが現状だ。
しかし、こうやって聞き出さなければ咲は自分の殻に閉じこもったままだっただろう。
ごめんね。
辛かったでしょ。
咲の悩みは翔くんだけじゃなかったのにね。
「愛里紗、どうしたの? 肩が震えてるけど……。もしかして泣いてるの?」
「ううん、ちょっと調子がイマイチで」
「大丈夫? 保健室一緒に行こうか?」
「平気だよ。心配してくれてありがとう」
「親友だから心配するのは当たり前でしょ」
咲は辛い話の後でさえ私の身を案じている。
咲は親友。
二年近くも親友。
今までもこの先も、ずっとずっと大好きな人。
二人の間の溝が埋まりきるには少し時間がかかるかもしれないけど、いつかきっと分かり合えるだろう。
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