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第九章
215.すり抜けた指先
しおりを挟む「俺、日本からいなくなちゃうし、もう守れそうにないからこれで良かったんだと思う。俺の方こそごめんな」
「理玖っ。ごめっ……」
「ほら、泣くなって。俺はお前の笑顔が好きだから、笑顔が見れなくなるのは嫌だし」
理玖はそう言うと、再び口元を軽く緩ませた。
ずっとそうだった。
理玖は辛い時でさえ、自分の気持ちを無視して私の心配ばかりしていた。
バカだよ。
最後まで格好つけちゃって。
だから、関係を壊すのが怖かったんだよ。
「……っ」
理玖の優しさに触れ続けていたら涙が止まらなくなっていた。
別れ言葉を口にしても、最後の最後まで別れる実感が湧かない。
明日何事も無かったかのように何食わぬ顔で会おうと言えば、理玖は今日の話し合いが無かったようにまた会ってくれそうな気がしてならない。
でも、世の中そこまで甘くない。
独り占めしてた笑顔は、別れ言葉と共に見れなくなる。
精一杯愛してくれた理玖は今日で最後。
明日からはもう二度と会えない。
「ごめん……。ごめんね、理玖……。何度謝っても謝りきれないよ」
「いーよ。愛里紗の『ごめん』はもう沢山聞いたよ。俺の方こそ今までありがとう」
理玖はベンチから立つと、愛里紗の前に立って右手を差し出した。
それは、最後のお別れを意味している。
今の私達はお互いサヨナラが言えない。
だから、理玖は代わりに右手を出した。
きっと右手に託された温もりが私達二人のゴールだろう。
いまこの右手に触れたら、もう二度と触れる事がない。
理玖とはもう二度と会えない。
本当は嫌だ。
サヨナラなんてしたくない。
でも、もう振り返らない。
私だけに向けられた屈託のない笑顔も。
笑顔を生み出す為の小さな意地悪も。
私が奪われぬようにライバルの翔くんに向けた牙も。
唇で温もりが一つに繋がったそのひと時も。
私にはこれ以上理玖の笑顔を奪う権利はないから、今日でお別れしなければならない。
だから、ベンチから立ち上がって最後に手をギュッと握り返した。
今まで支えてくれてありがとう。
宝物のように大切にしてくれてありがとう。
中学生だったあの頃からずっと一途に愛してくれてありがとう。
BYE BYE 理玖
大好きだったよ。
スッと指先をすり抜けてから全力で公園を立ち去った愛里紗は、付近の駐輪場で足を止めると、なだれ込むようにしゃがんで泣き崩れた。
「はあっ……はあっ……、っ……はあっ……っぐっ……っうああぁ……ん……」
乱れた呼吸はポンプのように次々と新しい涙を生み出していく。
「理玖……ごめんね……本当にごめっ……ん」
手のひらの温もりが消えた頃、もう二度と理玖に触れる事のない手のひらは次々溢れる涙を拭う事で精一杯に。
喉を通り過ぎていく涙の味は、渋い苦みを感じている。
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