The Knights of Ronud ～現代聖剣奇譚～

第一章 契約

意思疎通

　どうしていいかまるで分からなかった。ただ一つ本能的に理解できている事は、『ガチ』であるという事だった。冗談やドッキリなんていうものではなく明らかにおかしいかった。仮にドッキリだったとして今朝まで意識不明の重傷患者にそんな事をしたら、絶対に社会問題になる。
　幸いまだベットまで１メートルくらいの距離に立っている、ナースコールのボタンプラス大声を出して助けを呼ぼう、そう思った瞬間、猛烈な速度で剣を構え跳んだ、しかし不思議な事に彼女の振るった剣は派手な音を立て弾き返されていた。
　まるで意識していなかったが、右手に持った剣で彼女の振るった剣を弾き返していたのだった、その際の音は単発であったが、目の前がナースステーションという事もあり、扉が開くと一人のナースが飛び込んで来た、彼女は目の前に剣を持った金髪の女性がいるのを見ると、「なにをやっているのですか」と詰め寄ったが、一瞬で鳩尾付近に強打を喰らい昏倒してしまった。
　邪魔者は消えたとばかりに再度向き直ったと思うと、消えたとしか思えぬ速度で再度斬りかかって来た。目で追えない速さに反応出来るわけもなく完全にその無防備な首に向かって剣が横薙ぎにその首を刈ろうとした瞬間、彼女の目は高圧水流の直撃を受けた。
　洗面台の蛇口から彼女の目を目掛けかなりの高圧で放出される水の直撃を受け、思わず目を押さえよろめきながら後退する。
　建部は何が何やら分からなかった、消えたかのような素早い動きで間合いを詰めたかと思うと、勝手に放出された水によって後退し、まるで自分のまわりで勝手にシナリオが進行するのを放置されたまま見ているそんな感覚を味わっていた。

　さすがにそこまでドタバタとしていると他のナース達がやって来て、その気配を察した女性は聞き取れない言葉で何か言うと、窓から逃げるように退散していった。
　そこからは、警察が来て、再度両親が呼ばれて大変な騒ぎとなった。もちろん回復したナースの証言もあり、謎の金髪女性が襲撃を掛けて来て自分は被害者であり、その女性に心当たりなど全くない、という言い分はほぼ完全に信じてもらえた様子であった。
　手に握っている剣も医師の証言で手にマヒがあるかどうかまでは不明だが、硬直が取れないためであり、状況経過観察中という事で不問となった。

　取り調べはすべて、ほんの少し前まで意識不明の重体であったことから、病室で行われたが、病院スタッフの証言などから特に問題はないと判断されたのか、そこまで厳しい感じを受ける事無く終了した。
　恐怖なのか驚きなのか、うまく言葉にはできないが興奮状態もあったのだろう、まったく眠れないまま朝になったが、その頃になるとさすがにウトウトと眠気がしてきて、気付くと眠りに落ちていた。

　不思議な夢を見た、その夢の中で剣を振るい戦っていたり、火に囲まれているのを大水を呼び出し鎮火したり、何故か鏡の前で化粧をしていたり、他にも色々な場面を夢に見た気がしたが、起きて見るとぼんやりとしたものでしっかりとは思い出せなくなっていた。

　目が覚めると辺りは薄暗くなり始めていた、付き添っていてくれた母に確認するともう夕方であり、昼夜逆転のようになってしまっていることに気付いた。また空腹感を覚えると、丁度夕食の時間であったが、やはりお粥であり、げんなりとしてしまった。どうして病院食はまずいのであろうか？そんな事を考えながら一秒でも早く退院したいとかなり真剣に考えてしまった。


　母が帰った後また暇な時間が訪れたが、昼夜逆転した形になってしまったため、眠くならなかった、しかしまさか二晩続けてあんな訳の分からない事態にはならないだろう、そんな事を考えていた。

ピシッ

　『そのまさかかよ！』その音を聞いた時イヤな予感がした、調べによれば鋭利な刃物で綺麗に窓ガラスが斬り裂かれているような状況だったという。割るというなら理解できたが、ガラスを鋭利な刃物で斬り裂くというのは少し想像しずらかった、テレビのニュースでやっていた泥棒が侵入する際にロック周辺を切り取るというあんな感じなのであろうか？そんな事を考えたりもしていたが、剣を持った泥棒など大泥棒の三代目一味の人くらいしか思い浮かばなかった。

　音と同時に侵入して来た影はやはり昨日の女性だった、即座にナースコールと悲鳴のコンボと思ったところで彼女があまり押し殺した声で一言言った。

「Wait！」

　その言葉と同時に剣を床に刺し両手を上げ敵意のない事を示して見せた。
　敵意のない事をアピールしたいのだという事は理解できたが行動は滅茶苦茶にしか思えなかった。昼間面会に訪れればいいものを何故こんな時間に泥棒のように押し込んでくるのかまったく理解できなかった。
　一応ナースコールも悲鳴も取りやめたという事を理解したのか、彼女はゆっくりと指で建部の右腕もしくは剣の辺りを指し示すと語った。

「ケントケイヤクナカマハイル」

　全く意味が分からなかった、ただ、最初に彼女は確かに『Wait』と言った、英語圏の人間なのだろうか？

「I don't understand what you're saying.」

　合っているのだろうか？自信はまるでなかった、ただ言っている意味くらいは理解する気があれば理解してもらえるだろう。そんな事を考えていると、彼女の表情が少し和らぐのが感じられた、『理解できない』と言って和らぐのも変な話ではあるが、意思の疎通が図れそうだというきっかけが得られたことが大きかったのかもしれない。
　そこからはあまり大きな声を立てる事は出来なかったが、ゆっくり日本語と英語の入り混じった会話でなんとかお互いの意思疎通を図っていった。
　しかし、そこで説明された内容は明らかに誇大妄想とか、なんらかの精神障害が疑われるレベルの奇異なものであった。
　信じられないという思いもあったが、状況的には信じざるを得ない客観的な事実もあり、どう判断するのが正しいのか真剣に悩んでしまった。