レイヴン戦記

一弧

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人生何が起こるかわかりません

イゾルデの視点

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 イゾルデが朝の食事の準備をしていた、朝食の準備は夕食に比べれば楽なのでまだいいが、やはり炊事にはあまり向いていないのを実感している、ちょっとはマシになってきているのではないだろうか?と思っていたが、達人が加わり、さらに肩身の狭い思いをしていた、最も周りはあまり気にしなかったのだが。
 お湯が沸くまでの時間に夕食をどうするか考えていると、ゲルトラウデの事が思い浮かんできた、炊事に関しても刃物を扱う事から、アルマとイゾルデが一応監でついているが、あまり心配ないような気がする、甘すぎるのかもしれないが、あんな境遇にあって、自分を凌辱し続けた者達の仇討ちを考えるとは少し考えずらかった、カッティングは失った指のせいもあり、まだぎこちないが味は群を抜いていた、素直な感嘆からやり方を聞いたものだが複雑すぎてアルマしか理解できていなかった。本人曰くお金がなく、材料もろくにない状態でも、非常に我儘わがままなエンゲルベルトの要求を満たすため工夫を凝らしていったのだという、彼女の話には所々に地雷が埋まっていそうで怖いと感じる事も多々ある。
 そんな事を考えていると、フラリとテオドールが現れた。

「ああ、おはようございます、お湯を貰いに来たのですが、もうちょっとですかね?」

 水の煮立ち具合を見てそう判断したのであろう、そのような事を言っていた、出生についてはある程度聞いたが、やはり変わった男でどうも理解に苦しむ点が多い、なにより貴族の常識からは外れすぎている、この場にいることでさえおかしいのだ、貴族当主が台所にやってくることなどまずないのに、この男は普通によく来る、しかも使用人である私より料理が上手だったりするのが複雑な気分にさせる。

「そういえば、イゾルデさんは、レギナント様の英雄譚のどれが一番好きなんですか?」

 これである、非常にフランクに話しかけ、しかも使用人に『さん』付けである、ありえない事ずくめなのである、それでも興味のある話なので、話始めた。

「はぁ、私はやはり、第二回の女騎士エレーナ対王太子エンゲルベルトのシーンですね、レギナント様の鎧を纏うエレーヌ様をレギナント様と勘違いしたエンゲルベルトが言う『貴様を討ち取り、その奪われた鎧を奪い返してくれる!』『ふふ、よく見ろ』兜を取ると、そこには黒髪の女騎士が『貴様何者だ!』『貴様に引導を渡すものだ、さあかかってこい!』頭に血が上ったエンゲル・・・」

 熱く、まるで吟遊詩人になったかのように語っていたイゾルデであったが、いつの間にか台所に来ていた、アルマ、エレーナの視線に気づきハッとなり赤面した、そこにアルマがフォローのつもりかもしれないが、とどめを刺した。

「あ・・・すごくお上手ですよ・・・声色まで変えて熱演です、続きはないんですか・・・」

 エレーナの笑いを必死に堪えている様子を見て『いっその事殺してほしい』それがその時のイゾルデの偽らざる本心だった。
 ちなみにその日のお茶会では、開き直ったイゾルデがそのシーンを最初から最後まで熱演し、大いに盛り上がっていたが、さすがにゲルトラウデだけは少し苦笑いだった。
 お茶会では、初期に比べ皆が本性を現してきたことにより、混沌の様相を呈するようになっていたが、皆本心から楽しむようになってきたようにイゾルデには思えた。
 ある日のお茶会でも、下らないことでユリアーヌスとヒルデガルドが言い争いを始めていた、皆慣れたもので、それを見世物がわりにお茶を楽しんでいる節すらある、言い争う二人に、ポツリとゲルトラウデが言う、

「本当にお二人は仲がおよろしいですね」

 その言葉には嫌味の意味は全くなく、本心からの言葉であったが、二人は同時にピタリと息のあった呼吸で反論する。

「はぁ?」
「はぁ?」

 にこやかに笑みを浮かべながら、ゲルトラウデは続ける。

「本心で言い合えるなんてなかなかできることではありませんよ」

 二人は少しバツが悪そうに顔を見合わせ黙ってしまう、彼女のこれまでの人生を考えると人の顔色を気にして、本心を押し殺しながら生きてきたことが、容易に想像できてしまうのだから。
 王城育ちのユリアーヌスにしても、本心で語れる相手などイゾルデくらいしかおらず、自覚はなかったが、ヒルデガルドとの姉妹喧嘩のようなやり取りをけっこう楽しんでいる節が見受けられた。

「あなたも、自由にやっていいのよ、ちょっとやそっとの事じゃ、ここでは誰も問題にしませんからね」

 ユリアーヌスの言葉に、にっこりと微笑みながら彼女も答える。

「ありがとうございます、ここでの生活に本心から幸せを感じていますよ」

 最初に見た殺伐とした雰囲気が完全に消えていた、まるで餓えた野良犬が忠実な愛玩犬になったかのような印象だった、最も主の危機を感じたら獰猛な番犬にすぐさま変化しそうな予感を皆肌で感じていた。

 本心を全て曝け出す人間などいないが、ある程度自由に本心を出していたほうが絶対に精神的に安定するだろう、そういう意味では位階の高い人間と、最下層の人間は似ているのかも知れない、王族のような位階の高い人間はうかつに本音を漏らすこともできない、もし自由気ままに振舞えばたちまち暴君と化す可能性がある、最下層の人間が自由気ままに振舞えばあっさり排除されてお終いだろう、結局人の営みを考えるとほどほどがいいのだろうと、ユリアーヌスとゲルトラウデという、全く異なった立場の王族二人を見ると、イゾルデはそんな風に考えてしまう、しかし、その考えの延長で今もっとも本心を隠しているのは誰だろうか?と考えると、テオドールの顔が浮かんでくる、何を考えているのかがイマイチ掴めず、フワフワとした印象しかないのである。そういった感想や疑問、印象をユリアーヌスと二人だけの時にぶつけてみたことがあった、それに対するユリアーヌスの回答は興味深くも分かりずらいものであった。

「あ~、言いたいことは分る気がする、だけどね、それはあなたに対してだと思うのよ、誤解しないでね、あなたの事が嫌いとかじゃないのよ。案外寝室ではまたちょっと違う顔を見せるものなのよね。もし、興味があるなら、私、アルマ、ヒルデガルドに対する態度とそれ以外に対する態度を見比べてみると面白いかもね。けっこうな観察力が必要になるかもしれないけどね」

 そんなものなのだろうか?まぁ発散できる部分があれば良いのかもしれない、そんな事を考えていると、ユリアーヌスが笑いながら、からかうように付け加えた。

「あなたも男を知れば変わるんじゃないの?」

 『自分だってついこの前まで中年処女だった分際で、えらそーに!』と思ったが、さすがにそれを言ったら戦争だろうと思い、堪えるイゾルデXX歳であった。
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