レイヴン戦記

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新世代

出発調整

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 村から王都へ向かう村人は30名と決まり、伯爵領カーセレスにて伯爵一行と合流した後、王都へ向かう手はずとなった。
 結婚式への参加を考慮し、姉であるユリアーヌスはもちろんヒルデガルドも同行する事となった、まだ幼い我が子と離れるのは微妙に心配ではあったが、二人きりにしたくないという微妙な意地が働いた気がしてならない。
 村人達の中で同行する者は古参と新参であまり偏りが出ないよう調整が行われた、道中はそれなりに危険ではあるものの観光気分が強く、マルティンらの発案もあり、未婚の女性陣も数名同伴させ、この旅行中にカップルの成立を期待する部分すらあった、男性陣にしろ、王都でロマンスの一つでも立ち上げ、嫁を連れて帰って来いなどと発破をかけられていた。
 遊び気分が若干強く出ている上京であった、それも無理からぬ話で、盗賊団にしても武装した集団を襲うようなリスキーな真似は極力避ける傾向があり、もしリスキーな物に手を出すにしろ、武装商隊の方がまだましで、小さいとはいえ領主・諸侯の一団に攻撃を仕掛けるのは自殺願望の持ち主くらいなものであろう。さらに今回は途中で伯爵と合流するとなれば、そこに攻撃をしかける盗賊団などまずありえないと言えた。
 若手を中心とした編成では、娘達の誰が行くかがかなり問題となった、いくら危険性が低く観光気分とはいえ、そこまで多数の女性陣を引き連れて行くわけにもいかず、少数枠に誰が選ばれるのかでかなり紛糾した、村から出る機会など全くなく、王都など一生行く機会のない者にとって、是が非でもその枠組みを勝ち取りたいと思っている者は多数いたからだ。
 最終的にマルティンから提出された、同行者名簿を見ていると、アラベラの名が乗っているのが気になった、

「彼女ってけっこう美人なのに、なんで相手決まらないの?」

 テオドールにしても村人個々の様子まではまるで分らず、むしろ村人時代より村内の人間関係については疎くなっていた。

「特に問題とするような問題はないのですが、どうも理想が高いようで・・・」

 マルティンとしてもそうとしか言えなかった、村の規律を破るとか、非協力的な行動が目立つ、というのであれば注意や制裁の対象となるが、そういった事は一切なく、普通に村に溶け込もうとしていた、しかし、結婚などに対しては直接的には言わないが、どうも理想が高い節が見て取れた。そして、結婚の強要まではさすがにできなかった。

「村長のお気に入りは取られちゃったしねぇ」

 テオドールは少し面白そうに言い出した、

「特に残念と言うわけではないですが、意外でしたね」

 苦笑いを浮かべながら、マルティンも返す、実際に好みではあったが、そこまで固執していたわけではなく、テオドールにもそれが分っているが故の冗談であった。
 約1年前に移住してきたメンバーの中でマルティンのお気に入りと評された、エファはかなり豊かな胸が目を惹く女性だった、若干おっとりのんびりとしたところがあり、害獣退治のため自ら弓を射る村の娘達とは若干毛色の違う娘であった。外部での活動は不向きであろうという判断から、人手を欲しがっていたゲオルグの所で調合などを手伝わせていたら、くっついてしまったのだった。
 彼女は当初字の読み書きが全くできず、簡単な単語や数字を覚えるところから始まり、当初ゲオルグとのコミュニケーションは困難を極めたが、彼女ののんびりとした性格がよかったのか、アストリッドと組ませていた時に比べはるかにゲオルグの表情は落ち着いていた。アストリッドと組ませると、見ていてかわいそうになるほど委縮してしまい、常に彼女の顔色を窺うような態度だったため、見かねて早期配置変更となった。
 もっとも患者との対応はどうしても、細かな筆談が中心になり、その際はゲルトラウデ、イゾルデ、エレーナ、などが対応した。
 当初ゲオルグは先代領主夫人であったエレーナ自らがそのような事に従事する事に唖然としていたが、この村の者達が領主のために平然と命を懸けられるのはこういう所に理由があるのだろうと、改めて感じてもいた。
 筆談もままならず、性格的にもあまりアグレッシブとは言い難いゲオルグと、のんびり、おっとりとしたエファがどうやってコミュニケーションをとり、結婚に至ったのかは誰も詳しくは分からない上に、聞き出すのもたいへんそうなので、不明のままだが、とりあえず二人とも幸せそうであった。

「で、あの剣豪様は?」

 マルティンの問いかけにテオドールは小さくため息をつくと目をつぶり黙って首を横に振った。側で聞いていたヒルデガルドも苦笑いするしかなかった。侯爵領のような広大な領地であれば、定期的な治安維持のための領内巡回や盗賊討伐などで彼女の出番もあったであろうが、このような山中の寒村ではそのような任務もなく、剣術指南にしても、彼女の高度な理論についていける者など皆無であり、ここではまさに無用の長物と化していた。
 それでも落ち着いて穏やかな暮らしを楽しむようなゆとりを身に着けてくれれば救いはあったのだが、彼女はどこまでも闘争心を捨てきれないでいた。
 村の青年と恋に落ち、身分差を乗り越えての大恋愛といったロマンスでも生まれてくれれば皆全力でフォローしたのだが、まるでそういった気配もなかった。
 雑談でチラッと好みを聞いたところ、『自分より強い者』という極めて困難な回答が即答として返って来た。
 ユリアーヌスやヒルデガルドにすれば彼女は非常に安牌であった、やはり女心として、テオドールが余所の女に気を取られることは非常に気分の悪い事である。
 アルマとの関係も自分より以前からの関係である事などから仕方ない事と容認できた、しかしそれ以外を新たに容認するのは許し難いという想いがあり、その点アストリッドほど信頼のおける相手はいなかった、この女にテオドールが心を奪われる可能性はまずないであろうと思われたからだ。
 戦争になれば容赦をしないような残虐さを見せる点もあるが、基本的に平和志向であるテオドールと、どこかで闘争を求めるかのようなアストリッドはまったく噛み合う事がないのは分かり切っていたからだ。
 『戦争は外交の一手段である』そんな風に割り切っているフリートヘルムとは交流するにつれて相互理解が進み良好な関係を築く事に成功したが、アストリッドとは絶対に噛み合う事がないように思えた、本質が違いすぎるのだ。だからこそ気まぐれで手を付ける事はあっても絶対に心を奪われる心配のない相手、それがアストリッドに対してのユリアーヌスとヒルデガルドの共通した評価であった。
 さらに言えばアストリッドもテオドールに好意を持っていない以上、無理やりものにするような度胸がない事は今までの経緯で分り切っていた、その点で一番心配なのはゲルトラウデの存在だったが、面と向かって釘を刺す段階ではないと踏んで静観していた。

「戦役以外では本当に役に立たないのよねえ・・・」

 少し呆れ気味に言うヒルデガルドの言葉が全員の意見を如実に代弁していた。

「いい機会だし返品する?今度輿入れして王妃になる人の護衛として、最強ですよって言って推薦するとか?出世でもあるわけだし、本人の名誉も守られて、厄介払いできて、みんな幸せなんじゃないの?」

「うん、実はそれ考えてた」

 苦笑いを浮かべながら言うテオドールであるが、同様の案をユリアーヌス、カイ、ゲルトラウデ、イゾルデ、エレーナからも提案されており、『どんだけ、嫌われてるんだよあいつ』と思ったが、同情心は湧いてこなかった。

「まぁ、王都に着いたら侯爵と個別に面談もあるだろうから、その時それとなく提案して見て様子見がいいんじゃないかな?」

 無難な案であると、ヒルデガルドも軽く頷き賛同の意を示した。

「そういえば、村の娘や村から出てきた男が王都でロマンスなんて実際にあるんですか?」

 会議などではいつも比較的静かに聞いているだけのアルマが珍しく話題を振って来た、彼女は村から出た事もなく、王都に興味もあったが、やはり今回も乳飲み子の世話で居残りとなった、乳飲み子を連れての旅は極めて危険であったから。

「わりと聞くわね、伯爵家でも王都在住中に出入りの商家の娘と仲良くなった話や、逆に屋敷の侍女が出入りの商人と仲良くなる話はわりと聞いたわよ」

 王都とは縁のないアルマは興味深く聞いていたが、悪戯心から余計な事ヒルデガルドは言い出した。

「聞いた中で一番すごい実話は山奥の田舎領主が王姉と結婚したって話かしらねぇ」

「たしか十二の試練を乗り越えて結ばれたんでしたっけ?私もそのくらい熱烈に求婚されてみたかったわ」

 ヒルデガルドの言葉にユリアーヌスが悪乗りする、ヒドラを退治したり、刃物を一切寄せ付けない獅子を棍棒で殴り殺したり、どう考えても出来っこない事をやってのけた事になっている、吟遊詩人の話を頭から信じた人物が実物を見たらどんな反応を示すのか想像するだけでため息が漏れる。
 少なくともこの時点ではまだ完全な笑い話で済む話であった。
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