レイヴン戦記

一弧

文字の大きさ
77 / 139
新世代

道中

しおりを挟む
 道中は特に問題はなかったが、一人悩みを抱える男がいた、約1年前に従士として採用されたヨナタンだった。
 彼は同時期に採用されたブンターやホレスほどに数字に強いわけではなく、内務の税制調査、収穫予想、適正税率、などについてユリアーヌスとヒルデガルドの下で順調に働き出した彼らに一歩遅れている自分を自覚していた。剣の腕には自信があり、他2名より軍歴もある自信はあったが、剣ではアストリッドにまるで歯が立たなかった。
 もっとも村で生活を始めて1年、まったく実戦もなく、平和そのものであり、武を生かすことなど無いだけに、自分の存在意義について不安を感じてしまっていた。せっかくの仕官先をお払い箱になってしまったらどうすればいいのか不安でしかたなかったのだ。
 もっともテオドールとしては彼をくびにする気など毛頭なく、実直な人柄を評価すらしていた、カイとも相談していたが、いずれは従士長をカイから継がせるのには最も適任ではないだろうかという意見で一致していた。
 王都までの道中にて途中宿泊した村にて同行の村人と食事を一緒したりするが、元々が武骨な人物だけに微妙な空気になってしまう事が多い、そんな空気を救ったのは、意外にもアラベラであった。

「ヨナタンさんは、王都に長らく住んでいらしたのですよね?どんなところなんですか?」

 王都には初めて行く者も多く、皆が知りたい情報であったが、いささか強面なヨナタンに面と向かって聞くのが憚られていた側面があった、もちろん彼はそんな凶暴な人物ではないので、聞けば普通に答えたのだが、見た目で損をするタイプの典型とも言える人物だった。
 質問に一つ一つ丁寧に回答をするうちに、他の者達も次々に質問をするようになり、次第に場は盛り上がって行った。

「王都に行く目的って、王様の結婚式に参加されるのが目的みたいですけど、お妃様ってどんな人がなるんですか?」

 場が盛り上がってきたところで、アラベラは自分が本当に知りたかった情報に迫る質問を開始した、その質問に対し、ヨナタンは少し考えるようなそぶりを見せると、話始めた。

「我が国の東方、カリンティアの王族と聞いている、全て知っているわけではないが、王族は王族と婚姻関係を結ぶ事が多いと思う、当家のご領主様のようなケースはまれであったのだろうな」

「物語では平民の娘が王子様に見初められて、みたいな話がありますけど、実際はないんですか?」

 身を乗り出すように聞いてくる、アラベラであったが、ヨナタンは少し苦笑いしながら言う。

「実話として聞いた事はないな」

 聞いていた他の者は「まぁそんなもんだよな」などと口々に言っていたが、アラベラだけは未だ諦めがつかない様子で食い下がって来た。

「では、王城に勤める侍女と王様の道ならぬ恋みたいなのもないんですか?」

 その質問に対し、ヨナタンは記憶の糸を手繰たぐるように少し考えると、またしてもアラベラの願望を打ち砕くような回答を出した。

「それはあるようだな、ただし王城の侍女はたいてい貴族の令嬢だぞ、例えばイゾルデ様も名門貴族のご令嬢であるように、平民では王城に勤める事はまず叶わんだろうな」

「平民ではまず叶わん、という事は叶うケースもあるんですか?」

「詳しくはわからんが、国を相手に取引を行うような大商人の娘など、そういうケースは聞いた気がするな」

 「全然ダメじゃねぇか」と笑いが起こる、平民は平民でも完全に別世界の住人である。もちろん幾つもの偶然が重なり、平民と王族との婚姻が成立したケースはあったが、ヨナタンはその事実を知らなかった、仮に聞いた事があっても、誇張された噂話であろうと考えてしまっていただろう。もし世間の噂が全て真実であるなら、現在彼が仕えている領主は人の皮を被った悪魔という事になっているのだから。
 今回の目的の一つにヨナタンと村人の距離を縮めるというものもあったが、それに関してはかなり良好な形で実現したと思われた、しかしアラベラの婚活に関しては前途多難な予感しかしなかった。
 しかしコミュニケーションという点で最も重症だったのはやはりアストリッドであろう、皆が楽しそうに話す輪に入る事もなくつまらなそうに食事をしていた、『王都に行って結婚式を見物して帰る、それのどこが楽しいのだろうか?向かう先が戦場であればどんなに心躍ることか』そんな事を考えていた。もし彼女が同時刻に別室で行われていたテオドール達の会議内容を知ったら嬉しさで小躍りしていただろうが。



 宿の一室に集まった、面々は難しい顔をしていた、テオドール、ユリアーヌス、ヒルデガルド、イゾルデ、ゲルトラウデの四人で緊急の会議が開かれていた、

「攻めるとしたらどこだと思う?」

 テオドールが地図を眺めながら、誰となしに聞く、

「南方のガリシではないでしょうか?理由としましては、今回の婚姻でカリンティアからの同時侵攻も見込め、有利に進められることが考えられます」

 皆、面倒なところだと思っていた、自分達の領地からかなり離れた所への出陣要請が出た場合、手間がどれだけかかる事か想像しただけで、頭が痛くなってくる。
 元々は馬車の中で女性陣四人による他愛のない話から発展した話であった、他国から攻めて来る気配はいまのところない、そんな情報が王都のマレーヌ経由で入って来ていた事もあり、旅行に行くような気軽な気分であった。
 そのリラックスムードも手伝ってゲルトラウデが調子に乗って冗談を言い出した、

「いっそ、こちらから他国を攻め取って国盗りと行きましょうか」

 もちろん冗談であった、イゾルデが苦笑いする中でユリアーヌスとヒルデガルドは表情を消し考え込むような様子をみせた、ゲルトラウデは調子に乗ってまずい事を言ってしまったのだろうかと不安に思ったが、次にヒルデガルドが発した言葉を聞き、イゾルデ共々ギョッとした顔をした。

「こっちから攻めるから従軍しろ、って命令が来る可能性はけっこう高いかもしれないわ、確か国王のフェルディナントは初陣経験すらなく、そろそろ形の上でも軍役を行わないと今後内外に示しがつかなくなる可能性は高いわ」

 その言葉を受け、緊急の会議が夜の宿で開かれる事となったのだが、ため息しかでなかった。

「その予想が杞憂に終わるといいんだけど、悪い予想ってのはけっこう当たるものなんだよね」

 うんざりとした顔で語るテオドールの意見にみな同じようにうんざりとした顔で同意していた。

「あの剣豪様が知ったら飛び上がって喜びそうよね」

 ユリアーヌスのその一言が皆をさらにげんなりとさせた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

処理中です...