レイヴン戦記

一弧

文字の大きさ
117 / 139
王国動乱

チャンス

しおりを挟む
 動乱をチャンスと捉える人間はどこにでもいる、今回の動乱に際し、武器防具、食料、糧秣など尽く品薄状態となり、商人は稼ぎ時とばかりに張り切っていたが、貴族階級に属する者も例外ではなかった。
 平時であれば成り上がれる可能性など極めて低いのだが、動乱においてはその可能性は大きく跳ね上がる、商人が一攫千金を目指すように、貴族階層に属する者も立身出世を目指し動き始めていた。
 元来持たざる者達はこの機会に持つ者から奪い取るべく動き出し、中には野心に見合った才覚を有する者達もいた。

「父上、では行ってまいります」

 コルネリウス子爵家の次男であるヴィレムは得意満面といった顔で父に出征の挨拶をしていったが、見送る父親の顔は屈辱感で歪んでいた。
 フェルデナィントが率いた5万の軍勢は王家直轄領から徴兵した兵力が半数を占めていたが、残りの半数は忠誠心を示すために駆け付けた諸侯の軍勢であった。ここぞとばかりの点数稼ぎであったが、国王の親征に駆け付けるという事でその兵数が多ければ多いほど覚えがめでたくなることは通例であり、若き国王という事はそれだけ長い治世となる可能性が高いだけに諸侯の集まりは極めて良好であった。
 コルネリウス子爵家でもつい先ごろ後を継いだばかりの若き当主が勇んで出陣して行ったが、急使によりその死がしらされた。
 大々的に禅譲式が行われる中で子爵家の家来の中でヴィレムの子飼いの部下が軍を抜け出し、事の顛末をしらせたのだった。その報しらせを聞いた時ヴィレムは小躍りして跳び上がらんばかりの喜びを感じた、日の目を見ることなき次男坊であり、しかも兄に男子まで生まれた以上自分が日の目を見る可能性は極めて低い事は分り切っていた、であるが故に訪れた千載一遇のチャンスに狂喜せんばかりであった。
 そこからの彼の行動は早かった、隠居している父に事の顛末を告げた上で家との絶縁を宣言した。家を出て一人の傭兵として身を立てるとの宣言であったが、この宣言に父は必死の引き留めを行った、長男が戦死し、その子もまだ幼いという状況で成人している次男の出奔は家にとっての致命傷になりかねないからであった。もちろんヴィレムの出奔宣言はブラフであり、真意は別の所にあった、家に留めたいのであれば、家督の完全な継承を要求し、甥の成人までの陣代などと言う場当たり的な地位ではない事を保証する事というのが突き付けた条件であった。後継者として大事にされた兄や甥に対して、そして自分を冷遇した父に対しての意匠返しであったが、その条件を家の存続のため飲まざるを得ない状況下である事は理解でき、苦渋の決断として次男の要求を全て飲むこととした。
 家督相続の保証を得るまでもなく、ヴィレムは動き出していた、急使として返って来た部下を再度正規軍に合流させると、子爵家の私兵を全てこっそりと離脱させ帰還するように指示を出し、帰還した兵に加え限界まで子爵領から徴兵した兵を率いて手柄を求めての行軍を開始した。



 追撃の兵が公爵兵に向かう隙になんとか戦場の離脱には成功したが、安堵の息を吐く間もなく偵察から極めてよくない報告がもたらされた。
 街道に簡易的な柵が幾重にも張られ封鎖されているという事であった、王都オレンボーから数日の距離であり、まだ王家直轄領であるにもかかわらず、どこの軍が封鎖を行ったのかまるで見当がつかなかった。

「どういうことだ!」

 ゼルマンが怒声を発してフェルディナントに詰め寄るが、詰め寄られたフェルディナントは醒めたような表情で応対していた。

「何がだね?」

「とぼけるな!どうして街道が封鎖されているんだ!」

「知るわけないであろう、予は卿らに囚われて以来外部との接触など一切できなかったのだぞ、それでどうして指示を出したり、状況を理解できると思うのだ?」

 ゼルマンという将軍は少し頭が足りないのではないだろうか?そんな事すら考えてしまっていた、捕虜として監視されながら外部に街道封鎖の指示を出したというのであれば、その方法をご教授願いたいものだとさえ考えてしまった。
 正論であるが故に何も言えなくなったゼルマンであったが、事態の打開策は限られていた、被害覚悟での強行突破を計るか、遠回りになるが迂回するか、それともフェルディナントを前面に押し立て封鎖を解除させるかの三択であると考えられた。

「貴様の部下であろう、言って封鎖を解除させよ」

 言われたフェルディナントとしても、事態の打開は必要であろうし、場合によっては友軍に引き入れる事ができれば自分の立場の強化、今後の戦略の幅が広がるとの思いから交渉を承諾した。

「予は国王フェルディナントである、ガリシ軍とは和解に成功した道を開けよ!」

 両脇に屈強な騎士に囲まれ、馬の轡もとられ、帯剣も許されない状況でありながら馬上より封鎖されている街道の先に向かって大声で呼び掛けを行った、呼び掛け内容は事前にゼルマンと協議した通りの内容であったが、封鎖の指揮官が誰かによっては味方に着ける事も可能なのではないだろうか?と幾許いくばくかの希望を持っての交渉であった。

「現国王はガリシの立ち合いの元、禅譲によりオスカー国王となったとお聞きしておりますが、情報が錯綜しているようですな、確認が取れ次第封鎖を解除いたしますので今しばらくお持ちください」

 封鎖された柵のの内側から返って来た返答は予想を裏切るものであった、その返答の真意は分らぬがオスカーに組する者である可能性は極めて高いと考えられた。

「卿の所属や如何?」

「申し遅れました、兄の戦死によりコルネリウス子爵家を継承したヴィレム・フォン・コルネリウスと申します」

 フェルディナントにはコルネリウス子爵家に関しては記憶があった、自分が捕らわれた時に殺害されていたはずであり、その弟がオスカーに組する理由が分からなくなっていた、恨みこそあれオスカーを支持する理由はないように思われたのだから。

「卿の兄を殺したオスカーに何故組するのか?」

「御冗談を!オスカーなどに何故加担せねばならないのでしょうか?私が支持するのはグリュック殿下です、現国王であるオスカーより王座を奪還せんとするグリュック殿下に微力ながら協力させていただく所存であります、もちろんガリシは絶対的な敵であり許す事などできませんな!」

 子爵領は公爵領の北東に位置しており、フェルディナントが捕らえられ、禅譲を行った事もわずか2日で報る事となり、その後の対策や状況の推移もかなり正確に掴んでいた、その結果としてヴァレンティンが推し、現状王都を抑えているグリュックが幼少ではあるが勝者となると予想しての判断からであった。
 その宣言を聞くと、フェルディナントは苦虫を噛み潰したような顔をしながら左右の騎士を促し後退して行った。

「聞いての通りだ、予を支持せぬ者による封鎖だ、どうにもできん」

 かなり怒り心頭といった様子のゼルマンであったが、罵ろうと事態が好転するわけでもなく、フェルディナントの策謀によるものでもないため、どうする事もできぬが故に、今後どうするかに思いを巡らせたが、いい策は思い浮かばなかった、時間がない事は重々承知していた、このまま留まれば追撃軍によって完全に殲滅されてしまう、そうなる前に迂回か突破かの二択を迫られる事になるのだが、どうするのが正解なのか判断がつきかねていた。

「地図を持て」

 結論が出せずにいるゼルマンを尻目にフェルディナントが支持を出すが、誰も従う者などいない、そんなフェルディナントの様子をせせら笑うようにゼルマンが言う。

「裸の王様とはよく言ったものですな、立場をわきまえられよ」

「そう思っているならとっとと殺せばいい、さしてこの世に未練もないのでな、地図を持て、生き残る策を授けてやろうと言っているのだ、もう二度は言わんぞ」

 その言葉に一同の嘲笑が止みどうしたものか、ゼルマンに伺うような視線を送る。

「よい、地図を持って来てやれ」

 ゼルマンの側近によって広げられた地図を示しながらフェルディナントは次に取るべき行軍経路の説明を始めた。

「ここを強行突破しても、そこで負った損傷を抱えて公爵領を抜けガリシまで辿り着ける可能性は皆無と言っていいだろう、では逆に北上し子爵領を掠めるようにしながら、カリンティアに抜けるのが上策であろう」

 その策を聞くも皆疑心暗鬼であった、元々ガリシとカリンティアは国境を接し長らく対立関係にあるのは皆が知る所であった、しかしそんな皆の不安を理解した上でフェルディナントは続けた。

「リンブルクは4年前に領土を奪われ恨みに思ってる、アビラは西方戦線で常に小競り合いを繰り返している、ガリシを加えた三方からの侵攻を行えばエルザスを完全に崩壊させる事も可能であろう、その状況を示し、エルザスに着くかガリシと共同戦線を張るかの選択を迫ればいい、ちなみに予の妻はカリンティア現国王の娘である事を忘れてはおるまいな?」

 その策を聞き皆声も出なかった、自国を他国に蹂躙させる策を淡々と話すフェルディナントに不気味さすら感じてしまったからである。

「つい先日まで国王だった人間の言葉とは到底思えんな」

 吐き捨てるように言うゼルマンの言葉がその場にいた者の心情を代弁するものであった。

「復権するためだ、四ヶ国での侵攻によって国を取り戻した暁には侯爵領はアビラに伯爵領はリンブルクに公爵領はガリシに、東方の領地はカリンティアに割譲することを約束しよう、しかも侵略ではなく予が旗頭となれば大義名分も成り立つしな」 

 この時フェルディナントにとって全てはどうでもいいこととなっていた、自分を裏切った者達に復讐できればただそれだけでよかった、特にテオドールに対する憎しみの感情は只ならぬものがあり、その為には使えるものは何でも使って目的を遂げる覚悟でもあり、それが出来ないようであれば生きていても仕方がないとさえ思い詰めていた。

「気に喰わぬなら殺せ、もっとよい策があればその策でいけばいい、後の判断は卿次第だ」

 それだけ言うと黙ってしまったが、現在置かれている状況から国許に帰る方法はかなり限られている事も確かであった、フェルディナントを虜にした時点で勝利を確信し、まさかこのような事態になるなど考えてもいなかったのだから。
 結局はフェルディナントの策に従い大きく北上迂回し、東のカリンティアへ抜けそこからガリシへの帰還を計る策が採用された。
 エルザス領内での移動に際し、侵攻に備え地理を熟知していたフェルディナントの指示は的確であり、カリンティア国境に近づく頃には、捕虜というよりまるで指揮官のように振舞うようにすらなっていた。ありえないほどの苦境に陥った事によって将として大きく成長する事になったのはなんとも皮肉な現象としか言いようのないものであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

処理中です...