レイヴン戦記

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王国動乱

外交戦

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 エルザス東方に位置するカリンティアを治める国王ルディガーは急使によって次々と齎もたらされる情報に頭を悩ませていた。
 ガリシによるエルザス侵攻の報に接した際はガリシに圧力をかけるべく要請が来る事を予想し軍に待期命令を出したが、一向にその気配はなく、自軍のみで撃退できる自信があるのであろうかと、王の若さ故の覇気を若干好意的にすら受け止めていた。しかし援軍を送るもその援軍が壊滅したと言うのに自ら兵を率いて前線に向かう様は軽率としか映らなかった。
 戦場となるのは何かと黒い噂のあるオスカー公爵であり、事の推移を注意深く見守っていたが届いた報は虜にされ、禅譲を強要されたというものであった。
 英雄譚のエンゲルベルトのように笑い者にされる未来図しか見えず、婿の不甲斐無さに頭を痛めている所に、一通の書状が届いた。差し出し人はヴァレンティン侯爵であり、内容は今後の行く末についての提案であった。
 ヴァレンティンはフェルディナントが捕らえられるとの情報が入るとすぐに書状を持たせた部下をカリンティアに走らせ、同時に王都に進軍してくる正規軍に対抗するため、偽王対策という名目で王都の掌握を開始した、元々王都に知古も多く、その声望も相まって掌握は抵抗もなく粛々と進んで行った、フェルディナントの禅譲の情報が王都にも届き、オスカーを王として迎え入れるか、それともヴァレンティンの推すグリュックを王として認めるかの二択となれば心情的にも現実的にも一択と言ってよかった。



 王都の城門前でオスカーが立ち往生を喰らい、結局は追い返されるようにガリシ軍諸共撤退を余儀なくされたという報告が入ると、保留していた返答をこれ以上は先延ばしできない状況であると判断された。

「卿らはどう思う?忌憚なき意見を聞きたい?」

 御前会議の席上でルディガーが問うが、ルディガーの娘が人質に取られているかのような状況では迂闊な事も言えず、皆沈黙するしかなかった。
 ヴァレンティンからの提案はシンプルなものであった、カトリーンは無事お返しする、今後ともよき関係を願いたい、それだけであった。

「陛下、ヴァレンティンからの書状ですが、真意はどこにあるのでしょうか?」

 真意を読みかねている、そう捉えるのも致し方ない事であったが、ヴァレンティンにしても書状を出した時点では、状況がどう動くかは完全に読めておらず、提案内容にも限度があったと言うのが実情であった。

「現状エルザスには3人の国王が誕生した事になる、フェルディナント、オスカー、グリュックだ、その中でグリュックを支持し、他に肩入れするなという内容であろう、断れば代償としてカトリーンがどうなるか分らんと言う脅し付きでのな」

「オスカーはないとして、フェルディナント陛下は現在どのような状況なのでしょうか?」

「分からん」

 御前会議といっても入ってくる情報はどれも断片的であり、虚実入り混じった情報の中ではなかなか会議の進行も思うようにいはいかなかった。

「どちらを支持するかの明言を避けつつ、カトリーン様の安否確認と返還時期の確認の使者を出してはいかがでしょうか?」

 若干手前勝手な案ではあったが状況が判明するまでは迂闊な事も言えず、どうしても中途半端な対応になってしまう、他に名案と言える提案も出ず、実行される事となった。
 しかし事態はさらに予期せぬ展開を見せた、遣いを出して10日ほどたった、別の急使によって新たな報告が齎もたらされた、エルザスとの国境にほど近い村にガリシ軍とフェルディナントを名乗る人物が訪れ通過許可及び救援要請を求めているというものであった。
 嘘をつくならもう少しマシな嘘を吐くであろう事から真実である可能性は高いように思われ、フェルディナントであれば保護する方針の下でフェルディナントの顔を知る者が検分役兼使者として迎えに行く事となった。追撃戦や敗戦による逃走により4万いた軍勢はその数を1万まで減らしていたが、それでも1万の他国の軍勢が国内を闊歩するのは見逃し難く、通過許可に際しては武装解除も条件に付け加えられたが、兵糧の欠乏によりギリギリの状態まで追い込まれていたガリシ軍はその提案を受け入れ食料の援助にあずかる事とした。



 カリンティアの王都アクサナにおいてフェルディナントとルディガーは初めて面会を行った、部下がお膳立てをした結婚であり、顔を合わせるのが王位を失い亡命して来て初めて実現するというのはなんとも皮肉な話であり、会見は非常に表層的なものに終わった。
 しかし、四ヶ国連合によるエルザス切り取りという提案に対してはかなり心惹かれるものがあり、しかもその策が成功すれば、その後王位に返り咲いたフェルディナントに対しても多大な貸しが出来、うまくいけば実質的な属国扱いが出来るかもしれない事まで考えると決して損な取引ではないように思われた。乗り気になりかけた提案であったが、カトリーンの安否確認に向かった使者が当のカトリーンを伴って帰国した事で少しづつ風向きが変わり出した。
 安否を問う使者への返答は意外なものであった、答えを聞くまでもなく、使者にカトリーンを連れて帰るようにように言いそのまま送り返してしまったのだ。カトリーンの到着はフェルディナントの到着の8日後であり、夫婦は妻の祖国で再会する運びとなったのだが、再開を喜び合う雰囲気は欠片ほどもなく余所余所しく表層的な雰囲気を見る者に印象付ける再会であった。
 カトリーンを人質とすることなく返還するのは余裕があるのか極度に敵対する事を恐れているのか非常に判断に迷うところであった。

 エルザス王都オレンボーは無血でヴァレンティン侯爵により掌握され、治安面でも落ち着きを取り戻しており、今最前線で戦っている将軍テオドールは死神の異名で知られたレギナントの息子で、その才覚は父以上と噂され実際に先の北方戦線では少数の兵力で城塞都市として名高いカディス攻略の策を練って見せた。そんなカトリーンからもたらされた情報を聞くと余裕があるようにも見えるが、余裕がない時ほど余裕があるように見せかけるのが駆け引きである事を知るだけに、決定打となるものではなかった。
 テオドールの噂は聞いた事があったが主にリンブルク戦線にて活躍している人物としてであり実際のところは宣伝も兼ねて盛っていると考える者も多かった、しかし実際にエルザスで暮らしていたカトリーンの口から聞かされると、そんな人物を敵に回してだいじょうぶなのであろうかという不安が首をもたげてくる。

「いくら優れた戦術家といっても自ずと限界というものがあります、四方の国から攻められては対処のしようがないとは思いませんか?しかも本人をよく知っていますが、得意とするのは少数による奇襲攻撃が主流であり、大軍同士の決戦で指揮を執った経験など一度もない若輩者です、つけ入る隙はいくらでもありましょう」

 フェルディナントの分析も確かに正鵠を射るものであった、実際に大軍の運用などどうすればいいのかテオドールにはさっぱりわからず、今回千の兵を率いて奇襲攻撃を仕掛けているのが現状における指揮できる兵力の最大値といってよかった。
 四ヶ国連合軍による四方からの同時攻撃が成立すれば確かに打つ手はなかったかもしれない、しかしその手を打たれたら終わるという事はすでに理解しており、その手を打たせないための策は着々と進行を見せていた。

 アクサナにおいてフェルディナントが四ヶ国連合の方針を説得している最中、フェルディナントにとって最悪とも思える凶報はもたらされた。
 会議室に呼ばれたフェルディナントであったが会議に出席している面々から醸し出される雰囲気に不穏なものを感じた。出席者の何人かは自分の説く連合案に乗り気になっている者もいたのは雰囲気で分かっていたが、その人物達からも醒めたような気配しか感じられなくなっていた。

「四ヶ国連合は成らんよ、ガリシ第二都市オトリシュが陥落した、首都の喉元に刃を突き付けられた形のガリシがここから積極的に撃って出るとは思えんのでな」

 ルディガーの話を聞き、目の前が暗転するかのような感覚に囚われた、なぜそんな事が出来るのか、全く理解できなかった、つい先日まで王都の目前まで攻められていた国がどうして攻めていた国の喉元に刃を突き付けるような事が出来るのであろうか?
 フェルディナントの自問自答に答えなど出る術もなく『女神に愛された死神に挑むことなかれ』そんな吟遊詩人の語る一節が頭の中を流れるのみであった。
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