レイヴン戦記

一弧

文字の大きさ
118 / 139
王国動乱

外交戦

しおりを挟む
 エルザス東方に位置するカリンティアを治める国王ルディガーは急使によって次々と齎もたらされる情報に頭を悩ませていた。
 ガリシによるエルザス侵攻の報に接した際はガリシに圧力をかけるべく要請が来る事を予想し軍に待期命令を出したが、一向にその気配はなく、自軍のみで撃退できる自信があるのであろうかと、王の若さ故の覇気を若干好意的にすら受け止めていた。しかし援軍を送るもその援軍が壊滅したと言うのに自ら兵を率いて前線に向かう様は軽率としか映らなかった。
 戦場となるのは何かと黒い噂のあるオスカー公爵であり、事の推移を注意深く見守っていたが届いた報は虜にされ、禅譲を強要されたというものであった。
 英雄譚のエンゲルベルトのように笑い者にされる未来図しか見えず、婿の不甲斐無さに頭を痛めている所に、一通の書状が届いた。差し出し人はヴァレンティン侯爵であり、内容は今後の行く末についての提案であった。
 ヴァレンティンはフェルディナントが捕らえられるとの情報が入るとすぐに書状を持たせた部下をカリンティアに走らせ、同時に王都に進軍してくる正規軍に対抗するため、偽王対策という名目で王都の掌握を開始した、元々王都に知古も多く、その声望も相まって掌握は抵抗もなく粛々と進んで行った、フェルディナントの禅譲の情報が王都にも届き、オスカーを王として迎え入れるか、それともヴァレンティンの推すグリュックを王として認めるかの二択となれば心情的にも現実的にも一択と言ってよかった。



 王都の城門前でオスカーが立ち往生を喰らい、結局は追い返されるようにガリシ軍諸共撤退を余儀なくされたという報告が入ると、保留していた返答をこれ以上は先延ばしできない状況であると判断された。

「卿らはどう思う?忌憚なき意見を聞きたい?」

 御前会議の席上でルディガーが問うが、ルディガーの娘が人質に取られているかのような状況では迂闊な事も言えず、皆沈黙するしかなかった。
 ヴァレンティンからの提案はシンプルなものであった、カトリーンは無事お返しする、今後ともよき関係を願いたい、それだけであった。

「陛下、ヴァレンティンからの書状ですが、真意はどこにあるのでしょうか?」

 真意を読みかねている、そう捉えるのも致し方ない事であったが、ヴァレンティンにしても書状を出した時点では、状況がどう動くかは完全に読めておらず、提案内容にも限度があったと言うのが実情であった。

「現状エルザスには3人の国王が誕生した事になる、フェルディナント、オスカー、グリュックだ、その中でグリュックを支持し、他に肩入れするなという内容であろう、断れば代償としてカトリーンがどうなるか分らんと言う脅し付きでのな」

「オスカーはないとして、フェルディナント陛下は現在どのような状況なのでしょうか?」

「分からん」

 御前会議といっても入ってくる情報はどれも断片的であり、虚実入り混じった情報の中ではなかなか会議の進行も思うようにいはいかなかった。

「どちらを支持するかの明言を避けつつ、カトリーン様の安否確認と返還時期の確認の使者を出してはいかがでしょうか?」

 若干手前勝手な案ではあったが状況が判明するまでは迂闊な事も言えず、どうしても中途半端な対応になってしまう、他に名案と言える提案も出ず、実行される事となった。
 しかし事態はさらに予期せぬ展開を見せた、遣いを出して10日ほどたった、別の急使によって新たな報告が齎もたらされた、エルザスとの国境にほど近い村にガリシ軍とフェルディナントを名乗る人物が訪れ通過許可及び救援要請を求めているというものであった。
 嘘をつくならもう少しマシな嘘を吐くであろう事から真実である可能性は高いように思われ、フェルディナントであれば保護する方針の下でフェルディナントの顔を知る者が検分役兼使者として迎えに行く事となった。追撃戦や敗戦による逃走により4万いた軍勢はその数を1万まで減らしていたが、それでも1万の他国の軍勢が国内を闊歩するのは見逃し難く、通過許可に際しては武装解除も条件に付け加えられたが、兵糧の欠乏によりギリギリの状態まで追い込まれていたガリシ軍はその提案を受け入れ食料の援助にあずかる事とした。



 カリンティアの王都アクサナにおいてフェルディナントとルディガーは初めて面会を行った、部下がお膳立てをした結婚であり、顔を合わせるのが王位を失い亡命して来て初めて実現するというのはなんとも皮肉な話であり、会見は非常に表層的なものに終わった。
 しかし、四ヶ国連合によるエルザス切り取りという提案に対してはかなり心惹かれるものがあり、しかもその策が成功すれば、その後王位に返り咲いたフェルディナントに対しても多大な貸しが出来、うまくいけば実質的な属国扱いが出来るかもしれない事まで考えると決して損な取引ではないように思われた。乗り気になりかけた提案であったが、カトリーンの安否確認に向かった使者が当のカトリーンを伴って帰国した事で少しづつ風向きが変わり出した。
 安否を問う使者への返答は意外なものであった、答えを聞くまでもなく、使者にカトリーンを連れて帰るようにように言いそのまま送り返してしまったのだ。カトリーンの到着はフェルディナントの到着の8日後であり、夫婦は妻の祖国で再会する運びとなったのだが、再開を喜び合う雰囲気は欠片ほどもなく余所余所しく表層的な雰囲気を見る者に印象付ける再会であった。
 カトリーンを人質とすることなく返還するのは余裕があるのか極度に敵対する事を恐れているのか非常に判断に迷うところであった。

 エルザス王都オレンボーは無血でヴァレンティン侯爵により掌握され、治安面でも落ち着きを取り戻しており、今最前線で戦っている将軍テオドールは死神の異名で知られたレギナントの息子で、その才覚は父以上と噂され実際に先の北方戦線では少数の兵力で城塞都市として名高いカディス攻略の策を練って見せた。そんなカトリーンからもたらされた情報を聞くと余裕があるようにも見えるが、余裕がない時ほど余裕があるように見せかけるのが駆け引きである事を知るだけに、決定打となるものではなかった。
 テオドールの噂は聞いた事があったが主にリンブルク戦線にて活躍している人物としてであり実際のところは宣伝も兼ねて盛っていると考える者も多かった、しかし実際にエルザスで暮らしていたカトリーンの口から聞かされると、そんな人物を敵に回してだいじょうぶなのであろうかという不安が首をもたげてくる。

「いくら優れた戦術家といっても自ずと限界というものがあります、四方の国から攻められては対処のしようがないとは思いませんか?しかも本人をよく知っていますが、得意とするのは少数による奇襲攻撃が主流であり、大軍同士の決戦で指揮を執った経験など一度もない若輩者です、つけ入る隙はいくらでもありましょう」

 フェルディナントの分析も確かに正鵠を射るものであった、実際に大軍の運用などどうすればいいのかテオドールにはさっぱりわからず、今回千の兵を率いて奇襲攻撃を仕掛けているのが現状における指揮できる兵力の最大値といってよかった。
 四ヶ国連合軍による四方からの同時攻撃が成立すれば確かに打つ手はなかったかもしれない、しかしその手を打たれたら終わるという事はすでに理解しており、その手を打たせないための策は着々と進行を見せていた。

 アクサナにおいてフェルディナントが四ヶ国連合の方針を説得している最中、フェルディナントにとって最悪とも思える凶報はもたらされた。
 会議室に呼ばれたフェルディナントであったが会議に出席している面々から醸し出される雰囲気に不穏なものを感じた。出席者の何人かは自分の説く連合案に乗り気になっている者もいたのは雰囲気で分かっていたが、その人物達からも醒めたような気配しか感じられなくなっていた。

「四ヶ国連合は成らんよ、ガリシ第二都市オトリシュが陥落した、首都の喉元に刃を突き付けられた形のガリシがここから積極的に撃って出るとは思えんのでな」

 ルディガーの話を聞き、目の前が暗転するかのような感覚に囚われた、なぜそんな事が出来るのか、全く理解できなかった、つい先日まで王都の目前まで攻められていた国がどうして攻めていた国の喉元に刃を突き付けるような事が出来るのであろうか?
 フェルディナントの自問自答に答えなど出る術もなく『女神に愛された死神に挑むことなかれ』そんな吟遊詩人の語る一節が頭の中を流れるのみであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

処理中です...