レイヴン戦記

一弧

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王国動乱

逆撃

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 久々に鎧で身を包み馬上の人となるとそれだけで身が引き締まる思いがした。残りの人生を考えたら、これが最後の大戦となる可能性が高いとなるとなおさら高揚感は高いものとなった。

「我が国を土足で踏みにじったガリシに鉄槌を下さん!」

 ヴァレンティンの号令に兵の歓声が木霊する、攻められ国内の大混乱を招いた元凶であるガリシに対する恨み憎しみの感情は全兵士に共通したものであり、その戦に向かう意義を皆が肌で感じていた。
 フェルディナントが率いた兵を一旦王都に再集結させ再編成の末の出発であった、5万の軍勢は4万にまで減っていたが、率いるヴァレンティンに不安の影はまるで見受けられなかった。

「王都の守りは任せたぞ」

「はっ!ご武運を!」

 見送るフリートヘルムも本来は武勲を立てる機会が欲しい所であるが、絶対に負けられない戦においてヴァレンティンの戦績や経験に及ぶべくもなく、留守居役を引き受ける事となった。
 国内での進軍であり非常にスムーズな進軍となり、しかも道中で次々に軍への参加、合流が相次ぎその陣容はガリシ領への侵攻を開始する頃にはフェルディナントが率いた5万を超える7万に達していた。
 このように大軍に膨れ上がった事には事前の工作が大きくものをいった、公爵領内で起きた叛乱劇は完全な自然発生ではなかった、皆の前で行われた禅譲劇の際にガリシに割譲されるのは国王の直轄領の一部であるという取り決めであったが、そこを公爵領がそのまま譲られると、宣伝して回った者達がいたのだった。基本的に支配者が変わっても大きく変わる事はないのだが、新領主はなにかと征服者として傲慢な態度に出る事も多く、それでも叛乱するほどの力のない住民は唯々諾々と従わざるを得ないため非常に苦痛を伴う事も少なくなかった、そんな不安を煽り、支配関係がが樹立してからでは手遅れになる、反乱を起こすなら今しかない、自分達を切り捨てたオスカーになんの遠慮もいらないと煽る事によって、公爵領の村の多くで反乱が勃発した、その工作に従事したのは元々諜報活動の為に各地の村々と繋ぎを持っていたマレーヌの配下であるのは言うまでもない事であったが。
 そして、公爵の叛乱が失敗に終わるのが見えてくると今度は自分達の処遇が心配になって来る、新たな支配者になるべく心証をよくするために、進んで公爵領の村や町は兵力をギリギリまで差し出し、その忠誠心を示す事に躍起になって見せた。
 いち早くグリュック支持を表明したヴィレムのような貴族の存在も大きくものをいった、こういう機会に大きく手柄を立てずして次のチャンスを待つなど愚の骨頂である、賭けるなら今限界ギリギリまで賭ける時であると、このタイミングでの全賭けを行ってきた者は元来持たざる者であった者達に多く見られ、その軍勢の膨張に一役買った。
 戦争で成り上がった鴉三代はこの国において戦における立身出世の象徴でもあったが故に傭兵や家を継げない次男、三男などから絶大な人気を持っており、その男が主導する最初の大戦ということで予想をはるかに上回る軍勢へと膨れ上がった。

 7万の軍勢によるガリシ侵攻は正に無人の野を行く様であった、国境を越えてすぐの村など壊滅するまでもなく逃げ出した後でもぬけの殻となっていた、本来なら援軍によって食い止められるはずであったが、効果的に迎撃の軍を送れない理由は二つあった、一つは4万の軍勢で侵攻したものの、軍勢は大半が壊滅し、残された1万も現在はカリンティアで足止めを喰らっており、迎撃に割く軍が圧倒的に不足していた事が挙げられた。もう一つはテオドールの別動隊による奇襲攻撃により五か村が壊滅しており、その村々を壊滅した軍がどれほどの規模で次にどこを狙って攻撃してくるのかが全く掴めず、前線に大軍を送った隙に首都アンヴェールを狙うのではないかという疑心暗鬼も手伝い、なかなか大軍を前線付近まで送れないという事情があった。
 前線は戦わずして突破、第二次防衛線ともいえる地点はすでにテオドールによって壊滅、ここまで戦闘もないまま無傷での進軍に成功し、一気に首都アンヴェールを目指すかのように南下し、途中にあるいくつかの村々も数にものを言わせ一日で壊滅させての行軍となった、しかし順調に行けばあと4日ほどで首都アンヴェールという所で急遽方向を東へと転じ第二都市オトリシュへと進路を変えた。
 進行方向を変えてからは途中にある村を無視するかのように道中を急ぎ本来7日はかかる行程を5日に縮めオトリシュに到着した。第二都市オトリシュは首都とさして規模も違わぬ大都市だけに、その城壁の高さ規模ともにここまで制圧してきた村々などとは比べるべきもない大きさであり、そんな大都市を前にするとさすがの大軍でも陥落させられるのかどうかという不安が頭をもたげ出していた。

「一気に落とす!突貫!」

 到着するや否や即座に突貫の命令がヴァレンティンより発せられた、今回の最大の山場であり、ここを陥落させられるかどうかに全ての成否がかかっていると言ってよかった、しかもモタモタしていれば、援軍によって敵地奥深くでの決戦は決して有利には運ばず、しかも膨れ上がった軍は指揮系統の乱れも出ており、どうしても大軍同士の野戦による決戦は避けたいものであった。
 傭兵や後を継ぐ見込みのない次男三男の参加者を多数擁する軍の強みは使い潰せる兵の多さにあった、戦争に勝ったとしても戦没者への保障、功労者への褒賞など戦後の収支まで計算に入れた場合、どうしても安く使い潰せる戦力を多数抱えているという事は大きな強みとなっていた。
 テオドールやレギナントが得意とした奇襲攻撃はうまく嵌れば少数の犠牲で多大な戦果を出す事が出来たが、正面からの大都市の攻城戦で、しかも短期間に陥落させる必要があるとなると小細工を仕掛けることも困難でありどうしても力攻めに頼る事となった。
 大都市であるが故にそこで暮らす平民であってもそれなりに貯えががあり裕福に暮らす者も多く、陥落した場合の資産や、美しい妻や娘の安全が誰からも保証されない事は知っており、町の男達も手に手に武器をとり抵抗は熾烈を極めたが、駐屯軍の少ない事で攻撃側有利に進行して行った。
 駐屯軍の少ない事にも理由はあった、第二防衛ラインを越えてからの進軍は道中の村々を積極的に攻略し、進軍ルートが首都アンヴェールを目指すものである事を強調するかのような進軍であった故に近隣の兵も決戦地はアンヴェール付近になる事を予想し、アンヴェールへ兵力を集中するよう命令が下っていた。そのため守備兵に最低限を残しているのみであり、万全の態勢であれば攻略困難であろう大都市も時間の経過と共に綻びは徐々に広がりを見せて行った、流石に一日での陥落とはならず、攻撃側に多大な被害をもたらした初日の攻防戦であったが、守るオトリシュの守備兵の被害も軽微とは言えず、このままでは陥落も時間の問題であるかのように思われた。
 二日目の攻城戦も熾烈を極め、オトリシュ到着時7万いた兵力がわずか二日で6万まで減っており、その被害の多さにこのままでは陥落させたとしてのその後を危ぶむ声が聞こえ出すほどであったが、攻城戦三日目は戦闘は行われず昼前に内側から城門が開けられ降伏により終結した。
 三日目に都市にカタパルトによって撃ち込まれた数名の死体とそれに添えられた手紙が決定打となり、戦闘が行われることなく占領する運びとなった、多くの兵士が敵味方ともに亡くなっていることもあり、入城は殺気立ったものであり、ヴァレンティンにしても兵士の暴発には十分以上に注意を促す必要があり、神経をすり減らす事となった。最終的にオトリシュは占領下に置き恒久的な支配を目的としているため、略奪や暴行により収集がつかない事態に陥れば今後の政策に大きな綻びが生じるとの判断からであった、ヴァレンティン直属の部下だけであれば統率も容易であったが、傭兵や陣借りで参加した騎士家の次男三男の統率となると困難を極め、小隊長クラスの指揮官も手一杯の様子ではあったが、この遠征がオトリシュ陥落により勝利で終わるという予感により、心なしか安堵の色が広がっていた。
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