レイヴン戦記

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王国動乱

毒婦

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『毒婦』そんな言葉がフェルディナントの脳裏に浮かんだ、そんな雰囲気すら漂わせるイメージが今隣で全裸で横たわる女からは感じられた。

「妹と比べていかがでしたか?」

 平凡としか思えない容貌であるが、そんな彼女から発せられる言葉にはなんとも淫靡な響きが籠っていた。

「悪くなかった、姉妹でこうも違うものなのだな」

 少し不貞腐れたような発言であった、彼の周りにいた女達は良く言えば貞淑、悪く言えば受け身、そんな印象を受ける女達ばかりであった、積極的にアプローチを仕掛けて来ても閨の中ではされるがままに人形のようになっているような女達しかいなかった。アラベラでさえ閨房においてはしおらしい態度で男を知らない事に驚いたくらいであった、女好きで有名なテオドールのお手付きだと思っていただけに非常に意外であった。
 その点、経産婦であるエレンの房事はかなり積極的なものであり年若いフェルディナントを弄ぶような事さえして見せた。そんな弄ばれるような記憶から少し不貞腐れるような態度に出るも、その房事はこれまでにない新鮮なものであった。
 彼は知らなかった、彼が毒婦と感じたエレンが実際にはフェルディナントが二人目の男であり、碌に男も知らぬ女であろという事実を。彼が感じた新鮮さはエレンがフェルディナントの事をなんとも思っていなかった事に起因していた、彼女は男が如何にすれば喜ぶのかを、娼婦や芸人を呼び報酬と引き換えに聞き出し、実践するようにしていた、全てはオスカーの気まぐれで殺されないための努力であった。

「夫を裏切るのはどんな気持ちなのだ?」

 ちょっとした意匠返しのつもりも込めてフェルディナントは尋ねる、自分から王位を奪った憎い男の妻を奪ってやったという後ろ暗い感情も幾分手伝ってのものであった。

「裏切る以前にこの国のものは全て陛下の私物ではありませんか」

 失って初めて分る事だが彼女から言われた『陛下』という響きはフェルディナントの耳に心地よく響いた。手紙の内容では副王にするという内容であったが、エレンはフェルディナントに近づくと、グリュック打倒の暁には排除する計画である事をあっさりと暴露した、もちろんフェルディナントもそんなことであろうと薄々どころか、ほぼ100%の確率でそう確信していた、むしろバレていないと考えるオスカーがおめでたいというレベルであった。
 あっさりと計画を暴露した彼女がした提案は現時点から戦後までを見越しての計画であり、それなりに現実味のある提案であった。現状のヘロナ駐屯の兵は約千、もしオスカーを暗殺すれば敵に回る可能性もある上に、あんな男でも公爵の威光をあてにしてその旗下に参じる者も多少なりと存在する可能性があるため、しばらくは服従を装い、時がくれば嵌めて戦場で華々しく戦死してもらう、その後でオスカーの兵を吸収し、オスカーとエレンの間にできた子を公爵家の後継者として認定する。それがエレンの出した提案であった、「おまえが裏切らぬ保証はあるのか?」という問い掛けに対し、その夜さっそくフェルディナントの寝室を訪れ身体でその証としてみせたのであった。
 フェルディナントは現在誰の事も信用しておらず、当然のようにエレンの事も信用していなかったが、それでも利用価値は見出していた、そしてオスカーの物を奪う第一歩として後ろ暗い満足感を得るのに格好の相手である事に間違いはなかった。



 各地に点在する王家直轄領からは恭順の意を示す書状がひっきりなしに届いていた、玉座を追われたフェルディナント、簒奪に失敗したオスカー、その両名に比べ現在王都を制圧し、伯爵家、侯爵家の支援を受けたグリュックを支持する動きは加速度的に強まっていたが、フェルディナントがヘロナに1万の兵を率いて入城したという報せは好ましいものとは言い難かった。
 オスカーは論外として、フェルディナントを支持する勢力はある程度存在すると考えられていた、しかし当の本人が国外では担ぐ神輿として弱すぎ、しかも自領に招くほどの明確な支援に踏み切ることもできずなし崩し的にグリュックを支持する事になると考えていた、しかし国内に舞い戻ってくるとなると話は変わってくる、戦力比8:2と予想したが、7:3もしくは6:4までの下方修正が必要になって来るかもしれない、そんな事を考えながら、ヒルデガルドとフリートヘルムは今後の展望に頭を悩ませていた。

「オスカーとフェルディナントが合流するとはお前でも予想がつかなかったのか?」

 そんなフリートヘルムの真剣な問いに、少し苦笑いを浮かべながらヒルデガルドも答える。

「そんな何でもかんでも予想できないわよ、逆にそこまで予想できてたら神様よ」

 どちらかというと神様と言うよりは悪魔のように思える妹であったが、時々テオドールやヒルデガルドの事を空恐ろしく感じるフリートヘルムにすれば予想通り行かなかったりした時に、初めて人間らしく思え安堵する事すらあった。

「国内の混乱が長引くと他国の介入を招きかねないから早急に片づけたいけど、チャンスと捉えるしかないでしょうね」

「対抗勢力を一気に殲滅するチャンスと言う訳か、一つ一つ潰していくより早く済みそうだな」

「それもあるけど、もう一つの意味の方が大きいわね、テオドールの祖父は傭兵から身を興したってのは有名な話よね、対抗勢力を潰した後その没収した領地を手柄を立てた者に分配してやるって煽れば目の色を変えるのが相当数いるでしょうね」

 確かに後を継げない次男三男には今回の戦役をチャンスと捉え従軍した者達も大勢いた、燻ぶった者達にとって大きく勢力図が塗り替わる機会は滅多にないチャンス以外のなにものでもなく、多くの勢力が反グリュックに着けば、潰され没収される所領もより多くなるという側面も持っていた。

「いい案ではあるが、ガリシの占領地の事も考えると論功行賞は荒れそうだな、腹案はあるのか?」

 そんなフリートヘルムの問い掛けにニヤリと笑いながら、腹案を披露する。

「ガリシの領地は気前よく手柄のあったものに全部分配してしまえばいいわ、復興までにかなり時間がかかるでしょうね、そこを任せる新領主には復興費用として王家から必要経費を長期金利で貸し出せばいいのよ、そうすれば復興が叶い黒字に転嫁してからも延々と搾り取れるでしょうね」

 楽しそうに語るフィルデガルドを見ると、やはりこいつは悪魔だとしか思えなかった。

「どうせ、数人大抜擢を行い宣伝に使うつもりなのではないか?」

「当然!」

 敵ではなくて本当に良かったと思ってしまった。やる事が一々えげつなく、たぶん今後の貸し出し資金の金利も生かさず殺さず延々と搾り取る事を想定した数値を出している事が予想でき、こういう女が一歩間違えると『毒婦』と呼ばれるのだろうと、そんな事を考えてしまった。
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