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王国動乱
理想と現実とお花畑
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傭兵にとって仕えるのは国ではなく金であった、契約に基づき仕事はするが、フリーの段階であればどこの国であろうと雇われることに吝かではなかった。
勝ち馬に乗るのは最も堅実な方法であるだけに、占領下にあるオトリシュ城外には売り込みの傭兵団が殺到していた。
「ヴィレム子爵、此度の卿の戦功は極めて大きいものと考えている」
ヴァレンティンに個別に呼ばれた際にここまでの評価から戦後の報酬の内示があるのだろうと期待して出向くヴィレムは笑いを堪えるのに苦労していた、神妙な顔をしてはいたが、内心では喜びで踊り出したいような心境であった。
「まだ和平交渉も済まぬうちから気の早い話ではあるが、報奨は期待しておきたまえ」
「はっ!今後ともグリュック陛下に忠誠を誓います」
ヴァレンティンの傍らに控えるテオドールにすればヴィレムは非常に分りやすい人物であった、能力もあるであろう事は、指示されることなく街道封鎖に踏み切ったその手腕からも窺え、きちんと報酬を提示し、その約束を裏切ることなく与えれば、問題ない人物とみてよいと思われた。
「此度の戦も詰めの段階に入っているが、後はガリシに泣きつかせる事が出来れば完全勝利と言っていいと思うが卿に何か名案はあるかな?」
策士として名高いテオドールがいる現状で自分に策を問う事の意味をヴィレムは即座に理解した、要するにテストであり、そこでどれだけ明確な戦術プランを練る事が出来るかを試そうという思惑であり、その披露したプランを実行して見せろというところまでが一連の計画なのであろうと判断した。
「恐れながら、正規軍のこれ以上の損耗は戦後に差し障りましょう、傭兵を中心とした部隊を再編成し、アンヴェール方面への村々を攻略して行けば自ずと和平の使者を寄越す事と思われます、そして維持困難であろう新規攻略した村々を返還する事を和平条件として提示すれば向こうの面子も立ち比較的和平に応じ易いかと愚考する次第であります」
意気揚々と語るヴィレムの言葉を聞きながらテオドールやゲルトラウデは至極真っ当な策であると考えていた、現状の戦力ではそのあたりが限界である事は明白であったから。
「良策だな、卿に頼めるかな?」
「はっ!」
更に手柄を立てる機会を得たと、内心では戦後の報奨がどのくらいになるのかその期待といち早くグリュック支持を表明した賭けに勝ったという高揚感で叫び出したいくらいであった。
足取りも軽く退出すると、さっそく部隊の再編制、城外で雇い主を求める傭兵団との交渉に乗り出した、この勝負がどれだけ早く多くの村々を落とせるかという時間との闘いという側面を持つことを彼は知っており、それを理解できるだけの有能な男でもあったのだから。
「卿に足りないものを持っている男だな」
ヴァレンティンの言葉は嫌味の色も皮肉の色もなかったが、完全には意味が理解できず質問で返す形になった。
「野心でしょうか?」
「それもあるがこの場合分かり易さかもな」
フェルディナントの後見人を長い事してきたヴァレンティンにとって今回の騒動の一端は自分にあったという後悔の念は非常に強くあった、フェルディナントの疑心暗鬼から始まった騒動であったが、テオドールの存在に起因している部分が非常に大きい事も理解していた。
テオドールに野心がなく怪しい行動をとっていたという事実もなく、せいぜい公爵家との縁組くらいだが、それさえ届け出を出しており、それを怪しいというのはいくらなんでもこじ付けに過ぎると思われた。そんなテオドールを非常に恐れ疑った理由は単に分かり難さにあったのだと思われた。
先のヴィレムのように才能も野心もある男であれば非常に計算し易い、しかし何を考えているのかまるで分からない事があるテオドールは非常に不気味な存在と写るのも理解できなくはなかった。無欲を装い本心を隠し陰謀を練っているのではないだろうか?陰謀の影が見えないのは非常に巧妙に隠しているのではないだろうか?そんな考えに囚われ過ぎるとどうしようもなく怪しく見えてしまうのも理解できてしまった。
「いっそ愛妾を100人くらい侍らせるとかした方がいいかもしれんな」
テオドールはヴァレンティンの真意が読めず、冗談なのであろうが、どういう脈絡で語られた冗談なのであろうか?と真剣に考えてしまい、ゲルトラウデはゲルトラウデでこれ以上愛妾を増やすなんてもってのほかだとジトッとした目でヴァレンティンを睨みだしていた。
「いやな、正直な話、卿の理想の人生とはどんなものなのだ?可能、不可能はともかくとして、忌憚なき意見を聞いてみたいのだ」
急にそんな事を言われるとどう答えていいものか答えに困ってしまう、謀反や反乱を警戒しての諮問ではないことは感覚的に理解でき、たぶん興味本位での質問である事も理解できたが、いざ理想の人生と言われると答えに困ってしまった。
王様になりたいか?そう問われたら間違いなく『No』と答えるだろう、あんな面倒な地位になぜ好き好んで就きたがるのか理解に苦しんでしまう。
「正直に言えば王族の末っ子に生まれ小さな村を捨扶持として与えられてそこでのんびり生きる、みたいなのが理想ですかねぇ」
ヴァレンティンにはテオドールが嘘を言っていないのは理解できた、しかし死神と恐れられ抜群の軍才を示す者が言うとどうしても嘘臭く聞こえてしまうのも確かであった。
「卿の軍才は才能の一言で片づけられるものではなく、時間のある時はそこの軍師と戦術研究に余念がないとも聞く、穏やかな暮らしを望む事と矛盾して聞こえるのだがな」
「アストリッドとこの前話したんですけどね、非武装の女子供の殺害命令なんて出したくないんですよ、その点ではアストリッドのいう事も非常に理解できるんです、ただ勝利の為にはそんな命令も出さざるを得ない、その点シミュレーションだけなら人は死にませんからね」
空想の世界で遊ぶ分には戦争を楽しめるが実際に血にまみれた戦争はできるならしたくないという発想は理解できた、ヴァレンティンとて幾多の戦場で非情な命令を下した事は数知れずあり、それを嬉々として行う者など虫唾が走る思いもする。
「穏やかな人生を望みながら、現実ではその手を血で染める事も厭わない、そういう事ですか?」
それまで黙って聞いていたアストリッドだったが、自分との会話を引き合いに出された辺りからは噛み締めるようにその話を聞いていた、そしてテオドールの回答にヴァレンティンの答えが出る前に思わず質問してしまった。
「まぁそうだね、酒でも酌み交わして語り合えば分かり合える、なんて事が実際にできれば手を血で染める必要もなく生きていけるんだろうけどね」
そんな事が出来るはずもなく、本気で言っているのであれば頭がおかしいと思われても仕方のないレベルの話である事はアストリッドにも十分に理解できた。
「ままならんものだよ現実は、酒でも酌み交わして語り合えば分かり合える、そんな事を心から信じられればある意味幸せなのかもしれんがな」
ヴァレンティンのその言葉にさすがにアストリッドも眉をひそめながら反論する。
「いくら私でもそこまで頭がお花畑な思考はしておりませんよ、そんな事を真顔で言うやつが居たら見て見たいくらいです!」
アストリッドの反論に皆から笑みが零れたが、逆にそんな思考をする人間ばかりならこの世は平和であろうと心底考えてもいた。
勝ち馬に乗るのは最も堅実な方法であるだけに、占領下にあるオトリシュ城外には売り込みの傭兵団が殺到していた。
「ヴィレム子爵、此度の卿の戦功は極めて大きいものと考えている」
ヴァレンティンに個別に呼ばれた際にここまでの評価から戦後の報酬の内示があるのだろうと期待して出向くヴィレムは笑いを堪えるのに苦労していた、神妙な顔をしてはいたが、内心では喜びで踊り出したいような心境であった。
「まだ和平交渉も済まぬうちから気の早い話ではあるが、報奨は期待しておきたまえ」
「はっ!今後ともグリュック陛下に忠誠を誓います」
ヴァレンティンの傍らに控えるテオドールにすればヴィレムは非常に分りやすい人物であった、能力もあるであろう事は、指示されることなく街道封鎖に踏み切ったその手腕からも窺え、きちんと報酬を提示し、その約束を裏切ることなく与えれば、問題ない人物とみてよいと思われた。
「此度の戦も詰めの段階に入っているが、後はガリシに泣きつかせる事が出来れば完全勝利と言っていいと思うが卿に何か名案はあるかな?」
策士として名高いテオドールがいる現状で自分に策を問う事の意味をヴィレムは即座に理解した、要するにテストであり、そこでどれだけ明確な戦術プランを練る事が出来るかを試そうという思惑であり、その披露したプランを実行して見せろというところまでが一連の計画なのであろうと判断した。
「恐れながら、正規軍のこれ以上の損耗は戦後に差し障りましょう、傭兵を中心とした部隊を再編成し、アンヴェール方面への村々を攻略して行けば自ずと和平の使者を寄越す事と思われます、そして維持困難であろう新規攻略した村々を返還する事を和平条件として提示すれば向こうの面子も立ち比較的和平に応じ易いかと愚考する次第であります」
意気揚々と語るヴィレムの言葉を聞きながらテオドールやゲルトラウデは至極真っ当な策であると考えていた、現状の戦力ではそのあたりが限界である事は明白であったから。
「良策だな、卿に頼めるかな?」
「はっ!」
更に手柄を立てる機会を得たと、内心では戦後の報奨がどのくらいになるのかその期待といち早くグリュック支持を表明した賭けに勝ったという高揚感で叫び出したいくらいであった。
足取りも軽く退出すると、さっそく部隊の再編制、城外で雇い主を求める傭兵団との交渉に乗り出した、この勝負がどれだけ早く多くの村々を落とせるかという時間との闘いという側面を持つことを彼は知っており、それを理解できるだけの有能な男でもあったのだから。
「卿に足りないものを持っている男だな」
ヴァレンティンの言葉は嫌味の色も皮肉の色もなかったが、完全には意味が理解できず質問で返す形になった。
「野心でしょうか?」
「それもあるがこの場合分かり易さかもな」
フェルディナントの後見人を長い事してきたヴァレンティンにとって今回の騒動の一端は自分にあったという後悔の念は非常に強くあった、フェルディナントの疑心暗鬼から始まった騒動であったが、テオドールの存在に起因している部分が非常に大きい事も理解していた。
テオドールに野心がなく怪しい行動をとっていたという事実もなく、せいぜい公爵家との縁組くらいだが、それさえ届け出を出しており、それを怪しいというのはいくらなんでもこじ付けに過ぎると思われた。そんなテオドールを非常に恐れ疑った理由は単に分かり難さにあったのだと思われた。
先のヴィレムのように才能も野心もある男であれば非常に計算し易い、しかし何を考えているのかまるで分からない事があるテオドールは非常に不気味な存在と写るのも理解できなくはなかった。無欲を装い本心を隠し陰謀を練っているのではないだろうか?陰謀の影が見えないのは非常に巧妙に隠しているのではないだろうか?そんな考えに囚われ過ぎるとどうしようもなく怪しく見えてしまうのも理解できてしまった。
「いっそ愛妾を100人くらい侍らせるとかした方がいいかもしれんな」
テオドールはヴァレンティンの真意が読めず、冗談なのであろうが、どういう脈絡で語られた冗談なのであろうか?と真剣に考えてしまい、ゲルトラウデはゲルトラウデでこれ以上愛妾を増やすなんてもってのほかだとジトッとした目でヴァレンティンを睨みだしていた。
「いやな、正直な話、卿の理想の人生とはどんなものなのだ?可能、不可能はともかくとして、忌憚なき意見を聞いてみたいのだ」
急にそんな事を言われるとどう答えていいものか答えに困ってしまう、謀反や反乱を警戒しての諮問ではないことは感覚的に理解でき、たぶん興味本位での質問である事も理解できたが、いざ理想の人生と言われると答えに困ってしまった。
王様になりたいか?そう問われたら間違いなく『No』と答えるだろう、あんな面倒な地位になぜ好き好んで就きたがるのか理解に苦しんでしまう。
「正直に言えば王族の末っ子に生まれ小さな村を捨扶持として与えられてそこでのんびり生きる、みたいなのが理想ですかねぇ」
ヴァレンティンにはテオドールが嘘を言っていないのは理解できた、しかし死神と恐れられ抜群の軍才を示す者が言うとどうしても嘘臭く聞こえてしまうのも確かであった。
「卿の軍才は才能の一言で片づけられるものではなく、時間のある時はそこの軍師と戦術研究に余念がないとも聞く、穏やかな暮らしを望む事と矛盾して聞こえるのだがな」
「アストリッドとこの前話したんですけどね、非武装の女子供の殺害命令なんて出したくないんですよ、その点ではアストリッドのいう事も非常に理解できるんです、ただ勝利の為にはそんな命令も出さざるを得ない、その点シミュレーションだけなら人は死にませんからね」
空想の世界で遊ぶ分には戦争を楽しめるが実際に血にまみれた戦争はできるならしたくないという発想は理解できた、ヴァレンティンとて幾多の戦場で非情な命令を下した事は数知れずあり、それを嬉々として行う者など虫唾が走る思いもする。
「穏やかな人生を望みながら、現実ではその手を血で染める事も厭わない、そういう事ですか?」
それまで黙って聞いていたアストリッドだったが、自分との会話を引き合いに出された辺りからは噛み締めるようにその話を聞いていた、そしてテオドールの回答にヴァレンティンの答えが出る前に思わず質問してしまった。
「まぁそうだね、酒でも酌み交わして語り合えば分かり合える、なんて事が実際にできれば手を血で染める必要もなく生きていけるんだろうけどね」
そんな事が出来るはずもなく、本気で言っているのであれば頭がおかしいと思われても仕方のないレベルの話である事はアストリッドにも十分に理解できた。
「ままならんものだよ現実は、酒でも酌み交わして語り合えば分かり合える、そんな事を心から信じられればある意味幸せなのかもしれんがな」
ヴァレンティンのその言葉にさすがにアストリッドも眉をひそめながら反論する。
「いくら私でもそこまで頭がお花畑な思考はしておりませんよ、そんな事を真顔で言うやつが居たら見て見たいくらいです!」
アストリッドの反論に皆から笑みが零れたが、逆にそんな思考をする人間ばかりならこの世は平和であろうと心底考えてもいた。
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