レイヴン戦記

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王国動乱

凱旋

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 大歓声に迎えられての凱旋となった、ガリシの侵攻に始まりオスカーの裏切りによる国王フェルディナントの捕縛、禅譲、エルザスにとって受難としか思えない事件が続いた後の敵国第二都市の奪取という大勝利、絶望的な状況からの挽回に王都オレンボーの民衆は狂喜し、凱旋軍を一目見ようとその華々しい行軍に群がった。
 今後の論功行賞でどれだけの報奨が得られるのかで、皆期待に胸を膨らませていたが、その与える側に回ってしまったテオドールは気が重くてしょうがなかった。もちろん久々に国に帰れるという安堵感はあったが、それでさえアルメ村に帰れるわけではなく、いつ帰れるのかは全くの未定と言った状況であった。
 王都より極秘のうちに抜け出すと、密書によって連絡を取り合っていた、フリートヘルムといったん合流し、伯爵兵を借り受け、同時に伯爵領経由で合流していた旗下の兵と共に国を後にして軍事行動を開始し、帰国までに4ヶ月の月日が経っていた、村を離れてからの月日を入れてもまだ1年にもならないが、やたら長い年月がかかったように感じられ、村に帰りたいという思いは日に日に強くなっていた。

「おかえりなさい、お疲れさまでした」

 テオドールを迎えるユリアーヌスとヒルデガルドに剣のある所はなく、労りの心情があふれていた、流石にこういう所はよく心得ていた。もちろんその裏で数日休息させた後、馬車馬のように働かせる計画ではあったのだが。

「王都はかわりない?」

 テオドールにしてもやはり自分の身内で固められた場所に帰ってくると安心するし、すでに10年近く夫婦をやっていると、いいことも悪い事も含め落ち着くものを感じていた。

「大丈夫よ、あなたがどこかの女剣士とコスプレプレーを楽しんでる間もしっかりと王都を守っていましたからね」

 『何で知ってんだよ!』思わず叫びそうになったが、その事実を知る人間は自分を入れて4人しかおらず、アストリッドが自分の恥を他人に吹聴するとも思えず、犯人は二人に絞られた。容疑者に目をやると、ヨナタンはしきりに首と手を振り無実をアピールする一方でもう一人の容疑者はスッと目を逸らせた。

「チョコレートケーキか?」

「いえ、バウムクーヘンです」

 自白も同然であった、むしろ隠すつもりさえない様子が伺えた。苦笑いするしかなかったが、ユリアーヌスも本気で怒っていない事は雰囲気で分かっていたが故に、そこまで深刻な様子は誰からも感じられなかった。
 元々テオドールの近況については、筆不精で面倒を嫌うテオドールに代わってゲルトラウデが報告していたのだが、アストリッドとのやり取りもその内容が色気のあるものではなく、笑い話でしかない事は十分に理解でき、ユリアーヌスもヒルデガルドもその内容を想像して大笑いしたものであった。

「まあ、今夜じっくりと聞くとしましょうか」

 苦笑いしか出なかったが、約四カ月ぶりのユリアーヌスとの逢瀬にはたしかに胸躍るものを感じていた。



 論功行賞の下準備は順調に進んで行ったが、一つだけ大きな問題がフリートヘルムの頭を悩ませていた、誰もが完全に納得の行く論功行賞など行えるはずもなく、若干の不平不満が出てくることは仕方のない問題であると割り切っていたが、事が大きいと影響も大きいだけに放置できない問題が勃発していた。
 旧公爵領はヘロナ以外の地域はほぼ降伏や帰属が完了しており、その地域の大半を国王直轄領とすることで王権の強化を図る予定であり、勲功著しかった者にはガリシから奪い取った地域を下賜し領主貴族へ取り立てるという方針がほぼ決まっていたが、ここで隠居していたオルトヴィーンから書状が届いた。
 書状の内容は子爵家に纏わるものであった、ヴィレムの父とオルトヴィーンは旧知の仲であり、今回の騒動で孫が不遇な立場に追いやられることを苦慮し、オルトヴィーンに泣きついた形であり、旧知の間柄であるがゆえに、無碍にもできず、息子に何とかならないかという、相談の手紙を送った形であった。
 子爵家クラスの裁定に判断を誤ると、連鎖的に他の諸侯もその裁定に疑問を呈し、場合によっては多くがフェルディナントの復権を望むという、事態に発展する事も最悪あり得るだけに、頭を悩ませるところであった。戦争では頼りになるテオドールに相談しても、こういった問題にはほぼ無力である事を知っているだけに、頼りになるのは死神テオドールよりよほどたちの悪い悪魔ヒルデガルドしかおらずその知恵を借りる事となった。



 悪魔ヒルデガルドの入れ知恵の下で、フリートヘルムとヴィレムの晩餐会と言う名の論功行賞下準備の会合は行われた。

「お初にお目に掛かります、此度の活躍、お見事としか言いようがなく、卿の活躍なくばどうなっていたか分かったものではありませんな」 

 実際にエルザスの勝利は揺るがなかったと考えていた、しかしヴィレムの活躍により大いに計画を上方修正する事が出来たのは事実であり、その目端の利く様はたしかに賞賛に値した。

「いいえ、フリートヘルム様こそ、混乱する国内を纏められ、オスカー一派につけ入る隙を与えないその手腕感服しております」

 オスカーが間抜けすぎるだけで、あの状況でオスカーに着くバカなどいるわけはないのだから、オスカーの目は最初からなかったと言っていいが、それでも国内の混乱を最小限に留めた手腕はオスカーのような無能者とは比較にならない事を意味していた。

「私の父と卿の父は親交があったよようでな、我らも共に協力しあって若き王を盛り立てて行きたいものだな」

 ヴィレムにとって父親になんの感情も抱いていなかったが、そこで会話に水を差すような真似はせず、「その通りですな」と相槌を打ち流そうとしたが、話はそこで終わらなかった。

「その父が卿の父に泣きつかれているそうなのだ、孫可愛さに卿の父がゴネ出したそうでな、危険な時に利用し、危機が去ればお払い箱にしようとするなど言語道断だと思わんか?」

 ヴィレムは状況を察したが、フリートヘルムの真意はこの時点ではまだ完全には分からなかった、しかしこの場面でのベストの切り抜け方を瞬時に判断し返答した。

「心配せぬようお伝えください、フリートヘルム様とテオドール様の義兄弟で国を盛り立てるように、私も甥と力を合わせ子爵領の繁栄に力を尽くす所存です」

 子爵領を継ぐのは自分だ、しかし甥も別に殺害しようとは思わん、そういう意思表示であった。しかし孫を後継者にしたい、ヴィレムの父の願いを完全に無視するものでもあった。
 意図を瞬時に読み取り、そつのない回答を出すあたり、やはりなかなかの切れ者であると確認できるだけに、非常に厄介さも感じていた。

「惜しいな、卿のような人物にこそ要所を任せたいのだがな」

「いえ、旧公爵領と接しておりますので、ヘロナ攻略の折には是非とも先鋒を賜りたいと思っている所であります」

「ああ、それはないよ」

 そのフリートヘルムの発言を受け一瞬思考は停止したが、自分の発言に失言があったとは思えなかった、余裕の感じられるフリートヘルムの発言から、何らかの間違いを犯した可能性を目まぐるしく考え出したが、考えが纏まる前に、フリートヘルムは続けた。

「テオドールはフェルディナントと和解したがっているんだよ、力押しで攻める事を望んでいない」

 冗談にしか聞こえなかった、事がここまで拗こじれてはどちらかが死ぬまで事態の解決などありえない事は子供でも知っていた。

「和解の道があるとは思えませんが」

「私もそう思う」

 あっさりと同意されると真意がいよいよ分からなくなってきた、何がいいたいのだろうか?そんな思いはあったが、焦れば術中に嵌る事は目に見えており、すでに嵌りつつあるという自覚があるだけに、少し矛先を変えて見る事とした。

「テオドール様とフリートヘルム様で意見が異なるという事ですかな?」

「いや、意見は一致しているよ、和解したいがそんな方法はない、って事はテオドールも十分承知しているからね」

 少しだけ見えてきた気がした、落としどころを探している最中であり、極力力押しは避けたいという方針であろう事をその会話から察する事が出来た。

「これは忠告だが、世間の噂でなんと言われようと、テオドールがユリアーヌス様を愛しておられるのは真実だ、奴の逆鱗に触れたくなければそこには触れない方がいいぞ、私は死神に喧嘩を売れるほどの度胸はないのでな」

 年増の行かず後家を押し付けられた、そんな話は聞いた事があった、世間の噂ではせいぜいそんな所であったが、フリートヘルムの忠告に嘘があるようにも思えなかったため、ユリアーヌスの弟を殺す事に抵抗を感じている事がその理由である事まで理解できた、そしてひいてはヘロナ攻略の最前線に立つという事は場合によってはその首切り役を担う事になり、八つ当たりの対象になりかねない可能性すら示唆するものであった。
 そして、その発言でフリートヘルムの腹案が見えた気がした、その腹案を考えるとあまりにも人を馬鹿にした内容であろうと、非常に腹立たしさを覚えた。

「なるほど、確かに、感情は時に厄介な代物ですからな」

「うむ、時に今回の論功行賞の報酬なのだが、一番悩ましいのはガリシから奪い取った領地をどうするか?という所なのだが、卿ならどのように分配する?」

 予想通りだと思った、どうしても占領地を細切れに分配したのではいざと言う時の統率が取りにくい、中心になる人物が必要になるが故、占領地に新たな領地をやるから、元来の子爵領は甥に譲れという意味に相違ないと思われた。論外に近い理屈であった、本来の約定により子爵領はもう自分の物であるはずであり、そこを没収されて占領地を幾許いくばくか与えられるだけではまるで懲罰人事である、一番手柄はヴァレンティン、二番手柄はテオドールにあるとしても三番手柄は自分であろうと考えていたのに、それが懲罰人事のような裁定では腹立たしいと思うのが普通であった。

「そうですな、手柄を立てた者を叙勲し、領主騎士として取り立てれば、やる気を出す者も大勢おり今後を考えれば効果的な論功行賞となりましょう、しかし敵の侵攻がありうることを考えれば核となる領主は必要でしょうから、その役はテオドール様を置いて他ありますまい」

 その意見を聞くと少し面白そうに頷き、尋ねた。

「理由を聞いていいかな?」

「はい、敵の侵攻が来る場合、カリンティア、ガリシどちらからの侵攻も考えられます、そんな困難な場所を守り切れるのは並の名将では不可能かと、その点テオドール様なら今までの戦績を見ても申し分なく、現在二村のみの領地を考えても大加増となりバランスを考えてもこれが最良の論功行賞と思われます」

「すばらしい、私の考えとほとんど一致していたよ!」

 意外な言葉だった『おまえがやれ』そう、遠回しに言ってくると思っていただけに完全に賛同されると気味の悪ささえ感じられた。

「地図を」

 控えていた侍女に声を掛けると、侍女はすぐに地図を持ってやって来た、フリートヘルムはその地図を広げると、地図上にはすでに地域ごとに区分けされ書き込みがなされていた。

「最前線でいざとなったら敵の侵攻を跳ね返すくらいの戦力が必要になるわけだから、オトリシュを中心とした、その近辺を含むこの位の領地は必要と思っていたのだ、もちろん近隣の村に配置される新領主たちは寄騎としていざと言う時に備える形でな、どう思うかね?」

 言葉もなかった、フリートヘルムが提示した地域は公爵領に匹敵し、子爵領の倍以上あるように思われた、しかも近隣を寄騎として配下のように使っていいのであれば、その規模は小国に匹敵した。
 村のいくつかを提示されお茶を濁すつもりなのであろうかと腹を立てたが、もしこれだけの大領を貰えるのであれば悪魔と契約してもいい、ヴィレムは本気でそう思ってしまった。

「ただ、残念なことにな、テオドールに言ったのだが、大きい領地なんて面倒臭い、加増は特にいらないの一点張りでな、しかも行政官、統治者としてはそこまで優秀かどうか不安な点も多いんだよなぁ」

 そう言いながらチラッとヴィレムの方を見る、その視線の意味に気付くと、即座に口から言葉が出た。

「閣下!もしよろしければ不肖私めにお任せ願えないでしょうか?」

「おお!卿が引き受けてくれるなら心強い!よろしく頼むぞヴィレム辺境伯」

 完全に耳を疑ってしまった、子爵である自分にとって二段階上の爵位を言われたのであり、地域の王としての振る舞いを許可されたという事であった。その大盤振る舞いに薄気味悪ささえ感じながら、望外の報奨に軽く目眩を覚えるほどであった。
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