レイヴン戦記

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王国動乱

祝勝会

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 律儀に可愛らしい姿で祝宴に出席したが、やはり似合っていなかった、それを見るエッケハルトは剣士としての成長を喜ぶと同時に、曾孫を見ることが絶望的なのではないだろうか?という暗澹たる気分を同時に味わっていた。

「今回は冗談半分の罰ゲームだったけど、アストリッドもきちんとコーディネイトすれば美人なのよね、実際に求婚者がけっこういたみたいだし」

 そんなヒルデガルドの慰めも、その求婚者を全て断った事実を知るだけにどういう男を探せば満足するのか、まるで見当がつかなかった、この際だからテオドールの愛人でもかまわんとさえ思うようになってきていた。
 そんな不満顔のエッケハルトとアストリッド以外は皆、和やかな雰囲気の下、歓談を楽しんでいた。

「そういえば、いくつか腑に落ちない点があったのですがよろしいでしょうか?」

 留守番役であった、フリートヘルムにすれば前線の状況は逐一伝令によって伝えられていたが、細部に分からない点もあり、若干分からない点もいくつかあっての質問であった。ヴァレンティンの了承を受けると、質問を開始した。

「オレンボーを出発した時4万だった軍が合流して来た軍を吸収し最後は7万まで増えましたが、そこまで増えなければ戦略は破綻していたのではないでしょうか?」

 テオドールと行動をともにしていたヨナタンなども後で全体の流れを聞いた時に感じた疑問であった、3万の軍勢ではとてもオトリシュを落とせたとは思えなかった。

「公爵領での暴動が仕組まれた者である事は知っているな?オスカーは自領を守るためにかなり兵を残していた節があった、それをそっくり吸収するだけで1万は下るまい、そして各地からの合流兵はやはりレイヴンの名が聞いたのだろうな、予想よりかなり多かったのは事実だ」

 そこまで言うと一息いれ、集まりが悪かった場合の戦略を披露し始めた。

「途中までは一緒さ、3万の軍勢があれば小さな村を蹂躙する分には十分だからな、問題のオトリシュに関しては、囲んでテオドールからの脅しで屈しなければ撤収という予定だな、占領範囲は狭まるが十分切り取り、前線の位置をかなり押し上げられただけでも十分な戦果と言えたのでな」

 テオドールの援軍撤収に成功させた夜襲もギリギリであった事を考えると、この戦全体の勝利は揺るがなかったとしても、戦果はかなり下方修正されていた可能性も考えられた事が理解できる内容であった。

「儂の方も聞きたいのだが、ヴィレムに対して少し大盤振る舞い過ぎではないのか?論功行賞にケチをつけるつもりはないが少し驚いたぞ」

 そのヴァレンティンの質問にはヒルデガルドが答えた。

「いいのよ最前線だし、散々暴れまわった村々の復興にいくらかかると思ってるの、10年は大赤字が続いて、その後は借金返済でしばらく手が回らないわよ、やっと軌道に乗るとしたら孫の代でしょうね、ヴィレムだってじっくり考えれば気付いたかもしれないけど、回りくどくもったいぶったせいで領地の大きさと地位の大きさで判断をミスったんでしょうね」

 最初にこの提案をヒルデガルドから出された時、フリートヘルムはその大盤振る舞いぶりにヴァレンティンと同じ感想を抱いたが、人口、規模、領地から得られる収入予想、維持兵力、復興費用、全てを計算してみると大赤字にしかならなかった、しかも子爵領は今回の恩ということで一部領地の返還に応じており、労せずして国王直轄領を増やす事に成功していた。死神も悪魔と比べれば可愛く感じられるとさえ思えてしまった。
 しかも強欲ではなくあくまで計算で動いていた、テオドールには今回特に加増もなければ地位の向上もなく、配下の従士三名を騎士に叙勲した以外目立った事は何一つなかった。理由は戦功第二位とも言える人物が大した恩賞も得ていないという状況を作れば恩賞に不満を持つ者達も声を大にして何も言えないくなってしまう事をしっかりと計算に入れてであった。本人に言わせれば「ここまでくれば、もう国全てが自分達の物みたいなもんだし、いまさら小さなことを気にしても始まらないわ」との事であった、敵であったらという想像は想像するだけで恐ろしくなってしまう。
 身内のみでの小規模な祝宴であるだけに和気藹々とした雰囲気であったが、アストリッドの発した言葉でまたも静まり返る事態となった。

「すいません、フェルディナント様はどうなさるおつもりなのでしょうか?復権はないにしろ最後の落としどころはどうしようと計画されているのかと思いまして」

 アストリッドなりにかなり言葉を選んでの発言だったのであろう、以前に比べればかなり穏やかな表現を使うようになって来ていたし、現実的な落としどころを考えていた節さえ見受けられた。

「正直分からないんだよね、ユリアーヌスから頼まれてるし殺したくないってのは本音なんだ、だけどね、どこに妥協点を持ってくればいいのか、なんか名案ないかねぇ」

 テオドールの返答は回答にはなっていなかったが正直な本音である事は理解できた、理解できるが故にその難しい現状がより浮き彫りになった気がした。

「たとえばですが、生まれてくる子をテオドール様の子と縁組をさせ、和解をアピールした上でグリュック陛下を認める宣言を出してもらう、その後はアルメ村みたいなところで隠居生活を送ってもらうというのはいかがでしょうか?」

 皆そのアストリッドの発言に驚きを隠せなかった、今までのバカ正直に正道を語る内容と異なり、非常に現実を踏まえた、実現可能な内容だったからである。皆しばし言葉を失っていた。

「本物?偽物じゃないの?」
「熱があるんじゃないんですか?」
「拾い喰いでもしたんですきっと」
「おかしな格好させたせいで狂ったのかも」

 皆辛辣であった、しかし逆に言えばそれだけアストリッドの言った方針はあり得る内容であったという事でもあった。あまりに失礼な皆の反応に少し憮然としていたが、ヒルデガルドがフォローするかのように回答を始めた。

「現実的にありだと思うけど、難しいわね、まずフェルディナントが受け入れるかどうかね、あの若さで隠居を受け入れて田舎の村で長い余生を送るって事に同意するかしら?そんな屈辱を受けるくらいなら殺せ!っていうのが一般的な王族の反応だと思うわよ」

 テオドールなら嬉々として受け入れたであろうと皆は思ったが、フェルディナントが嬉々として受け入れる姿は想像できなかった。考え込むようなアストリッドにフォローを入れるのも忘れてはいなかった。

「それなりにいい案だったと思うわ、また何か思いついたら言ってごらんなさい、現実的な意見であればちゃんと聞くから」

 すこし思いつめたように更に質問を続けた。

「私の見る限りそこまで暗愚な人物には見えませんでした、どうしてこうなってしまったんでしょうか?」

 ヴァレンティンにしても同じ見解であった、何をどう間違えたのだろうかと自問自答したりもしたが、明確な結論は出なかった。

「そんなもん、テオドールのせいに決まってるじゃない」

 そんなヒルデガルドの断定的な物言いに、名指しされたテオドールは納得できない表情を浮かべた。そして何か言おうとしたが、言葉を発す前にヒルデガルドは続けた。

「ヴァレンティン将軍、お兄様、ちょっとお聞きしますね、王様がある諸侯に言いました、広大な領地をやろう、諸侯は答えました、管理が面倒なんでいりません、王様は言いました、高い地位をやろう、諸侯は言いました、都に上るのが面倒なんでいいです、さてどう思いますか?」

「謀反を企んでるようにしか思えんな、胡散臭すぎる」

「絶対に何か企んでいる気がするな」

 ヒルデガルドの問い掛けに対し、二人の答えはほぼ一致していた、テオドールは非常にバツの悪そうな顔をしていた。

「あなたが嘘をついていないのは知っているの、ただ客観的に見たら非常に胡散臭いと思われるのよ!」

 返す言葉もなかったが、確かに客観的には胡散臭く感じるというのも理解できた、だからこそ将軍に任命された時は小躍りして喜んで見せたつもりであったが、農民的な欲望はあっても、一般的な貴族の持つ欲望をほとんど持たないテオドールの行動は奇異に写る点が多く、どうしても胡散臭く見られてしまっていたのであった。
 ヴァレンティンにしても、言われてみれば納得の行く理由であった、フェルディナントの行動は平素はあくまで普通であったが、テオドールを意識するかのような部分があると誤作動のように判断が狂っていった気もした。

「貴族や王族の価値観なんて正直分からないよ」

「いいのよ、あなたはそのままで、足りないものは私達がフォローしていくから、それに他国と付き合う時は使者経由だから、事前に脚本書いてその通りに演じれば大抵問題なく行くでしょうしね」

 一生道化を演じるかと思うと、微妙に嫌な気分になるが、一生人形遣いをする覚悟を決めているであろう、ヒルデガルドの決意も分るだけに特に何も言う気にはなれなかった。
 そんな事を考えていると、思い出したかのようにヴァレンティンが話始めた。

「ああ、他国との付き合いで思い出したんだが、大きいところから縁組の話が来ていて・・・」

「却下!」

 ヴァレンティンの言葉は途中でヒルデガルドによって却下されてしまった。

「ガリシからグリュックの嫁に王族の娘はいかがですか?っていう話でしょ?聞かなくても分るわ、だいたい10年後を目処にあの国は完全に潰して併合する予定だから余計なしがらみは作りたくないしね」

 本気なんだろうという事を皆が理解し、実行に移すとしたら、実際に現場で苦労する人間の身にもなってくれと思っていると、ヴァレンティンはあっさりと否定して来た。

「残念だが違うぞ、今回の騒動のけじめとして現国王は引退、王太子であったブルクハルトが王に即位する運びとなった、縁談はそのブルクハルトの娘とテオドールだ」

「私にケンカ売ってるってのは、よ~く分かった、ガリシはすぐに潰す!」

「血も涙もない死神の化身、弱点があるとしたら滅法女好きで戦場にまで女を連れ歩く女狂い、それがテオドールの評判だから、機嫌をとろうとしたら、金銀財宝より女という事になるんだろうな」

 皆笑いを堪えるのに苦労していた、もう慣れてきているとは言え、いよいよ他国にまで評判が伝わって行ってしまうようでは、今後この手の話がますますやって来る事が考えられ、それを考えると、そんな話が来るたびに興おこるこの手の騒動を想像しどうしても笑いを堪え切れぬものが出て来ていた。

「しかし10年後を目処に潰すというのはどういう試算だね?」

「奪還した領地の経営が順調になって行くのにかかる時間を考えての試算ね、ガリシは倒したけど国が疲弊し、最終的には共倒れっていうんじゃ意味ないでしょ」

「10年後なら、丁度いいんじゃないのか?」

「どういう意味?」

「縁談の相手はいま5歳だそうだ」

 自分が世間からどういう目で見られているのか本気で悩んでしまうテオドールであった。
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