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王国動乱
ご満悦
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オスカーは日々自分が国王になった際の人事に余念がなかった、そこまで厳しく封鎖されていないため、ガリシでの和平が成立した事も知っており、国土の多くを奪われたガリシを属国化する計画まで立てていた。その壮大な計画をフェルディナントも王者の計画と盛大に褒め称えた。
「宮廷道化より面白いのではないか、あの男は?」
「おもしろいでしょう?見てて飽きないわよ」
ガリシから領土の大半を奪ったのはヴァレンティンやテオドールであり、もし仮にオスカーが国の大半を占拠する機会を得たとしても、内乱状態になった国の混乱に乗じて奪われた領地の奪還に動き出すのは目に見えており、どうやったら属国化できるのか、バカバカしい限りであった。
「以前から知っているが、あそこまで酷くはなかった気がしたが、どうなんだ?」
「敗戦のショックや公爵領のほとんどを失ったショックで現実逃避しているのではないですか?確かに以前よりおかしな言動をとるようになっているように感じますね」
正確な分析だったと思われる、現実的な喪失感を妄想で穴埋めする事によって、かろうじて精神の均衡を保つしかない状態まで悪化しつつあるというのが、この時のオスカーの状態であった。
しかし追い詰められているのはフェルディナントも同様であった、各地の諸侯に出した手紙の返事はほとんど戻って来ず、無視という形で協力要請を断られていた。何人かは自らの不明を恥じテオドールとの和解を希望するなら仲介の労は厭わず、という返事もあったが、その結果を受け入れる事は彼にとって困難な事であった。
「オスカーに組せんという者もほとんどいないようだし、切っても問題ないのではないか?」
「そうですね、面白い道化でしたが、何かのはずみでどうなるか分かったものではない者をのさばらせておくと問題を起こしかねませんしね、しかしどうやります?理想はテオドールに殺してもらう事でしょうが」
悩ましいところであった、口では勇ましい事を言っていても前線で泥にまみれるような戦いは絶対にしようとせず、今回のように大々的な行軍であればまだしも、ここまで兵数を減らした段階で前線に出る可能性は皆無と言えた。
しばらくは様子を見る事しかできず、状況の変化に期待する他ない状態であった。フェルディナントも現状を冷静に分析した上で勝ち目がほとんどない事を理解していた、地方の一都市に立て籠もって抵抗運動を行っているが、そこから全土掌握をする方法がまるで浮かんでこなかった。しいて言うならば自分が提唱した四ヶ国連合であったが、それでさえ状況の悪化に伴い現実味は薄れていくのを実感していた。
「こんな時、テオドールならどうするであろうな?」
「降伏するでしょうね」
即答であった、そしてフェルディナントもテオドールであればそうするであろう事を理解していた、しかしそれで許されるのであろうか?降伏して処刑されるくらいなら華々しく最後まで戦いたいという思いもあった、策略に嵌められるのは敗北以上の屈辱を感じる事であるだけに、それだけは避けたいという思いがあった。
「もし本気で勝ちたいと思うのでしたら、危機的状況で傷口を広げるような事は避けるべきかと、時にはジッと息を潜めて待つことも大切だと思いますよ」
言わんとする事は理解できた、たしかに余計な行動が事態の悪化を招きかねないという事は骨身に染みている、出方を見ることもまた重要なのだろうと、少し息を吐き気を落ち着け道化を遠目に眺めながら待つことにしてみた、来るか来ないか分からない機チャンスを。
興奮の熱が醒めると現実が見えてくる、ヴィレムの現状がまさにそれであった。爵位を大きく上げ、広大な領地を得る事など、次男として生まれ兄にもしもの事があった時のスペアとしか見てもらえず、兄に子が生まれてからは完全に要らない者とした扱われていた自分にとって今の現状は正に夢なら醒めないでくれといったものであった。しかし与えられた領地の状況を数値化した資料を冷静に眺めて見ると、その領地経営の道程が茨の道である事はすぐに理解できた。安定しているが伸びしろの少ない子爵領に比べてはるかに大きな魅力を秘めているとはいえ、復興に10年はかかるのではないだろうか?そんな事を考えてしまった、その間にかかる費用は当然のように借金であり、借金には利息が付く、領国経営が軌道に乗るのは果たしていつなのであろうか?そう考えると興奮は一気に醒めてしまった。
他にも不安材料はある、和平が成立したとはいえ、つい先ごろまで自分の領地であった所を奪い返したいと思うのは自然の感情であろうし、軍の維持に力を入れないと安定化は厳しいことが容易に想像がついた、先立つものは金であるが、そんなものは全くない、有能で切れ者といっても、実際はつい先日まで部屋住みの居候である、出来る事にも自ずと限界が生じてしまっていた。
しかも、今まで誰からも見向きもされないような所にいたヴィレムに社交界での伝手などないに等しく、今回の戦争で一応の顔つなぎが出来た大物である、ヴァレンティン、テオドール、フリートヘルム、にしろ近づきたがっている人間は大勢おり、それを押しのけて面会に持ち込むような伝手は皆無と言ってよかった。
そんな打開策を模索し右往左往していたヴィレムの下にテオドールからの晩餐会の招待状が舞い込んで来た、こちらから面会を申し込みたいくらいの相手からの招待状に狂喜したが、慎重に対応すべきであろうと、招待日までにしっかりと準備する事に余念はなかった。
社交の意味は親睦の意味もあったが、一種の外交戦争を意味する側面もあった、相手から何をどう引き出すか、利用価値はあるのか?どういった人物なのか?能力はあるのか?そういった側面をお互いに計り合う、そんな場所でもあった。
「本日はお招きいただき誠に恐縮であります、ご家中の者とご賞味いただければと、持参いたしました、どうぞお納めください」
手土産持参で来るのも常道であった、金銭であったり芸術品であったり、様々であったが、そこでも人物を見られる傾向があった、中には噂を丸のみにして、美女数名を持参し、非常に気まずい空気を作り出した者もいたが、その人物が中央で高位に着く事はなかった。
ヴィレムの持参した土産は一風変わったものであった、樽は酒であろうという事が容易に想像できたが、それほど大きくなく盾を少し小さくしたくらいの木箱がいくつも持ち込まれていた、あまり見た事のない形状であり、しかも家来が持ち運ぶ様子からそこまで重い物ではないように見受けられた。
「それはなんでしょうか?」
ついつい気になって聞いてしまったテオドールであったが、喰いついてきた時点でヴィレムは第一手の成功を確信した。
「はい、軍師様が菓子が好きであると聞き及びまして、いくつか珍しい菓子を持参させていただきました、今回の戦役でもご活躍と聞き及び、ささやかながら御礼の意味を込めての物であります」
テオドールは後ろで目を輝かせる者の気配を感じたが、それが誰なのか振り返らなくても察しがついた。しかしまず第一段階としては合格であろうと言えた、噂を鵜呑みにして美女を連れて来た者は論外として、金品を持って来たとしたら今後の領国経営を計る前の段階でそこまで潤沢に社交に金を使う事は賛否の分れる事であると考えられた、その点情報を分析し、面白い所を突いてくるのはなかなか如才なさを感じさせた。
ヴィレムもテオドールの噂を聞いてはいたが、女狂いという噂に関しては信憑性に乏しい部分がかなりあるとしか思えなかった。貴族が複数の愛人を持つことは珍しい事ではなく、事実ヴィレムの兄も父も愛人を持ち、部屋住みの身分で妻さえ持つことのできないヴィレムの不快感を助長させていた、テオドールくらいの若さであれば浮気も含めそれなりに女性の影が付き纏っていたとしてもまったく不思議ではないのに何故こうも噂が独り歩きしたのかが気になり調べてみたが、やはりガセの可能性が強いとしか思えなかった。
噂が独り歩きした理由は主に二つあった、一つはバリエーションに富んでいたため吟遊詩人がネタにしやすかったのである、王姉ユリアーヌス、兄嫁ヒルデガルド、捕虜ゲルトラウデ、村娘アルマ、女剣士アストリッド、侍女イゾルデ、何人かは実際には手を着けていない者もいたが、極めて色々な種類の女性がいるという事で耳目を集めてしまった事に起因していた、もう一つは、ゲルトラウデとアストリッドの影響が強かった、軍師と親衛隊長といった、本来男が務める職務を女性に任せている事から、どうしても世間の目は愛妾を常時側に侍らせていると映っていた。
ともあれ、美女を手土産にするような愚行に走る事はなく、第一手は成功だったといえた、事実手土産は女性陣に大変好評であった。
晩餐会は和やかなうちに進行して行った、家中の者も多数同席しており、あまり身分を気にしないという噂が真実であった事が確認できた。ヴィレムにしろほんの少し前までなんの身分も持たない者であった以上そんな事は気にならなかった、むしろ地位が上がった途端にすり寄ってくるような者に腹立たしさを覚えるくらいであった。
「兄が厄介な土地を押し付けてしまって本当に申し訳なく思っています」
ふとヒルデガルドがそんな話を始めた、ヴィレムもテオドールの妻がフリートヘルムの妹である事は知っており、かなりの才女であるという話も知っていた。
「いえ、抜擢していただき誇りに思っています、顧みられぬこと程辛い事はないですからな」
ヴィレムの言葉にヨナタンも非常に深く同意できた、テオドールについて行ったおかげで騎士に叙勲されることができたが、末端騎士家の三男など、誰からも顧みられないのが普通であり、そのまま埋もれて行くのが大半であったのだから、浮かび上がる事が出来、大いに抜擢されることはそれだけで喜ばしい事なのは完全に同意できてしまった。
「ただ、あれだけの大領となりますと、胸躍ると同時に不安もありますな、なにとぞ事あるごとにご助力いただければ幸いです」
「もちろんよ、復興にかかる資金の調達、物資の援助、商会の派遣、バックアップこそが兄の仕事なんだから過労死するくらいにこき使ってかまわないわよ」
冗談か本気か分からなかったが、にこやかに言う顔から真意を読み取る事は難しかった。しかし今日ここに招かれた理由は自分の人物を見定め今後の付き合いについて考える事と同時にせっかく奪取した最前線の要所があっさりと敵に奪い返されたら目も当てられないため、そのバックアップの約束を内々にする事であろうという予想が間違っていない事を確信した。
「内助の功という言葉もありますが良妻に恵まれたテオドール様が本当に羨ましい限りです」
『騙されてる!』その場にいた皆が思ったが、誰も口には出さなかった、ヒルデガルドは『内助の功』という範疇で収まるような存在ではなかった、戦争以外ではあまり役に立たないテオドールに代わってほぼ家を切り盛りしていると言ってもよかった、今ヒルデガルドが急死しようものなら、テオドール以上に大きな影響が出ていた事は疑いようもない事実であった。
褒められて得意そうな顔をしているヒルデガルドであったが、さらにヴィレムは続けた。
「実はお願いがありまして、私はここまで部屋住みの人生で妻を迎える事も出来ずに来てしまいました、もし良縁がありましたら是非紹介いただきたいと思っておりました、ヒルデガルド様のような方を娶られたテオドール様の目なら間違いないと思いまして、伏してお願いいたします」
そんなヴィレムの頼みを聞くと、テオドールは心底ヒルデガルドの事が恐ろしく感じられた、全てヒルデガルドの予想通りに進行していたのだから。今回ヴィレムを呼んだ目的はヴィレムの予想通りこれから復興しなくてはならない最前線の要地を任せるにあたってのバックアップの保証であった、その確約手形として婚姻等を通じた保証を求めて来るであろう事まで読み込んでいたのである。
チラッと同席していたエルゼを見ると目が合い軽く頷くのが見て取れた、もし会ってみて会食の様子や会話の内容で生理的に受け付けないようなタイプならここで拒絶のサインが出される予定であったが、エルゼのサインは承諾を意味するものであった。
「今回の戦役でけっこう多くの者が亡くなりましてね、私の従姉妹にも夫を亡くした者がおり、悲嘆に暮れておりまして」
そこまでテオドールが言うとヴィレムは言っている意味を理解した、30を少し過ぎたヴィレムにとっては確かに若すぎる妻よりも年齢的なバランスはいいだろう、テオドールの従姉妹であれば20代半ばくらいであろうか、まだ子が産めぬ年齢でもないし、場合によれば愛妾でも作りその間に子を作ればいいだけの話でもある、あまり兄弟姉妹のいる話を聞かないテオドールにしてみれば従姉妹くらいが最も身近な親族であろう事も理解できると、この話はかなりいい話のように感じられた。
そして、同席者を観察すると、ゲルトラウデとアストリッドはオトリシュで見て知っていた、ヒルデガルドとは初対面ではあるが紹介を受け違う事を理解していた。そうなってくると座っている位置関係などから候補は一人しかいないように思われた、よく観察すると『普通』としか思えない容姿であった、美人と言えなくもないだ万人が認めるかどうかは微妙であり、醜くはないが普通くらいではなかろうか?それがなるべく客観的に観察した上での評価であった。
「夫を亡くされおつらい思いをされている事でしょうな、もし私で慰めになるのであれば今後の人生を共に歩んでいきたいと思います」
ヒルデガルドにすれば話が早くて助かるとしか思えなかった、やはりそれなり以上に有能であると安心できる、バカなオスカーなどかえってどう動くのか予想外な事があるが自分の事を利口だと思っており、それなりに知恵の回る人間の行動の方がはるかに読みやすいとさえ思えてしまった。
ヴィレムの言葉を受けエルゼ紹介すると、「この方でしたか!」と驚いて見せたが、猿芝居にしか見えなかった、絶対に気付いていたのはヒルデガルドの目には明らかであった『芝居はもう少しうまくならなきゃね、目で誰がそうか探していたわよ』そんな事を考えていた。
「宮廷道化より面白いのではないか、あの男は?」
「おもしろいでしょう?見てて飽きないわよ」
ガリシから領土の大半を奪ったのはヴァレンティンやテオドールであり、もし仮にオスカーが国の大半を占拠する機会を得たとしても、内乱状態になった国の混乱に乗じて奪われた領地の奪還に動き出すのは目に見えており、どうやったら属国化できるのか、バカバカしい限りであった。
「以前から知っているが、あそこまで酷くはなかった気がしたが、どうなんだ?」
「敗戦のショックや公爵領のほとんどを失ったショックで現実逃避しているのではないですか?確かに以前よりおかしな言動をとるようになっているように感じますね」
正確な分析だったと思われる、現実的な喪失感を妄想で穴埋めする事によって、かろうじて精神の均衡を保つしかない状態まで悪化しつつあるというのが、この時のオスカーの状態であった。
しかし追い詰められているのはフェルディナントも同様であった、各地の諸侯に出した手紙の返事はほとんど戻って来ず、無視という形で協力要請を断られていた。何人かは自らの不明を恥じテオドールとの和解を希望するなら仲介の労は厭わず、という返事もあったが、その結果を受け入れる事は彼にとって困難な事であった。
「オスカーに組せんという者もほとんどいないようだし、切っても問題ないのではないか?」
「そうですね、面白い道化でしたが、何かのはずみでどうなるか分かったものではない者をのさばらせておくと問題を起こしかねませんしね、しかしどうやります?理想はテオドールに殺してもらう事でしょうが」
悩ましいところであった、口では勇ましい事を言っていても前線で泥にまみれるような戦いは絶対にしようとせず、今回のように大々的な行軍であればまだしも、ここまで兵数を減らした段階で前線に出る可能性は皆無と言えた。
しばらくは様子を見る事しかできず、状況の変化に期待する他ない状態であった。フェルディナントも現状を冷静に分析した上で勝ち目がほとんどない事を理解していた、地方の一都市に立て籠もって抵抗運動を行っているが、そこから全土掌握をする方法がまるで浮かんでこなかった。しいて言うならば自分が提唱した四ヶ国連合であったが、それでさえ状況の悪化に伴い現実味は薄れていくのを実感していた。
「こんな時、テオドールならどうするであろうな?」
「降伏するでしょうね」
即答であった、そしてフェルディナントもテオドールであればそうするであろう事を理解していた、しかしそれで許されるのであろうか?降伏して処刑されるくらいなら華々しく最後まで戦いたいという思いもあった、策略に嵌められるのは敗北以上の屈辱を感じる事であるだけに、それだけは避けたいという思いがあった。
「もし本気で勝ちたいと思うのでしたら、危機的状況で傷口を広げるような事は避けるべきかと、時にはジッと息を潜めて待つことも大切だと思いますよ」
言わんとする事は理解できた、たしかに余計な行動が事態の悪化を招きかねないという事は骨身に染みている、出方を見ることもまた重要なのだろうと、少し息を吐き気を落ち着け道化を遠目に眺めながら待つことにしてみた、来るか来ないか分からない機チャンスを。
興奮の熱が醒めると現実が見えてくる、ヴィレムの現状がまさにそれであった。爵位を大きく上げ、広大な領地を得る事など、次男として生まれ兄にもしもの事があった時のスペアとしか見てもらえず、兄に子が生まれてからは完全に要らない者とした扱われていた自分にとって今の現状は正に夢なら醒めないでくれといったものであった。しかし与えられた領地の状況を数値化した資料を冷静に眺めて見ると、その領地経営の道程が茨の道である事はすぐに理解できた。安定しているが伸びしろの少ない子爵領に比べてはるかに大きな魅力を秘めているとはいえ、復興に10年はかかるのではないだろうか?そんな事を考えてしまった、その間にかかる費用は当然のように借金であり、借金には利息が付く、領国経営が軌道に乗るのは果たしていつなのであろうか?そう考えると興奮は一気に醒めてしまった。
他にも不安材料はある、和平が成立したとはいえ、つい先ごろまで自分の領地であった所を奪い返したいと思うのは自然の感情であろうし、軍の維持に力を入れないと安定化は厳しいことが容易に想像がついた、先立つものは金であるが、そんなものは全くない、有能で切れ者といっても、実際はつい先日まで部屋住みの居候である、出来る事にも自ずと限界が生じてしまっていた。
しかも、今まで誰からも見向きもされないような所にいたヴィレムに社交界での伝手などないに等しく、今回の戦争で一応の顔つなぎが出来た大物である、ヴァレンティン、テオドール、フリートヘルム、にしろ近づきたがっている人間は大勢おり、それを押しのけて面会に持ち込むような伝手は皆無と言ってよかった。
そんな打開策を模索し右往左往していたヴィレムの下にテオドールからの晩餐会の招待状が舞い込んで来た、こちらから面会を申し込みたいくらいの相手からの招待状に狂喜したが、慎重に対応すべきであろうと、招待日までにしっかりと準備する事に余念はなかった。
社交の意味は親睦の意味もあったが、一種の外交戦争を意味する側面もあった、相手から何をどう引き出すか、利用価値はあるのか?どういった人物なのか?能力はあるのか?そういった側面をお互いに計り合う、そんな場所でもあった。
「本日はお招きいただき誠に恐縮であります、ご家中の者とご賞味いただければと、持参いたしました、どうぞお納めください」
手土産持参で来るのも常道であった、金銭であったり芸術品であったり、様々であったが、そこでも人物を見られる傾向があった、中には噂を丸のみにして、美女数名を持参し、非常に気まずい空気を作り出した者もいたが、その人物が中央で高位に着く事はなかった。
ヴィレムの持参した土産は一風変わったものであった、樽は酒であろうという事が容易に想像できたが、それほど大きくなく盾を少し小さくしたくらいの木箱がいくつも持ち込まれていた、あまり見た事のない形状であり、しかも家来が持ち運ぶ様子からそこまで重い物ではないように見受けられた。
「それはなんでしょうか?」
ついつい気になって聞いてしまったテオドールであったが、喰いついてきた時点でヴィレムは第一手の成功を確信した。
「はい、軍師様が菓子が好きであると聞き及びまして、いくつか珍しい菓子を持参させていただきました、今回の戦役でもご活躍と聞き及び、ささやかながら御礼の意味を込めての物であります」
テオドールは後ろで目を輝かせる者の気配を感じたが、それが誰なのか振り返らなくても察しがついた。しかしまず第一段階としては合格であろうと言えた、噂を鵜呑みにして美女を連れて来た者は論外として、金品を持って来たとしたら今後の領国経営を計る前の段階でそこまで潤沢に社交に金を使う事は賛否の分れる事であると考えられた、その点情報を分析し、面白い所を突いてくるのはなかなか如才なさを感じさせた。
ヴィレムもテオドールの噂を聞いてはいたが、女狂いという噂に関しては信憑性に乏しい部分がかなりあるとしか思えなかった。貴族が複数の愛人を持つことは珍しい事ではなく、事実ヴィレムの兄も父も愛人を持ち、部屋住みの身分で妻さえ持つことのできないヴィレムの不快感を助長させていた、テオドールくらいの若さであれば浮気も含めそれなりに女性の影が付き纏っていたとしてもまったく不思議ではないのに何故こうも噂が独り歩きしたのかが気になり調べてみたが、やはりガセの可能性が強いとしか思えなかった。
噂が独り歩きした理由は主に二つあった、一つはバリエーションに富んでいたため吟遊詩人がネタにしやすかったのである、王姉ユリアーヌス、兄嫁ヒルデガルド、捕虜ゲルトラウデ、村娘アルマ、女剣士アストリッド、侍女イゾルデ、何人かは実際には手を着けていない者もいたが、極めて色々な種類の女性がいるという事で耳目を集めてしまった事に起因していた、もう一つは、ゲルトラウデとアストリッドの影響が強かった、軍師と親衛隊長といった、本来男が務める職務を女性に任せている事から、どうしても世間の目は愛妾を常時側に侍らせていると映っていた。
ともあれ、美女を手土産にするような愚行に走る事はなく、第一手は成功だったといえた、事実手土産は女性陣に大変好評であった。
晩餐会は和やかなうちに進行して行った、家中の者も多数同席しており、あまり身分を気にしないという噂が真実であった事が確認できた。ヴィレムにしろほんの少し前までなんの身分も持たない者であった以上そんな事は気にならなかった、むしろ地位が上がった途端にすり寄ってくるような者に腹立たしさを覚えるくらいであった。
「兄が厄介な土地を押し付けてしまって本当に申し訳なく思っています」
ふとヒルデガルドがそんな話を始めた、ヴィレムもテオドールの妻がフリートヘルムの妹である事は知っており、かなりの才女であるという話も知っていた。
「いえ、抜擢していただき誇りに思っています、顧みられぬこと程辛い事はないですからな」
ヴィレムの言葉にヨナタンも非常に深く同意できた、テオドールについて行ったおかげで騎士に叙勲されることができたが、末端騎士家の三男など、誰からも顧みられないのが普通であり、そのまま埋もれて行くのが大半であったのだから、浮かび上がる事が出来、大いに抜擢されることはそれだけで喜ばしい事なのは完全に同意できてしまった。
「ただ、あれだけの大領となりますと、胸躍ると同時に不安もありますな、なにとぞ事あるごとにご助力いただければ幸いです」
「もちろんよ、復興にかかる資金の調達、物資の援助、商会の派遣、バックアップこそが兄の仕事なんだから過労死するくらいにこき使ってかまわないわよ」
冗談か本気か分からなかったが、にこやかに言う顔から真意を読み取る事は難しかった。しかし今日ここに招かれた理由は自分の人物を見定め今後の付き合いについて考える事と同時にせっかく奪取した最前線の要所があっさりと敵に奪い返されたら目も当てられないため、そのバックアップの約束を内々にする事であろうという予想が間違っていない事を確信した。
「内助の功という言葉もありますが良妻に恵まれたテオドール様が本当に羨ましい限りです」
『騙されてる!』その場にいた皆が思ったが、誰も口には出さなかった、ヒルデガルドは『内助の功』という範疇で収まるような存在ではなかった、戦争以外ではあまり役に立たないテオドールに代わってほぼ家を切り盛りしていると言ってもよかった、今ヒルデガルドが急死しようものなら、テオドール以上に大きな影響が出ていた事は疑いようもない事実であった。
褒められて得意そうな顔をしているヒルデガルドであったが、さらにヴィレムは続けた。
「実はお願いがありまして、私はここまで部屋住みの人生で妻を迎える事も出来ずに来てしまいました、もし良縁がありましたら是非紹介いただきたいと思っておりました、ヒルデガルド様のような方を娶られたテオドール様の目なら間違いないと思いまして、伏してお願いいたします」
そんなヴィレムの頼みを聞くと、テオドールは心底ヒルデガルドの事が恐ろしく感じられた、全てヒルデガルドの予想通りに進行していたのだから。今回ヴィレムを呼んだ目的はヴィレムの予想通りこれから復興しなくてはならない最前線の要地を任せるにあたってのバックアップの保証であった、その確約手形として婚姻等を通じた保証を求めて来るであろう事まで読み込んでいたのである。
チラッと同席していたエルゼを見ると目が合い軽く頷くのが見て取れた、もし会ってみて会食の様子や会話の内容で生理的に受け付けないようなタイプならここで拒絶のサインが出される予定であったが、エルゼのサインは承諾を意味するものであった。
「今回の戦役でけっこう多くの者が亡くなりましてね、私の従姉妹にも夫を亡くした者がおり、悲嘆に暮れておりまして」
そこまでテオドールが言うとヴィレムは言っている意味を理解した、30を少し過ぎたヴィレムにとっては確かに若すぎる妻よりも年齢的なバランスはいいだろう、テオドールの従姉妹であれば20代半ばくらいであろうか、まだ子が産めぬ年齢でもないし、場合によれば愛妾でも作りその間に子を作ればいいだけの話でもある、あまり兄弟姉妹のいる話を聞かないテオドールにしてみれば従姉妹くらいが最も身近な親族であろう事も理解できると、この話はかなりいい話のように感じられた。
そして、同席者を観察すると、ゲルトラウデとアストリッドはオトリシュで見て知っていた、ヒルデガルドとは初対面ではあるが紹介を受け違う事を理解していた。そうなってくると座っている位置関係などから候補は一人しかいないように思われた、よく観察すると『普通』としか思えない容姿であった、美人と言えなくもないだ万人が認めるかどうかは微妙であり、醜くはないが普通くらいではなかろうか?それがなるべく客観的に観察した上での評価であった。
「夫を亡くされおつらい思いをされている事でしょうな、もし私で慰めになるのであれば今後の人生を共に歩んでいきたいと思います」
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ヴィレムの言葉を受けエルゼ紹介すると、「この方でしたか!」と驚いて見せたが、猿芝居にしか見えなかった、絶対に気付いていたのはヒルデガルドの目には明らかであった『芝居はもう少しうまくならなきゃね、目で誰がそうか探していたわよ』そんな事を考えていた。
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