レイヴン戦記

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王国動乱

妥協点

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 小躍りせんばかりに帰って行ったヴィレムであり、その反応もあながち分からなくもないものであった、部屋住みの何も持たない立場から、戦乱で一気に国でも有数の巨大な領地を得てしかも、妻として数年後は大将軍としてこの国を動かしていくであろう人物の従姉妹いとこを娶る約束まで取り付けたのだから、他人の目にはありえない程の幸運と映ったことであろう。

「本当にあれでよかったの?僕のためとか無理しなくていいんだからね」

 エルゼに聞くテオドールの言葉に嘘はなかったが、彼の目に写るものも、エルゼの目に写るものも若干のズレが生じていた、ヒルデガルドにはそのズレがどこから来るものなのかほぼ正確に理解していた節があった。

「エルゼは納得してるわよ、あの男の何か気に喰わない事でもあるの?」

 横合いから口を挟むヒルデガルドの存在も若干影響しているのだが、ヒルデガルドもその事には気付いていなかった、傍目にも強引な彼女が推し進めているように見えなくもないのだから。

「気に喰わないとまではわないけど、目端が利く人間だってのは理解できた、だからこそなんとなく危うい気がするんだよね」

 その言葉を聞くと軽くため息を吐き、少し醒めたような口調で諭すように語る。

「あなた、そういう考えで行くとフェルディナントみたいになるわよ、あの男は確かに純朴な人間ではないわ、ただし計算はできる人間よ、エルゼを粗略に扱う事が死神に喧嘩を売る事であるって十分に理解できる人間だとそう判断したのよ」 

 そんな二人のやり取りを当事者であるはずが、どうも蚊帳の外のように扱われてしまっているエルゼが口を挟む。

「あの、テオドール様、覚悟とか理想ではなく私なりの妥協点のようなもので考えればこの縁談はかなり望ましいものなんですよ、だから遠慮や自己犠牲とかではなく、本心からのものなんです」

 そういうものなのだろうか?そんな事を考えてたテオドールにダメ押しのようにヒルデガルドが続ける。

「ユリアーヌスの件は断れなかったかもしれないけど、アルマの件は断れたんじゃないの?傍目には押し付けられてイヤイヤって映ったとは思えないの?実際はどうだったの?」

「実際は、まあいいかくらいの感覚で、本気でイヤだったわけじゃないから、まあいいかみたいな感じだったわけで・・・」

 自分で言いながら、なんとなく理解ができてきた気がしてきた、理想の相手にはほど遠くても、まぁこんなもんかと妥協するかのような考えがどこかで働く心理を自分の事だと理解できても他人のケースだと理解しずらくなっていたのだろうと、一定の納得をしていた。
 しかし、それと同時に別の疑問を感じ尋ねた。

「ただ、僕のケースは小さな村の話だったけど、あれだけ大領を与えれば当然反乱や謀反に対する警戒は必要になり、そういう相手に嫁がせていいのかどうかって問題もあると思うんだよ」

 まるで娘を嫁がせる父親のようなセリフであり三人の娘の嫁ぎ先選びで苦労する未来がありありと見えるようで別の意味で不安を感じたが、それでもヒルデガルドはかなり過激な回答と思想を披露した。

「絶対謀反を起こさない人間なんてまずいないんじゃない?あなただって結果的には簒奪したようなものなんだしね」

「あれは、そうしなければ間違いなくオスカーに殺されてたからじゃないか!」

「殺されればいいじゃない。私は死を以って潔白を証明いたします、って言ってね」

 その無茶苦茶な理屈に言葉も出なかった、詭弁としか思えないでいるテオドールにさらにヒルデガルドは続ける。

「いい?そこまでやったらバカよ、ただ小さな事で癇癪を起して反乱するアホもいるし、目先の利益につられて反乱する間抜けもいるのがこの世の中なの、ヴィレムは計算ができる人間よ、あれがもし反乱を起こすとしたら、確実な勝算がある時でしょうね、そんな場合は中央がボロボロになっていたりするケースでそんな状況を招いた私達の自業自得って事でしょうね」

 言われると確かにそう思えた、今回のケースでもフェルディナントに味方しようという勢力はほとんどおらず、利を追及して考えれば落ち目のフェルディナントに着くことに全く旨味を感じられなかったからであろう事が理解できた。自分達のとった行動が正義ではなく、生き延びるための生存戦略という基盤に立ったものであるのと同時に他の諸侯にとっても、生き延びるための生存戦略である以上、強くなければあっさりと消えていくのも仕方ない場所にいる事を改めて実感してしまった。
 エルゼは途中から理解が追い付かなくなっていったが、自分がどういう立ち回りをすればもっとも皆が幸福になるのだろうかと、そんな事を考えていた。そんなエルゼの考えを察したわけでもないのだろうが、ヒルデガルドは少し柔らかな調子で付け加えた。

「まぁ妻にメロメロだったりすれば、いかに不利な状況であってもこっちに就いてくれるかもしれないけどね」

 その言葉を聞くと、少し笑いながら言った。

「私はそんなに魅力のある女ではありませんから」

「甘い!あなたやエルナは、もう少し男を虜にするような努力をしないでどうするの?行きつくところはアストリッドやイゾルデよ!結婚式まで時間もあるし、よ~く、そのあたりについてお勉強よ!」

 その勉強会には絶対に参加したくないと、側で聞いていたテオドールは考えていた、あきらかに見たくない裏側である事は容易に想像がついてしまった。

「効果ありますかね・・・」

「あるに決まってるじゃない、テオドールなんて私にぞっこんで、いつも私の為なら死ねるって言ってるわよ」

 あれ?そんな事言ったっけ?酔ってたのかな?寝言?そんな事を考えてしまったが、怖いので強く否定する事はできなかった。
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