レイヴン戦記

一弧

文字の大きさ
134 / 139
王国動乱

コーディネートはこうでねーと

しおりを挟む
 国家の存亡に係わる重要な任務である、そう言われてアストリッドは呼び出されていた、執務室ではなくヒルデガルドの私室であり、それが却って内密な謀である事を強調しているように感じられた。
 ヒルデガルドの私室には、女性陣がすでに揃っており、あまり見かける事のないフリーダの姿まで見られた。

「アストリッド、戦争や内乱で多くの人が死ぬ、それは分かっているわよね?」

「はっ!」

「避けられる戦争や内乱はなるべく避けられるよう努力するのがいいと思うんだけど、あなたの忌憚のない意見を聞かせて」

 彼女の頭には今夜来賓として来る、ガリシ国王ブルクハルトの名が思い浮かんだ、王を暗殺し一気に国を併呑すれば最小の犠牲で済む、そのために手練れの剣士である自分に暗殺者としての命を下すつもりであろうという考えを察した。

「はっ!いかなご命令であれ良き結果のため粉骨砕身の努力を惜しまぬ覚悟はできております!」

「そう、じゃあさっそくゲルトラウデお願いね」

「はい、こちらに来てください」

 ヒルデガルドの傍らに待機していたゲルトラウデがついてくるように指示し隣の衣裳部屋へと誘導する、アストリッドはいったい何が起きているのかイマイチ理解しかねていた。
 着替えを支持され渡された服はまたも彼女には絶対に似合わないような服であった。

「おい!いい加減にしろ!何度目だ!流石にくどいぞ!テンドンも許されるのはせいぜい2度までだぞ!」

 そんな怒りに任せたような彼女の怒声であったが、醒めたような表情でゲルトラウデは応じる。

「国家紛争に発展しかねない遠大な策です、ヒルデガルド様の策略に間違いがあるとでも思っているんですか?」

 一瞬考えたがどう考えても、関係があるとは思えず、間違いなく詭弁であろうと思えた。

「絶対に関係ないだろう!笑い者にしたいだけだろう!」

「絶対とおっしゃいましたね?今まで何度その絶対の自信を砕かれたと思っているんですか?」

 それを言われると何も言えなくなる、絶対に勝てると思った戦いでもあっさりと策に嵌められて敗北したり、なにか詭弁のような理由かもしれないがしっかりと理由は準備されており、弁舌で勝てる自信は欠片ほどもないのは理解していた。
 渋々と着替え衣裳部屋を出ると案の定クスクスと笑いものにされた、全員殺して自分も死のうか?本気でそう考え出していると、笑いを噛み殺すようにしながらヒルデガルド命じる。

「フリーダ次お願い」

「はい、よろしくお願いしますね」

 指名されたフリーダは返事をすると、軽くアストリッドに会釈をし、連れ立つように衣裳部屋に消えて行った。
 二人が消えてから先ほどに比べかなりの時間がかかったが、出てきたアストリッドを見て皆、目を疑った。別人としか思えなかったのだ、フリーダの選んだドレスはパーティー用の真紅のドレスで、無駄を極力排したような造りで派手さこそないが凛とした佇まいのアストリッドと非常にマッチしていた、彼女の肌は日に焼け若干の黒さは目立ったが、それさえも野生の野薔薇のような野性味を醸し出していた、メイクまでしっかりとされており、フリーダの手によるせいか、若干夜の女といった印象を見る者に与える部分もあるが妖艶さを感じさせるもので、男を知らない女にはとても見えなかった。
 ゲルトラウデにしても、完全に化けたアストリッドを見ると女として負けた気分になり妙に悔しく感じてしまった、女性陣からもあまりの変貌ぶりと美貌に感嘆のため息が漏れる有様であった。
 今度のメイクと衣装では皆の反応もバカにしたものではなく、率直な感嘆を示しており、初めてのそんな反応に照れくさいような居心地の悪さを感じたが、意を決したように尋ねた。

「ヒルデガルド様。国家存亡に係わるとの事でしたが、この服装とどういう関係があるのでしょうか?この格好でブルクハルトに近づき油断させて寝首を搔けとでもおっしゃるのでしょうか?」

「そんな物騒な事言わないわよ、まずは座ってお茶でも飲みながら話しましょう」

 言われて渋々と着席すると、イゾルデがお茶を用意してくれたが、女として下に見ていたアストリッドの見事な化けっぷりに、こんな事なら前回の対決の時全力で頭をかち割っておけばよかったと微妙な殺意を持ってしまった。

「エルゼ、エルナ、さっきの衣装を見てどう思った?」

 二人とも思い出して苦笑いを浮かべていたが、同一人物とも思えないような滑稽な姿であった。

「まあ、聞くまでもないわよね、中身は同じでも装い一つでまるっきり変わるっていういい実例でしょう」

「話は分かりましたが、国家存亡とはまるで関係ないじゃないですか!」

「エルゼは今度辺境伯の下に嫁ぐ事になったの、夫婦円満のために男をどう騙してのひらの上で転がすかっていう講義の第一回ね、十分反乱防止の範疇じゃない」

 皆少し引き笑いをする中で、婚約者が死んだと言って泣き叫んでいた娘が強くなったものだとイゾルデは妙に感慨深いものを感じた。
 弁舌で勝ち目がないと感じたアストリッドは少し不貞腐れたように席を立とうとしたが、呼び止められた。

「今夜、私は急病って事にするから、私の代わりに晩餐会に出席してね」

「はぁ!なんでですか!」

「それこそが国家戦略よ、ガリシに対しての牽制役にあなた以上の適役がいるとは思えないのよね」

 確かにガリシにとって悪夢のような敗戦にあって、その一翼を担った彼女の武名は鳴り響いており、それがパーティーの席に出てくるだけで威圧感を伴う事は事実であるのは間違いないと思えた、しかしどこかで嘘臭さも拭い切れずアストリッドは質問した。

「騙してないですよね?」

「私が嘘を吐くように見える?」

 こいつは生来のペテン師だ、その場にいる一同は皆口にこそ出さなかったが、そんな事を考えてしまった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

処理中です...