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王国動乱
真紅の夜叉
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グリュックを即位させ内外に宣伝した結果、周辺国は儀礼上の使者を次々と送って来ていた、使者を送るという事は当然のように即位を認め王位を支持するという意思表示になるため周辺諸国さえ、フェルディナントもオスカーも認めず、グリュックを支持する方針を明確にした事を意味した。
ヒルデガルドに言わせれば、一国くらいは不支持の態度を取り攻める口実でも作ってくれた方が助かったなどと言っていたが、ガリシの四分の一を占領したばかりで、国内外の落ち着きを取り戻してからでなくてはとても戦争などできる状態ではなかった。
祝賀の使者を送るに留めるのが通例であるが、ガリシに限っては王自らが祝賀の使者として訪れる事となった、迎え入れる側としても無碍にはできないため、厳重な警備と合わせて十分な歓迎を以って迎えるべく準備に余念がなかった。
「テオドール様が連れておられる方をご存知ですか?」
晩餐会にエルゼと共に出席していた、ヴィレムは初めて見るその人物の事が気になり、エルゼなら知っているのではと思い聞いてみると、少しおかしそうな笑いとともに回答は返って来た。
「アストリッド様ですよ」
その回答を聞くと目を見開き凝視してしまった、たしかによく見ればそう見えない事もないような気がした。
そんなヴィレムに少し面白そうにエルゼも話しかける。
「女は化けますね」
そう言われて彼女をよく見ると、初めて見た時に比べ今回はかなり衣装、メイクとも気合の入ったものであるように思われた、アストリッドには遠く及ばないかもしれないが、普段の地味なイメージとは違った華やかさを感じさせた。
「ああ、そうですね」
あまり強くも出られず、どうしても遠慮がちな会話を繰り返す二人であったが、エルゼには前の夫の素っ気なく、いかにも義務的な結婚とは違った温かみを感じ好感を持っていた。
晩餐会の席上でもヒソヒソと話題の的になったのはアストリッドであった、社交の場においてはいつもテオドールの横にいるヒルデガルドがおらず、代わりにいるのが見慣れぬ美女とあっては、ただでさえ女好きの噂を振りまくテオドールだけに、俄然注目を集める事となってしまった。
アストリッドはアストリッドで針の筵に座らされているような心地であった、能面のような無表情を貫きなるべく聞こえないふりをしていたが、どうしてもヒソヒソと話す声が耳に入ってしまう。しかもさきほどからチラチラとテオドールが自分の方を見ているのも非常に気になって仕方なかった。
以前自分の事をいやらしい目で見ていると糾弾された事があったが、この日ばかりはその指摘を反論する事が出来なかった、客観的に見てもチラチラとみている事をまるで否定できなかったのだから。ヒルデガルドとアストリッドを比べたら、美貌、優雅さ、など、ほとんどの点でヒルデガルドが勝っていたかもしれない、もちろん好みの問題もあるであろうが、大多数はヒルデガルドを支持したように思われる、しかしアストリッドにはヒルデガルドにはない魅力があった、日に焼けた野性味のある雰囲気、凛とした美しさ、短く切られた少年のような頭髪、引き締まったプロポーション、どれをとってもヒルデガルドとは違った魅力を発散させていた。晩餐会の席上も主賓である国王ブルクハルトそっちのけであったのだから、そのインパクトの程が伺えると言ってよかった。
「奥方様ですかな?」
ブルクハルトをもてなすホスト役であったフリートヘルムがそつなくこなしていたため、テオドール達は特に何もしなくてよかった形であったが、皆の注目を集めていただけに、ブルクハルトが声を掛けてきた。
「いえ、妻は本日体調不良につき代わってもらいました」
その言葉を受け軽く会釈をするアストリッドを見て、ブルクハルトは事情を理解した、体調不良の妻に代わり愛妾を伴っての参加である事が理解できた、テオドールくらいの年齢では珍しいが、妻も高齢である場合など、晩餐会などの舞台には華のある若い愛妾を伴って参列するケースも珍しくなかった。
女好きで知られるテオドールの連れる女であるだけに他の宮廷婦人とは異なる趣きを持っているように思われ、元外娼あたりではないかと、そんな予想を立てていた。
晩餐会は滞りなく進行していったが、途中からそこはかとなく不穏な気配が沸き起こって来ていた、ヒソヒソと囁かれる声の中に「鬼」「剣」「斬」など、どう考えても物騒な単語がチラチラと聞こえ出してきていた。
その空気に不穏な何かを感じて少し落ち着きがなくなっているブルクハルトの耳元に側近と思われる人物が何やら囁くと二人の視線はハッキリとアストリッドに向けられた。
「失礼ですが、レイヴン卿、お連れのご婦人のご尊名をお教え願えませんでしょうか?」
ブルクハルトの質問を受けると、テオドールは軽く目線をアストリッドに投げかけ軽く頷く。
「アストリッド・フォン・ブリンカーと申します、お見知りおきを陛下」
アストリッドの名乗りに、ブルクハルトの目は驚愕で見開かれた、夜戦において屍の山を築き『夜叉』と呼ばれ恐れられた女性がこのような美女であるとは夢にも思っていなかったからである、しかし考えてみれば『死神』テオドールの側近くにいる女性なのだからそれがアストリッドであっても特に驚く事ではない事も納得できた。
しかしそこからは常に微妙な空気が支配するようになっていった、つい先日まで戦争をしていた両国であり、わだかまりを堪こらえての来訪であった。特に実際に剣を振るい何人もの同朋を殺害したアストリッドを目の前にすると、どうしても感情的な部分が頭を擡げてくる。
それこそがヒルデガルドの狙いでもあったのだ、領土を大きく削られ落日のガリシとそこまでの友好を結ぶことを避けるために、相手の反発心を喚起しうるアストリッドを参加させた理由であった。
結局この日の晩餐会はそのまま淡々と進行するようにして終了した、明らかにアストリッドの名乗りから空気が変わったのは明らかであった、本来切り出す予定であった縁組の話もテオドールの隣に控えるアストリッドの無言、無表情の威嚇により切り出せないまま終了となった、結局この晩餐会を喜んだものがいたとしたら、孫娘の美しい姿を見て、「いつ死んでも悔いはない」と言い切ったエッケハルトくらいなものだったかもしれない。
ヒルデガルドに言わせれば、一国くらいは不支持の態度を取り攻める口実でも作ってくれた方が助かったなどと言っていたが、ガリシの四分の一を占領したばかりで、国内外の落ち着きを取り戻してからでなくてはとても戦争などできる状態ではなかった。
祝賀の使者を送るに留めるのが通例であるが、ガリシに限っては王自らが祝賀の使者として訪れる事となった、迎え入れる側としても無碍にはできないため、厳重な警備と合わせて十分な歓迎を以って迎えるべく準備に余念がなかった。
「テオドール様が連れておられる方をご存知ですか?」
晩餐会にエルゼと共に出席していた、ヴィレムは初めて見るその人物の事が気になり、エルゼなら知っているのではと思い聞いてみると、少しおかしそうな笑いとともに回答は返って来た。
「アストリッド様ですよ」
その回答を聞くと目を見開き凝視してしまった、たしかによく見ればそう見えない事もないような気がした。
そんなヴィレムに少し面白そうにエルゼも話しかける。
「女は化けますね」
そう言われて彼女をよく見ると、初めて見た時に比べ今回はかなり衣装、メイクとも気合の入ったものであるように思われた、アストリッドには遠く及ばないかもしれないが、普段の地味なイメージとは違った華やかさを感じさせた。
「ああ、そうですね」
あまり強くも出られず、どうしても遠慮がちな会話を繰り返す二人であったが、エルゼには前の夫の素っ気なく、いかにも義務的な結婚とは違った温かみを感じ好感を持っていた。
晩餐会の席上でもヒソヒソと話題の的になったのはアストリッドであった、社交の場においてはいつもテオドールの横にいるヒルデガルドがおらず、代わりにいるのが見慣れぬ美女とあっては、ただでさえ女好きの噂を振りまくテオドールだけに、俄然注目を集める事となってしまった。
アストリッドはアストリッドで針の筵に座らされているような心地であった、能面のような無表情を貫きなるべく聞こえないふりをしていたが、どうしてもヒソヒソと話す声が耳に入ってしまう。しかもさきほどからチラチラとテオドールが自分の方を見ているのも非常に気になって仕方なかった。
以前自分の事をいやらしい目で見ていると糾弾された事があったが、この日ばかりはその指摘を反論する事が出来なかった、客観的に見てもチラチラとみている事をまるで否定できなかったのだから。ヒルデガルドとアストリッドを比べたら、美貌、優雅さ、など、ほとんどの点でヒルデガルドが勝っていたかもしれない、もちろん好みの問題もあるであろうが、大多数はヒルデガルドを支持したように思われる、しかしアストリッドにはヒルデガルドにはない魅力があった、日に焼けた野性味のある雰囲気、凛とした美しさ、短く切られた少年のような頭髪、引き締まったプロポーション、どれをとってもヒルデガルドとは違った魅力を発散させていた。晩餐会の席上も主賓である国王ブルクハルトそっちのけであったのだから、そのインパクトの程が伺えると言ってよかった。
「奥方様ですかな?」
ブルクハルトをもてなすホスト役であったフリートヘルムがそつなくこなしていたため、テオドール達は特に何もしなくてよかった形であったが、皆の注目を集めていただけに、ブルクハルトが声を掛けてきた。
「いえ、妻は本日体調不良につき代わってもらいました」
その言葉を受け軽く会釈をするアストリッドを見て、ブルクハルトは事情を理解した、体調不良の妻に代わり愛妾を伴っての参加である事が理解できた、テオドールくらいの年齢では珍しいが、妻も高齢である場合など、晩餐会などの舞台には華のある若い愛妾を伴って参列するケースも珍しくなかった。
女好きで知られるテオドールの連れる女であるだけに他の宮廷婦人とは異なる趣きを持っているように思われ、元外娼あたりではないかと、そんな予想を立てていた。
晩餐会は滞りなく進行していったが、途中からそこはかとなく不穏な気配が沸き起こって来ていた、ヒソヒソと囁かれる声の中に「鬼」「剣」「斬」など、どう考えても物騒な単語がチラチラと聞こえ出してきていた。
その空気に不穏な何かを感じて少し落ち着きがなくなっているブルクハルトの耳元に側近と思われる人物が何やら囁くと二人の視線はハッキリとアストリッドに向けられた。
「失礼ですが、レイヴン卿、お連れのご婦人のご尊名をお教え願えませんでしょうか?」
ブルクハルトの質問を受けると、テオドールは軽く目線をアストリッドに投げかけ軽く頷く。
「アストリッド・フォン・ブリンカーと申します、お見知りおきを陛下」
アストリッドの名乗りに、ブルクハルトの目は驚愕で見開かれた、夜戦において屍の山を築き『夜叉』と呼ばれ恐れられた女性がこのような美女であるとは夢にも思っていなかったからである、しかし考えてみれば『死神』テオドールの側近くにいる女性なのだからそれがアストリッドであっても特に驚く事ではない事も納得できた。
しかしそこからは常に微妙な空気が支配するようになっていった、つい先日まで戦争をしていた両国であり、わだかまりを堪こらえての来訪であった。特に実際に剣を振るい何人もの同朋を殺害したアストリッドを目の前にすると、どうしても感情的な部分が頭を擡げてくる。
それこそがヒルデガルドの狙いでもあったのだ、領土を大きく削られ落日のガリシとそこまでの友好を結ぶことを避けるために、相手の反発心を喚起しうるアストリッドを参加させた理由であった。
結局この日の晩餐会はそのまま淡々と進行するようにして終了した、明らかにアストリッドの名乗りから空気が変わったのは明らかであった、本来切り出す予定であった縁組の話もテオドールの隣に控えるアストリッドの無言、無表情の威嚇により切り出せないまま終了となった、結局この晩餐会を喜んだものがいたとしたら、孫娘の美しい姿を見て、「いつ死んでも悔いはない」と言い切ったエッケハルトくらいなものだったかもしれない。
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