レイヴン戦記

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王国動乱

誤解

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 事実が短縮されて世の中に流布する事はよくある、例として『AがBを討ち取った』などという表現で語られることは多いが、実際に大将クラスの人物と大将クラスの人物が一騎打ちを行うケースなどほとんどなく、もし表現の正確さに拘るのであれば『Aの部隊に所属する兵士がBを討ち取った』と表現するのが正確であろう。
 もちろん、それは多くの人が知ることであり、たとえ部下が挙げた手柄でも指揮官が報奨を受け、その受けた報奨が部下へと還元される、還元率が低ければ当然のように信頼を失っていくというのが仕組みであるという事は大抵の人物が理解していた。
 しかし何事にも例外はあり『アストリッドが討ち取った』と言う表現は誇張もなく、そのまま真実であるケースが非常に多かった、そして戦場においてアストリッドが目立つのは理由もあった、本来高い階層にいる騎士は兜や重装備で身を堅める事が多いが、軽快な動きを身上とする上に視界が悪くなることを避けるため、彼女の装備は一般兵のように見えるほど簡素なものであった、顔を晒し戦闘を行く女剣士は嫌でも目立ち注目を集め生き延びた者達の恐怖によって膨れ上がった話によって伝説のようになりつつあった。
 目の前に実際に自分の同僚や親族をその手で殺した人物がいると思うと感情的な部分でやりきれなさを感じた者も多数いた。友好のための訪問であり、戦場で討ち取られた遺恨を持ち込むなど言語道断である事は皆理解していたが、理屈と感情はどうしても相容れない部分があった。

「アストリッド殿、卿の剣術の腕は今や知らぬ者はないほど鳴り響いており、予の配下にも是非剣術指南を希望する者がいるのだが、お受けしていただけないであろうか?」

 王宮にて滞在中のブルクハルトは配下の請願に答える形で指南要請を行った、剣の指南、ひいては剣の試合の体裁を成した決闘であり、遺恨試合の申し込みに形を与えただけのものであった。

「申し訳ありませんがお断りいたします」

 アストリッドの回答は明確なものであった、国家の名誉を懸けての戦いといっていいものでもあるのだから喜び勇んで応じると思われていただけに意外な返答であった。ただしあくまで指南要請であるため、臆したかといって挑発するのも奇妙な話となるだけに、その理由を探りかねていた。

「どこか具合でも悪いのですかな?女性には特有のタイミングもありますからな」

 ブルクハルトの後ろに控え指南を申し出た男が口を挟む、明らかな挑発であったが、アストリッドの回答は意外なものであった。

「たしかにそれもあります、つい先日も調子に乗って受けた決闘に敗れ、その代償として衆人の目の前で辱めを受ける事となりました、それ以来どうも調子が悪く、重ねて失礼いたします」

 そう言うと一礼し立ち去って行った、後に残された男達は衆人の見守る中であらん限りの辱めを受けるアストリッドを想像し、心拍数を上げて行った、みな城を抜け出し娼館に駆け込みたい衝動を抑えるのに必死になり、夜は兵舎で紋々とした夜を送る事となった
 彼女には煽るつもりも冗談を言うつもりもなかった、軽率な行動を強く禁じられていた事と少し前の決闘で背後のイゾルデを数に入れず不覚を取った事、その結果奇妙な姿で祝宴に出席させられ参加者達から好奇の視線で眺められ屈辱感を味わった事、その後気分が優すぐれず微妙な鬱状態である事を端的に言ったつもりであったが、その言葉の真意をきちんと把握できた者は一人もおらず、全員まったく違った意味で捉え、よからぬ妄想の材料となっていた。



 執務室の中で事の顛末を報告すると、報告を受けたユリアーヌスとテオドールは微妙な顔をせざるを得なかった、たぶん本人は気付いておらず、自分の言った事を皆がどう解釈するかまるで理解できていなかった。結果としてまたテオドールの悪評が高まるのであろうが、もうその点に関してはどうでもよくなってきてしまっていた、これでそんな男の下もとに幼い娘を送り込もうとは考えないようになり、かえって良かったとすら自分に言い聞かせていた。

「まぁ、断ったのはよく我慢したわね、ちなみになぜ我慢させたか分ってる?」

 いきなりの問い掛けに、少し考えるようにしたあとで、少し言葉を選びながら回答した。

「最終的に模擬戦となり、友好にマイナスに働くとのお考えからでしょうか?」

 満足そうに頷くと、少し悪戯っぽく笑いながら答えた。

「少し違うけど、まずまずの回答ね、正解は損にしかならないからってとこね」

 アストリッドは言われてもその真意が完全には読み取れなかった、友好が損なわれる事が損失という事ではないのだろうか?そんな事を考えていたが、それが自分の出した回答とどう違うのか分かりかねていた。

「僕もそこんとこ分からないんだけど、どういうことなの?」

 テオドールの質問を受けると、ユリアーヌスは少し得意そうに解説を始めた。

「模擬戦の結果は二通り考えられるのよね、勝ちと負け、負ければ噂のみで実際はたいしたことないって言われ、勝っても自分達の有利なようにインチキをしたって言われるのが関の山ね、ここは私達の本拠地なんだからいざとなればたしかにインチキ臭い事をやる方法はいくらでもあるわけだしね」

 そう考えればたしかに納得の行く話であった、模擬戦を街中で衆人環視の中で行う訳にもいかず、まことしやかにインチキをされたと噂を流されれば、マイナスにしかならないのは理解できた。

「でもさ、それだと逃げたみたいに言われないかな?」

 アストリッドの喉元まで出かけて自制していた質問をテオドールが代理でしてくれたような形になった、彼女も逃げたとせせら笑われる事は名誉の上でしとしたくはなかった。

「そこは少しずるく考えなさい、女故に体調が悪いって言われて、卑怯って騒ぐ男がいたらあなたの目にはどう写る?」

「ダサッ!」

「でしょ!絶対に騒げないわよ」

 言いたいことは分かったが、少し腑に落ちない表情のアストリッドにさらに付け加えた。

「あなたの剣技の概要を聞いたんだけど、すごいわよね、ただし死ぬ覚悟を決めた人間数人がかりでいけば絶対に止められない事もないわ、あまり手の内を公開しすぎるのはよくないと感じたのよ」

 たしかに一対一や乱戦の中ではかなりの戦力を誇るであろうが、アストリッドの手の内を完全に知る者達数人が死兵と化して襲って来れば討ち取られる事も十分に想定できた。

「たとえアストリッドでも殺されて首を晒されるのは、ほんの少しだけかわいそうだしね」

 そのテオドールの言い方には微妙に棘というか毒があるようにしか感じられなかった。

「喧嘩売ってませんか?」

「いや、本心で語り合ってるだけだよ」

 明らかに冗談と毒を吐いている事が確認できた。

「ユリアーヌス様、やはり護身の意味も込めてご当主には剣の腕を上げていただくことも多少は必要であると思うのですが、いかがでしょうか?」

「まあ、ほどほどにね」

 そのヒルデガルドの言葉を聞くとニヤリと笑い獲物を見つけた肉食獣のような目をテオドールに向けると、言い放った。

「少しは剣のお稽古でもしましょうか?剣で語り合うのもいいことですよ?大丈夫です、ちゃんと手加減しますから」

 助けを求めるようにユリアーヌスやゲルトラウデに視線を走らせるが、皆微妙に目を逸らし視線を合わせないようにしていた。

「それでは行きましょうか」

 襟をつかまれて、中庭に引きづり出されるテオドールを面白半分に見物する女性陣の姿があった。 
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