レイヴン戦記

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王国動乱

商人

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 マリオンは王宮の待合室でかなりの時間待たされていた、侍従一人を伴っての登城であり、侍従の青年は非常に落ち着きのない様子であった。

「心配なら、店で待っていてもよかったのだぞ」

「いえ」

 言葉少なに否定するしかなかったが、正直逃げ出したい気持ちでいっぱいであった、今度の戦役の発端がマリオン商会にある事は理解しており、城へ呼び出しを受ければ碌な事はないのは明白であるように思われたからだ。
 さらに待たされた後、執務室に通されると、そこにはユリアーヌスを筆頭に女性陣のみが待機していた。

「これはこれは奥様、本日はごき・・・」

「堅苦しい前口上はいいわ」

 途中でマリオンの口上を止めるとユリアーヌスは質問を開始した。

「経営はどう?順調?」

「ボチボチと言いたいところですが火の車ですな」

 真実であった、マリオン商会の主な販路は王都オレンボーとアルメ村を結ぶものであったが、この路線はテオドールの歓心を買うために設けた完全な赤字路線であった、なぜそんな赤字路線を続けていたかと言えば、親会社ともいうべきヘロナ商会からの支持でそのためだけに作られた商会がマリオン商会であるのだから赤字であろうと続けることが存在理由と言ってよかった。その親会社のヘロナ商会が開店休業状態に追い込まれれば当然のように資金繰りに詰まり行動不能状態に陥ってしまうのは時間の問題であるように思われた。

「そう、たいへんね、あなた達が来てくれるようになってから流通の面では非常に助かってただけに、潰れられると困るのよね」

「運気が向かない事にはなんとも」

「公爵領はほぼ全て国王直轄領になる予定なんだけど、販路に詳しく各地に支店と伝手のある人間を探しているんだけど、あてはない?」

「ああ、私は以前ヘロナ商会で働いていましたのでそちらの販路での許可を戴けるのでしたら、是非ご協力させていただきたいですが、いかがでしょうか?」

「そう?じゃあよろしく頼むわね、利益の何%くらい?」

「25%でいかがでしょうか?」

「まぁいいわ、がんばりなさいね」

「はっ!誠心誠意努力させていただきます」

 それだけ言うと会見は終了し、マリオンは下がって行った。同席していたアストリッドとゲルトラウデにはこのやり取りの意味がまるで呑み込めておらず、呆然と見守る事しかできなかった、もちろん言いたいことがあっても口出しは禁止されていたのだが、終了すると同時に軽くお茶を含み、ユリアーヌスは言った。

「なにか気付いた事や感想はある?」

「最後の%と言うのは売り上げのいくらかを賄賂によこせという意味ではないのですか?それはまずいのではないでしょうか?」

 想定内の質問だと思った、アストリッドなら絶対にそこを突いてくるであろうという事は最初から分かり切っていた。

「まずね、商人が商売を行うのにその土地の支配者に商業許可を取り付ける必要性が出てくる国王直轄領だと王様ね、グリュックがそんな交渉できると思う?」

「いえ、商業許可なら決められた正規の金額なのではないのですか?」

「商談で決まるわ、領主が100%って言えばそうなるし、いらないって言えば0%になる、そういうものよ」

 そうならば確かにグリュックにそんな交渉が出来るとは到底思えない、正当なやり取りと言えた。

「まぁ過少報告して、裏金作るのに便利なところなんだけどね」

 納得しかけていたアストリッドだったが、その言葉にギョッとする、ただ以前であればそこで怒鳴っていたかも知れないがこの女狐は絶対に詭弁をろうしてでも正当性を主張してくるのが目に見えており、弁舌で勝てる自信は欠片ほどもない事をよく知っていた。
 即座に喰ってかからないアストリッドの成長を確認するかのように眺めながら、また面白そうに続ける。

「綺麗なだけで国が回ると思ってるならバカね、後ろ暗い部分もあり、どうしても帳簿に残せない金が必要になるケースも多いのよ、それを確保しておく必要性は小さな領主から国家に至るまでどこにでもあるわ、もちろん権力者が私事に流用したりするのは論外だけどね」

 村で生活を共にしているから知っているが、ユリアーヌスの私生活の部分は質素なものであった、来賓を迎える際などはしっかりと衣装から整えて迎えるが、平素の服装などちょっと豪華な村娘くらいのものも少なくなかった。その観点で見れば私物に金を湯水のように使う放蕩貴族とはまったく違った気質を持っている事にアストリッドも好感を抱いていたくらいであった。

「商人の事は分からない部分も多いのですが、多くの商人が出入りすれば競争が生まれ、庶民にはその方がプラスになり、経済は活性化するのではないでしょうか?」

 アストリッドの質問が一段落したのを感じ、今度はゲルトラウデが質問を開始した、彼女も賄賂の部分は気になっていたが、黙っていても絶対にアストリッドが聞くだろうと、おとなしくしていたら案の定質問をしだして、やり込まれず済んだと少しホッとしていた。

「そうよ、だからその先駆けになれってことで鞭を入れる意味で呼んだのよ、独占権までは与えていないでしょう?」

 それで25%の利益を上納するので、維持していけるのであろうか?弱みに付け込んでのかなり足元を見た要求であるように思われたが、そんなので利益が出るのであろうか?と不安に思っていると、その不安を察するように続けた。

「他の商会と違って、すでに販路も確率されているし、支店はヘロナ商会のものを流用すればいいんだから初期投資費用は新規参入に比べはるかに安く済むわ、25%上納しても十分に利益を出せるという計算でしょうね」

「裏でつながっているんですか?」

 思わず尋ねるアストリッドに、ユリアーヌスは少し意外な顔で回答した。

「気付かなかったの?そうじゃなければ、アルメ村への販路なんていう赤字販路を維持できるわけないじゃない、慈善事業じゃないんだから」

「だとしたら謀反に加担した商会を助けるようなマネはすべきでないのではないでしょうか?」

「公爵の命令に叛けるわけないでしょう?正義を貫くためって言って公爵や王様の命令を完全に無視しろなんてそれこそ無理難題よ、商人が民衆から詐欺まがいの手法で搾取しているとかなら懲罰の対象にするけど、この件で懲罰の対象にするのは少し理不尽だと思わない?」

 言われてみれば立場的に公爵お膝元で本店を構え商売をしている商人がその公爵の命令を断るなどできるはずもなく、そう考えればきっかけとなった行動も問題にするのは酷と考えられた。

「まず大切なのは商業活動を活性化して、地域の安定を早急に取り戻す事ね、そうしないと詐欺師紛いの悪徳商人のつけ入る隙を与える事になりかねないしね」

 この女狐に比べれば悪徳商人や詐欺師がかわいく見えるのではないだろうか?そんな事を二人は考えてしまった。
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