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王国動乱
野心の形
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執務室は緊張感に包まれていた、執事長を筆頭に使用人一同が詰めかけ、暴発にそなえたヨナタンとアストリッドが油断なく目を光らせ、緊張感を持って臨まれた会見であった。
「要求はなんですか?」
テオドールは静かに尋ねる、その言葉に緊張感もなく、それほど慌てた様子もない。
「どうなさるおつもりなのか、一同不安に思っております、処罰でしたら責任者として、私を処罰するに留め、それ以上はせめて穏当な処分で済ませていただきたいという願いです」
フェルディナントからテオドールに与えられた屋敷は王宮で生活をするようになると半ば放置されたような状態になっていたが、手入れや状況視察を兼ねて訪れたテオドールに使用人達が詰め寄った形であった。
本来テオドール一派によるクーデターが成功した時点で彼らは捕縛され処刑される事も考えられた、しかしその後なにも言ってこず、完全に放置されたような状況であった。
久々に顔を見せたが、それも数名の護衛を連れただけであり捕縛するために多数の兵を引き連れた様子はなく、皆を困惑させた。
「特に処罰は考えていませんよ、だって王様の命令で見張れって言われて嫌ですなんて言えるわけないでしょ?そんなんでイチイチ処罰していたらどんだけの人間を処罰しなきゃならない事になるか数えきれないでしょうね」
その一言で使用人の口から安堵のため息が漏れる、しかし執事長は長年にわたり諜報などに従事して来た経緯を持つ人物であるだけに、どうしても言っている事を素直に受け止める事が出来ないでいた。
「無礼を承知でお聞きいたします、私にはあなたが簒奪の野心を持つ人間には見えませんでした、しかしまるで無欲な人間など今まで見た事もありません、あなたの野心はどこにあるのでしょうか?」
そういえばヴァレンティン将軍にも聞かれたなぁと思いながら、野心、野望というものの形について考えてみた。
「ある一定を超えると、暮らしの差があまりなくなる半面で責任ばかりが大きくなっていく印象があるんですよね、逆に聞きたいけど王様と貴族の生活ってどのくらい差があるんですか?」
言われて言葉に詰まってしまったが、衣、食、住、などの面でたしかに王の方がグレードは高いかもしれない、しかしそこに埋めがたい差があるか?と問われればそこまでの差はないように思われる、馬小屋の藁に包まれて寝起きする生活は苦痛を伴うが、貴族の羽毛や綿の入った布団での生活と、王の寝台の差などそうはない事を知っていた。
「お城っていっても、部屋が100あったとしても実際に2~3あれば個人的には十分なんですよね、食事だって山のように出されても、捨てるのがもったいなくて罪悪感しか感じませんよ」
そこまで裕福な家の出身者ではない者達ばかりなので、食事を残して捨てる事に罪悪感を感じるという点には概ね共感できた、幼い頃や成長期にもっと食べたくても、なかなか満腹まで食べさせてなどもらえなかった記憶を持っているだけに、気持ちはよく理解できた。
「あの~、すいません、王様になってみたいと思った事はないんですか?憧れ的な意味で」
一人の使用人がオズオズと尋ねた、失礼な話であり、場合によっては首が飛びかねない話であるが、雰囲気的に大丈夫と踏んだのか、好奇心に負けたのかは定かでなかったが、その質問にテオドールは笑いながら回答した。
「田舎の農夫にとって王様なんて想像した事すらなかったですよ、本音でいえば領主様になって綺麗なねーちゃんを侍らせて飲み食いしたいって思った事はありましたけど、せいぜいそこまでですね、なってみると苦労の方が多かった気もしますしね」
「はぁ」
その回答に若干納得しないように返事をしたことに興味を抱いたテオドールは逆に質問してみた。
「あなたが王様になったら何がしてみたいんですか?別に回答内容で処刑とか考えてないんで、自由に言っていいですよ」
直接問われると何をしたいのか分からなかった、ただ『王様』という称号に憧れを抱くのみであり、その称号を得た後でいったい何がしたいのか?と問われると実際になにも思いつかないというのがその場における考えであった。
「正直何も思いつきません、なんとなく王様ってすごそうなイメージで憧れてただけなんで、よく分からないです」
正直なそんな意見に周りからも小さな笑いが洩れる、皆王様や上級貴族に憧れの感情はあっても具体的なビジョンを持ったうえで憧れていた人物などあまりいないのが現状と言えた。
「一つ聞いていいか?処罰を恐れていたのなら何故逃げなかったのだ?この屋敷は監視されていたわけでも包囲されていたわけでもないはずだ」
アストリッドの発した質問に皆顔を見合わせ答えずらそうにしていた。
「それは無理でしょ、逃げた場合この人達の家族や親族が連座制で処罰される可能性が出てくる、そして仮に家族を連れて逃げた場合どこに逃げるの?匿った人間は罪に問われる可能性が出てくるんだよ、しかも逃げた先でどうやって生きていくの?追手に怯えながら身許も不確かな人間の働き口なんて極めて限られるよね」
テオドールのその解説に皆、その通りと言わんばかりにかなり沈鬱な顔をしていた。もし逃亡に成功しても逃亡先の町でつける仕事など限られてくる、男も女も違法な労働に手を染めるくらいしかない事を知っている、テオドールの村でも時々閉塞した村の環境に嫌気がさして一旗揚げんと村を飛び出す者はいたが、成功したという話は聞いた事がない、皆そんな都合よく行く世の中ではない事を経験から知っているだけにそのリスクにかけるよりはまだ軽い刑罰で済むことに期待したというのが本当の所であった。
これまでのやり取りも含めて、テオドール達とアストリッドの溝の根底にある物がだんだん理解できて来た気がした。育ちなのであろうと、アストリッドは従騎士の家とはいえ、ここまでの人生で衣食住に不自由を感じた事もなく、それでいて身分がトップクラスに高いヒルデガルドやユリアーヌスのように高位の身分であるが故の不自由さも知らず、極めて恵まれた中途半端な位置で育ったが故にどちらの心情にも疎くなっている事が想像できた。
衣食住足りた環境で剣の上達のみに心血を注ぎ続けた環境がこういう人物を育て上げたと考えると、やはりエッケハルトの教育は若干間違えていたのではないだろうか?と考えてしまわざるを得なかった。
「ご安心ください、身内も含めて誰も処罰の対象にはしませんので、変わらず屋敷の維持管理に努めてください」
「寛大なご処分痛み入ります、一同絶対の忠誠を誓わせていただきます」
これでまず裏切る心配はないであろうと考えられた、そこまでフェルディナントに忠誠心を持っているとも考えずらかった、そこまでの忠誠を示すのであればたぶん監視されていない状況下の屋敷から抜け出しフェルディナントの下に合流しているのであろうから。
使い道はそこまでないかもしれないと考えられた屋敷はかなり頻繁に使う事になるのだが、それはまた少し先の話となる。
「要求はなんですか?」
テオドールは静かに尋ねる、その言葉に緊張感もなく、それほど慌てた様子もない。
「どうなさるおつもりなのか、一同不安に思っております、処罰でしたら責任者として、私を処罰するに留め、それ以上はせめて穏当な処分で済ませていただきたいという願いです」
フェルディナントからテオドールに与えられた屋敷は王宮で生活をするようになると半ば放置されたような状態になっていたが、手入れや状況視察を兼ねて訪れたテオドールに使用人達が詰め寄った形であった。
本来テオドール一派によるクーデターが成功した時点で彼らは捕縛され処刑される事も考えられた、しかしその後なにも言ってこず、完全に放置されたような状況であった。
久々に顔を見せたが、それも数名の護衛を連れただけであり捕縛するために多数の兵を引き連れた様子はなく、皆を困惑させた。
「特に処罰は考えていませんよ、だって王様の命令で見張れって言われて嫌ですなんて言えるわけないでしょ?そんなんでイチイチ処罰していたらどんだけの人間を処罰しなきゃならない事になるか数えきれないでしょうね」
その一言で使用人の口から安堵のため息が漏れる、しかし執事長は長年にわたり諜報などに従事して来た経緯を持つ人物であるだけに、どうしても言っている事を素直に受け止める事が出来ないでいた。
「無礼を承知でお聞きいたします、私にはあなたが簒奪の野心を持つ人間には見えませんでした、しかしまるで無欲な人間など今まで見た事もありません、あなたの野心はどこにあるのでしょうか?」
そういえばヴァレンティン将軍にも聞かれたなぁと思いながら、野心、野望というものの形について考えてみた。
「ある一定を超えると、暮らしの差があまりなくなる半面で責任ばかりが大きくなっていく印象があるんですよね、逆に聞きたいけど王様と貴族の生活ってどのくらい差があるんですか?」
言われて言葉に詰まってしまったが、衣、食、住、などの面でたしかに王の方がグレードは高いかもしれない、しかしそこに埋めがたい差があるか?と問われればそこまでの差はないように思われる、馬小屋の藁に包まれて寝起きする生活は苦痛を伴うが、貴族の羽毛や綿の入った布団での生活と、王の寝台の差などそうはない事を知っていた。
「お城っていっても、部屋が100あったとしても実際に2~3あれば個人的には十分なんですよね、食事だって山のように出されても、捨てるのがもったいなくて罪悪感しか感じませんよ」
そこまで裕福な家の出身者ではない者達ばかりなので、食事を残して捨てる事に罪悪感を感じるという点には概ね共感できた、幼い頃や成長期にもっと食べたくても、なかなか満腹まで食べさせてなどもらえなかった記憶を持っているだけに、気持ちはよく理解できた。
「あの~、すいません、王様になってみたいと思った事はないんですか?憧れ的な意味で」
一人の使用人がオズオズと尋ねた、失礼な話であり、場合によっては首が飛びかねない話であるが、雰囲気的に大丈夫と踏んだのか、好奇心に負けたのかは定かでなかったが、その質問にテオドールは笑いながら回答した。
「田舎の農夫にとって王様なんて想像した事すらなかったですよ、本音でいえば領主様になって綺麗なねーちゃんを侍らせて飲み食いしたいって思った事はありましたけど、せいぜいそこまでですね、なってみると苦労の方が多かった気もしますしね」
「はぁ」
その回答に若干納得しないように返事をしたことに興味を抱いたテオドールは逆に質問してみた。
「あなたが王様になったら何がしてみたいんですか?別に回答内容で処刑とか考えてないんで、自由に言っていいですよ」
直接問われると何をしたいのか分からなかった、ただ『王様』という称号に憧れを抱くのみであり、その称号を得た後でいったい何がしたいのか?と問われると実際になにも思いつかないというのがその場における考えであった。
「正直何も思いつきません、なんとなく王様ってすごそうなイメージで憧れてただけなんで、よく分からないです」
正直なそんな意見に周りからも小さな笑いが洩れる、皆王様や上級貴族に憧れの感情はあっても具体的なビジョンを持ったうえで憧れていた人物などあまりいないのが現状と言えた。
「一つ聞いていいか?処罰を恐れていたのなら何故逃げなかったのだ?この屋敷は監視されていたわけでも包囲されていたわけでもないはずだ」
アストリッドの発した質問に皆顔を見合わせ答えずらそうにしていた。
「それは無理でしょ、逃げた場合この人達の家族や親族が連座制で処罰される可能性が出てくる、そして仮に家族を連れて逃げた場合どこに逃げるの?匿った人間は罪に問われる可能性が出てくるんだよ、しかも逃げた先でどうやって生きていくの?追手に怯えながら身許も不確かな人間の働き口なんて極めて限られるよね」
テオドールのその解説に皆、その通りと言わんばかりにかなり沈鬱な顔をしていた。もし逃亡に成功しても逃亡先の町でつける仕事など限られてくる、男も女も違法な労働に手を染めるくらいしかない事を知っている、テオドールの村でも時々閉塞した村の環境に嫌気がさして一旗揚げんと村を飛び出す者はいたが、成功したという話は聞いた事がない、皆そんな都合よく行く世の中ではない事を経験から知っているだけにそのリスクにかけるよりはまだ軽い刑罰で済むことに期待したというのが本当の所であった。
これまでのやり取りも含めて、テオドール達とアストリッドの溝の根底にある物がだんだん理解できて来た気がした。育ちなのであろうと、アストリッドは従騎士の家とはいえ、ここまでの人生で衣食住に不自由を感じた事もなく、それでいて身分がトップクラスに高いヒルデガルドやユリアーヌスのように高位の身分であるが故の不自由さも知らず、極めて恵まれた中途半端な位置で育ったが故にどちらの心情にも疎くなっている事が想像できた。
衣食住足りた環境で剣の上達のみに心血を注ぎ続けた環境がこういう人物を育て上げたと考えると、やはりエッケハルトの教育は若干間違えていたのではないだろうか?と考えてしまわざるを得なかった。
「ご安心ください、身内も含めて誰も処罰の対象にはしませんので、変わらず屋敷の維持管理に努めてください」
「寛大なご処分痛み入ります、一同絶対の忠誠を誓わせていただきます」
これでまず裏切る心配はないであろうと考えられた、そこまでフェルディナントに忠誠心を持っているとも考えずらかった、そこまでの忠誠を示すのであればたぶん監視されていない状況下の屋敷から抜け出しフェルディナントの下に合流しているのであろうから。
使い道はそこまでないかもしれないと考えられた屋敷はかなり頻繁に使う事になるのだが、それはまた少し先の話となる。
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