紫煙のショーティ

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帝国の獅子

第五話

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 俺達は今、ハルワイブ王国の軍隊と共にドラゴンが巣食った山岳地帯の山頂付近へと行軍していた。滑らかな斜面が少しずつ体力を奪っていく。
 俺はイウダ共に騎兵隊の指揮をする事となったが、やはり動きが鈍い。
 ドラゴンが巣食ったのは山岳地帯の山頂、そこまでずっと長い斜面が続いているのだが、あの態度の悪い奴が編成したのか歩兵の割合が多く、騎兵もそれに合わせているため、速度がかなり遅い。
 マリアとアイリスが率いる魔法部隊は歩兵部隊の後方におり、先頭である俺達よりかなり離れていた。サミュエルはあの隊長様と共に歩兵部隊を率いていた。お互い機嫌は良くなかったがな。

 さて、俺達が先頭を進んでいると、山岳地帯でひっそりと暮らしていたであろう山村が、広がってきた。
 一応被害が無いかを確認するために、仕方なく村を通ることにしたが、ドラゴンに怯えて家の中に入っているのか、人の気配は一切無かった。
 イウダは下馬すると、近くの家の扉をノックし始めた。しかし反応は無く、ため息を吐くイウダは再び馬に乗り、仕方がないと言い先へと進み始めた。
「この村の乳製品は濃厚で好きだったんだが……」
 なにか思い入れでもあるのか、イウダの表情はとても悲しいそれであった。
 まぁ、ドラゴンが相手じゃなくとものはよくあるもんさ。帝国の中央以外は武力でねじ伏せたもんだからな、帝国に協力的だった村が反帝国主義の村に焼き打たれた、なんてこっちじゃ日常茶飯事だ。だからこそ、贔屓にしていた村が無くなるのは慣れてしまった。人が死ぬのに慣れたくなんてないのにな、嫌な世の中になっちまったもんだ。
「先を急ごう、感傷に浸っている時間は無い」

 大軍というのは動かしにくて仕方がない。統制されていたとしても、多少の乱れは生じる。
 俺達には今、少し問題が起きていた。後続の歩兵部隊と魔法部隊が分断されてしまっていた。原因は不可解な落石だった。
 道が完全に塞がれ、それを撤去するのに数時間はかかる見込みだ。幸いな事に負傷者は出ておらず、そこは一安心だ。
「我々だけでドラゴン討伐に向かう、と言うのは少し厳しいかもしれんな……」
「待つのがいいんだろうが、時間もねぇだろう」
「……仕方あるまい」
 無謀だと分かっていながらも、俺達だけで進む事となってしまった。しかし、イウダは怯えるわけでも震えるわけでもなく、冷静に進み始めた。
 もうすぐ頂上に着くだろうという時、大きな羽音が聞こえてきたと思えば、空が曇り始めたのか暗くなった。
 空を見上げると、そこに空は無く代わりに空を覆う巨大なドラゴンが、俺達の標的がそこにいた。まるで狙っていたかのような、絶妙なタイミングだった。
 口からは火花を散らしており、次の行動で何をするのかはすぐに理解出来た。だからこそ俺は助かった。いや、助けられた。
「……長くは持たん、今のうちにマリアから渡されたあれを使え」
 イウダも魔法が使えたのか、ドラゴンが放った広範囲の火炎ブレスを、魔法の防壁を騎兵部隊全体に張っていた。
 あれ、とは何かと思っていたがそれはアイリスが所持している、マスケット銃によく似た代物だった。そんなものまで量産していたとは、侮れんな。
「獅子殿、合図を、頼む」
「任せろ、総員構え!!」
 矢では貫けない鱗なのだろう。だが、鉛の塊ならどうだ? 俺は手を挙げ勢いよくそれを振り下ろした。すると大量の発砲音がけたたましく鳴り、雨のような鉛の集団がドラゴンへと放たれた。
 これでも無反応ならもうお手上げだろう。しかし、意外と効果的だったのか火炎のブレスが途切れ、ドラゴンは怯んだ。
「よぉし! 再装填まで手早く済ませろ! イウダ、騎兵隊を半分に分けるぞ!」
「了解」
 騎兵隊を半分に分け、イウダと連携を取りまずドラゴンの移動力を削る為に、翼を狙う事にした。
 馬に揺らされながらも的確に狙い目に当てる騎兵隊の腕に舌を巻きつつ、怯ませ続ける。そうしないと、確実にやられてしまう。あくまで魔法部隊や歩兵部隊が到着するまでの繋ぎだが、このまま抑え続けられるほど簡単な相手であれば、マリアも苦戦はしていないだろう。
 しかし、近くで見ると本当にデカイな。これほどでかいバケモンが今まで発見されず、寝ていたのかと思うと世界は広いと実感させられる。
 さて、ドラゴンを釘付けにしている俺達だが、怯んではいるが、どうにもダメージが蓄積されているとも思えない。
 その時、一発の弾丸が俺の胸を貫いた。突然の事で最初は何が起きたか分からず、痛みも無かった。しかし徐々に激痛が広がっていき、俺は馬から落ちてしまった。
 クソ、流れ弾にしてもタイミングが悪すぎる。俺が落馬した事により、俺が率いていた半分の騎兵隊の動きが止まり、そのせいでドラゴンが動き始めてしまった。
 わざと周囲に風圧が起こるように翼を羽ばたかせ、俺達はそれに吹き飛ばされた。
 一体、一体誰の弾なんだ、と消えゆく意識の中、うっすらと見えたのは、イウダの邪悪なほくそ笑んだ顔だった。

 最悪、その一言に尽きますね。謎の落石により、私達魔法部隊と歩兵部隊は足止めを食らい、先頭のイウダ騎兵隊長達と分散されています。
 誰かの謀略なのでしょう、ご丁寧に落ちてきた岩には対魔法の魔術式が描かれていました。こんな時に茶々を入れてくるのは、一体どこの誰なのでしょうか。
「つーかーれーたー」
「わがまま言わないでください」
 しかし、アイリスはこんな時でも、緊張感の走るこの状況でも呑気に水を飲みながら、そんな事を言っています。
 先が思いやられますが、昨日はみっちりと彼女に魔法の基礎を仕込んだので、何とかなるとは思いますが。
「おい黎明の、お前が作ったこれはドラゴンに有効なんだろうな」
「さぁどうでしょうね、使い手によるんじゃないでしょうか? 筋肉ばかり鍛えて頭を鍛えない貴方に使える代物ではないでしょうが」
「お前の作ったこれがちゃんと使えるか自体怪しいもんだがな」
 私は歩兵部隊の隊長である、バルトロマイと恒例の蔑み合いをし始めた。彼とは長い付き合いなんです。イウダ騎兵隊長には仲が悪く見えるかもしれませんがね、意外と仲良しなんですよ。
 それにしても、先程から山頂の方で発砲音が聞こえてきますね。戦闘が既に始まっているようです。撤去作業を急がなければ。
 今回の私は武器を作ったぐらいで、何も出来ていません、兵を率いる者として情けない限りです。ですが、やれることはやるつもりです。それにしても、騎兵隊が心配ですね────
 ふと、何気なく空を見上げるとそこには件の化け物がこちらに向かってきていた。私は最初、開いた口が塞ぐ事が出来ませんでした、まさかこんな下の方で、唐突に対峙するとは思いもよらなかった。
 撤去作業にあたっていた兵士達に命令を送り、隊列を組ませた、アイリスの持っていたマスケット銃を参考にした、ボルトアクション式の魔法銃を構えさせた。傑作品ですよ傑作品。
「バルトロマイ将軍、魔法部隊の術式展開完了致しました、いつでもいけます」
「了解した、歩兵部隊はもう少し時間がかかる、サミュエルが走り回っているが如何せん、藪から棒だからな」
 いがみ合っていた私達ですが、それは戦闘以外での事、一度戦闘状態になると彼も私もやはり軍人なのでしょう、そこは弁えています。
「アイリス、貴女は防壁魔法を発動しつつ部隊の中央にて待機してください。私の作った武器が有効になるならばそのまま攻撃に転換、もし効かないのでしたら部隊を率いて、サミュエル共に即時戦線離脱を」
 アイリスは緊張しているのか静かに頷き、サミュエルの方へと走っていった。死なすわけには行きませんからね、未来のある魔法使いをね。
 ドラゴンの全体が見えてきました。あの化け物が我が国を荒らす不届き者、許しはしません。
「マリア!! 魔法を放て!!」
「総員最大魔力で撃ち込みなさい! 出し惜しみは許しませんよ!」
 バルトロマイの合図により、魔法部隊は魔法攻撃を開始しました。私も巨大な氷の槍を作り出し、それをドラゴンに向けて放ちました。
 ものすごい数の魔法がドラゴンに放たれていました。しかし、ドラゴンには魔法は通用しません。何故なのか、私の魔法が何故通用しないのか、屈辱ですね。
 ドラゴンが態勢を変えました。頭を真っ直ぐこちらに向け、翼をばたつかせるのではなくまるで収納するように真っ直ぐに、そう突撃でもするような態勢でした。そう突撃。
「今すぐ退避しなさい! 早く!」
 私は歩兵部隊の前へと飛び出し、自身の持つ魔力をフルに使用し、厚く広い防壁を張った。その瞬間、とてつもない衝撃が防壁を通じて私に襲いかかってきました。
 ドラゴンが突撃してきたのです。それを受け止めたのは私の防壁、衝撃はそのまま私の体に伝わります。その衝撃に私の防壁は耐えました。しかし、ヒビが入りました。魔力をほぼ使ったため動く事が出来ず、私の出来ることは兵達を素早く退避するように命令する事だけです。せめて、魔力でも供給出来れば──
「マリア!」
 ドラゴンが尾を振り、防壁を破壊しようしたその時、アイリスが私の隣に駆け寄ってきて自身も防壁を張り、ドラゴンの攻撃を跳ね返しました。アイリスは魔力を上手くコントールしています、私の教えのおかげですね。弟子にしたいくらい、磨けば光る原石ですね。
 しかし、ドラゴンも馬鹿ではなく、一瞬動きが止まったと思えば、防壁に爪を立ててそこから無理矢理こじ開けようとし始めました。
 そして、この防壁は面での衝撃は耐える事が出来ますが、ドラゴンの爪のような点での衝撃にはあまり耐える事が出来ません、つまりは突破されます。ドラゴンが狙っていたのはアイリスでした。たまたまなのかは分かりません。
「アイリス! 退きなさい!」
「ダメだよ! マリアがやられちゃうよ!」
 そう掛け合ってすぐ、防壁は破られ死を覚悟しましたが、ドラゴンはアイリスを大きな前足で掴むと、そのまま飛び去って行ってしまいました。私は魔力を使い過ぎた反動で、すぐには動けませんでした。
 しかし、アイリスが連れ去られた以外に被害はありません、一人の犠牲で皆が助かったと考えるべきか──いえ、それではダメです。私の野望の為に、犠牲にしていい人間と、そうでない人間は選ばなければなりません。彼女はそうでない人間だと、私は思います。
 気付けば私は動かし辛くなった体に鞭を打ち、山頂に走り始めた。一人ですが、何とかなるでしょうか? 否、何とかしなくてはなりません。
 私は無謀だと分かっていても、体が勝手に動きました。何故でしょうね。分かりませんが、私にここまでさせるアイリスには、何か特別な何かがあるのかもしれませんね。
 この時、私はまだアイリスの事を何も知りませんでした、アイリスの過去、アイリスにまつわる話、魔王ですら知らないであろう事を──
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