紫煙のショーティ

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帝国の獅子

第四話

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 ハルワイブ王国の城下町にはドラゴンからの被害は無かった。黎明の魔女、マリアの強力な防衛魔法が働いているそうだ。
 俺達は、マリアに連れられハルワイブ王国の城下町へと辿り着いていた。そこで、まずどうするかを話し合う為に、ドラゴン討伐を指揮している王国軍との会議に出席している途中だ。
 マリアが言うには正直、決定打となる作戦は未だ練られてなく、手をこまねいている。まぁ、それも当然だろうな。
「恥ずかしい事に、ドラゴンには殆ど魔法が通用しません、今回私が防衛に回っているのはそういう理由、なんですよ」
 大きな円卓に俺達を含めて六人の人間が座っていた。まずはマリアが現状を説明し始めた、ハルワイブ王国がどれだけ被害に遭っているのか、最悪弱体化させる事が出来れば、今後の活動も少なくなるかもしれない、という希望的観測など殆ど何も考えられていないというのが本音だ。
「ふん、魔法が効かなくてはただの餌だな? それでよく作戦本部長が務まるものだ、指揮官と寝たか?」
「その臭く鬱陶しい口をぬいぐるみのように縫い合わせましょうか? 愚鈍な脳筋歩兵隊長閣下?」
 空気がヤケにピリピリしていると思えば、どうやらマリアと悪態を付いている筋骨隆々の男とは、反りが合わないようだ。もう一人の長髪の男は黙ってそれを聞いていた。
「魔法が通用せずとも歩兵様の、時代錯誤な突撃が有効になる場面なんて一生起こらないのですから、静かにしていただけますか?」
「魔王の残りカスを使って喜んでいる反社会的な魔法使い共の、無力な姿を晒せて良かったな? えぇ? 黎明の魔女、様?」
 これはまずい、会議で互いを罵りあって一向に話し合いが進んでいない。俺達が止められるような雰囲気ではなかった。
「……二人とも、あまり恥を晒すな、王国軍には気品こそ相応しい」
「……申し訳ございません、少々取り乱してしまいました」
「けっ、辺境の農民が……」
 力関係がはっきりとしてきた。この長髪の男が、今回の作戦会議の議長のような者か、進行役はマリアだな、野次を飛ばすのは歩兵隊長様か。胃が痛くなってきたな。
 マリアは気を取り直して、とため息を吐き会議を進めた。

 特に進展もないまま会議は終了した。歩兵隊長様は部屋を出ていくその時まで、悪態を付き続けていた。ため息を吐くマリアと長髪の男はこちらを見て申し訳ない、と謝罪してきた。
「私の名はイウダ、騎兵隊を束ねているが、君も騎兵隊だろう? 帝国の獅子殿」
 ふむ、やはりバレていたか。それなら隠す必要も無い。俺は今回は帝国とは無関係だということを示した。まぁ、こればかりは信用してもらうしか、方法がないからな。
「……構わない、君からは敵意を感じられないからな、私は歓迎する。マリア、彼らを客室へと案内を頼む」
 イウダはそれだけマリアに伝えると部屋を出ていってしまった。それにしても、珍しくアイリスとサミュエルが静かだな、と二人に目をやると頭を支え合いながら寝ていた。難しかったのか。
「呑気、ですが……少し羨ましいと感じます」
 緊迫した雰囲気の中でも彼らは彼ららしい、とマリアは二人を起こした。アイリスだけ叩き起されていた。本当に仲悪いのな。
 城、という事もあり一部屋一部屋が豪華な作りとなっており、巨大なシャンデリアなんざ初めて見たぞ。それにベッドがでかい。こんな綺麗で高価そうなベッドを毛で汚すのは忍びないが、仕方ない。体質だからな。
 今は非常時だと言うこともあり、他の部屋は怪我人などが寝ているそうだ。二つのベッドがある部屋だ。
「このような狭い部屋ですみません」
「構わねぇよ」
「アイリス、貴女は私の部屋に来てください、一応とはいえ貴女も女なのですから」
「えー大丈夫なのに」
「早く」
 はぁい、と渋々マリアに引きずられ、連れていかれるアイリスを横目に、サミュエルは疲れたベッドに倒れ込んだ。確かに疲れた、色々ありすぎたからな。
「あんちゃん、あの嬢ちゃんはなにもんだ?」
「……正直な所、わからないな」
「見た目に反して心が不安定すぎやしないかい?」
 まぁ、確かにアイリスの事は分からない事だらけだ、だが他人の過去や心情が気になるほど無粋じゃない。だがサミュエルとは妙に仲が良い、気が合うようだ。まぁ、お互いちょっと馬鹿だからな。
「いきなり剣を向けてきたと思えば泣くしよ、なのにドラゴン退治たぁ、たまげたもんさ」
「変に肝が据わってるよな」
「まぁ苦労したんだろうな、ってのはわかるがな」
 肩を竦め、やれやれと言いたげな顔でサミュエルは起き上がった。タバコ吸っていいか、とジェスチャーを交えて聞いてきたため頷いた。すると、すぐさまアイやアイリスが漂わせる慣れた匂いが香ってきた。
「ところでよ獅子のあんちゃん、こっから訓練風景が見えるぜ」
「ほう? そりゃ気になるな」
 サミュエルはじっと窓の外を眺めてはそう教えてきた。他国の訓練を見られるなんて、まぁ無いからな。どんな感じなのか気になった俺はすぐに窓の外に目をやった。
 魔法使いであろう兵士が的に向けて火の玉や氷の槍を当てていた。それだけなら、俺も脅威に感じなかった、しかしそれがズラリと奥の方まで続いているんだ。ハルワイブ王国の主力が魔法部隊だと言うことが理解出来、どれだけ力を注いでいるのかは一目瞭然だ。
 それを監督するのは勿論、黎明の魔女様だ。おっかねぇな。
「おい、あれ嬢ちゃんじゃねぇか?」
「何? どこだ?」
 マリアの目の前に見覚えのある服装をした女が魔法を使っていた。アイリスだが、かなり怒られているように見える。何をあそこまで怒られているのかは分からないが、魔法が使えないと言っていたアイリスには丁度いいんだろう。
 まぁ、何はともあれアイリスの力となるなら、それは歓迎だ。

 ──ハルワイブ王国軍、魔法第一教練場──

「何故このような低位の魔法が使えないのですか? 魔力は無駄にあるくせに驚きです、目が飛び出ますよ」
 はぁ、まるで魔法を覚えたての子供のお守りをしているようです。いえ、まだ子供のお守りをしている方がマシかも知れませんね。
 魔力さえ作れるのなら誰でも発動する事が可能な低位の魔法、それすら使えない。魔王の眷属であるというのに情けない、やはり眷属はただの眷属、なのかもしれませんね。少しですが期待していたのですが──
「マリアの言う魔力を練るってのが難しいんだよね」
「よくそれで魔法を使ってこれましたね、全く……盾にもなり得ないですね」
 怒っているわけではありません、呆れているわけでもありません、ただ少しただ少しだけ期待していただけなのです。
 しかし、低位の魔法は確かに扱えませんが、妙に心を抉ってくる魔法は得意なんですよね。えぇ、まぁ、私には魔法は効きませんし、反動も抑えてありますのでそこまで負荷は無いと思いますが。
 簡単に言えば闇の魔法、魔王アリスが得意とした人間の精神を破壊する類の、クソみたいな胸糞悪い魔法です。
「ドラゴンには魔法自体効きませんが、魔力を持ってるので訓練しておきましょう、絞りますので覚悟してくださいね」
 魔法使いであるならば、眷属としての力だけではなく、自身の力を身につけて欲しい、これは私のわがまま、と言うよりかはただの魔法使い贔屓なんですよね。
 それにしても、アイリスの魔力の高さは異常でもありますね。常人が持てるそれを遥かに超えており、パンクしていないのが凄いですね、魔王の眷属だから、ですかね? 何にせよ鍛えれば化ける事は間違いないでしょう。日が落ちる直前まで、アイリスに魔法の指南をしていました。

「なんか質素? だね」
「失礼ですね」
 訓練の汗を流した私とアイリスは、私の必要最低限の家具しか置いていない部屋にいた。他にも部屋はあるのですが、如何せん男部屋ばかりで流石に嫌いな眷属だとしても、女をそんな部屋にぶち込む訳にはいきませんからね、今回は特別ですね。
「さてアイリス、私は椅子で寝るのでどうぞベッドを使ってください」
「なんか悪いよ」
「今は客人なので、流石にそこまで鬼畜ではありません」
「人は化け物にするけどね」
 ふふん、と笑みでスルーしながら私は椅子に座った。椅子で寝るのは慣れたものです。
 もう寝ますよ、部屋を照らす蝋燭の火を吹き消し一日を終えようとしました。明日には策を練り、早くとも明後日にはドラゴン討伐に赴かないと、このままでは本当に国が滅ぼされてしまいます。それだけは避けないと。
 暗闇の中で目を瞑り、寝ようとしているとガサゴソとベッドから音が聞こえる。何をしているのだろうと薄く目を開けた。
 ベッドから降り、どこかへ出ていったアイリス。少しすると、教練場の方から魔力が感じ取られた。
「……もしかして」
 一人で魔法の訓練でも? と建物に囲まれている教練場を窓から見下した。魔力はそこから感じ取られますが、真っ暗なため何も見えません。しかし人影が見えますね。
 教練場の一部が赤く光ると、小さな火の玉が的に向かって放たれた。その光で一瞬だけですが、アイリスの姿が私の目に映った。
 はぁ──少し評価を改めなければいけませんね。彼女が他人の力に胡座をかいた不精者ではない、という事を。あの姿は嫌いではありません、自ら力を得ようとするあの姿を、私は嫌いになれません。何故なら、あの姿は身に覚えがあるからです。
 私は黒いネグリジェを脱ぎ捨て、魔法使いの服装へと着替えアイリスの元へと向かった。
「魔力の使い方が雑だからそんなに疲れるんですよ」
 魔力を多く使っているのか、数発出しただけでへばっているアイリスを見下ろしながらしゃがみ、私は彼女に水の入ったコップを手渡した。
「……そう、なのかな」
「そうなんですよ、私が特別に教えてあげます」
 汗を拭うアイリスを見て、自身の昔を思い出しつつ、訓練時とは違い大勢を見る必要がない今は丁寧にじっくりと教えることが可能であり、アイリスの癖や失敗する理由も判明しました。
 まず、癖ですが彼女は無意識に、本来必要ないほどの魔力を使用している事、これでは思うように魔法は発動しません。魔法にはそれにあった魔力量というのがあるのですから、用法用量はきちんと守りましょう。
 あと、失敗する理由、これは彼女の意識の問題なのでしょう。アイリスは確かに努力家、なのでしょうが自分に自信がないのでしょう、それも極端に。
 今まで魔王アリスなどの強者に守られる事が多かったのでしょう、しかし何かあったのかは知りませんが、自身が強くならねばという意識が芽生える何かが起きたのかも知れませんね。
 何であろうと、努力をするならば私は手を伸ばします。逆に胡座をかくなら手を退きます。
 その後、アイリスは魔力のほとんどを使用し、気を失ったかのように教練場で眠り始めてしまいました。
 そんなアイリスを殆ど引き摺りながら寝室に運び込み、寝巻きに着替えさせた。私の白のネグリジェです。その際に、服で隠れていて見えなかった鎖骨から少し下がった位置に、黒い紋様が浮かんでいた。それは私が目指し私が追い越そうとしている者の紋章、蛇の紋章。それは彼女が魔王アリスの眷属であるという証拠であり、彼女がただの人間ではない事を示すモノ、魔法使いとしてはこれは正直な所消してあげたいものですね。
「……ん?」
 ふと、彼女の胸に耳を当てた。まさか──そんな事がありえるのでしょうか? アイリスの胸からは、鼓動の響きがしない。心臓が動いていない? なら何故、一体いつ? もしかして──私と出会った時には既に?
 私はもしかして自分が彼女を殺してしまったかもしれない、という考えを頭を過ぎった。もしそうなら私は彼女に謝らなければいけません、償わなければなりません。私は椅子に座り、帽子の中に隠していたタバコを魔法で火をつけて吸い始めた。
 私にとってタバコとは考えを纏めたい時や落ち着かせたい時に吸うものです。今回は前者と後者両方ですね。
「……今の私に出来ることは彼女に魔法のAtoZを教える事しか出来ないのかも、しれませんね」
 言い訳はしません。あの町で、あの実験でアイリスが命を落とし、眷属とならざるを得ない状況を作ってしまったかもしれない。あの時は魔王アリスをおびき出すのに必死だったんです。だから周りの事なんて気にもしなかったし、眷属なら尚更だった。
 タバコの火を消すと眠気に襲われた。私は罪悪感を感じつつ目をつぶると、すぐに眠りへと落ちていった。
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