紫煙のショーティ

うー

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我が名はドラクル

第一話

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 ──北方大陸雪原地帯中心部、魔帝城──

「アイリスとオスカルはまだ戻らんのか」
「ソワソワしていますねドラクル」
 我等は魔帝と言う一つの旗によって集まり、また誘われたのだ。本来ならば出会うはずも集うはずもない者達、それが我々だ。
 此度の東方大陸との海戦、敵方の実力が予想を遥かに上回っていた。魔帝が不在の現状では兵の士気も低く、到底再侵攻などは無理だろう。
 先の海戦の際、竜騎兵であるオスカルとアイリスの行方が依然として不明であり、捜索は続けているものの未だ確たる情報が無い。最悪の状況も念頭に置いてはいるが、そうなれば旗印を失い魔帝軍は瓦解していくだろう。
「東方大陸を捜索中の竜騎兵から、アイリスさんとオスカルさんを発見したとの報告が!」
「だそうですよ」
 二人の生存に安堵し胸を撫で下ろす部下達だったが、発見した場所があまりよろしくない。東方大陸のザルモガンド、敵地のど真ん中であり救出部隊を送ろうにも敵の魔法使いが竜騎兵対策として、空を睨みつけているらしい。
 早々に取り戻したいところだが、そうもいかないようだ。
「さて、喜ばしい報告ですがどうにかして二人とコンタクトを取らなければいけませんね……」
「……仕方あるまい我が行こう」
「やめてください」
 真の姿になって乗り込むのではない、とマリアの反応にため息を吐きつつ、我はマティルダを呼び彼女と共に潜ると言うと、マリアはマティルダと一緒ならば、と今回の件を我に任せてくれる事となった。
「くれぐれも気をつけてください、艦隊を率いる提督、噂に聞くと相当の腕を持つと言われています」
 相分かった、と了解し我はマティルダと共に会議室を後にした。
 我はどうやらマティルダに懐かれてしまったようで、あの町に服を買いに行った日から毎日のように共に行動している。そう言いつつ我もマティルダの事は気に入っているのだ。
「所で、潜るのはいいけど、変装でもするつもり?」
「ふむ、我の人間の姿を知る者はそう多くない、このままでも大丈夫だろうが……」
 戦場に出る際はドラゴンの姿だ。人間の姿で出歩いても問題は無いだろう。どんな服を着ていくかが問題だ、我はあの日からファッションというものにハマってしまったのだ。
「そうだ、ドラクルさんに似合いそうな服があるんだけど」
「ほう、見てみよう」
 そう笑みを浮かべてマティルダの部屋へと移動し、彼女は裾の後ろが長い赤と黒のドレスを見せてきた。ゴージャスなその服飾が我に似合うとは思わんが……
 とりあえず試着してみたが、なんというか踊り出してみたくなるような服だ。
「確かにいい……だが目立つ」
「そう? 可愛らしいと思うんだけど」
「貴様、もしかして楽しんでいるな?」
 バレちゃったか、とふふんと満足気なマティルダの顔を見て我も顔を綻ばせた。全く、と彼女と肩を竦め合いながら我々は東方大陸へと潜るために、マティルダの部屋で寝る事となった。

 数日後、東方大陸に存在する中でも一際大国であるザルモガンドの、とある宿の一室にて旅行者として過ごしていた。
 今回の任はアイリスとオスカルとコンタクトを取り、出来ることならばそのまま連れ出すというものだ。とにかく情報を集めてみるとどうやらこの国の王城に入っていくのを見た、という情報が数多く挙がった。
「意外と早く会えそうね」
「うむ……だが、ここは敵陣のど真ん中、警戒しておくに越した事は無いだろう」
 楽観視するマティルダにそう注意しつつ、先程匂いに誘われ大量に買った、ホットドッグの美味さに二人で舌鼓を打っていた。
 さて、とりあえずアイリス達の居場所は分かった、しかし何故ザルモガンドの城に出入りしているのだ? 敵だぞ、それも総大将だと気付いていないのか、それとも何かアイリスの策なのだろうか、と思考を巡らせてみたものの、彼女の考えは我には到底理解が及ばない。本来我は頭を使う事など得意ではないのでな。
 我がふむ、と考え込んでいると、マティルダが不意に我の頬を両手で引っ張った。
はひほふふ何をする
「ドラクルさんにそんな物思いに耽ける顔なんて似合わないわ」
「っふん、言うようになったものだな?」
 我と対等に話す人間は三人しかいない。マリア、オスカル、そしてマティルダだ。
 五百年も眠りこけていた間に、我が変わってしまったのか、五百年前の我なら人間なぞ下等種族と呼び、歯牙にもかけない存在だと見下していたが、挙げた三人に気軽に話しかけられても不愉快、等といった感情は湧き上がってこない。不思議なものだ。
「たまには物見遊山、てのもいいんじゃない? どうせすぐには無理なんだしさ」
「むぅ……一理ある、か?」
「そうそう、一理ある一理ある」
 全く、マティルダは我の扱いに慣れてしまったようだ。元気な彼女の姿は我に自然と笑みを浮かべさせてしまい、我がマティルダに対して信頼を置いている事は一目瞭然だった。
 アイリスとはまた違った形の「友」だ。アイリスとは謂わば好敵手のような、悪友のような、簡単に言葉としては形容しがたい関係なのだ。
 一方でマティルダに対しては我とした事が、親友にも似た感情を抱いている。
 我の手を引っ張っていく彼女に連れられながら、ザルモガンドの町へと繰り出す事となった。
 人で混雑しているものの活気に溢れている町の通りには、旬の野菜や果物などが陳列され、威勢のいい声が響く市場には、我の真の姿を知る者は誰もいなかった。
「おうそこの嬢ちゃんたち! 観光かい?」
 一目見ただけでも瑞々しく、それがどのような味をしているのかは想像に難くなく、それを売っていた一人の壮年の男が声をかけてきた。
「そうなのよ、初めて来たけど素敵な所ね」
「そうだろう? よし! 綺麗な姉さんと可愛い嬢ちゃんの為にこの果物、もってきな!」
 そう歯を見せて笑う店主は瑞々しい果物を二つ手渡してきた。それに齧り付くマティルダはパァっと笑顔を浮かべた。どうやらかなりの味だそうだ。
 我も一口齧り付いた。すると口の中では果汁が広がり、それに伴い甘みも広がってゆく、頬が落ちるほどの美味さ、というのはこういうことなのだろうか? そして我の顔が普段見せないような顔になっていたのか、マティルダはニヤニヤとした顔でこちらを見ていた。
「むっ……」
「美味しいわね」
「う、うむ……なんだ、まぁ、美味いな」
 そして大量に買い込んでしまった果物を両手に抱えつつ、我達は町の観光を続けていた。戦時中だというのにも関わらず呑気な町に、若干の呆れを覚えながらも我等は意外と楽しんでいた。
 敵国であり、アイリスらを救い出す任務の真っ最中だが、ちょっとした休暇気分だ。
 誰も我らの事を敵軍の将だとは疑わない。我らの事を見知った者も居ない。今ドラゴンの姿を取り暴れまわってしまえば、あっという間に決着は着いてしまうだろうな。
「ねぇ、あれ……」
 果物を口いっぱいに溜め込んでいたマティルダは何かに気付くと、我らの居る場所から少し遠くを指さした。そこには一人の物乞いらしき少女がボロ切れのような布を見に纏い、建物と建物の間に隠れるようにしてこちらを見つめていた。
 その時、我はふと何故かあの少女を思い出してしまった。
「おいそこの」
「っ!? ご、ごめんなさいっ……」
 我が声をかけると身体をびくつかせ、まるで怯えるような顔に変わり、こちらを見つめては振り子人形のように謝り始めた。
「なに、怯える必要はない、少しこっちに来い」
 そう言ってテクテクと覚束無い足取りで、少女は我らの前に辿り着くとぺたりとその場に座り込んでしまった。
「あ、あの……」
「やる」
「え?」
「食え」
 我は大量に余っている果物を少女に差し出した。しかし、首を横に振ってそれを受け取ろうとはしない。何故かと問い掛けるが口を噤み、首を横に振るばかりだった。
「あー、ドラクルさん? ちょっと来る前に調べたんだけどね、この国にはとあるルールがあってね」
 それは一定量の租税を払う事が出来なければ、この国では人として生活する事が出来ず、町から外れたスラム街へと追放されるそうだ。建国時から存在するルールだそうで、歴代の国王も改定しようとしたらしいが国民の声により、それらは失敗したそうだ。
 そして、少女が果物を受け取らない理由だがルールが関係している。何人たりとも施しをしてはいけない、というつまらないルールのせいだ。それを犯せばどちらも処罰されてしまう、良くて首吊り、悪くて永遠に監獄だ。
「ふむ……なるほど、つまらんな」
 我は少女の顎を掴み、無理矢理果物を口の中にねじ込んだ。
 最初は驚き、首を横に振っていた少女だが次第に果物の味が口全体に広がっていったのか、少女の顔に笑顔が浮かんだ。
 我は少女の前に自身の持つ果物を大量に置いた。食べてもいいのか、という顔をする少女に対して頷くとガツガツとそれらを口にし始めた。
「ぅっぐ……ひぐっ……おいひいよ……」
「そうか、まだあるんだ、そう急いて食べるな」
 我は涙を流しながら果物を頬張る少女の頭を、彼女がそれを食べ終えるまでの間、撫で続けていた。
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