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二日のフラウ
第三話
しおりを挟む──ハルワイブ王国、玉座の間──
まるであの頃の栄華が戻ってきたようだった。豪華な飾りや兵士が着用する儀礼用の鎧達が目の前に広がる。あの頃と比べても遜色は無かった。違うのは玉座に座る者だけだ。
「やっと来たね! さぁ、始めよう!」
皇帝、魔の皇帝。あぁ、今や魔法使いの頂点に君臨する存在、そいつが晴れやかな笑顔をこちらに向けてきていた。その笑顔は初めて俺が見た時と何一つ変わらない顔、それこそまだ「魔帝」なんて事を言われる前と何一つ変わらない。
「バルトロマイさん! マリア! 今日は存分飲んで食べて!」
兵士の一人からめいいっぱい注がれ、時折零れそうになっているグラスを渡された。
そしてどうやら俺が乾杯をしなければならないようだ。それも仕方ないのだろう。だがまぁ、悪くない。
「バルトロマイさん、よろしくね」
「おうよ。本来ならハルワイブに乾杯したいところだが、それも出来ねぇ。なら……俺達に捧げよう! 乾杯!!」
「乾杯!!」
杯に入れられている酒を一気に飲み干して、空になったそれを高く掲げた。そこからは皆自由に話したり、飲んだり食べたりし始める。
アイリスはニコニコと笑みを浮かべながら玉座に足を組んで座り、その光景を見ていた。だが時折遠い目をしており、その時ばかりは寂しそうにも見えた。
「オスカル! ちょっと来い」
「なんすか、俺なんかしたっすか」
うへぇ、と顔を歪ませながらこちらに来るオスカルと肩を組み、耳打ちをした。
「アイリスの傍に居てやれ」
「……了解です」
「おう、頼んだぜ」
そう言い、俺はマリアの隣へと移動してアイリスの元へと酒を持っていくオスカルを見ていた。
「全く、アナタは本当にアイリスの事を気に入っていますね」
「いいじゃねぇか、ガキの一人や二人が居てもおかしくねぇ年齢なんだからよ」
呆れた顔をするマリアの頭を撫でながら、アイリスとオスカルに目をやった。楽しそうに話す二人。
オスカルはアイリスが竜騎兵を使うようになってから俺が異動させた部下だ。口は悪いが仕事はキッチリとこなす男だ。
「それにオスカルもこんなむさ苦しい男より、若い女の方がいいだろうよ」
「それは確かにそうでしょうね」
「いらねぇ世話だとは思っているがな」
はは、と笑いながらマリアの手を握りしめた。普段ならこんな大勢の前で乳くりあうのは俺の好むところではないが、今日で最後なんだ。
「……バルトロマイ」
「色々とありがとな、マリア」
「貴方にお礼を言われるとなんだか気持ち悪いですよ」
「抜かせ」
──そうだ、最後なんだよなぁ。
宴も終盤に差し掛かり、大半の奴はいい感じに出来上がっており、そろそろこのバカ騒ぎも終わりに近付くのが分かる。若干の寂しさはあるものの、湿気た面なんざ拝みたくもない。
マリアがアイリスと話している内に、俺は玉座の間を後にしようと、扉へと歩いていった。その時、一つの手を叩く音が聞こえると同時に、俺の左右に兵士達が列を成して道を作った。
「おいおい……」
「バルトロマイさん、最後ぐらいちゃんと見送りをさせてくれないかな」
アイリスに向き直すと、そこには別れを惜しむ顔がある。そんな顔を見たくないから行こうとしていたんだが、と肩を竦めて俺は諦めた。
「バルトロマイ、一緒ですよ」
マリアが俺の隣に移動してきて、手を握ってきた。その手は若干震えている。
「……オスカル!! これを持っていけ!」
俺は腰に携えた剣を鞘ごと引き抜き、オスカルへと投げ渡した。刀身が通常のより太い剣だ。
「こりゃぁ……はっ、ありがたく頂戴します」
「はっはっは! それじゃぁな! 魔帝に栄光あれ、ってなぁ!」
俺はアイリスに一瞥やり、笑みを贈ると玉座の間をマリアと共に出ていった。
ハルワイブの夜空は星々が煌めき、これから再度死にゆく俺をまるで見送っているようだった。
なんて吟遊詩人にでもなったかのような事を考える俺だが、隣を歩くマリアを横目で見た。
俺の性格を知っているせいか悲しむ素振りなんて一切見せず、ただ口角を上げて強く手を握り締めて歩いていた。
だから俺も何も言わない。ただ思い出の場所まで歩いていくだけだ。
町外れの丘、城と城下町が映える月と星だけが照らす場所。
「何度来てもいい場所だ」
「えぇ、本当に……」
丘の頂上にたどり着いた俺は腰を下ろし、マリアは足の間に座る。俺にもたれるその背中から感じ取れるのは微かに震えている事だけだ。
「……なぁマリア……ありがとうな」
「えぇ……バルトロマイ……今日だけは、素直になっても、いいですか……」
「あぁ」
俺の答えを聞いたマリアはおもむろに立ち上がると、零れる涙を何度も何度も拭き取りながら、離れたくない、と抱き着いてきた。
「嫌です……今日でさようならなんて嫌です……もっと、話したい事や行きたい場所、やりたいこともあるのにっ……!!」
まるで子供のように泣きじゃくるマリアの言葉をただ聞いていた。
だが、時間は待つことを知らない。俺の体は足から魔法が解けていく。
「……バルトロマイっ、好きですっ、大好きです! 貴方以外の人となんて考えられませんっ! だから、だから──」
泣きながら言葉を紡ぐマリアの口を塞ぎ、ただ力一杯に抱き締めた。最後、最期、そんなこたぁ分かってる。だから最期の瞬間は、愛した女の最高の男でありたい。そう願うのはやっぱり俺の悪い所か? あぁクソ──死にたくねぇな。
「んっ……バルトロマイ……」
「マリア、愛している。誰よりも、これまでも、これからも、いつまでも」
「バルトロマイ……私も、私も愛しています!」
俺の下半身は完全に塵となっていた。二度と姿が取れない塵に。形にも残らない。
こんな時に愛の言葉しか言えない男が最高の男かどうかは分からないが、それでもこんな時にしか口に出せないこともある。
「……さて、そろそろ夢の時間もおしまいなようだな」
俺はゆっくりと塵になる。もう上半身も半分しかねぇっての。半分の半分ってすげぇちっちゃくなるな。
マリアに担がれている感じだが、まるで赤子だなこりゃぁ。
「落ち着いたか」
「ふふ、えぇ、なんか、最期はやっぱり、私達らしくしたいな、って思って……それに貴方の為に泣いていると思ったら胸糞悪くなりました……おえ」
「おいてめぇ!! かぁぁ! 泣いてるときゃぁ「あ、この女すげぇかわいい」って思ったのによォ!!」
「はぁ!? この黎明の魔女様相手にこの女とか凄く失礼じゃないですか!? 身動き出来ないくせにいけしゃあしゃあと! ここから転がして落としたらどこまでも転がっていきそうな見た目して!」
はっ、やっぱりこっちの方が俺ららしい。罵詈雑言、聞くに絶えない言葉ばかりを並び立てるのがやはり俺ららしい。
だがそんな楽しい時間は長く続かない。既に俺は、口より上しか残ってないんだからな。
「……喋られなくなったバルトロマイは静かでいいですね……」
口を動かせなくなった俺は目だけを笑わせる。マリアの頬にもう涙は流れていなかった。
あぁ、ちくしょう、いい女だなぁったく。はは、さて、お別れだな。
「バルトロマイ、ありがとうございます。楽しい時間でした。もう、おやすみになりますか?」
いい時間だった。いい二度目だった。一度目は悲しませちまったからな。だが今度は笑顔で見送ってくれた。
最高の人生だった、そう思いながら俺は散った。
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