妖怪セプテット

うー

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神野式百鬼夜行

悪五郎と雪姫

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 ──とある邸宅──


「主様、主様」

 神野悪五郎の側近である雪姫の朝は早い。雪姫は白小袖を身に纏い、全裸で眠る悪五郎を起こすのが雪姫の一日の始まりだ。何百年と続く彼女の日課だ。

「朝ですよ」

 いくら声をかけても、いくら体を揺らしても、悪五郎は全く起きる気配がない。それもそのはずで毎晩のようにどこかの妖怪達に喧嘩を売りに行き、配下にするという生活を毎日続けているのだ。
 だがそのおかげで悪五郎の勢力は、天狗や陰陽師とも対抗しうる一大勢力となっていた。
 それも全て悪五郎のカリスマや統率力から来るものであった。

「はぁ……仕方ありませんね、では不肖雪姫、実力行使です」

 雪姫はため息を吐くと悪五郎の上に跨り、口を塞いだ。すると悪五郎の体が徐々に凍りついていった。雪姫は雪女、男一人凍らせるなど容易い事だった。
 体の異変に気が付いた悪五郎がようやく目を覚ますと、目の前には雪姫の顔、そして下半身の感覚が無いことに気付くと、何が行われているかはすぐに理解した。

「……うぉぉ!? 待て雪姫!! 起きる! 起きるっつぅの!!」

「全く……主様は自分で起こしてくれと言った時間にもおきられないのですか?」

「はっはっは、取り敢えず退いてくれ、死んじまう」

 そうでしたね、と雪姫が悪五郎の上から降りると、凍り付いた箇所はすぐに元に戻った。
 雪姫は机に置いていた悪五郎の服を下着から一枚一枚渡していった。

「それで、陰陽師の動きはどうだ」

「どうやら賀茂 茂敬が忠敬様と接触したようです。後、付喪神はこの件からは一切手を引く模様です。手酷くやられたみたいですね」

「はっはっは! そりゃぁいい! んで、イバラは?」

「現在愛媛県に向かっている途中です」

 なるほど、と一連の報告を受けた悪五郎は革のジャケットを羽織り、枕の下に隠していた散弾銃を腰のホルダーに差し込むと、雪姫と共に部屋を後にし階段を降りていった。

「イバラの方はまだ時間がかかるだろう。陰陽師も動きが無いなら放置だ。後は……あれだ、天狗だ、アイツらは容赦無しにやっちまえ、邪魔だからな」

「それでこちら側につくでしょうか? 曲がりなりにもプライドと鼻が高い種族ですので」

「つかねぇだろうよ、アイツらは昔から鎖国体質だし……まぁ、今は片割れの動きだ」

 門のような扉を開けて悪五郎は外に出ると、眩しく自身の目に突き刺さる太陽を睨みつけた。寝起きの目には少しばかり輝かしすぎる。

「……主様、今日はどのようなご予定で?」

「古い妖怪の一人に会いにいく」

「古い、妖怪ですか」

「あぁ」

 ぬらりひょん、掴みどころのない妖怪として有名であり、現在でも妖怪の総大将として名前がある妖怪だ。
 しかし、それは既に昔の話であり、現在は一匹の妖怪としてイタズラをする程度になっていた。

「……かの御仁はかなりのご年齢と聞きますが、使い物になるのでしょうか?」

「三百年前じゃ百鬼夜行の一つや二つは軽く潰せる実力はあったんだがな……今は分からねぇな、なんせ平和になりすぎちまった」

「なるほど、それでは……」

「あぁ、使い物にならねぇなら仕方ねぇ」

 そう言って悪五郎はぬらりひょんが住むと言われている山の麓へと、歩みを進めることとなった。


 ──とある山の麓にある小屋──

「あばら家……にしてはちとボロすぎるな」

「こんな所に本当にお住いなのでしょうか、ネズミすら住み着くとは思いませんが」

 人一人が住むには小さすぎる小屋は半壊と言っても良いほどのボロさ加減だ。こんな所に居住者がいると言われても全く持って信じられないだろう。
 だがその小屋の扉が勢いよく開けられた。

「……随分と凶悪過ぎる妖気を放つ男じゃのう」

 そこに居たのは黒い単衣に青い羽織を着用した背筋がピン、と伸びた老人だった。

「よう、ぬらりひょん」

「お主は……そうか、神野悪五郎か……大立ち回りを好む癖は未だ治らんか」

「主様、お下がりください」

 雪姫は悪五郎の一歩前に出ると、氷で出来た刀を手に作り出し、それをぬらりひょんへと向けた。何故ならば既にぬらりひょん側が鍔のない脇差を、抜刀状態で手にしていたからだ。

「女性に刀を向けるのはどうかと」

「老人に切っ先を向けるのはどうかと思うがのう」

「……はぁっ!!」

 雪姫は強い踏み込みで一気に間合いを詰め、ぬらりひょんに斬りかかった。だがその一撃は空を切った。

「ふむ、強すぎるのう……じゃが、相手が悪いのう」

「雪姫の後ろを取るか……はは、まだまだデタラメな爺さんだぜ」

 雪姫の背後にぬらりひょんの姿があり、その切っ先は雪姫の首にしっかりと突き付けてあった。ぬらりくらりとした妖怪、ぬらりひょん、その正体はデタラメな剣豪だ。掴みどころの無い妖怪というのは間違えだ、掴めるはずもない妖怪だ。

「雪姫、戻れ、お前じゃ敵わねぇ」

「っ申し訳ございません……主様」

 下唇を噛み締める雪姫は氷の刀を溶かし、悪五郎の後ろに戻った。

「……お主の目的はなんじゃ」

「俺ァ俺の百鬼夜行を作ってんだよ、ぬらりひょんを従えたとありゃぁめんどくせぇ小競り合いもなくならぁ」

「ワシを配下に? ぬぅはっっはっっは!! 大層な事を抜かしよる小僧じゃ……じゃがぁ、老いたとは言え、ワシは強いぞ?」

 その瞬間、ぬらりひょんの姿は消えた。悪五郎ですらその速さを目に捉える事は難しかった。
 即座に腰の散弾銃を抜き取ると、振り向きながら背後に銃口を向けた。そこには既に振り下ろすだけの体勢を取っているぬらりひょんが居た。

「刀と銃、どっちが強いか試してみるか?」

「……そんなこと、決まっておろう?」

 お互い口角を上げ、一方はトリガーを強く押し込んだ。至近距離での散弾銃、当たればミンチだろう。だがぶちまけられる事はなく、そこに居たはずのぬらりひょんは遥か上空に移動しており、そのまま悪五郎のうなじに刃を突き立てようとした。だが容易に傷を付けられる悪五郎ではなかった。
 悪五郎の皮膚に当たったぬらりひょんの脇差は、見事に砕け散ってしまった。
 なに、と驚きながらも素早く距離をとるぬらりひょんは、どういうことじゃ、と訝しむように悪五郎を見ていた。

「俺を誰か忘れたか? 神野悪五郎、全ての妖怪の頂点に君臨する男だぜ?」

「なるほどのう、またか」

「そう、そして──」

 口角を上げていやらしく笑みを浮かべる悪五郎は、その巨躯を文字通り消した。いや、ただ移動しただけだ。ぬらりひょんの如く、彼の背後に。

「お前のも。ぬらりくらりとしてるのかと思ったが、なるほどな……速すぎる」

「む……」

 散弾銃のマズルがぬらりひょんの背中に押し当てられていた。先程のように移動しようとしたぬらりひょんだったが、理解されてしまった、覚えられてしまったのだ。

「お主、以前とは比べ物にならんのう……」

「あぁ、今回は楽しみがあるんでな、強くならなきゃならねぇ」

「……ふっ、ふはは! お主らしくないのう、楽しみとな? 良かろう……だが軍門に降るわけではない、あくまで協力をするだけじゃ」



 ぬらりひょんを形式上の配下に加え、悪五郎と雪姫は帰路のついていた。空は赤く染まり、悪五郎は満足そうに笑みを浮かべていた。だが一方で雪姫はどこか不満そうに眉間に皺を寄せて、主の一歩後ろに付いている。

「雪姫」

 悪五郎は立ち止まり、沈んでいる雪姫に向き直った。悪五郎の顔は普段とは違い、とても優しいモノであった。

「っ申し訳ございません……主様……力及ばず……どのような罰も、甘んじて受け入れます」

「いや、雪姫はよくやってくれている」

「っ……しかしっ、私はこの三百年、主様をお待ちし続け、再び仕える為に強くなったというのに、それなのに……勝てない私に、存在意義などありません」

 雪姫はポロポロと涙を零し、その涙は氷の粒へと変わる。だがそれらは地面には落ちなかった。全て悪五郎が受け止めていたからだ。

「……雪姫、お前は俺のなんだ? 配下か? 式神か? 違ぇだろ」

 悪五郎は受け止めた氷を空に撒き、舞い落ちるそれらは茜色の空を輝かせる。その中で悪五郎は雪姫を抱き締めた。強く、優しく。

「お前は俺の帰る場所だ、お前が居るから帰ってこられる、正気に戻ってこられる」

「主様……主、様っ」

「あぁ……ったく、まだまだ雪ん子だな」

 その後、泣き疲れた雪姫は静かに悪五郎の胸の中で寝息を立て始めた。悪五郎にとってはほんのわずか、ほんのささやかな幸せである。
 忠敬と恒河が江戸時代から続く夫婦であるならば、悪五郎と雪姫は江戸時代から続く主従だ。だがお互いにとってはそれ以上の関係でもあった。

「……それでいつから見ていた」

「……ふむ、気付くか」

「天狗……いや、大天狗だな? 何の用だ」

 悪五郎の目の前に飛び降りてきたのは、鴉の頭を持つ天狗、いや、大天狗だ。
 相手が大天狗だと分かると、今まで穏やかだった悪五郎の顔は、即座に戦闘モードのそれに変わる。

「我が名は伯耆坊、大山の伯耆坊」

「……俺は何の用だ、と聞いたんだぜ、さっさと答えろ」

 次第に眉間のシワが深くなっていく悪五郎を見た伯耆坊は、怒らせるのは得策ではないか、と一筋の冷や汗を流しつつ、今回目の前に現れた理由を喋り始めた。

「今週の金曜日、鞍馬寺にて大天狗達による会合が行われる。貴様にはその場に来て欲しい」

 まさかの話に大概の事では動じない悪五郎でも、多少は驚きつつも、その意図を考え始めた。
 天狗は簡単に言えば一つの組織であり、僧正坊をトップとし、そこから各地域の大天狗へと命令が下され、更に天狗や狗賓へと命令が下りていく。そして天狗は仲間意識が高く、仲間を傷付けられたならば全員が仕返しに来るほどだ。故に裏切り者は全くといって出ないのが当たり前だ。
 だが、権力を分散させている事から今回のような事態には、どうしても初動が遅くなり、後手に回らざるを得ない。
 悪五郎は鞍馬寺に赴き、伯耆坊を除く全ての大天狗を排除した際に起こることを予想した。

「……なるほど、読めた。大天狗達を一斉に粛清し、権力を集中させてぇのか……確かに考えれば、動きがないなとは思っていたが……」

「あまりに大天狗が多く、それでいて、 各々が各々の思惑があるが故に意見が纏まってすらいない」

「動きたくても雁字搦めってわけだな」

 悪巧みを考えるのは悪五郎の本分だ。彼にとっては日常茶飯事だ。

「そしててめぇが全権を握る、か……はっ、欲望的だ、まぁいいさ、だが俺が手を出すならばてめぇは俺の下に付くことになるが」

「僧正坊に任せるなら、そちらの方に付いた方がまだ天狗の未来は明るいだろう」

 そうか、と悪五郎は怪しげな笑みを浮かべて、雪姫を抱き上げて、任せておきな、と去っていった。
 
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