妖怪セプテット

うー

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逃亡

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 加茂 茂敬が付喪神の集落へ辿り着いてから、三日ほど経とうとしていた。
 息子の成長を喜ばない親は居ないだろう。それは茂敬も同様であった。彼からすれば、過去の敵だろうが血を分けた息子であり、陰陽術の弟子なのだ。
 忠敬は日に日に術の扱いに慣れていき、一人前とは言えないが、それなりにはなってきていた。
 一方、玻璃は妖怪達と妖怪の力を鍛えていた。天音の羽で作った羽団扇、エボシの角の欠片で作ったピアス、継美の体毛で作った髪飾り、恒河の骨で作ったブレスレット、皆忠敬の力になりたいという、玻璃のために協力していた。
 付喪神の集落の一角にある広場にて鍛えていた。打たれ強いエボシが相手になっていた。

「よぉし! どっからでもかかってきな!」

「は、はい! い、行きます!」

 まず玻璃は羽団扇を大きく扇いだ。すると鋭い風がエボシに放たれた。しかし、エボシはそれをものともせず、自身の拳で打ち消した。

「まだまだぁ! もっと勢いよくだ! もっとぶっ殺してやらぁぁ! って感じを出しな!」

「え、えぇぇ……じ、じゃぁ……!!」

 玻璃の拳は地面に大きな穴を開けた。


 各々が自由に過ごし始める夕方、忠敬は一人縁側に座り、猩々のような夕日を仰いでいた。背後からは妖怪達の愉快な声が聞こえ、それを聞いているだけで忠敬の顔には、自然と笑みが浮かんだ。
 エボシの豪快な笑い声、継美のツッコミ、玻璃の困惑する声、天音と恒河のやれやれと呆れた声、それら全てが忠敬にとっては、守りたいと思う大切なものだった。

「……この日常が続けばいいのに、と思う事は傲慢なのだろうか?」

「そんな事はない、変化を望む事も、望まぬも生き物として当たり前だろう」

 指輪の声が聞こえてくると忠敬はそうか、と軽く肩を揺らした。

「忠敬様」

 ふと、鈴の音色のような声が忠敬の名を呼ぶ。彼の後ろに鈴の付喪神、名前は見た目通りの鈴、そんな彼女が折り入って話がある、と忠敬に声をかけたのだ。

「あぁ、えっ、と……鈴、だったか?」

「はい、実は怪王様についてなのですが……」

 近くに誰も居ないことを確認した鈴は忠敬に耳打ちをした。
 塵塚怪王は陰陽師側、だという情報を忠敬に対して教えたのだ。

「……何故それを俺に」

「私は人間が嫌いではないのです。そしてこれは私的な事なのですが……忠敬様は私の最後の主人に、よく似ていましたから」

 鈴のように澄んだ笑顔を浮かべる鈴の頭を忠敬はおもむろに撫でた。それを鈴は受け入れた。

「分かった……教えてくれてありがとう」

 忠敬はすぐに動いた。皆に静かな声で呼びかけ、これからの方針を伝えた。この場に長く居ることを良しとしないこと、塵塚怪王が自分らの敵であるということを共有し、明日には移動することを伝えた。
 それに対して最も怒りを覚えたのは、忠敬の妻だ。

「わっちはこの怒りを誰にぶつけたら、いいでありんす?」

「恒河の気持ちは分かる。だが、これが俺達の……いや、俺が選んだ道なんだ……裏切られる事も、売られることも、全て承知でこの道を選んだ。だから、今は耐えてくれ」

 忠敬はただすまない、と顔を伏せた。だが誰も忠敬を責めるつもりなど無かった。それを承知でついてきたのだから、誰も文句は無かった。故に、恒河も握り締めた拳をゆっくりと開いたのだ。

「忠敬様、逃げる為の経路はこちらで準備しておきます。明日の未明に、貴方方の乗り物の前でお待ちしております」

 鈴はそう言い、一礼すると彼らの部屋を出ていった。そんな彼女に対する疑惑が浮上したのは、当然だった。

「ちょいとタイミングが良すぎやしねぇか? 忠敬の親父と、今回の件、鈴の事を信用してもいいのか?」

「……信じよう……彼女の事を」

 忠敬の父である茂敬は、その事を縁側で聞いており、潮時か、とため息を吐いた。

「忠敬、俺もそろそろお前らから離れなきゃならねぇ、鏡花から式神が届く頃だろうからな……」

「父さん、いいんだ、誤魔化すのも大変なんだろう?」

「まぁな! なんたってあの鬼嫁だからな! だがよ忠敬、もしお前らが本当に辛い時は連絡してくれ、合間を見て何とかするからよ」

 茂敬は忠敬に電話番号を書いた紙を渡し、妖怪達に対して頭を下げた。それは茂敬なりの息子への愛情だった。

「もし向かうなら西日本に向かうんだな、あっちは古い妖怪が多いし、陰陽師を敵視する妖怪が多い、木を隠すなら森の中ってな」

 じゃぁな、と暗くなった森の中へと姿を消した茂敬の後ろ姿を、忠敬はただじっと見ていた。

「寂しいのかや?」

「まぁ、な……けど、こんな所で感傷に浸っているわけにはいかないだろう」

 恒河の問いにそう答えた忠敬達は逃げ出す為に早々に眠りにつく事にした。見張りには夜に強い恒河とエボシがつくことになった。

「なぁ恒河、前々からちょいと聞きたかったんだがよ、忠敬って前世から、なんつうか、妖怪だけに心を開いていたのか?」

「藪から棒でありんすけど、そうでありんすね。妖怪だけを愛し、妖怪だけに愛される……それは、世俗を捨てなければなりんせん」

 なるほどなぁ、とエボシは後頭部で腕を組み、壁に凭れると、ふと恒河の顔に目をやった。そこには昔を思い出し、楽しかったことや悲しかったことを思い、それらが混じりあった表情を作る恒河が居た。

「わっちは怖いでありんす……また、目の前で死んでしまうのじゃありんせんかと思いんす……わっちは怖い」

「まぁ、死ぬ時は死ぬだろうな。それが命ってもんだからよ? けど座視するつもりはねぇんだろ?」

「当たり前でありんす」

 なら頑張ろうぜ、と恒河に対してウィンクをした。恒河はふふ、と笑うと布団で気持ち良く眠る忠敬の枕元に移動して座り込んだ。

「……可愛いのう……わっちはこの顔を守る為なら……」

「ホント、喉が痛くなるほどのラブラブっぷりだな」


 夜は更けていき、時計の針が二の数字を指した頃、忠敬らは起床した。音を立てずに荷物等を持ち、鈴との待ち合わせ場所であるバイクの元へと、のそりのそりと向かい始めた。ここは最早敵地である、当たり前だ。
 忠敬達が寝泊まりしていた建物は、塵塚怪王の住む家から遠かったが、村の奥の方にあるため草むらを通って迂回しなければ、見つかる可能性が高かった。

「……うへぇ……草気持ち悪いわぁ……体中こしょばされてるみたいやわ」

「我慢ですよ我慢、というより基本的に毛むくじゃらなんですから、慣れてるのでは?」

「なんかあれだな、潜入ゲームみてぇだな……これでバンダナでもありゃぁ伝説の傭兵気分だ」

「あ、知ってます……あれですよね……後ろから銃突き付けて、「動くな」って奴……」

「……お主ら状況を理解してるのかや? 後わっち的に傭兵と言えば雑賀衆でありんす……鉄砲カッコイイ」

 ガールズトークを一番前で聞いていた忠敬は笑いそうになるのを堪えつつ、草むらを這って進み続けた。
 一方バイクの近くには、既に鈴が待機しており忠敬達が来るのを、今か今かと待っていた。
 二十分後、ようやく忠敬達はバイクの前まで辿り着き、鈴と合流する事が出来た。

「すまない、遅くなった」

「いえ、想定の範囲内だと」

 鈴は、村から続くけもの道をひたすら真っ直ぐ行くと国道に出る、と伝えると自身の髪飾りである綺麗な音を出す金鈴を、忠敬に手渡すと笑みを浮かべた。

「……鈴、まさか」

「はい、少しでも時間を稼ぎます」

「待て、鈴を置いてはいけない」

「……私は大丈夫なのです、私達付喪神は本体さえ無事なら、いくらでも蘇ることが出来るのですから」

 そういう事を言っているんじゃない、と忠敬は天音や継美に目配せをした。

「はぁ、忠敬様はどうにも女性には甘いようで」

「しゃーない、生粋の妖怪たらしやからな」

 断固として残ると言う鈴を、継美と天音が二人で担ぐようにして、エボシの後ろに座り込んだ。

「お、降ろしてください! もしあなた方に何かあったら……!」

「諦めなんし、我が旦那様はわっちですら呆れてしまうような、浮気者でありんすから」

 各自がタンデムシートに乗ったのを確認したエボシと忠敬は、クルーザー特有の鼓動を鳴り響かせるとゆっくりとけもの道を進み始めた。

「……恒河、この後どうすればいいと思う……?」

「わっちの古い友人を尋ねんしょう、大阪に居るでありんす、わっちが居れば何とかなるでありんしょう」

 そうか、わかったとけもの道を進んでいく一行は、ふと左右の森の中に蠢く影が居るのに気が付いた。それは大量の付喪神達だった。そして一行の前には塵塚怪王が現れた。
 地面が土という事もあり後輪を滑らしながら、なんとか停止した忠敬とエボシ、逃げられないと悟ると下車した。

「残念ですね、鈴、仲間を壊さなければならないとは……忠敬、貴方のせいだ、貴方が鈴を誑かした」

 塵塚怪王は鈴に語りかけている時は優しく、泣きそうな笑みを浮かべていた。だがそれが忠敬へと変わると憎悪の表情に変わった。それを目の当たりにした忠敬はただ、そうか、と悲しそうに目を瞑った。

「けど、こんな所で止まっている訳にはいかない、塵塚怪王、退け」

 大太刀を鞘から抜き取り、切っ先を塵塚怪王へと向ける忠敬。その目は覚悟を決めた目だ。

「皆、他の付喪神と、玻璃を頼む……」

 その要望に各々返事をする妖怪達は周囲を囲む付喪神に対して、容赦のない攻撃を始めた。
 塵塚怪王は杖の柄を引き抜くと、刀身か現れた。仕込み杖だ。

「大妖怪のような特別な力は持たない私なれど、桟唐戸をこじ開けるぐらいには妖怪だ」

 塵塚怪王は仕込み杖を地面に突き刺すと土が大きく盛り上がり、ペットボトルやダンボール等の人間に投棄されたゴミが集まった、巨大な瀬戸大将のような巨人が現れた。

「貴方は捨てられる身になったことがあるか、この子らにも再生し、物として使われる機会があった……だが貴方方がそれを奪った、彼らの恨みをその身で受け止めるがいい」

「けっ、くだらねぇな」

 瀬戸大将を見た忠敬はまるで悪五郎のような口調となり、大太刀を肩で担ぐともう片方の手で中指を立てた。

「テメェらが人間に恨みを持っていようがいまいが関係のねぇ事だ、今関係あるのは、テメェが俺達をぶっ殺そうとした事だけだ……お門違いなんだよ」

「忠敬! 待ちなんし!」

 恒河は忠敬の異変に気付き焦る表情を作った。それは忠敬にとって我慢ならない事だったからだ。
 彼の前世、山本五郎左衛門の時は九尾の狐に裏切られ殺されて、今世では実の母と家族同然のたまに裏切られ続けられた忠敬にとって、裏切りという行為は前世からの逆鱗だった。
 そして逆鱗に触れてしまったが故に、皆の前では冷静を保っていた忠敬だが、張本人である塵塚怪王を前にして遂に溜まっていたモノが爆発した。その結果がこの口調だ。
 恒河の声は忠敬には届かなかった。
 忠敬は大太刀を構えつつ駆け出すと、瀬戸大将の頭部に向けて勢いよく得物を投げ付けた。それは瀬戸大将の頭部に突き刺さると、大きな音を立てて崩れ落ちた。

「天音ぇ! 団扇!」

「っえ、あ、はい!」

 忠敬の怒号のような呼びかけに、体をびくつかせながら羽団扇を投げ渡すと、それを受け取った忠敬は塵塚怪王に向けて、まるでボールでも投げ付けるかのような勢いで扇ぐと、竜巻状の風が塵塚怪王を襲い、塵塚怪王を吹き飛ばしてしまった。
 大太刀を拾い、羽団扇と両手に持ちながら倒れる塵塚怪王の元へと近付き、顔を足で踏み付けた。

「爺さんよぅ、老い先短ぇんだろう? なら大人しく中立の立場を貫けよ、な? 悪い事は言わねぇ、ただ規模のでかい組織なんざいずれ統率が取れずに、空中分解するのが世の常だ。付喪神は鈴みたいに人間が好きって奴らも多い、爺さんは嫌いなんだろうがな……まぁ、組織が二分して仲間割れすんのは目に見えてんぜ」

「忠敬! ほんに金茶金十郎でありんす! 待ちなんしと何度言えば分りんす!?」

 そんな悪五郎のような忠敬に対して、恒河は後ろから骨の腕で忠敬を摘み上げると説教を始めた。おかげで我に返る忠敬は、怒っている恒河を見て苦笑を浮かべた。

「……すいません」

「謝っても許しんせん! 主はいつもそうでありんすね! 普段怒りんせんのに怒ったら手が付けられんせん! 昔からそうでありんす!」

「すまん……」

「主は妖怪じゃありんせん……そこをちゃんと弁えないと、いずれ死にんす……それだけは嫌でありんすよ……」

 恒河は摘み上げた忠敬を抱き締めてると、そのまま肩に背負い、倒れる塵塚怪王に対して話しかけた。

「塵塚怪王、二度と関わりんせんでくんなまし……次は命がありんせんよ」

 恒河の瞳孔が開き、半ば脅しに近いその言葉は塵塚怪王の戦意を消失させる事になった。元より誰よりも怒りを覚えていたのは恒河だ。だが先に忠敬が怒りを爆発させてしまった為に冷静となり、忠敬を宥めることが出来た。もし、忠敬と恒河が二人共々怒りに我を忘れていれば、この付喪神の集落は跡形も無かっただろう。


 こうして付喪神の王、塵塚怪王との短い戦闘は幕を閉じた。塵塚怪王を裏切った鈴は集落に居られるはずもなく、とりあえず忠敬達について行くこととなった。
 バイクには乗れないため、金鈴の姿を取り恒河の首飾りとして、行動を共にするのであった。
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