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妖怪トリオ
覚
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鬼の末裔、イバラの騒動から二ヶ月が経ったある日の朝、忠敬は未だ微妙に痛む体を起こした。
暑くなってくる季節、少量の汗を体に感じながら彼は外に見える景色を見つめていた。それは人ならざる者達である家族が仲良く喋っている姿であった。それは忠敬に笑みを浮かばせるには充分な光景だった。
ふと、扉をノックする音が聞こえた。入ってきたのは忠敬の母、鏡花だった。
「あらぁ、起きたのねぇ」
「おはよう。母さん」
「どう? 学校には行けそうかしらぁ?」
「そうだな。もう大丈夫、かな」
なんてことも無い会話だった。
鏡花は忠敬が今現在、心を許す存在、心を開く人間の一人だ。
「忠敬、今日スーパーに買い出しに行ってくれるかしらぁ?」
「……あぁ、今日は特売セールだったか。わかった、夕方に行くよ」
「うふふぅ、頼んだわよぉ」
それだけ言うと鏡花は部屋を出ていった。次に話しかけてきたのは指輪だった。
「──見事だな」
「お前のおかげだな」
「──ふむ、だがしかし死にかけてしまったようだ。これからは控えるようにするんだな。今回は奇跡的に助かったが」
「わかった。たまみたいな説教はよしてくれ、疲れてるんだ」
「──ふむ、仕方ない──ならば心身を鍛えけおけ──我もようやく依代を見つけたんだ──簡単に死なれては困る──ぎふあんどていく、だ」
「ギブアンドテイク、な」
「────ま、まぁ──我は今しばらく眠りにつく」
忠敬が間違いを指摘すると指輪は静かになり声は聞こえなくなった。
用事がある事を思い出した忠敬は汗ばんだ体と疲れを取るためにお風呂に入る事にした。脱衣場で服を脱ぎながら体にとある違和感を覚えた。脱衣場にある姿見を見ながら忠敬は自分の目がおかしいのか、まだ寝ぼけているのか、鏡に映る自分はブレていた。
目の錯覚だと無理に納得させた忠敬は体をシャワーで洗い流し浴槽に浸かった。するとバタバタと激しい音を立てながらタオルも巻いていない裸のエボシが勢いよく浴室の扉を開けた。
「入るぜ!」
「……お前には恥じらいというモノが無いのか」
ため息を吐いた。無関心だと言っても目のやり場に困っていた。そんな事とは露知らず、エボシは忠敬の前に浸かった。
「気にすんなよ、あたしとお前の仲だろ?」
「……まぁ、なんでもいいが」
「それよりよ忠敬、お前……」
いやらしい笑みを浮かべながらエボシは忠敬の下半身を見ていた。
「……」
「武蔵坊弁慶って感じだな」
「意味がわからん、というか見るな」
お湯をかけながら忠敬は足を閉じた。エボシは活発な笑みを浮かべながら髪をかきあげた。その姿に少し胸のあたりが痛んだ。
「……」
「ん? どうした? ははーん、さてはあたしの姿に魅了されちまったか?」
「……アホだな」
誤魔化すように顔をお湯で洗い流す忠敬も同じように邪魔になった髪を手櫛でかきあげた。
「なぁ、忠敬、お前イバラとやり合って楽しかったか?」
不意にエボシは真面目な顔でそう問いかけた。忠敬は少し考えて答えた。
「……楽しかった」
「はは、そりゃぁ良かったな。乾きが少しでも潤ったんならな、多分だけどよ、お前はそういう奴なんだ。最近の人間には珍しい、争いを好むタイプなんだ。悪く言えば戦闘狂だな」
「……」
「あたしはそんなお前だろうが、のほほんとしたバカみてぇな面したお前でも好きだぜ!!」
自身の谷間に忠敬の顔を押し付けるエボシは、忠敬の頭を撫でた。
「……この家にゃぁだーれもお前を否定する奴はいねぇ、だからよお前も素直になっちまっていいんだ。家の中にまで仮面を付けて入ってくるこたぁねぇ、だろ?」
「……そう、だな……だけど、やっぱ、まだ、不安だ」
「不安なら、不安でもいいんだぜ。その不安を皆で共有しちまえば、怖くなんてなくなっちまうだろ?」
片目を閉じてウインクをするエボシだった。そして、浴室の扉は再び開いた。入ってきたのはエボシと同じようにタオルを巻いていないたまと継美だった。
「意外と広いなぁ、おお、破廉恥やな」
「お主ら何をしとるんじゃ! 不純異性交遊じゃ!」
「!?」
「ははは! 両手に花だな!」
忠敬は逆上せた。ベッドに連れていかれ起きると日が傾いていた。用事に行くことは出来なかった。
「……ん」
「あぁ、起きた? 賀茂君、大変やなぁ」
珍しく学生服を着ている継美が忠敬の部屋にあった本を読みながら椅子に座っていた。
「澤上江……そうか、逆上せたのか」
「まぁ、仕方ないなぁ。次からは気をつけや? せや、学生服着て部屋おったら幼馴染みたいやろ?」
立ち上がりくるりと一回りする継美、それを見て忠敬は首を傾げた。
「俺には幼馴染なんてのは居ないからんからんが、そんなもんなのか?」
「昔から幼馴染の女子が寝てる男子の部屋におる、って伝統やろ?」
「わからん。アニメや漫画の見すぎだな」
逆上せたせいで忠敬は晩御飯を食べる気分では無かった為、お酒を飲んでほろ酔い気分になっていたたまと散歩に行くことになった。夏に入り始めた時期だが、夜は少し肌寒かった。
「のう忠敬、お主、最近よく笑うようになったのう」
忠敬の隣を歩いていたたまは笑顔でそう言った。忠敬もそれはわかっていたのか肯定した。
「そうだな。お前らと一緒にいると……楽しい、からな」
「ふふ、そりゃぁ良かった。妾もお主の笑顔は好きじゃからな」
賀茂家近くの公園まで来た二人はベンチに座った。ふと妖気を感じ取ったたまは酔いを覚まし立ち上がった。
「……悪鬼か?」
「いや、物の怪じゃ。弱い妖気じゃが、油断は禁物じゃからな。出てくるがよい! 隠れても無駄じゃ!」
忠敬を手を握りながらそう大きな声で叫んだ。するといつの間にかフードを被った黒装束の細身な男性が口元に笑みを浮かべながら立っていた。
「ひひひ、お、お前、い、一瞬びっくりしたな」
「こいつが妖怪か?」
「こいつが妖怪か? ひひ、ひひひひ」
忠敬と同じ言葉を同時に喋った。それを見てたまはベンチに座りため息を吐いた。
「はぁ……また面倒くさい奴に会ってしまったもんじゃ」
「知ってるのか?」
「うむ、こやつは覚、という物の怪でな。人の心を読んでその反応を見て喜ぶ変わった物の怪じゃ。飛騨の山奥を縄張りにしてた種族じゃが、どうやら町に流れ着いたらしいのう」
覚と呼ばれた妖怪はたまが説明した通り人間である忠敬の心を言い当てたり、言葉を重ねたりして遊び始め、その反応を見ては楽しそうに笑った。
「お前……ん……? お、お前のこ、心じゃない、誰のだ? お、お前な、何を飼ってる、お、お前何をい、入れてる、お、お前な、何を持ってる」
覚は混乱したように忠敬に近付き忠敬の顔をまじまじと見つめた。
「……ひ、ひひ、ひひひひひ!! 面白い人間!」
「覚、もう良いじゃろう。去ぬがよい」
妖気を放ちながらたまは睨みそう言った。きょとんとした顔でたまを見つめる覚は理解したように頷き、どこかへと去っていった。
「ふむ、あまり気にするでない。覚という種族は往々にして少し変わっとるんじゃ」
「……そのようだな」
忠敬は指輪を指で撫でながらため息を吐いた。
二人が家に帰ると鏡花とエボシが二人で飲んでいた。継美は既に部屋に戻り眠りについていた。
「おかえりぃ」
「母さん酒臭い」
「エボシよ、こやつ一体どれだけ飲んだんじゃ?」
鏡花は口から酒気を忠敬に吐きかけた。机の上を見ると日本酒が入っていた一升瓶が三本、空になっていた。
「とりあえず母さんを部屋まで運ぶから、エボシは机を片付けておけ」
ため息を吐きながら忠敬は鏡花に肩を貸して寝室まで運ぶことになった。
「茂敬さぁん、忠敬が女を三人も侍らせてるのぉ、どう思うぅ?」
「俺は父さんじゃないぞ。全く……飲んだらこれだ」
忠敬の首に手を回し肩に頬を擦り付ける鏡花に対して呆れた顔を向ける忠敬は彼女をベッドの上に座らせた。
「母さん、今日はもう寝ろよ」
「忠敬ぃ、私の愛しい息子ぉ、大好きよ。だから、私より先に死ぬなんてぇ……やめてよ?」
「…………死なないよ。死ねないさ。俺は、俺には守りたいって思える奴らがいるんだ……勿論、母さんもその一人だから、安心して眠れよ」
「そうぅ? じゃぁ寝るぅ! おやすみのチューはぁ?」
「早く寝ろ!」
掛け布団を被せて、部屋を暗くした忠敬は出ていこうとした時、振り返り眠りにつく母親の顔を見て笑みを浮かべた。
「忠敬、今日妖怪に会ったんだって?」
未だお酒を飲むエボシはたまから聞いた事を忠敬に聞いた。
「あぁ、覚……だったか。変な奴だったよ」
「普段ならばもう少し絡まれるのじゃが、今日はすんなりと帰ったのう」
氷と日本酒を注いだグラスを手に持つたまは不思議そうに首を傾げた。
「何でだろうな、思わぬ事でもあったんじゃねぇの?」
「思わぬ事、か……ふむ、まぁ、何もなければ良いがのう」
たまの不安は悪い方向で的中した。
数日後の事だった。忠敬が朝、家の前をホウキで掃除をしているとフードを被った覚が現れた。
「ひ、ひひ、見つけたぞ!」
「掃除中だ」
「お、お前! に、人間の癖に生意気だ! 喰ってやる、喰ってやるぞぉ!」
突如錯乱したようにフードを引きちぎりながら涎を垂らした毛だらけの顔をあらわにした覚は鋭い爪を立てて忠敬に飛びかかった。その時、忠敬が集めたゴミが散らばった。
「お前……」
ホウキの柄を両手で握りしめて忠敬は飛びかかる覚を殴りつけた。ホウキは折れてしまった。
「ひ、ひひ、人間の癖に、力が強い! ほれも中に入ってる奴のおかげか? な、中に何が入ってる?」
「お前には関係の無い事だ」
「あらぁ、関係無くはないわぁ」
そんな抜けた声に体をビクつかせる忠敬。家の玄関には日本刀を手に持つ鏡花が立っていた。
「お、女! ひひ、ひひひ! その刀で切るつもりだな!」
「……え、と……あの、母さん、これは違うんだ」
「私ねぇ、二日酔なのよぉ、頭が痛いわぁ」
頭を押さえながら鏡花はゆっくりと家の外に出てきた。その時、躓いてしまい手に持っていた日本刀が手から離れ、覚の股間に直撃した。
「……想定外、の……攻撃……!」
心を読む妖怪でも予見出来ない事は分からなかった。そして、珍妙な顔を浮べ、股間を抑えながら覚はどこかに消えていった。その後、覚が賀茂家に近寄る事は無かった。
一件落着、と思っていた忠敬だがホウキを折ってしまった事を理由に鏡花に追いかけ回されるのはまた別の話だった。
暑くなってくる季節、少量の汗を体に感じながら彼は外に見える景色を見つめていた。それは人ならざる者達である家族が仲良く喋っている姿であった。それは忠敬に笑みを浮かばせるには充分な光景だった。
ふと、扉をノックする音が聞こえた。入ってきたのは忠敬の母、鏡花だった。
「あらぁ、起きたのねぇ」
「おはよう。母さん」
「どう? 学校には行けそうかしらぁ?」
「そうだな。もう大丈夫、かな」
なんてことも無い会話だった。
鏡花は忠敬が今現在、心を許す存在、心を開く人間の一人だ。
「忠敬、今日スーパーに買い出しに行ってくれるかしらぁ?」
「……あぁ、今日は特売セールだったか。わかった、夕方に行くよ」
「うふふぅ、頼んだわよぉ」
それだけ言うと鏡花は部屋を出ていった。次に話しかけてきたのは指輪だった。
「──見事だな」
「お前のおかげだな」
「──ふむ、だがしかし死にかけてしまったようだ。これからは控えるようにするんだな。今回は奇跡的に助かったが」
「わかった。たまみたいな説教はよしてくれ、疲れてるんだ」
「──ふむ、仕方ない──ならば心身を鍛えけおけ──我もようやく依代を見つけたんだ──簡単に死なれては困る──ぎふあんどていく、だ」
「ギブアンドテイク、な」
「────ま、まぁ──我は今しばらく眠りにつく」
忠敬が間違いを指摘すると指輪は静かになり声は聞こえなくなった。
用事がある事を思い出した忠敬は汗ばんだ体と疲れを取るためにお風呂に入る事にした。脱衣場で服を脱ぎながら体にとある違和感を覚えた。脱衣場にある姿見を見ながら忠敬は自分の目がおかしいのか、まだ寝ぼけているのか、鏡に映る自分はブレていた。
目の錯覚だと無理に納得させた忠敬は体をシャワーで洗い流し浴槽に浸かった。するとバタバタと激しい音を立てながらタオルも巻いていない裸のエボシが勢いよく浴室の扉を開けた。
「入るぜ!」
「……お前には恥じらいというモノが無いのか」
ため息を吐いた。無関心だと言っても目のやり場に困っていた。そんな事とは露知らず、エボシは忠敬の前に浸かった。
「気にすんなよ、あたしとお前の仲だろ?」
「……まぁ、なんでもいいが」
「それよりよ忠敬、お前……」
いやらしい笑みを浮かべながらエボシは忠敬の下半身を見ていた。
「……」
「武蔵坊弁慶って感じだな」
「意味がわからん、というか見るな」
お湯をかけながら忠敬は足を閉じた。エボシは活発な笑みを浮かべながら髪をかきあげた。その姿に少し胸のあたりが痛んだ。
「……」
「ん? どうした? ははーん、さてはあたしの姿に魅了されちまったか?」
「……アホだな」
誤魔化すように顔をお湯で洗い流す忠敬も同じように邪魔になった髪を手櫛でかきあげた。
「なぁ、忠敬、お前イバラとやり合って楽しかったか?」
不意にエボシは真面目な顔でそう問いかけた。忠敬は少し考えて答えた。
「……楽しかった」
「はは、そりゃぁ良かったな。乾きが少しでも潤ったんならな、多分だけどよ、お前はそういう奴なんだ。最近の人間には珍しい、争いを好むタイプなんだ。悪く言えば戦闘狂だな」
「……」
「あたしはそんなお前だろうが、のほほんとしたバカみてぇな面したお前でも好きだぜ!!」
自身の谷間に忠敬の顔を押し付けるエボシは、忠敬の頭を撫でた。
「……この家にゃぁだーれもお前を否定する奴はいねぇ、だからよお前も素直になっちまっていいんだ。家の中にまで仮面を付けて入ってくるこたぁねぇ、だろ?」
「……そう、だな……だけど、やっぱ、まだ、不安だ」
「不安なら、不安でもいいんだぜ。その不安を皆で共有しちまえば、怖くなんてなくなっちまうだろ?」
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「意外と広いなぁ、おお、破廉恥やな」
「お主ら何をしとるんじゃ! 不純異性交遊じゃ!」
「!?」
「ははは! 両手に花だな!」
忠敬は逆上せた。ベッドに連れていかれ起きると日が傾いていた。用事に行くことは出来なかった。
「……ん」
「あぁ、起きた? 賀茂君、大変やなぁ」
珍しく学生服を着ている継美が忠敬の部屋にあった本を読みながら椅子に座っていた。
「澤上江……そうか、逆上せたのか」
「まぁ、仕方ないなぁ。次からは気をつけや? せや、学生服着て部屋おったら幼馴染みたいやろ?」
立ち上がりくるりと一回りする継美、それを見て忠敬は首を傾げた。
「俺には幼馴染なんてのは居ないからんからんが、そんなもんなのか?」
「昔から幼馴染の女子が寝てる男子の部屋におる、って伝統やろ?」
「わからん。アニメや漫画の見すぎだな」
逆上せたせいで忠敬は晩御飯を食べる気分では無かった為、お酒を飲んでほろ酔い気分になっていたたまと散歩に行くことになった。夏に入り始めた時期だが、夜は少し肌寒かった。
「のう忠敬、お主、最近よく笑うようになったのう」
忠敬の隣を歩いていたたまは笑顔でそう言った。忠敬もそれはわかっていたのか肯定した。
「そうだな。お前らと一緒にいると……楽しい、からな」
「ふふ、そりゃぁ良かった。妾もお主の笑顔は好きじゃからな」
賀茂家近くの公園まで来た二人はベンチに座った。ふと妖気を感じ取ったたまは酔いを覚まし立ち上がった。
「……悪鬼か?」
「いや、物の怪じゃ。弱い妖気じゃが、油断は禁物じゃからな。出てくるがよい! 隠れても無駄じゃ!」
忠敬を手を握りながらそう大きな声で叫んだ。するといつの間にかフードを被った黒装束の細身な男性が口元に笑みを浮かべながら立っていた。
「ひひひ、お、お前、い、一瞬びっくりしたな」
「こいつが妖怪か?」
「こいつが妖怪か? ひひ、ひひひひ」
忠敬と同じ言葉を同時に喋った。それを見てたまはベンチに座りため息を吐いた。
「はぁ……また面倒くさい奴に会ってしまったもんじゃ」
「知ってるのか?」
「うむ、こやつは覚、という物の怪でな。人の心を読んでその反応を見て喜ぶ変わった物の怪じゃ。飛騨の山奥を縄張りにしてた種族じゃが、どうやら町に流れ着いたらしいのう」
覚と呼ばれた妖怪はたまが説明した通り人間である忠敬の心を言い当てたり、言葉を重ねたりして遊び始め、その反応を見ては楽しそうに笑った。
「お前……ん……? お、お前のこ、心じゃない、誰のだ? お、お前な、何を飼ってる、お、お前何をい、入れてる、お、お前な、何を持ってる」
覚は混乱したように忠敬に近付き忠敬の顔をまじまじと見つめた。
「……ひ、ひひ、ひひひひひ!! 面白い人間!」
「覚、もう良いじゃろう。去ぬがよい」
妖気を放ちながらたまは睨みそう言った。きょとんとした顔でたまを見つめる覚は理解したように頷き、どこかへと去っていった。
「ふむ、あまり気にするでない。覚という種族は往々にして少し変わっとるんじゃ」
「……そのようだな」
忠敬は指輪を指で撫でながらため息を吐いた。
二人が家に帰ると鏡花とエボシが二人で飲んでいた。継美は既に部屋に戻り眠りについていた。
「おかえりぃ」
「母さん酒臭い」
「エボシよ、こやつ一体どれだけ飲んだんじゃ?」
鏡花は口から酒気を忠敬に吐きかけた。机の上を見ると日本酒が入っていた一升瓶が三本、空になっていた。
「とりあえず母さんを部屋まで運ぶから、エボシは机を片付けておけ」
ため息を吐きながら忠敬は鏡花に肩を貸して寝室まで運ぶことになった。
「茂敬さぁん、忠敬が女を三人も侍らせてるのぉ、どう思うぅ?」
「俺は父さんじゃないぞ。全く……飲んだらこれだ」
忠敬の首に手を回し肩に頬を擦り付ける鏡花に対して呆れた顔を向ける忠敬は彼女をベッドの上に座らせた。
「母さん、今日はもう寝ろよ」
「忠敬ぃ、私の愛しい息子ぉ、大好きよ。だから、私より先に死ぬなんてぇ……やめてよ?」
「…………死なないよ。死ねないさ。俺は、俺には守りたいって思える奴らがいるんだ……勿論、母さんもその一人だから、安心して眠れよ」
「そうぅ? じゃぁ寝るぅ! おやすみのチューはぁ?」
「早く寝ろ!」
掛け布団を被せて、部屋を暗くした忠敬は出ていこうとした時、振り返り眠りにつく母親の顔を見て笑みを浮かべた。
「忠敬、今日妖怪に会ったんだって?」
未だお酒を飲むエボシはたまから聞いた事を忠敬に聞いた。
「あぁ、覚……だったか。変な奴だったよ」
「普段ならばもう少し絡まれるのじゃが、今日はすんなりと帰ったのう」
氷と日本酒を注いだグラスを手に持つたまは不思議そうに首を傾げた。
「何でだろうな、思わぬ事でもあったんじゃねぇの?」
「思わぬ事、か……ふむ、まぁ、何もなければ良いがのう」
たまの不安は悪い方向で的中した。
数日後の事だった。忠敬が朝、家の前をホウキで掃除をしているとフードを被った覚が現れた。
「ひ、ひひ、見つけたぞ!」
「掃除中だ」
「お、お前! に、人間の癖に生意気だ! 喰ってやる、喰ってやるぞぉ!」
突如錯乱したようにフードを引きちぎりながら涎を垂らした毛だらけの顔をあらわにした覚は鋭い爪を立てて忠敬に飛びかかった。その時、忠敬が集めたゴミが散らばった。
「お前……」
ホウキの柄を両手で握りしめて忠敬は飛びかかる覚を殴りつけた。ホウキは折れてしまった。
「ひ、ひひ、人間の癖に、力が強い! ほれも中に入ってる奴のおかげか? な、中に何が入ってる?」
「お前には関係の無い事だ」
「あらぁ、関係無くはないわぁ」
そんな抜けた声に体をビクつかせる忠敬。家の玄関には日本刀を手に持つ鏡花が立っていた。
「お、女! ひひ、ひひひ! その刀で切るつもりだな!」
「……え、と……あの、母さん、これは違うんだ」
「私ねぇ、二日酔なのよぉ、頭が痛いわぁ」
頭を押さえながら鏡花はゆっくりと家の外に出てきた。その時、躓いてしまい手に持っていた日本刀が手から離れ、覚の股間に直撃した。
「……想定外、の……攻撃……!」
心を読む妖怪でも予見出来ない事は分からなかった。そして、珍妙な顔を浮べ、股間を抑えながら覚はどこかに消えていった。その後、覚が賀茂家に近寄る事は無かった。
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