妖怪セプテット

うー

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舞い踊る

流星のように速く、星のように高く

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 天音は一人の烏天狗に監視対象者の報告を行っていた。いずれ妖怪に矛を向ける、または妖怪の盾となる存在、賀茂 忠敬かも ただゆきに関する事は包み隠すさず報告をしなければならなかった。
 報告を受けた大天狗がどう決めるかなんて事は天音には知るはずもなかった。その報告が忠敬の、今の生活を丸っきり変えしまうことに気が付かなかった。

 夏の真っ只中、天音は賀茂家の屋根の上で星を眺めていた。町の中だというのに意外とハッキリ輝く星々を仰いでいた。まるで全てを見下すように天に鎮座する星を天音は不愉快そうに見つめた。

 神野悪五郎と対峙した忠敬は一週間程で目を覚ました。しかし、忠敬は一向に部屋から出ようとしなかった。心配した妖怪四人だったが、誰も部屋には入れなかった。
 忠敬は部屋のベッドの上で頭を押さえていた。

「……俺は何かを忘れているのか……いや、そんな事は無い、悪五郎とは一緒じゃない……理解しているはずなんだ、なのに……どうして、こんなに胸が騒ぐんだ……?」

「なぁ、忠敬。実はお前の家族がお前に隠し事をしている、なんて事は無いのか?」

 ふと、指輪がそんな事を言った。すぐに否定しようとした忠敬だったが否定する言葉が中々出てこなかったのだ。代わりに出てきたのは弱々しい妥協だった。

「……俺は、俺は皆との関係が壊れるのが怖いんだ。俺が、何も知らない、何も覚えていなかったらこのまま過ごせるんだ」

「……忠敬。お前の家族はそう簡単に壊れる関係なのか?」

「……そんな事は無い……はずだ」

「なら、信用すれば良い。お前の大事な家族なのだろう?」

 指輪の言葉に忠敬は気付かされたように顔を上げた。

「お前のやる事はただ一つ、聞くだけだ、それでお前の陰気な顔とはおさらばだ」

「……そうだな、簡単な事だったな……」

 忠敬はすぐにベッドから降りると部屋の扉を開けた。するとそこにたまの姿があった。

「忠敬よ、もう大丈夫なんじゃな? ふふ、飯は食わんでもよいか?」

「なぁ。たま、俺って、俺だよな?」

「……哲学か?」

 たまは首を傾げた。忠敬の頭を撫でながら。

「お主はお主じゃ。悪五郎に何を言われたかは知らんが、戯れ言じゃ、お主は妾を信じよ……それで良い」

「そうだよな……すまん、変な事を聞いた」

 ──そうだ、何を戸惑うことがあるんだ。ここにいるのは賀茂 忠敬だ。俺は悪五郎とは違う。違うんだ。
 忠敬は安心したように笑みを浮かべた。しかし、指輪は疑うように声を上げた。

「本当か?」

 たまは最初、誰が話しかけているのかわからず周りを見回した。忠敬の付けている指輪が気付いたのは忠敬が指輪を見たからだ。

「……指輪が喋るなぞ、面妖な……しかし、妾は嘘など吐いておらん。吐く理由がないじゃろう?」

「そうだぞ、指輪……」

「どうやら性格まで狐のようだな」

 たまは目を細くして指輪を睨みつけた。

「こんな者をどこで見つけたのじゃ、即刻捨てた方が身のためじゃ。取り憑かれておるぞ」

「取り憑いているのはどちらだ。やはり妖狐は信用ならんな? 欺くのは得意なようだな」

「ふん……所詮は小物の遠吠えじゃのう」

 忠敬は言い合う二人を宥めた。少し話をする、とたまに伝えて再び部屋に入っていった。どういう事だ、と問い詰めた。

「……お前は信用してるかもしれんが、我は信用していない、それだけだ」

「……そうか。だが、お前がそこまで疑う理由はなんでだ?」

「こればかりは我の直感に過ぎんがな……」

 指輪の直感を念頭に置きながら、忠敬はマナーモードにしていた携帯が震えているのに気付いた。電話だった。手に取り耳に当てると、玻璃の声が聞こえてきた。

「……賀茂君、体は大丈夫……?」

「あぁ、野田か。怖い思いをさせてすまなかった。俺が、俺がもっと強かったら、お前を守れたのに……」

「でも、賀茂君は……助けに来てくれたし……」

 悪五郎との戦闘の際、意識を失った忠敬は悪五郎の部下である雪女が自宅まで送ったのだった。玻璃に関しても、特に何かをされたというわけでも無く目を覚ますと自宅のベッドに寝ていたのだ。

「……野田、俺とはもう絡まない方がいい。お前まで危険な目に合わすわけにはいかない」

「賀茂君……玻璃は大丈夫だよ……玻璃は賀茂君の……味方だから……何があっても……」

 玻璃の言葉に礼を言いつつ、当分学校を休む旨を伝えた。

 その頃、報告を受けた鞍馬山に住む大天狗こと僧正坊は八人の天狗を召集し、会議を開いていた。忠敬についてだった。

「それで僧正坊、どうするんだ? このまま放っておくわけにもいかんだろう」

 一人の壮年の天狗が言葉を発した。彼は愛宕山の太郎坊という天狗だ。神野悪五郎の部下に襲われて、腕や額に包帯を巻いていた。

「滅するのなら早いほうがいい、所詮は人間のガキだ」

 次に話したのは太郎坊と顔がそっくりな天狗だった。彼は比良山の次郎坊という天狗だ。

「次郎坊の言い分もわかる……じゃがそう簡単に結論を出すわけにもいかぬ。かの者は鬼や九尾を擁しておる。慎重に事を進めねばならん」

 大天狗は次郎坊の意見に対して首を横に振った。だが大天狗の心中は次郎坊が提案した意見に近いものだった。
 他の者はなにか意見があるか、と大天狗は問いかけた。

「人間の童とはいえ、そこまで力を持っているのなら、こちら側に引き込むのがよろしいかと、それに聞く限り我々に弓を引くという事は現状、考えられないでしょう」

 その問いに答えたのは青年のような顔立ちをした、英彦山に住む天狗、豊前坊だ。しかし、その意見に真っ向から対立したのは初老の天狗、大峰山の前鬼坊だ。

「おい豊前坊! 人間の童子なんざ狗賓だけで事足りるわ! なんなら俺の山から出してもいい!」

 ふむ、と少し考え、大天狗は前鬼坊に賛成する者を挙手させた。八人中五人が手を挙げた。

「……三郎、豊前坊、相模坊、貴様らの考えも分からんでもない」

「決定した事だ、構わん。だが怨霊とならぬようしっかりと供養したまえ。人の怨念は、時に世を動かす」

 飯綱山の三朗は納得した様子で頷き、相模坊という白峰山に住む天狗に目を向けた。彼は以前、崇徳院の霊に仕えていた天狗だった。怨霊というモノがどれだけ強い思いを持っているか、どれかけ悲しい存在なのかを理解していた。それゆえ、先の事を思えばため息しか出なかった。

「……我らの都合で命を奪うのだ。その若人には、極楽浄土へ旅立てるよう、祈っておこう」

 それを聞いていた相模大山の伯耆坊は流し目で反対した三人を睨むように見ていた。
 こうして、天狗の一族は賀茂 忠敬を殺害する事に決定したのだった。この事はすぐに天音に報告され、監視から暗殺に任務が変更になった。

 大天狗に仕えているとはいえ、死にたくはない天音は任務を先延ばしにしていた。勿論、大天狗からの命令は下っ端の女天狗からすれば勅命のような物だ。絶対であり、逆らう事は許されなかった。即時遂行を求められていた。
 これ以上、引き延ばしが出来ないと感じ取った天音が動き始めたのは夏の終わりが近づいた頃だった。偶然、忠敬と二人きりになった天音は腰の極彩色の羽団扇の柄を掴んだ。リビングでの事だった。

「天音、そういや」

 あ、と思い出したように天音の方を向いた忠敬はすぐに天音の行動に気付いた。しかし、その時は何も言わなかった。

「天狗達に報告してるみたいだが、その結果、俺はどうなるんだ?」

「まだ、何も連絡は受けていませんね。何も心配はないかと」

 天音は羽団扇から手を離し忠敬の問いに答えた。そうか、と安心したように頷きテーブルの上にあるお茶を飲んだ。一息つくと静かに言葉を発した。

「……母さんにあまり迷惑はかけたくない、暴れるのなら外に行こう……」

「……そうですね。申し訳ございません。そこまで配慮が出来ていませんでした」

 場所を移しましょう、と天音と忠敬は外に出ていった。二人は家からそう遠くない路地に入り込むと向かい合った。

「それで、俺をどうするつもりだ?」

「随分と、察しが良いのですね。単刀直入に申し上げますと、死んでください」

 天音は羽団扇を帯から抜き取ると、それを忠敬に向けて少しだけ扇いだ。すると忠敬の頬に薄い切り傷が出来ていた。

「……それは出来ない」

「抵抗しない方がよろしいですよ。辛くなります」

「……俺がか」

「私が、です!」

 天音が強く扇いだ。目に見えない風を忠敬が避けられるわけもなく、全身から血を流し、膝をついた。

「っ……」

「……私はまだ死にたくありません。大天狗様の命令は絶対、しかし忠敬様を手にかければ……他の妖に殺される……どうすれば、どうすれば私は生き残れるのですか」

 天音は羽団扇の柄を強く握りしめた。自身の胸中にある死にたくないという感情を吐露した。

「あなたが、あなたさえ力を手にしなければ! 私がこんな捨て駒のような任務をしなくても良かったのに! あなたは一体何なのですか!? 何故出会って間もない者の命を奪って私が死ななくてはならないのですか!」

「…………哀れだな」

 天音の感情を耳にした指輪をふと、声を出した。その言葉に柄が折れるのではないかと思うほどの力で握りしめていた。ミシミシと音を鳴らしていた。

「お前がどんな立場だろうが、お前がどんなに恐怖を抱いていたとしても、我らには関係の無いことだ。忠敬に対して喚くのはお門違い、というモノだ。そんな事は己の上司に対して言うがいい」

 随分と辛辣な物言いの指輪は忠敬に声をかけた。

「忠敬、こいつはダメだ。恐怖で頭がやられている。聡い奴だと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ」

「…………私は…………」

 忠敬は全身の傷の痛みに耐えながら立ち上がった。

「指輪……少し黙ってろ……」

「ふむ、お前の好きにしろ」

 俯く天音の前に立つ忠敬は笑みを浮かべた。そして問いかけた。

「……っ死にたくないか?」

「……当たり前じゃないですか……あなたはどうすれば、いいか……分かるのですか……?」

 簡単だ、と忠敬は天音に近付いていき、その腕で抱き寄せた。

「な、なにを……?」

「……お前はもう、俺のもんだ、離しゃしねぇ」

 悪五郎に似た笑みを浮かべる忠敬は天音が取りたくないと言った天狗の面を剥がした。顔の右半分が焼け爛れていた。

「!!!」

「なぁ、天音」

「か、返して……ください……」

 面に手を伸ばした天音は手を忠敬に掴まれた。そして忠敬は額にキスをした。

「なに……を……」

「死にたくないんだろ? それなら来い。俺の元に、俺達の元に、な?」

 その時、天音は理解した。この男は妖たらしだ、と。頭の中ではたまや継美がどうして忠敬に付いていくのか、理解出来なかった天音だった。しかし、忠敬からは、この者に付いていきたくなるような、が溢れ出ていた。

「……あぁ、そうですか……あなたは……ただの人間ではない……あなたは危険だ。あなたは妖の世界を変えかねない。そして、あなたはその力を自覚していない」

 天音は眉間に皺を寄せながら、笑みを浮かべる忠敬を見つめた。

「変えようなんざ思ってないさ。俺は俺のしたいようにするだけさ」

「何をしたいのですか」

「俺達が楽しく暮らすんだ。誰にも邪魔をされず、な」

 天音をお姫様抱っこをして家に帰ろうとする忠敬は腹部に刺激を受けて膝をついた。

「忠敬……様……?」

 腹部には大きな穴が開いていた。まるでそこだけ元々なかったかのように綺麗に空いていた。それでも忠敬は足に力を入れ歩き始めようとしたが再び片膝をついた。天音はその風穴を目にすると目を見開けた。

「忠敬様!」

「下っ端天狗が、ほだされおったか? ワシの命令は絶対じゃ。歯向かうなど、許されると思っておったか!」

 直属の部下ということで、天音の尻拭いをしに大天狗が直々に忠敬の命を取りに来たのだった。大天狗は二人を見下していた。

「天音よ。機会をやろう、そこの童を殺せ。さすれば罰は軽くしてやろう」

 天音は忠敬から降りると抱き上げられた際に落とした羽団扇を拾い上げ、それを振り上げた。だが、それが振り下ろされる事は無く、震えていた。
 いつまで経っても羽団扇を扇がない天音をじっ、と大天狗は見つめていた。そしてため息を吐いた。
 天音は大量の血を流す忠敬を見て固まっていた。

「……忠、敬……様……私は……私は……」

 忠敬は天音の顔を見ていた。汗をかき、震え、恐怖に染まった表情を見つめていた。

「…………申し訳ございません……私には……私には彼を殺す事が……出来ません……」

 涙を流しながら羽団扇を地面に落とす天音はその場に膝から崩れ落ちた。
 大天狗は何故じゃ、と問いかけた。

「……忠敬様に……私は、忠敬様について行きたいと思ってしまったから……このお方の下ならば、私は流れ星のように速く、星のように高く、飛べると……速く高く舞い踊る事が出来ると……そう思ってしまったのです」

 掠れるような声でそう発した。そして縋り付くように忠敬の腰に抱きついた。
 忠敬が意識を保っていられるのは指輪のおかげだった。自身の腰に抱き着く天音を片手で軽々と持ち上げた。ふらつきながらもしっかりと足を地面に付けて大天狗の方に向いた。

「っ……すまないな。鞍馬の天狗、この天狗は、この女は、俺のもんだ」

「貴様……!! 下っ端とはいえワシら天狗の一族をっ……!」

 忠敬は強く天音を抱きしめて挑発的な笑みを浮かべた。大天狗は激昴した。そして先程から忠敬の目に入っていた背中に背負っている大天狗より巨大な羽団扇を手に持った。
 それは八人の大天狗だけが持つことを許される羽団扇だった。通常の天狗の羽団扇より強大な力を操ることの出来るそれが忠敬の腹部に風穴を開けた武器でもあった。
 大天狗はその羽団扇を片手で振り上げると遺言はあるか、と冷たく問いかけた。

「遺言は……無いな」

 大天狗が振り下ろそうとしたその時、忠敬の少し前の壁を突き破られた。コンクリートの粉が舞う中、三つの影が現れた。そして聞き慣れた声達が聞こえてきた。

「よう、随分とやられちまってるようだな」

 一つは力の権化である鬼の声。

「何さらしとんじゃおどれら……楽に死ねる思うなよ?」

 一つは正体不明の妖怪である鵺の声。

「ようもやってくれおったな……鞍馬、主は妾達の逆鱗に触れた……」

 そして現在、闇を生きる者達の頂点に立つ妖怪、九尾。
 天狗の一勢力を潰すには造作もない戦力だった。それは大天狗も理解している事だった。

「……鬼に鵺に九尾、か」

 大天狗は振り上げていた羽団扇を下ろした。その羽団扇は背中に納められた。

「……童!! 貴様がワシら天狗の敵、ということはよぉくわかったわ」

 天音を一瞥すると大天狗は背を向けずに後ろへと下がっていき少し離れると空へ飛び立っていった。

「……ふぅ」

 そして今まで耐えていたが、忠敬は腹部の風穴のせいで死にかけていた。その場に倒れてしまった。

「お主ら! 忠敬を急ぎ連れて帰るんじゃ! 死んでしまうぞ!」

 次に忠敬が目覚めたのは一年が過ぎ、来年の夏に入った頃であった。その間、忠敬は夢を見ていた。
 自身の事かは分からなかったが、ヤケにリアル感のある夢だった。それは江戸時代、沢山の妖怪達と過ごす夢だった。
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