北を見るフェイト

ろくろくろく

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走れ、振り返るな

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怒涛のスタートダッシュから始まった新年は矢のように走り抜け、1月の終わりが見えた頃にはひと月がこんなに短かいものかと驚いた。

そんな中、2月の初めにパイプコネクションのプレゼンが行われた。

パイプコネクションの兵藤社長は大きな企業を育て、暇潰しに作った会社さえグングンと業績を積み上げる実績を持つ。
だからこそなのか、元々そんなタチなのか、何でも自分でやりたい人らしい。
前準備と言える段階の会議から顔を出して積極的な意見をぶつけて来る。
そうかと言って独断では無く、下の者も遠慮無く思った事何言える環境にあるらしい。

伸びる会社は伸びる理由があるのだ。
いい会社だと思った。

昼1番に始めた会議はこの先のイメージ展開を簡単に説明したり、カラーや各種ロゴに意味付けをしたりと1時間程で終わると思っていた。
しかし、白熱した会議が充実していたのはいいが、夕方近くまで掛かってしまった。

そのおかげで、ある程度まで具体的な話を進める事が出来たのは収穫だろう。
さすがに一度で決まる程甘くは無かったが、狙っていた各種様々な契約はあらかた手中に収めることが出来た……ような気がする。

今出て来たばかりのビルを振り返って見上げると真柴と柊木もそれに倣った。

「……上手く行ったように見えますけど……契約書を出すタイミングは貰えませんでしたね、わざとそうしているようにも見えました。」
「気さくなようでやっぱり狸だな」
「それは、いつでも切れるって意味ですか?」
「いや、多分だけど全力で掛かって来いって意味だと思うぞ」

「俺もそう思う」と柊木が鼻を鳴らした。

「試されてるって事ですよね」
「そうとも言える、あの親父にしたら誰も彼もがヒヨッコなんだろ、育ててやるからついて来いって意味だろう」

「がんばれ姫」と肩に手が乗った。
「任せたぞ」ともう片方にも手が乗る。

「全てはお前次第だ、兵藤社長は狸だが信用出来る狸だと思う、頬を真っ赤にして足掻く若者が見たいんだろ」

「……そうですかね」
「そうだろう、焼肉だな」
「は?、何故焼肉なんですか」
「ここは焼肉だろ?」

「なぁ?」と真柴が同意を求めると「焼肉だな」と柊木が眼鏡を上げた。

何故焼肉なのかは知らないが奢ってくれると言うなら奢ってもらう。こっちだと先導する真柴に付いていくと、かの有名な叙◯苑に入って行く。
いつ連絡を取ったのかは知らないが「真柴だ」と告げたらすんなり席に案内された所を見るとどうやらコースが予約されていたらしい。
仲良く円卓を囲むには違和感しか無いメンバーだがこれは祝勝会なのだろう。
驚いた事に「よくやった」と褒められ、大きな箱を渡された。
「開けろ」と言われたから明けてみると、箱からで出てきたのは欲しかったアルミのビジネスケースだった。

「え?!これは?」
「営業部デビューの祝いってとこか?買いに行ったのは柊木だからそこは礼を言っとけ」
「………はあ」

それなりの値段の物だ。無邪気に喜んでもいいものかと咄嗟には言葉が出なかった。本来ならまず鞄を買ってくれた真柴に礼を言い、続いて柊木に礼を言うべきなのだが、まるで迷いながら頷く子供のように、おどおどと頭を下げるしか出来ない。

「こんな事を……するんですね」
「まあな、お前の持ち込んだ仕事はデカイからな、思ったりよりもずっとデカかった、売り上げに応じてボーナスへ反映するって巻坂さんに言われたからこれくらいはな?因みにここの支払いは柊木だぞ」

「それは……ありがとうございます」

ちょっと……と言うか、かなり驚いたが真正面から褒められるなんて無いのだ。
不意に舞い込んで来た飛び込みの仕事だったが、常々にこなした努力の結果だと認めて貰えたような気がした。
早速、ボサボサになっていた古い鞄から中身を取り出しアルミのケースに移してみる。
ペンを差し込むホルダーやタブレットを納めたらピッタリのポケットが付いているから中身が動いてガチャガチャすることも無い。
立ち上がって持ってみると、厳選して来たネクタイや新調したばかりのスーツにも似合っていた。

「カッコいいですか?」

馬鹿みたいだと思いつつ、ポーズを取って聞いてみると、やけに真顔の2人が申し合わせたように揃って頷いた。
ここは「はしゃぎ過ぎ」と突っ込まれた方が楽なのに真柴は「失礼」と言ってトイレに立つし、柊木は……いつもの通り表情が無い。

「最近……真柴さんって話してる途中によくトイレに行くんですけど……歳かな?」
「いや、どうしてそこまで?って思ったけど気持ちはわかるな」

爪の先で眼鏡を上げる柊の仕草は、「そこに触ると凍傷にでもなるのか?」と聞きたい。

「…………どう言う意味ですか?」
「そのまんまだ、ほら、肉を食え、飯を食え、タンパク質と糖質をしっかり取って動け」
「はい、じゃあ頂きます」


昼でも無いし夕食の時間にはまだ早いが腹は減っている。

大皿に乗った綺麗なロースを網に乗せると脂っぽい煙を上げた。
しかし、それらは広がることなく食欲を唆る美味しそうな匂いだけ残して目線より少し上にある筒の中に吸い込まれて行く。

こんな事で氷上を思い出すのももうやめにしたい。さっさと食べてしまいたかったが、ここは後輩として肉を焼く係をしなければならない。
もう1枚、それともう一枚、新しい肉を網に乗せようとすると「自分の分だけ焼け」と柊木に言われた。
これは新しいチームの中で出来ていく、ルールの一つだろう。柊木の場合は「そんな事をしなくてもいい」では無く「俺の肉に触るな」が正解だと思える。(見た目からの判断)
そして真柴には肉を焼いてやる気など無い。鞄をくれてもそんな事はしない。

トイレから帰った真柴と柊木の3人で網の場所を決め、それぞれが自分の陣地を確立してそれぞれのペースで食べる事になった。

残念な事にまだ仕事中の為、お酒は飲めないが空きっ腹に白飯と肉のコラボは至福なのだ。
スンっと澄ました先輩2人はあまり食べないが、そこは勝手だ。
大盛りの茶碗は肉3枚で消化した。
お代わりを頼んで待っていると「野菜も食え」とお母さんみたいな事を言う真柴が焦げ焦げになった玉葱を押しやってくる。

「自分の分は自分で食ってください」
「なあ姫」
「姫はやめてください、何ですか?あんまり食べませんね、やっぱり俺が肉を焼きますか?」
「いや、ちょっと見せたいもんがあるんだがな、見るか?」

「はあ」

それは真柴にしては変な問いかけだったが、ズボンのチャックを開けて「見ろ」と言われている訳ではない。「見せたいなら見ます」と答えると、ほらと翳したのは真柴の左手だった。
肌色の大きな湿布が貼り付いているのはわかるが、それがどうしたのか意味がわからない。

「怪我ですか?捻挫?それとも電車で痴漢に及んだら反撃の刻印をされたとか?」
「いいや、骨折だ、手の甲の骨にヒビが入ってるらしい」
「それは…痛み入りますが大した事ないんでしょう?湿布だけですもんね」
「まあ大した事は無いが、湿布なのは仕事に行く時に包帯を巻く訳にもいかないからだ、まだちょっとでも動かせば痛いぞ」
「労われとでも言うんですか?よく我慢したと褒めたらいいんですか?、それともどうして怪我をしたかを聞いて欲しいんですか?」

真柴は自分の弱点をとことん隠すタイプだった。
自らの失敗を晒す以上、絶対に何か裏があるのだ。

「真柴さんは右利きですよね、左手が不自由でも日常生活に大した齟齬は無いだろうし字も書けますよね、タイピングはあまりしないし……まあお大事に」
「これをやったのは氷上だよ」

「……え?」
「何があったか知りたいならお前が自分で聞け、俺は関係無いし介入する気も無い、だから何も言わない」
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