34 / 102
乾き5
しおりを挟む
足が重くて前に行かない。
まだ1つ目の橋も見えていないうちから息が上がって肺が痛くなってきた。
朝起きた時から無性に怠かったが、痛い所もなく、熱も無い、どこも何とも無いのに思ったように走れなかった。
ぶっちぎってやろうと思っていた橋下の背中が遠くなり、抜いて行く奴からほぼ全員に「どうした」と声がかかった。
屈辱で……何よりも動かない体がもどかしくて早くゴールして家に帰りたかった。
とにかく前に、前に。
喉から血の味がして奥歯が痛んだ。
学校が見えてホッとしている所に広斗に捕まってカアッと頭に血が上った。
見られたく無いし、話しかけられたく無いし、構われたく無い。
やっとの事で校門をくぐっても、時間が間延びしたようにゴールが遠かった。
広斗の「どうした」が煩い。
男子を揶揄う女子の歓声が煩い。
やっと1人になったのに、体育教師の山下と広斗がこっちを見ながらコソコソ話している姿が見えて余計に苛々が増した。
マラソン大会のいい所は午前中だけで学校が終わる所だ。
転々とコースに散った見張りの教師達とリタイヤ者を回収した車が帰ってくると整列もしないまま解散が告げられた。
誰とも話したく無い、広斗のお節介な目を振り切って体操服のまま家まで走って帰ってきた。
家のテーブルにはラップに包まれた炒飯が置いてあったが食べる気はしない。
苛々が腹に溜まって座る事も出来ない。
気が付けば檻の中の白熊みたいに部屋の中を行ったり来たりしていた。
頭が痒くて仕方がない、お風呂に入って血が出る勢いで引っ掻き回したが治らない。
目に映る何もかもが気に障って、全てを叩き潰したくなる凶暴な衝動に駆られ、トイレのドアを思いっきり蹴った。
跳ね返ってくると思っていたのに……、合板を合わせたドアは中が空洞で思いの外脆い、バコッと足が突き抜けた。
「クソ……」
多分……絶対、間違いなく母にボコられるが今はどうでもよかった、湧き上がってくる止まらない苛つきをどうにかしたいのに治らない。腹を裂いて重く尖った塊を取り出したい気分だ。
マラソンに負けたからじゃない、朝からずっと正体のわからない焦燥感が体を蝕み、走っている最中に大きくなっていった。
寝れば治るかと布団を被ってみたが掴み掛かられたような閉塞感に喚《わめ》き出しそうになる。
「何だよ……これ」
ドアを蹴破ってもまだ足りない、何かを壊したくて……
自傷の誘惑が込み上てくる。
手首を切ってみたい、指を切り離してみたい。
死にたく無いけど喉を掻っ切りたい。
包丁が入ってる戸棚が目に入ったが……それは駄目だとわかってる。
モヤっとした黒い塊を吐き出したくて、壁に頭を打ち付けると幾分かスッキリした。
二回、三回、頭を割って中身を洗いたい。
このまま狭い場所にいたら本当にやってしまう。どうしようも無くなって家を飛び出した。
ここ数日、何故かお腹が空かなくてあまり食べてない。体重はむしろ減ってるのに、走ればやっぱり大気の重量が増したように身体が重い。
苦しいくらいに胸を締め付ける焦燥感に押し潰されそうで走って走って……気が付けばバケ森を抜けて八雲のマンションまで来ていた。
そう言えば八雲がマラソンをどうしたかは見てない。あんまり周りは見てなかったがグランドでは見かけなかった、脱落者を拾った車の中にもいなかったと思う。
当たり散らす相手には不向きだが、八雲の穏やかな「僕」を聞けば落ち着けるような気がした。
「いるかな……」
「壱《いち》ならいないよ」
真後ろの耳元から声が聞こえて慌てて振り返ると、前に会った意地悪な八雲の「彼氏」が皮肉な笑顔を浮かべて立っていた。
嫌な事は何も言ってないのに、口の端に浮かんだ上から目線の嗤笑が相変わらず感じ悪い。
思いっきり顔に出したのに紫音は気にする様子も見せずにニヤニヤしながら肩に腕を回してきた。
「壱に会いに来たんだろ?今寝てるから連れてってやるよ」
「どこに?上の部屋なら連れてって貰わないても自分で行きます」
「壱の部屋じゃないよ、すぐそこの店」
寝てるなら別に起こしてまで会わなくてもいい。
今まともに話せる保証は無いし、嫌われる様な態度を取ってしまうかもしれない。
「俺は帰ります、また学校で会えるし別に用があるわけじゃ…」
「いいから来なよ、もしかしたら面白いもんが見れるかもしれないよ」
「ちょっと……」
紫音の大柄な物言いに腹の中のイライラが破裂しそうになる。
強引な腕を振り払いたいのに、紫音は見た目と違い異常に力が強い、「帰る」と言っているのに肩に回った腕から抜けようとしても抗えず、ズルズルと引っ張られて、まだ開店前の店が並ぶ閑散とした繁華街の裏路地まで連れていかれた。
紫音が手に掛けたのは鄙びた表通りの店に輪をかけたような古くしょげた店の扉だった。
まだ1つ目の橋も見えていないうちから息が上がって肺が痛くなってきた。
朝起きた時から無性に怠かったが、痛い所もなく、熱も無い、どこも何とも無いのに思ったように走れなかった。
ぶっちぎってやろうと思っていた橋下の背中が遠くなり、抜いて行く奴からほぼ全員に「どうした」と声がかかった。
屈辱で……何よりも動かない体がもどかしくて早くゴールして家に帰りたかった。
とにかく前に、前に。
喉から血の味がして奥歯が痛んだ。
学校が見えてホッとしている所に広斗に捕まってカアッと頭に血が上った。
見られたく無いし、話しかけられたく無いし、構われたく無い。
やっとの事で校門をくぐっても、時間が間延びしたようにゴールが遠かった。
広斗の「どうした」が煩い。
男子を揶揄う女子の歓声が煩い。
やっと1人になったのに、体育教師の山下と広斗がこっちを見ながらコソコソ話している姿が見えて余計に苛々が増した。
マラソン大会のいい所は午前中だけで学校が終わる所だ。
転々とコースに散った見張りの教師達とリタイヤ者を回収した車が帰ってくると整列もしないまま解散が告げられた。
誰とも話したく無い、広斗のお節介な目を振り切って体操服のまま家まで走って帰ってきた。
家のテーブルにはラップに包まれた炒飯が置いてあったが食べる気はしない。
苛々が腹に溜まって座る事も出来ない。
気が付けば檻の中の白熊みたいに部屋の中を行ったり来たりしていた。
頭が痒くて仕方がない、お風呂に入って血が出る勢いで引っ掻き回したが治らない。
目に映る何もかもが気に障って、全てを叩き潰したくなる凶暴な衝動に駆られ、トイレのドアを思いっきり蹴った。
跳ね返ってくると思っていたのに……、合板を合わせたドアは中が空洞で思いの外脆い、バコッと足が突き抜けた。
「クソ……」
多分……絶対、間違いなく母にボコられるが今はどうでもよかった、湧き上がってくる止まらない苛つきをどうにかしたいのに治らない。腹を裂いて重く尖った塊を取り出したい気分だ。
マラソンに負けたからじゃない、朝からずっと正体のわからない焦燥感が体を蝕み、走っている最中に大きくなっていった。
寝れば治るかと布団を被ってみたが掴み掛かられたような閉塞感に喚《わめ》き出しそうになる。
「何だよ……これ」
ドアを蹴破ってもまだ足りない、何かを壊したくて……
自傷の誘惑が込み上てくる。
手首を切ってみたい、指を切り離してみたい。
死にたく無いけど喉を掻っ切りたい。
包丁が入ってる戸棚が目に入ったが……それは駄目だとわかってる。
モヤっとした黒い塊を吐き出したくて、壁に頭を打ち付けると幾分かスッキリした。
二回、三回、頭を割って中身を洗いたい。
このまま狭い場所にいたら本当にやってしまう。どうしようも無くなって家を飛び出した。
ここ数日、何故かお腹が空かなくてあまり食べてない。体重はむしろ減ってるのに、走ればやっぱり大気の重量が増したように身体が重い。
苦しいくらいに胸を締め付ける焦燥感に押し潰されそうで走って走って……気が付けばバケ森を抜けて八雲のマンションまで来ていた。
そう言えば八雲がマラソンをどうしたかは見てない。あんまり周りは見てなかったがグランドでは見かけなかった、脱落者を拾った車の中にもいなかったと思う。
当たり散らす相手には不向きだが、八雲の穏やかな「僕」を聞けば落ち着けるような気がした。
「いるかな……」
「壱《いち》ならいないよ」
真後ろの耳元から声が聞こえて慌てて振り返ると、前に会った意地悪な八雲の「彼氏」が皮肉な笑顔を浮かべて立っていた。
嫌な事は何も言ってないのに、口の端に浮かんだ上から目線の嗤笑が相変わらず感じ悪い。
思いっきり顔に出したのに紫音は気にする様子も見せずにニヤニヤしながら肩に腕を回してきた。
「壱に会いに来たんだろ?今寝てるから連れてってやるよ」
「どこに?上の部屋なら連れてって貰わないても自分で行きます」
「壱の部屋じゃないよ、すぐそこの店」
寝てるなら別に起こしてまで会わなくてもいい。
今まともに話せる保証は無いし、嫌われる様な態度を取ってしまうかもしれない。
「俺は帰ります、また学校で会えるし別に用があるわけじゃ…」
「いいから来なよ、もしかしたら面白いもんが見れるかもしれないよ」
「ちょっと……」
紫音の大柄な物言いに腹の中のイライラが破裂しそうになる。
強引な腕を振り払いたいのに、紫音は見た目と違い異常に力が強い、「帰る」と言っているのに肩に回った腕から抜けようとしても抗えず、ズルズルと引っ張られて、まだ開店前の店が並ぶ閑散とした繁華街の裏路地まで連れていかれた。
紫音が手に掛けたのは鄙びた表通りの店に輪をかけたような古くしょげた店の扉だった。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる