ストーキング ティップ

ろくろくろく

文字の大きさ
8 / 68

不審者かアイドルか

しおりを挟む
夜中に切れるよう設定してるエアコンのせいで、いつもなら汗だくになって目が覚めるのに何だか気持ちよかった。

顔を埋めていた枕を抱き締めて、二度寝を試みようとするといい匂いがする。

またきっと窓を閉め忘れたまま寝たのだと思う。
どこからか風に乗って入って来たらしく、部屋の中が香ばしい珈琲の香りに包まれていた。

携帯のアラームより先に目を覚ますなんて滅多に無い。しかし、時間が来るまで起きる気は無く、綿の夏毛布を手繰り寄せようとして……何かに引っ掛かっている事に気が付いた。

それでも絶対に目は開けない。
目を開けたらハッキリと目が覚めてしまいこの上無く幸せな朝のまどろみタイムが終わってしまう、グイグイと毛布を引っ張って何とか粘ろうした

何かがコツンと額を突くまでは。

「………え?」

目を開けて視界に飛び込んできたものが信じられない。何やらキラキラ光る物体が「お寝坊さん」とか言ってベッドの端に座り、にこにこと微笑んでいた。

「は?…え?…何?…」

思わず部屋を見回した。
昨夜はほんのちょっとだけ酔ってたから何かを間違え、何かをやらかし、何かを……つまり、間違って隣の部屋に入り込んだとか、違うアパートに入り込んだとか、実は帰った事自体が夢でどっかで酔い潰れたのかもしれないと焦った。
しかし、ベッドも本を詰めたラックも壁に貼った1月のままのカレンダーも………脱ぎ捨てた服も自分の物だ。
畳んだ覚えは無いのに畳まれているけど……

そしてキラキラ光る物体には見覚えがあった。

「は?!え?え?クリス……さん?」
「クリスでいいよ」
「何をしてるんですか?!!」
「寝顔を見てただけだけど?」
「寝顔?!寝顔?!いや、そうじゃ無くて何で俺の部屋にいるんですか?!」
「何でって……」

「やだなぁ」と言ってモジモジされても似合わないし、最早怖い。

「どうやって入ったんですか?」
「ん?」
「どうやって?!」

いつもなら曖昧かもしれないが昨夜は絶対に鍵を掛けた。逃げるように走り帰り、追手から逃れるように鍵を掛けたのだ。

「まさか…」

開いていたベランダの窓からと言い掛けたけど、この部屋は細長い集合住宅の4階なのだ。
何もよりも立っているだけで目立つクリスが壁を登っていたら瞬時に見つかるだろう。

「鍵は掛かってましたよね?」
「え?」

決して難しい質問じゃ無いのに何もわからない子供のように無垢な顔をされても困る。にこにこキラキラしてたら誰でも騙せると思わないでほしい。

「一体どうやって…いや、その前に何で俺の部屋を知ってるんですか」

昨日の夜は後を付けるなんて行為が出来るほど普通には帰ってない。
店を出てから駅まで走ったし、電車を降りてからも走った。
学校の誰にも住んでる場所を教えた覚えは無い。母以外の誰かが部屋に来た事もないのだ。
当然の疑問なのに返事はまた悠然とした無垢な微笑みだ。

しかし、見えてしまった。
「ご飯が出来てるから顔を洗っておいで」と言って立ち上がったクリスが、エプロンのポケットからはみ出ていた何かをサッと隠した所を。

「それは何ですか?」
「何って?」
「ってか!!何でエプロンなんかしてるんです、そこのポケットです、何か隠したでしょう」

「見せろ」と言って飛び付いた。
恐らく正解だったのだろうけど、キャッキャと笑いながら逃げる様子は寧ろ嬉しそうなのだ。さしたる抵抗も無しにポケットの中に手を入れたら、出て来たのはグッチのストラップが付いたシンプルな鍵だった。

「これは……」

普通と言えば普通の鍵なんだけど、妙な慨視感がある。何でか背中から抱きつかれてるけど、振り払ってラックの上に置いたこの部屋の鍵を取りに走った。(2歩だけど走ったんだ。)見比べたらカギカギの形が全く同じだった。

「どこからこれを…どうやって…」

合鍵は実家にある筈だ。
もしも、このイケメンなクリスが現れて「鍵を貸してください」と言えば母の事だから何も聞かずにホイホイ渡してしまいそうだが……多分それは無い。では残る可能性は大家さんぐらいだった。

本当に何のつもりか知らないが、揶揄う為だけならこれはやり過ぎだ。渾身の力を込めてジロリと睨んでみた。

「どういう…つもりですか」
「そりゃあ付き合ってるんだから合鍵くらい欲しいでしょ」
「まだ昨日の遊びが続いてるんですか?ここでは誰も見てないから面白くありませんよ」
「好きなんだ」
「綺麗な顔をして真面目に言わないでください」
「その気になっちゃう?」

してやったりと言わんばかりにニヤリと笑うクリスは「らしく無く」モジモジしているよりは余程似合ってる。

「なりません、例えあなたが本当に真面目だとしても俺は付き合うなんて言ってないし、付き合ってても勝手に合鍵持ってるなんて駄目でしょう」

もしかしたら差別になるかもしれないから敢えて言わなかったけど、せめて女の子を選んで遊んで欲しい。女の子相手ならタチの悪い寸劇だと分かっていてもクリスに好きだと言われたら嬉しいだろう。

我ながら筋の通った正論が言えたんだと思う。
なのに、しょんぼりと肩を落として……「だって蓮が好きなんだもん」と呟いた。
この後に及んでまだ言うか。

「好きだとか嫌いだとかが判別出来ないくらいお互いの事知りませんよね」
「知ってるよ、知ってるじゃん」
「夏の初めに挨拶するようになって……今はまだ夏です」

しかも「蓮」と連呼し始めたのは昨日だ。

「いつ、どこで、どんな理由が有って俺を好きだと思える時間があったんですか」
「そりゃ…多少……蓮から見れば急で唐突だったかもしれないけど、昨日は初めてのデートだったから告白するって決めちゃったんだ」

……デートでは無い。

脱力してベッドに座り込んだ。
はぁ~と長い溜息が出る。
プラカードを持った人がなだれ込んで「ドッキリでした」などと区切りを作ってくれる希望は無いから埒があかない。

「すいません、この話はまた今度にしてそろそろ帰ってくれませんか?今日も講義があるんです」
「うん……ごめん、そうする」

……「朝ごはんを一緒に食べたら」って座るな。

「一体何がしたいんですか」
「ごめん、今から全部やり直す」
「は?」

何をするんだと思ったら、ピタピタと頬を叩いてから座り直して正座した。
狭くて、地味で、質素な部屋にクリスがいるだけでも違和感なのに正座なんてあまりにもキャラ違いだ。
スゥーっと息を吸い、グッと力が入った目で見つめられると、何かヤバいものを吸い込みそうで思わず息を止めた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

かえり、みち

真田晃
BL
エセ関西弁の幼馴染みと、歩いて帰る。 明るいコイツのお陰で、外灯の少ない真っ暗な田舎道も怖くなかった。 なのに、何故だろう。 何処か懐かしさを感じてしまう。 コイツとはいつも一緒に帰っているのに。大切な何かを、俺は──忘れてしまっている、のか? 第一章:シリアスver. 第二章:コミカルver.

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

処理中です...