ストーキング ティップ

ろくろくろく

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意味有げ

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何も聞けないままなし崩しに朝ご飯を食べた後、講義に出る為に部屋を出た。

色々と聞きたい事はあるが何だか怖かった。
クリスの謎な行動も突飛な言動ももう嘘だとは思えないでいるが……勿論鵜呑みになんかしてない。
ただでも情緒の安定が課題だと言われているのに心が折れるような企みやネタバレを聞かされても嫌なだけだ。

出かける用意をしている時、ラックの上に置いた不法取得した鍵をサッとポケットに入れたのを見逃さなくてよかった。
例え、好きだの何だのが本気だったのだとしても暫くすれば飽きてフェードアウトして行くに決まっているのに、合鍵が人手に渡ったままなんて気持ち悪い。
物凄く不満顔のクリスから鍵を取り戻し、念入りに鍵を掛けたのなんか生まれて初めてだった。

目立つイケメンと連れ立って歩いた駅までの道は異様に長かった。
下宿から大学までは電車で二駅だ。
部屋を出てから何も言わないクリスは当たり前に後ろをついて来るがクリスだって講義があるんだと思ってた。
しかし、何故か同じ校舎に入って、何故か同じ講義室に入って、何故か隣に座った。

暫くの我慢と思い、頑張って流して来たけどもう限界だった。

「クリスさんは自分のゼミか何かに出た方がいいんじゃないですか?」
「ん?僕にはもう必要な単位なんか無いんだ、前の大学でほぼ終わってたからね」
「え?そうなの?単位って他の大学と共通なんですか?」
「うん、言い方を変えれば互換性のある単位があるだけ、でもこっちはこっちでやらなきゃいけない事はあるよ」

じゃあそれをやれと言いたいが言えなかった。

これから始まる授業は昨日に引き続きドイツ語なのだ。何故ドイツ語など選択したのかと後悔しているがドイツ語特有の角のある音が好きだった。
恐らく一生使う事なんて無いが中国語やフランス語のように滑らかな音はきっと「勉強」には向いて無い。(恐らく全部が音になる)

もう教壇に立って準備をしている講師も2回目なのだからさすがに気になっているようだった。
何かを言いたげにチラチラ見てくる。
上手い事言って追い出してくれたらいいのに、そのまま何も見なかった事にしたらしい。
ヒエラルキー上位の人ってやりたい放題でも通用するから……こんな特殊な人が出来上がる。
「では…」と白々しく目を逸らして黒板を向いた講師は一つ咳払いをしてから講義を始めた。

どの背中も、隣も、多分後ろの席も、みんなクリスを意識している。
どうにかして逃げたいけど……もう2度とドイツ語をやり直したく無い。

隣と、隣に注がれる数多の熱い視線と「お前は何なんだ」とでも言いたげな不満顔に耐えてやっと終わった講義はいつもの倍くらい長く感じた。

普段なら速攻で講義室を出るけど出られない訳もあった。
席に付いたら隣にクリスが座ったから一個ずれて、そしたら詰められたからもう一個ずれて…を繰り返し、とうとう奥に追い詰められ端の端で講義を受けた。つまり、クリスが席を立たないと出られないのだ。
片肘を立てて顎に手を置き、人の教科書を熟読している横顔はそりゃあもう端正で美しい。(一般論)クリスって黙っていると人を寄せ付けない神々しさがあるから講師も、いつもならキャーキャーと騒いでいる女の子も声を掛けられなかったのだと思う。
この所は「何と応えたら…」なんて悩む暇も無く否応無しによく話してるが、昨日からほぼずっと一緒にいてもまだ慣れないんだから当たり前だと思う………けど、実はトイレに行きたかった。部屋の中にクリスがいるからう◯こなんて出来ない。

「あの……クリスさん」
「ドイツ語は苦手?」
「え?…はい…」
「今日はこの講義だけだよね、誰かからノートを借りてあげようか?」

それは有難いけど……何故毎日の講義を把握しているんだ。アレもこれも問いただしたい事が山程あるけどもう限界だった。
球技などは苦手だが走ったり飛んだりのピュアな運動はわりあい得意なのだ。
机に飛び乗って猛ダッシュした、目指すは幽霊が出るとまで言われる資料室が並ぶ奥のトイレだ。
もしもクリスが超人的な足を持っていたとしても付いてこれる筈はなく、このまま巻いて一旦落ち付きたいと思っていた。

その筈だったのに。……

個室に飛び込んだら秒で終わったからトイレを出ると入り口でクリスが待っていた。

「どうして……」
「だって、このトイレは蓮のお気に入りでしょう?ごめんね、気が付かなくて」

「間に合った?」と聞かれたから「はい」と答えると何かを含んだ視線が足の先から頭の先まで横断する。

「何ですか?」
「今すぐなら何でも出来るね」

「………え?」

クリスが何を示唆したのかわからないが同じ事を言われた経験があった。
具体的に何かを言った訳でも無い。
大した意味もなくどんな反応をするかを探っているかもしれない相手にはもっとラフな対応をすべきなのに、思わず声が低くなった。

「………それはどういう意味で聞いてます?」

「ごめん、降参」

両手を上げて苦笑いをしたクリスはもう一度ごめんと謝った。

「一体何の話をしているんですか」
「蓮は綺麗だからそんな顔をすると怖いね、ごめんね、色々と心配でさ」
「綺麗?誰が?綺麗なのはクリスさんでしょう、それに何が心配なんですか」
「自覚無いの?みんな遠巻きだけど凄く見られるだろう?」
「見られている…訳じゃ…」

確かに……見られている…と感じる事はあるが華々しいクリスに注がれる視線とは種類が違う。
いじめがなくなった頃……中学の後半くらいからだろうか、遠巻きと言うか避けられていると言うか、腫れ物扱いの視線だ。

大学に入ってからはコミニュティが広がったせいで無関心が大多数なのだが……

それは昨年の年末の事だった。

一回生で受ける最後の講義が終わった後「お前が聞いてこい」と押し付け合う声を背中で拾った。
同期の何人かが集まって打ち上げを計画している事は教室を出る時に配られた簡素なチラシを見て知っていた。
だから前後の会話からもその話だと分かったのだ。

例え声を掛けられても参加するつもりは無かったが、もし誘われたら何と答えるかシュミレーションをしていた。
しかし、とうとうそのまま声が掛かる事は無かった。慣れているとはいえ、どれくらい惨めな気持ちになったかなんて人気者のクリスにはわかるまい。

「……話すのは苦手なんです」
「蓮は黙っていると雰囲気あるもんね、自分の世界を持っていそうな人に声を掛けるのは怖いんだよ」
「好きで…黙っているんじゃ無いんです」

自分の世界を持っていると聞けば、ハッキリとしたビジョンを持ちオリジナルな感性を育てているカッコいい人…という印象を受けるが、自分の場合は母を困らせ、学校の先生からは発達障害を疑われる「自分の世界」だ、あまりにもニュアンスが違うから責められているような気になる。

「ただのつまらないボッチなんです、面白い事も言えないし、気の利いた受け応えも出来ない」
「そんな蓮が好きなんだけど?」

にっこりと微笑むクリスの笑顔が慈愛を装う宗教の勧誘に見えるのは撥ねているからなのか、信じろと言われてもまだ一泊2日なのだからどうしても疑問が先に立ってしまう。

「好きって………何で俺なんか」
「は?俺なんかって何?」

「え……と…」

何故ここでクリスがムッとするのか。
不思議ちゃんであるクリスのキレる場所はさっぱりわからない。

「僕は蓮が好きなんだ」
「はい」
「僕が好きな蓮を否定するのは誰であっても、例え蓮でも許さない」
「支離滅裂ですね」

もう何でも良くなった。
ちょっと目立つアクセサリーを身に付けていると思ったらいい。それに、クリスの戯言が本気か嘘か企みかを考えるより気になっていた事があったからクリスに聞くのが一番手っ取り早かった。
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