【短編集】エアコンと人類進化

多来間 和士(おおらいま かずし)

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臆病博士

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 あるところに、変わった博士がいました。
 なんと博士は、自分の全身を改造して、病気にならない身体にしてしまったのです。

 ですが博士は、その技術を世間には公表しませんでした。
 世の中に役立てる気は無いと、博士は言います。

「どうして手術したの?」

 近所の子供は尋ねました。
 すると博士は金属めいた声で流暢に答えます。

「知っとるかね? 人の体には、 不随意筋ふずいいきんというものがあるんじゃ。これはな、自分の考えとはまったく関係なく動くんじゃ。だから何を考えていても動くし、動いて欲しいと思っていてもいずれ動かなくなってしまう。心臓なんかが良い例じゃな」

 尋ねた子供は、よくわかんないや、と言いました。
 しかし博士は嬉しそうに続けます。

「理論上、この身体は完璧じゃ。絶対に不備を起こさん。しかも並大抵のことなら耐えられる。電車に跳ねられたって大丈夫じゃ。だから今やワシは、自分の意思で望まない限り死なないんじゃ」

 すると、子供は凄いと言いました。

「それって不老不死ふろうふしってこと!?」

 もしそうなら、これは大変な発明です。
 多くの人の人生を変えられるでしょう。
 ところが答えはがっかり。

「耐久性にも限界はあるから、不老不死ってわけではないんじゃ」

 子供は落ち込みました。

「なあんだ、大したことないじゃないか」

 そして子供は、最後の質問をしました。
 そして博士もそれに答えました。

「じゃあ、どうして身体を改造したの?」

「自分の意思に関係なく、体が勝手に死んでしまうかもしれないのが、堪らなく怖かったんじゃ」


 自分が死ぬ瞬間は、自分で決めたい。

 博士はそう考えていたのです。

 しかしそれは、自然の摂理に反します。
 いつ死ぬかわからない。だから必死に生きる。だからこそ人間の生は美しい。
 それは博士も理解しています。

 けれどそれでも、博士はそれを受け入れられませんでした。
 メンテナンスによって運動能力が落ちず、脳も電磁波で活性化させてボケることもない。
 博士が望んだのは、最期の幕引きを自分で行うことでした。

 いつ来るか分からない死に怯えるのは嫌だったのです。

「およそワシが死にたい時に死ねる。死ぬと決めた時に死ぬ。その為の手術なのじゃよ」

 結局博士は、齢九十にしてその生涯を終えることにしました。
 処理は簡単。
 厳重に保管されたボタンを取り出して、押すだけです。

 しかし、どうしても勇気が出ません。
 三日三晩悩み、博士はボタンを押すのをやめてしまいました。

「自分で最期を終えるということは、自殺するということじゃ。
 自分で、自分が持つ可能性に幕を引くということじゃ。
 わしにはそんなこと、とてもできん……」

 いつ来るかわからない死を待つことは怖い。
 けれども、自分で自分の可能性を断ってしまう自殺もまた――怖い。

 結局博士は、ロボット化した体の限界が訪れる百二十歳まで生き、ある日の研究中、顕微鏡けんびきょうを覗いたまま亡くなりました。
 その後、研究所に残された成果物が明るみになり、世の中は大変進歩しました。
 地球温暖化に適合するため、暑さに耐えられるよう人体を改造することだってできるようになりました。

 博士が百歳の時に書いた遺書には、こう書かれていました。

『いつ来るか分からない終わりこそが、人間を素晴らしい人生へと駆り立てる。
 自分で終わらせたくないのなら、その人生には、さらに素晴らしくなる余地がある。』
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