赤い果実の滴り

balsamico

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口酸っぱいジーナ

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婚礼披露の宴。
私自身たくさんの布で包まれ、自分で身動きが取れず、周りを見ることもかなわなかった。


方々からお祝いの言葉が飛んでくる。
元々顔を覚えるのが苦手な上、屋敷からほとんど出なかった私には、招待客が誰が誰だかわからない。


布越しにシルエットが映る新郎が、方々から投げかけられるあいさつを引き取って返答をしていた。


深夜宴席を引き、部屋で新郎と2人きりになって初めてその顔を見た。
見覚えのある浅黒くてかっちりした顔。


その顔はバザールで私を追いかけて塀から引きずり降ろし、果物をつぶす原因をつくり胸をつかんだあの男だった。


後半の被害のイメージが強過ぎて、コインを拾ってくれた親切などすっかり抜け落ちている。

「やあ。あの時はごめんな」

男は長椅子にもたれ飲み物を手にし、何でもないように言う。
宴席で新郎に散々注がれていた祝酒。
既にかなり酔っぱらっているようだ。
顔が赤い。

「君の名前はなんて言うの? なんて呼ばれていた?」

戦々恐々としながら距離をあけ男を眺めていると名前を問われた。


名前には思いが含まれている。
親の期待や一族の発展などを願い、その子に相応しい名前を付けられる。それは一族の先達からの祝福であり、年少者への歓迎。


だけれど、私には何もない。
三の姫、時々、ソナの君と呼ばれてた。
ソナは庭先に勝手に自生する草花。
背が高く滅多に花をつけない、付ける花も小さく質素。

「三の姫か、ソナの君と。多分、私がひょろひょろで華やかさがないからだと……」

「どうして? そんなことはないのに。君は綺麗だし、それにソナの青い花だって可憐じゃないか」


私は男にそんなことを言われて困惑していた。強く困惑していた。
これまで、このようなことを言われた経験が無かった。なので、どのように振る舞ってよいのかわからなかった。

「君を見てから、君のことが頭から離れなくて、どうせ誰かと結婚しなくちゃいけないなら、俺は君がいいって思ったんだよね……」

あの転倒がよほど印象に残ったのだろうか。熱量の差に戸惑ってしまう。

「君がこの屋敷に来てくれてうれしい。俺の目の前にいてくれてうれしい……」

男はそう言って、そのままガクリと寝くずれてしまった。
吐く息からは酒の臭いが強く漂う。飲みすぎのようだ。彼は新郎として宴席に潰されてしまった。私は目に付いた掛布を男に被せた。


その晩に初めて聞いた新郎の名はテオドールといった。


**


テオドールこと、テオは優しかった。
私に屋敷内を案内し、出会う使用人一人一人に私を紹介する。


当然のように優しくされるので政略結婚である側面を忘れていた。私の父は王の弟。彼は元大臣の息子で、大臣は父の従兄弟。お互い婚姻相手として申し分なかったのだろう。


敷地の自分の好きな場所に案内された。木の枝の張り方が天に逆らう感じが好きでその下で逆立ちをしたとか、子ども時分に転がり落ちた井戸だとか、場所ごとのエピソードを伝えてくる。その一つ一つが場面場面を想像させ、彼の人となりを知ることができた。


婚礼の日は酔っぱらって長椅子で寝込んでしまったテオ。
翌晩には「一緒に寝る?」と問われた。


婚姻の成立の条件に新郎新婦は1週間同じ寝所で寝る、という決まりがあるらしい。式の直前にジーナに言われた。

「約束だから、何もしない」

テオはそう言う。部屋は2人きりで、どうなるかよくわからなかった。

「これはとても婚姻に大事な儀式です」と、あのジーナが何度も何度も口酸っぱく言う。
あまりにもしつこく言うため刷り込まれてしまい、拒否をせず従ってしまった。


異母兄たちには酷い扱いをされていた。父の母に対する振る舞いもあって男性自体が信用出来なくなっていた。


広い寝所で2人きり。
何かされるんじゃないかと多少怯えていた。約束を破棄されるんじゃないかと疑ったりもした。


結局その後の1週間、毎日一緒に寝ても何事もなかった。いびきをかく、寝相が悪いなど不快な事も何もなかった。広いベッドで横になって眠る。ただ、それだけだった。


最終日の晩からは別の寝室になる。それがなんだかちょっと寂しくて、テオが抜けた後の香りとぬくもりが残る寝具に手を触れ、指だけでも触れておけばよかったと思ってしまった。
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