僕たちは無邪気に遊ぶ

balsamico

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屋敷

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 そこは見上げるような大きな家で想像と違って感嘆した。マスターから送られてくる動画は部屋の中や庭先などばかりで、屋敷の規模がわかるものではなかった。


 屋敷に着くと曲がりくねった廊下を進んだ先の2階の部屋に案内された。吉田さんというずんぐりむっくり体型の中年男性が案内をしてくれた。今後彼が僕の担当になるらしい。


 案内されたのはクラシカルな広い洋室。天蓋つきのベッドが部屋の中央にどんと構えていた。部屋の横には浴室がトイレとセットになっている。


 服もクローゼットの中に複数用意されていた。白いシャツやトラッドなボタンシャツ。仕立ての良さそうなスーツなどが並んでいた。


 施設から事前に送っていた荷物は段ボール一つ。詩集に、集積回路に、廃墟の写真集、ボトルシップ、その当時に関心のあってリクエストしたものやマスターから貰った贈り物だけ。


 施設に繋がるものの所持は許されなかった。子ども時代の写真もない。皆の姿や施設の様子は僕の頭の中だけ。


 周りを見回していると服を着替えるよう吉田さんに指示された。

「このシャツに、このズボンを。その上にこのニットをはおってください」

 吉田さんがクローゼットからソファに出していく服を手に取っていく。


 施設から着てきたシャツを脱ぎ肌着にになる。渡された服が上等すぎて、新品の肌着を着てきたはずなのに、なんだか薄汚れているような気がしてしまう。


 渡されたシャツは糸が細く柔らかい生地の肌ざわりが上等なものだった。その上にトラッドなデザインのニットを羽織る。


 出されていたヒモ状の布に戸惑っていたら、吉田さんがすばやく首に廻し掛け結んでくれた。リボンタイというものらしい。こんな型のタイは初めてだ。


 身繕いが改まったところで、本館と呼ばれる建物の広間に案内された。マスターやその家族がいるとのこと。ご家族全員に挨拶をし、家族の一員として迎えてもらったお礼を言うのだ。

たまきさんが到着されました」

 部屋に入った吉田さんの言葉に合わせて向けられる容赦のない、ぶしつけな目線。その中には好奇が含まれ居心地が悪い。

「環です。今日からお世話になります。よろしくお願いします」

 広いリビングのL字に広がるソファで寛ぐ面々。年輩の女性から年若い女性が数人いた。ビジョンで見ていたマスターや男性陣は見かけなかった。

「櫂さんのお部屋さんね」
「きれいな子ね」

 お部屋さん? 初めて聞く言葉だった。

「環さんの名前は、お祖父さまがお付けになられた名前なんですよ」

 この話も初耳だった。

「櫂をよろしくお願いしますね」

 白髪の首まできっちりと詰めた服装の年長らしき女性がいう。この場ではこの人物が一番重要人物のようだ。皆この人物の一挙一動に注意を払っている。


 吉田さんを見ると、僕を見て頷いている。引き際らしい。もう一度礼をしてから部屋を退出した。

 今日の行事はこれでお終いのようだ。そのまま、別棟の自室に連れて行かれた。

 吉田さんから生活全般のレクチャーを受けた。基本的に呼ばれない限りは先ほど挨拶に行った本館に立ち入らないこと。食事は別棟の1階にある食堂でとること。
 庭には出ても構わないが、正面玄関につながる表側の庭には入ってはいけないこと。

 外出はマスターである櫂さんと一緒でないとできないこと。欲しい物があったら吉田さんに言うこと。基本的に必要と思われるものについては予め用意をしてあるとのことだった。

 僕はこの対面まですっかり勘違いをしていた。家族として迎えられると思い込んでいたのだ。

 この扱いは使用人や書生のようなポジションだ。そうすると何らかしらの役目がある。見習いの末、後々には秘書や執事のような仕事に就くのかもしれない。

 それに気になる言葉を言われた。

『櫂さんのお部屋さん』

 その言葉にはすこし侮蔑が含まれているようなニュアンスに取れた。

「吉田さん、先ほどの挨拶に伺った先でお部屋さんと言われたのですが、お部屋さんって、何ですか?」

 それを言うと、吉田さんは困ったような顔になった。

「すみません、私からは。それについては櫂さんに聞いてもらえますか」

 吉田さんは初めて、僕の目をしっかりとみて答えた。僕は初めて機械的ではない吉田さん自身と、言葉を交わしたような気がした。
 吉田さんのその表情には、困惑と同情が含まれている気がしたからだ。



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