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正史ルート
第15話 御前神判
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ロキが私の家に来た数日後。
私はさっそく後悔することになった。
なにせ、あの胡散臭い神・ロキの勧誘をきっぱり断ったばかりだというのに、朝起きてみれば、とんでもない事態が待ち受けていたのだ。
朝の光が差し込むころ、目を開けて伸びをした瞬間、家の扉が外側から開いたように感じた。まさか……何か嫌な予感が走ったときには、すでに数柱の神々が私の寝室にズカズカと入り込んできていた。彼らは厳つい顔つきで私を取り囲み、退路を完全に断ち切っている。誰もが威圧感を放ち、今にも私を捕える気満々だ。
「エリカ、お前には城の宝物庫から魔剣を盗んだ嫌疑がかかっている。城まで来てもらおう」
先頭に立ってそう告げたのはヴェルザンディ。凛とした目と険しい表情が印象的だ。彼女の言葉に、私は一瞬呼吸を忘れそうになった。
「……は?」
あまりに唐突で、言葉にならない。魔剣を盗んだ疑い? 私が? 心当たりはまったくない。だが、それより先に「これは罠だ」と脳裏に警鐘が鳴り響く。ロキの奴が――そう思い至った瞬間、思わず声に出してしまった。
「やられた!」
どう考えてもロキにハメられたとしか思えない。
「私は無実なのよ!」
悔しさと焦りが入り混じり、必死に訴える。けれど、ヴェルザンディをはじめとする神々の態度は冷たい。
「……話は城で聞こう。連れていけ」
短い一言を皮切りに、神々はさっさと私の腕を掴む。人間界の逮捕というのはこんな感じだろうか。いや、それよりもずっと一方的で容赦がないかもしれない。神の世界だというのに、こんな横暴がまかり通るなんて――と、腹立たしさで一杯になる。
「ピー、ピピ!」
肩のあたりで心配そうに鳴き声を上げるのはスザクだ。私の小さな相棒にまで手を出されては困るので、急いでなだめる。
「スザク、私はすぐに戻るから。大人しく待ってなさい。きっと、すぐ釈放される……はずよ」
けれど、スザクは不安そうなまま、机の上を右往左往している。その姿が胸に刺さるけど、今はなす術がない。結局、私は神々に取り囲まれ、後ろ手に縄で拘束されたまま城へと連行されることになった。
---
そうして私が連れ出された先は、主神オーディンの居城。さらに奥へと進んでいくと、広大な石造りの謁見の間に通された。そこは冷たいほどに広く、空気が張り詰めている。まるで、この場にいる全ての神が私を裁こうと待ち構えているかのようだ。
私はすでに絶体絶命の状況だった。後ろ手に縄をかけられ、硬い床に座らされている。足を立てることさえ許されない。左右を見ればずらりと神々が並び、彼らの視線が突き刺さるように私を追い詰めていた。
玉座には主神オーディンが足を組んで座っている。その巨体は私の数倍はあり、銀色の短髪に眼帯をした姿が異様な迫力を放つ。右眼を覆う眼帯、そして鋭い左眼が容赦なく私を見据えていた。
さらに、その隣にはフレイアが立っている。彼女はまるで勝ち誇ったような笑みを浮かべて、私を見下すような目を向けてきた。列の中にはスクルドやウルドの姿もある。
ともかく私は、玉座から十歩ほどの場所に膝をついて座らされている。完璧に“犯神”扱いだ。
「昨晩、余の魔剣を盗んだのはお前で間違いないか?」
オーディンの声は低く、威圧的だ。私が口を開く前に、その鋭い眼差しが冷ややかにこちらを値踏みしてくる。
「私じゃないわよ」
私が即答すると、玉座の間にかすかなざわめきが走った。ただし、味方するような気配は微塵も感じられない。“また口からでまかせを言っている”というような、侮蔑の空気が支配している。
(ロキが盗んだに決まってる!)
私は内心でそう叫ぶが、言葉にしてどこまで信じてもらえるか。──いや、そもそも信じてもらえる気がしない。オーディンは険しい表情を崩さず、
「ふむ……初めての盗みだ。魔剣を返却するのであれば、大した罰は与えぬつもりだが、それでも認めぬのか?」
彼はさも恩を施すかのような口調で言う。要するに、自白すれば軽い罰で済ませてやる、ということだろう。しかし、私は何も盗んでいない。返しようがない。
「何を言われても、盗んでいないし、返せるものなんて持ってないわ」
はっきりと主張する。けれど、私の言葉を聞いたフレイアがすかさず表情を険しくした。そして、口元に冷笑さえ浮かべながら、オーディンに進言する。
「オーディン様の宝物庫に侵入した不敬な行為……死刑がふさわしいかと思います」
(フレイアの口調が前と違う。……ああ、オーディンの前だからか)
まるで私をあっさり処分してしまおうとでもいうかのような意見。それに心底腹が立つが、今は抗議する隙も与えられない。神々がずらりと並ぶこの広間では、私の声など泡沫に過ぎないのだ。
「フレイアの意見に反対の神はいるか?」
オーディンが左右に意見を求めるが、しんと沈黙が広がる。その沈黙がかえって私を追いつめる。すると、列の中からほんの少し離れた場所にいたスクルドが一歩進み出た。
「恐れながら、このスクルドに免じて許しては頂けないでしょうか?」
スクルドは深く頭を下げ、私をかばおうとしているらしい。何らかの恩を感じているのかもしれない。私の記憶にはないけど。
しかし、オーディンの反応は厳しい。
「ほう、スクルドか。しかし、この者は反省もしないし、魔剣を返さないと言うのだ。これでは罰は避けられぬ」
その声には冷たさが漂っている。スクルドがさらに口を開こうとしたところで、フレイアが再び口をはさんだ。
「オーディン様、情に流されてはなりません。3級神であるエリカは、以前にも城を破壊するなど、問題行動が多い女神です。始末しておくのが最善かと。3級神の代わりなど、いくらでもおりましょう」
まるで下等生物を見るような瞳。フレイアは私の存在を「取るに足らない3級神」としてしか見ていないのだろう。
「……うむ、フレイアの言うことも一理あるか」
オーディンは考え込むようにして、私を鋭く見つめる。その視線は「本当に価値があるのか?」と値踏みしているようだった。さらに静寂が落ち、私は息を呑む。
「最後に何か言いたいことはあるか?」
オーディンがしびれを切らした様子で問いかける。その口振りからは、私の弁明など聞く気もなさそうだ。けれど、黙って殺されるわけにはいかない。
「私は盗んでいないわ。犯神はロキよ。そっちを捕まえなさいよ!」
本心をぶつける。おそらくロキがやったのだ。状況的にそれ以外に考えられない。ところが、オーディンは私の言葉にまるで聞く耳を持たず、むしろ激怒したような表情を浮かべる。
「ほう……罪を認めないどころか、他の神に罪を着せるか。浅ましいにも程がある!」
場にいた神々の視線が、さらに冷徹なものへと変わる。
そこへスクルドが小さく声を上げる。
「オーディン様、私もエリカがやったとは思えません。証拠はあるのでしょうか?」
オーディンはスクルドをじっと見やり、頷くとウルドを指名した。
「そうであったな。言い忘れていた。ウルド、前に出よ」
赤い大きな毛玉のようなウルドが、恐る恐る前に進む。周囲の注目を一身に集めてしまい、落ち着かないのか、視線をあちらこちらへ向けている。
「……は、はい」
オーディンの合図に応じると、ウルドは小さく息を飲んだあと、口を開いた。
「わ、私の過去視では、ほ、宝物庫に侵入して魔剣を盗んだのは黒髪の女神……え、エリカのように見えました……」
会場がざわついた。ウルドの能力は神界でも絶対的と信じられている部分がある。これでとどめを刺された格好だ。私にとっては冤罪でも、神々から見れば「不動の証拠」になってしまう。
「……あんた、まさか本当に盗みに入ったの?」
スクルドまでが私を疑っている。私は首を振る。
「私は魔剣なんて欲しくないわよ」
そう言っても、ウルドの証言が疑われることはない。犯神がロキならば、何らか偽装したりしていた可能性はあるが……そんな言い分が、今ここで通じると思えない。もしかしたらロキ、ウルド、フレイア、オーディン全員グルなのかもしれない、なんて疑心暗鬼になってしまう。ロキのせいで、何もかもが疑わしく思えて仕方ない。
「オーディン様、ご決断を」
フレイアが薄笑いを浮かべ、オーディンに迫る。玉座の間は殺気すら漂う静寂に包まれた。
「3級神エリカに処分を言い渡す。死刑だ。なぜなら……」
冷たい声が私の心に突き刺さる。周囲の神々から見下ろされ、私はまるで虫けらのような存在に思えるほど小さく感じた。
全身の血が一瞬で冷めていく。呼吸をするたびに頭がくらくらする。
(私、ここで殺されるの? まだ何も成し遂げていないのに……)
人間界でいうところの冤罪事件。神の世界でも同じようなことが起きるなんて、あまりに馬鹿馬鹿しい。けれど、これが現実だ。
オーディンがさらに宣告を続けようとした、そのとき。
「待つのじゃ!」
重々しい声が、玉座の間に響いた。扉が少し乱暴に開け放たれ、現れたのは――白い髭を蓄えた老人神、トール爺さんだった。場の神々が一斉にざわつく。私自身も縛られたまま、思わずそちらを振り向く。
「先代様……?」
オーディンの驚いた声が微かに聞こえた。トール爺さんは私に視線を送ると、オーディンの方へ歩み寄った。
「オーディンよ、死刑はやりすぎではないか。いくらなんでも、まだ若い神であるし、見逃してやれ」
フレイアが食い下がる。
「先代様、ですがウルドの過去視でもエリカが犯神だと。これで証明は十分かと」
トール爺さんは首を横に振る。
「わしにはエリカが魔剣なんぞ盗むような奴とは思えん」
私は驚いた。まさかこの厳粛な場で、トール爺さんが私をかばってくれるとは。彼は地位が高いのか、周囲も口をはさみにくい様子だ。フレイアだけは納得できない表情を崩さないものの、何も言い返せないらしい。
「……フレイア、女神の心得はどうした? “慈愛を持って他者と接すべし、殺生を避けるべし、正義を持って行動すべし”ではなかったか? お主の決めた心得じゃろうが!」
トールがさらに問いただすと、フレイアは悔しそうに目を伏せた。
「ですが、元人間の神など……」
「それが本音じゃろ? お主はそれが許せないだけなんじゃよ」
さらに言い募るフレイアをトールが諭していた。
(……私って、元人間だったんだ)
初めて知る事実。何もかも他の神々とは違う。風当りもかなり強かった。どうやらそれが本当の理由だったみたいだ。
オーディンはしばし沈黙する。巨大な身体を玉座に沈め、うつむくように思案する。そして、やがて重々しい声を上げた。
「……わかった。3級神エリカよ、神界からの追放処分とする」
それは、死刑こそ免れたものの、厳しい処分だった。私がその言葉に呆然としていると、脇に控えていた神々が縄を解いてくれる。自由になった腕をさすりながら立ち上がるが、足下は覚束ない。
けれど、まだ命があるだけマシか――。そう思わないとやっていられない。
「爺さん、ありがとう」
私はトール爺さんのところまで寄って、小声で感謝を伝える。彼は私をちらっと見て、寂しげな笑みを浮かべる。
「ふん、どうせおぬしは魔剣なんか興味ないんじゃろ? わしでも、それぐらいはわかるわい。……おぬしの顔を見れぬようになるのは寂しいが、達者で暮らすんじゃぞ」
トール爺さんの言葉に、胸がほんの少しだけ温かくなる。誰もが私を信じてくれない中で、彼のように庇ってくれる神がいてくれたのは、救いでもあった。もっとも、そのおかげで私は死刑を免れた代わりに追放が決まったわけだが……。
「……行け。荷造りが終わったら、さっさと神界を出て行くがいい」
オーディンが冷淡に突き放すように言う。私はフレイアの睨みを背中に感じながら、玉座の間を後にした。
こうして、私は神界を追われる身となってしまった。冤罪なのに、トール爺さん以外誰も私を信じてくれない。ロキの仕業だというのに、証拠もなく、訴えも無視されてた。平穏に暮らしていた家からも出ていかなければならないのだ。
「ロキの奴……絶対にただでは済まさないわよ」
呟きながら、悔しさに顔が歪む。
頭を巡るのは暗い感情ばかり。けれど、俯いているわけにはいかない。
いずれにせよ、私は追放される身。今はただ、スザクを迎えに行き、最低限の荷物をまとめ、神界を出る支度を急ぐほかない。
---
現在のエリカのステータス
神力……5000(ヘルからの定期的な血液供給による上昇)
特殊能力……発明、暴食、ちょっとだけ未来視、毒耐性、無限成長、再生
私はさっそく後悔することになった。
なにせ、あの胡散臭い神・ロキの勧誘をきっぱり断ったばかりだというのに、朝起きてみれば、とんでもない事態が待ち受けていたのだ。
朝の光が差し込むころ、目を開けて伸びをした瞬間、家の扉が外側から開いたように感じた。まさか……何か嫌な予感が走ったときには、すでに数柱の神々が私の寝室にズカズカと入り込んできていた。彼らは厳つい顔つきで私を取り囲み、退路を完全に断ち切っている。誰もが威圧感を放ち、今にも私を捕える気満々だ。
「エリカ、お前には城の宝物庫から魔剣を盗んだ嫌疑がかかっている。城まで来てもらおう」
先頭に立ってそう告げたのはヴェルザンディ。凛とした目と険しい表情が印象的だ。彼女の言葉に、私は一瞬呼吸を忘れそうになった。
「……は?」
あまりに唐突で、言葉にならない。魔剣を盗んだ疑い? 私が? 心当たりはまったくない。だが、それより先に「これは罠だ」と脳裏に警鐘が鳴り響く。ロキの奴が――そう思い至った瞬間、思わず声に出してしまった。
「やられた!」
どう考えてもロキにハメられたとしか思えない。
「私は無実なのよ!」
悔しさと焦りが入り混じり、必死に訴える。けれど、ヴェルザンディをはじめとする神々の態度は冷たい。
「……話は城で聞こう。連れていけ」
短い一言を皮切りに、神々はさっさと私の腕を掴む。人間界の逮捕というのはこんな感じだろうか。いや、それよりもずっと一方的で容赦がないかもしれない。神の世界だというのに、こんな横暴がまかり通るなんて――と、腹立たしさで一杯になる。
「ピー、ピピ!」
肩のあたりで心配そうに鳴き声を上げるのはスザクだ。私の小さな相棒にまで手を出されては困るので、急いでなだめる。
「スザク、私はすぐに戻るから。大人しく待ってなさい。きっと、すぐ釈放される……はずよ」
けれど、スザクは不安そうなまま、机の上を右往左往している。その姿が胸に刺さるけど、今はなす術がない。結局、私は神々に取り囲まれ、後ろ手に縄で拘束されたまま城へと連行されることになった。
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そうして私が連れ出された先は、主神オーディンの居城。さらに奥へと進んでいくと、広大な石造りの謁見の間に通された。そこは冷たいほどに広く、空気が張り詰めている。まるで、この場にいる全ての神が私を裁こうと待ち構えているかのようだ。
私はすでに絶体絶命の状況だった。後ろ手に縄をかけられ、硬い床に座らされている。足を立てることさえ許されない。左右を見ればずらりと神々が並び、彼らの視線が突き刺さるように私を追い詰めていた。
玉座には主神オーディンが足を組んで座っている。その巨体は私の数倍はあり、銀色の短髪に眼帯をした姿が異様な迫力を放つ。右眼を覆う眼帯、そして鋭い左眼が容赦なく私を見据えていた。
さらに、その隣にはフレイアが立っている。彼女はまるで勝ち誇ったような笑みを浮かべて、私を見下すような目を向けてきた。列の中にはスクルドやウルドの姿もある。
ともかく私は、玉座から十歩ほどの場所に膝をついて座らされている。完璧に“犯神”扱いだ。
「昨晩、余の魔剣を盗んだのはお前で間違いないか?」
オーディンの声は低く、威圧的だ。私が口を開く前に、その鋭い眼差しが冷ややかにこちらを値踏みしてくる。
「私じゃないわよ」
私が即答すると、玉座の間にかすかなざわめきが走った。ただし、味方するような気配は微塵も感じられない。“また口からでまかせを言っている”というような、侮蔑の空気が支配している。
(ロキが盗んだに決まってる!)
私は内心でそう叫ぶが、言葉にしてどこまで信じてもらえるか。──いや、そもそも信じてもらえる気がしない。オーディンは険しい表情を崩さず、
「ふむ……初めての盗みだ。魔剣を返却するのであれば、大した罰は与えぬつもりだが、それでも認めぬのか?」
彼はさも恩を施すかのような口調で言う。要するに、自白すれば軽い罰で済ませてやる、ということだろう。しかし、私は何も盗んでいない。返しようがない。
「何を言われても、盗んでいないし、返せるものなんて持ってないわ」
はっきりと主張する。けれど、私の言葉を聞いたフレイアがすかさず表情を険しくした。そして、口元に冷笑さえ浮かべながら、オーディンに進言する。
「オーディン様の宝物庫に侵入した不敬な行為……死刑がふさわしいかと思います」
(フレイアの口調が前と違う。……ああ、オーディンの前だからか)
まるで私をあっさり処分してしまおうとでもいうかのような意見。それに心底腹が立つが、今は抗議する隙も与えられない。神々がずらりと並ぶこの広間では、私の声など泡沫に過ぎないのだ。
「フレイアの意見に反対の神はいるか?」
オーディンが左右に意見を求めるが、しんと沈黙が広がる。その沈黙がかえって私を追いつめる。すると、列の中からほんの少し離れた場所にいたスクルドが一歩進み出た。
「恐れながら、このスクルドに免じて許しては頂けないでしょうか?」
スクルドは深く頭を下げ、私をかばおうとしているらしい。何らかの恩を感じているのかもしれない。私の記憶にはないけど。
しかし、オーディンの反応は厳しい。
「ほう、スクルドか。しかし、この者は反省もしないし、魔剣を返さないと言うのだ。これでは罰は避けられぬ」
その声には冷たさが漂っている。スクルドがさらに口を開こうとしたところで、フレイアが再び口をはさんだ。
「オーディン様、情に流されてはなりません。3級神であるエリカは、以前にも城を破壊するなど、問題行動が多い女神です。始末しておくのが最善かと。3級神の代わりなど、いくらでもおりましょう」
まるで下等生物を見るような瞳。フレイアは私の存在を「取るに足らない3級神」としてしか見ていないのだろう。
「……うむ、フレイアの言うことも一理あるか」
オーディンは考え込むようにして、私を鋭く見つめる。その視線は「本当に価値があるのか?」と値踏みしているようだった。さらに静寂が落ち、私は息を呑む。
「最後に何か言いたいことはあるか?」
オーディンがしびれを切らした様子で問いかける。その口振りからは、私の弁明など聞く気もなさそうだ。けれど、黙って殺されるわけにはいかない。
「私は盗んでいないわ。犯神はロキよ。そっちを捕まえなさいよ!」
本心をぶつける。おそらくロキがやったのだ。状況的にそれ以外に考えられない。ところが、オーディンは私の言葉にまるで聞く耳を持たず、むしろ激怒したような表情を浮かべる。
「ほう……罪を認めないどころか、他の神に罪を着せるか。浅ましいにも程がある!」
場にいた神々の視線が、さらに冷徹なものへと変わる。
そこへスクルドが小さく声を上げる。
「オーディン様、私もエリカがやったとは思えません。証拠はあるのでしょうか?」
オーディンはスクルドをじっと見やり、頷くとウルドを指名した。
「そうであったな。言い忘れていた。ウルド、前に出よ」
赤い大きな毛玉のようなウルドが、恐る恐る前に進む。周囲の注目を一身に集めてしまい、落ち着かないのか、視線をあちらこちらへ向けている。
「……は、はい」
オーディンの合図に応じると、ウルドは小さく息を飲んだあと、口を開いた。
「わ、私の過去視では、ほ、宝物庫に侵入して魔剣を盗んだのは黒髪の女神……え、エリカのように見えました……」
会場がざわついた。ウルドの能力は神界でも絶対的と信じられている部分がある。これでとどめを刺された格好だ。私にとっては冤罪でも、神々から見れば「不動の証拠」になってしまう。
「……あんた、まさか本当に盗みに入ったの?」
スクルドまでが私を疑っている。私は首を振る。
「私は魔剣なんて欲しくないわよ」
そう言っても、ウルドの証言が疑われることはない。犯神がロキならば、何らか偽装したりしていた可能性はあるが……そんな言い分が、今ここで通じると思えない。もしかしたらロキ、ウルド、フレイア、オーディン全員グルなのかもしれない、なんて疑心暗鬼になってしまう。ロキのせいで、何もかもが疑わしく思えて仕方ない。
「オーディン様、ご決断を」
フレイアが薄笑いを浮かべ、オーディンに迫る。玉座の間は殺気すら漂う静寂に包まれた。
「3級神エリカに処分を言い渡す。死刑だ。なぜなら……」
冷たい声が私の心に突き刺さる。周囲の神々から見下ろされ、私はまるで虫けらのような存在に思えるほど小さく感じた。
全身の血が一瞬で冷めていく。呼吸をするたびに頭がくらくらする。
(私、ここで殺されるの? まだ何も成し遂げていないのに……)
人間界でいうところの冤罪事件。神の世界でも同じようなことが起きるなんて、あまりに馬鹿馬鹿しい。けれど、これが現実だ。
オーディンがさらに宣告を続けようとした、そのとき。
「待つのじゃ!」
重々しい声が、玉座の間に響いた。扉が少し乱暴に開け放たれ、現れたのは――白い髭を蓄えた老人神、トール爺さんだった。場の神々が一斉にざわつく。私自身も縛られたまま、思わずそちらを振り向く。
「先代様……?」
オーディンの驚いた声が微かに聞こえた。トール爺さんは私に視線を送ると、オーディンの方へ歩み寄った。
「オーディンよ、死刑はやりすぎではないか。いくらなんでも、まだ若い神であるし、見逃してやれ」
フレイアが食い下がる。
「先代様、ですがウルドの過去視でもエリカが犯神だと。これで証明は十分かと」
トール爺さんは首を横に振る。
「わしにはエリカが魔剣なんぞ盗むような奴とは思えん」
私は驚いた。まさかこの厳粛な場で、トール爺さんが私をかばってくれるとは。彼は地位が高いのか、周囲も口をはさみにくい様子だ。フレイアだけは納得できない表情を崩さないものの、何も言い返せないらしい。
「……フレイア、女神の心得はどうした? “慈愛を持って他者と接すべし、殺生を避けるべし、正義を持って行動すべし”ではなかったか? お主の決めた心得じゃろうが!」
トールがさらに問いただすと、フレイアは悔しそうに目を伏せた。
「ですが、元人間の神など……」
「それが本音じゃろ? お主はそれが許せないだけなんじゃよ」
さらに言い募るフレイアをトールが諭していた。
(……私って、元人間だったんだ)
初めて知る事実。何もかも他の神々とは違う。風当りもかなり強かった。どうやらそれが本当の理由だったみたいだ。
オーディンはしばし沈黙する。巨大な身体を玉座に沈め、うつむくように思案する。そして、やがて重々しい声を上げた。
「……わかった。3級神エリカよ、神界からの追放処分とする」
それは、死刑こそ免れたものの、厳しい処分だった。私がその言葉に呆然としていると、脇に控えていた神々が縄を解いてくれる。自由になった腕をさすりながら立ち上がるが、足下は覚束ない。
けれど、まだ命があるだけマシか――。そう思わないとやっていられない。
「爺さん、ありがとう」
私はトール爺さんのところまで寄って、小声で感謝を伝える。彼は私をちらっと見て、寂しげな笑みを浮かべる。
「ふん、どうせおぬしは魔剣なんか興味ないんじゃろ? わしでも、それぐらいはわかるわい。……おぬしの顔を見れぬようになるのは寂しいが、達者で暮らすんじゃぞ」
トール爺さんの言葉に、胸がほんの少しだけ温かくなる。誰もが私を信じてくれない中で、彼のように庇ってくれる神がいてくれたのは、救いでもあった。もっとも、そのおかげで私は死刑を免れた代わりに追放が決まったわけだが……。
「……行け。荷造りが終わったら、さっさと神界を出て行くがいい」
オーディンが冷淡に突き放すように言う。私はフレイアの睨みを背中に感じながら、玉座の間を後にした。
こうして、私は神界を追われる身となってしまった。冤罪なのに、トール爺さん以外誰も私を信じてくれない。ロキの仕業だというのに、証拠もなく、訴えも無視されてた。平穏に暮らしていた家からも出ていかなければならないのだ。
「ロキの奴……絶対にただでは済まさないわよ」
呟きながら、悔しさに顔が歪む。
頭を巡るのは暗い感情ばかり。けれど、俯いているわけにはいかない。
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第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
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諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
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恋愛は多分ありません。
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※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
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※カクヨム、なろうでも公開しています
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