12 / 50
胸中のもやは重い
しおりを挟む
「こんにちは、この前はどうも」
硬直してしまったおれに微笑して挨拶をするオオカミはとても魅力的に映る。凛とした表情に柔らかな雰囲気を合わせ、この前見た時のようなせっぱつまった感じは見受けられない。端整な顔にジャケットを着こむその姿は雑誌からそのまま飛び出してきたかのようだ。
「なにか、用ですか?」
乾いた舌を無理やりはがし、なんとか言葉をつむぐ。カウンター席からすぐに逃げてしまいたい気持ちをなんとか抑え、おれはオオカミを見据えた。
「いや、ただ隣に座ったから話しかけただけだよ。俺は狗守(いぬもり)。よろしく」
気さくを装ってはいるが、そんなことあるはずないと猜疑が声を上げていた。優雅なBGMが頭から追い出され、脳内で言葉が反響していく。それがおれを追いつめ、口からはなんて言えばいいのかわからないと吐息だけがこぼれてしまう。
狗守さんは少し困ったような顔で笑うと、おれの頭を撫で始めた。毛皮のもふりとした感覚を髪の毛越しに感じ、落ち着くというかなんだか唖然としてしまった。ほぼ初対面の人に何をやってるんだこの人は?
「え、あ、ごめん。つい癖で……。でも、君になんとなく話しかけたのは本当だよ。本来の目的は虎豪さんの方だからね。それで、君の名前はなんていうんだい?」
ごめんと謝りつつ狗守さんはおれの頭から手をどかすつもりはないらしい。撫でるというよりも、むしろぽんぽんと軽く押し込む感じでおれの頭を触っている。
「辰瀬、です」
「辰瀬君か、人間の髪の毛の感覚はいいね。なんだかつやつやだ。モフモフともつるつるとも違う、これはこれで癖になりそうだ」
整った顔に温かい微笑を浮かべて、狗守さんは満足そうだ。たったこれだけの動作で、クールなイケメンだった第一印象は今ではすっかりとぼけたお兄さんになってしまった。表情を消して立っていれば、マネキンみたいにかっこいいのに。尻尾を振っているところを見ると、どうやらお世辞なんかじゃないらしい。
これにはおれの気もそがれてしまって、曖昧に笑うだけ。この手から害意が読み取れない以上、おれもささくれだつ必要もない、なんてため息が漏れた。
「虎豪さんを知っているんですか?」
だから、言葉もすんなり飛び出した。手に持ったコーヒーのぬくもりに勇気をもらって、おれは狗守さんをうかがう。
「うん」
簡単に頷いて見せて、狗守さんはもう一本の手でおれの頭を触りだした。そんなに気に入ったのかな……? なんだかボーリングの玉を拭いているみたい。
「彼に大事な用があるんだ」
ずきりと心が悲鳴を上げた。手の中のコーヒーが急に熱を失ってしまったようだ。いまのおれはさぞかし悲痛な顔になっていることだろう。でも、狗守さんは自身の腕に隠れたおれの顔を知ることはできず、淡々と続きを述べる。
「この体を差し出しても叶えてほしい願いがあってね」
おれを撫でる手は相変わらず優しいまま。でも、心はどんどん傷ついていく。カップを握る手が震えるのは恐れているから。虎豪さんがとられてしまうことを。
自信がないせいで告白に踏み切れないおれはいつだって恐れてる。おれが一歩踏み出せないうちに、虎豪さんが誰かの物になってしまうことを。同性だっていう壁を前にしり込みしてるおれを超えて、誰かが虎豪さんを射止めてしまうんじゃないか。それが何よりも怖い。
でも、怖がってばかりじゃダメなのも知ってる。ゆっくりとコーヒーを一口。虎豪さんが入れてくれたコーヒーを体に流し込んで、おれは勇気を手に入れる。
「でも、虎豪さんは……その、ノンケですよ?」
「え?」
頭上に振ってきたのは特大の疑問符。どうやら狗守さんは想定していなかったようだ。あんな場所でわざわざチラシを配っていたんだから勘違いするのも分かるけど、それはきちんと訂正しておかないといけない。
自分の中にしたたかな勝算があったのは否定しない。この事実を伝えておけば、あきらめてくれるのではないかと思っている自分がいる。おれがくすぶっているように、狗守さんも躊躇してくれるはずだと。
しかし、狗守さんは不思議そうに首を傾げ、こう答えた。
「それは知ってるけど?」
今度はおれが疑問符を浮かべる番だ。そして、その意味を理解すると全身に悪寒が駆け抜けた。おれが諦めている壁をこの人はやすやすと超えてしまおうとでもいうのか。突き返されるのが怖くてたまらないと見ているだけのおれが驚愕に飲まれていく。
「なんだ、ずいぶん仲良くなったじゃねえか」
底なし沼に沈んで息を引き取る寸前だったおれを割って入ってきた声が引き上げてくれた。一仕事終えた虎豪さんがカウンターの中でグラスを拭きながらこちらを見ている。
撫でられ続けているおれの顔は今にも泣きそうになっていたんだろう、虎豪さんは人相をさらに悪くして狗守さんをにらみつけた。
「おい、うちの常連をいじめてくれるなよ。金づるがいなくなったらこまるだろ」
「おっと、ごめんよ。いじめているつもりはなかったんだ」
慌てて手を離した狗守さんに涙で濡れた目なんて見てほしくなかったから、うつむいて言葉だけで返事をした。別に狗守さんが悪いわけじゃない。そんなことくらいわかってるつもりだ。
それで狗守さんは椅子を回転させて向き直り、虎豪さんに視線を合わせた。そんな些細なしぐさも、おれの心を穿つ。ぎしりとなったのは果たして椅子だったのか。
「君に話があるんだ」
硬直してしまったおれに微笑して挨拶をするオオカミはとても魅力的に映る。凛とした表情に柔らかな雰囲気を合わせ、この前見た時のようなせっぱつまった感じは見受けられない。端整な顔にジャケットを着こむその姿は雑誌からそのまま飛び出してきたかのようだ。
「なにか、用ですか?」
乾いた舌を無理やりはがし、なんとか言葉をつむぐ。カウンター席からすぐに逃げてしまいたい気持ちをなんとか抑え、おれはオオカミを見据えた。
「いや、ただ隣に座ったから話しかけただけだよ。俺は狗守(いぬもり)。よろしく」
気さくを装ってはいるが、そんなことあるはずないと猜疑が声を上げていた。優雅なBGMが頭から追い出され、脳内で言葉が反響していく。それがおれを追いつめ、口からはなんて言えばいいのかわからないと吐息だけがこぼれてしまう。
狗守さんは少し困ったような顔で笑うと、おれの頭を撫で始めた。毛皮のもふりとした感覚を髪の毛越しに感じ、落ち着くというかなんだか唖然としてしまった。ほぼ初対面の人に何をやってるんだこの人は?
「え、あ、ごめん。つい癖で……。でも、君になんとなく話しかけたのは本当だよ。本来の目的は虎豪さんの方だからね。それで、君の名前はなんていうんだい?」
ごめんと謝りつつ狗守さんはおれの頭から手をどかすつもりはないらしい。撫でるというよりも、むしろぽんぽんと軽く押し込む感じでおれの頭を触っている。
「辰瀬、です」
「辰瀬君か、人間の髪の毛の感覚はいいね。なんだかつやつやだ。モフモフともつるつるとも違う、これはこれで癖になりそうだ」
整った顔に温かい微笑を浮かべて、狗守さんは満足そうだ。たったこれだけの動作で、クールなイケメンだった第一印象は今ではすっかりとぼけたお兄さんになってしまった。表情を消して立っていれば、マネキンみたいにかっこいいのに。尻尾を振っているところを見ると、どうやらお世辞なんかじゃないらしい。
これにはおれの気もそがれてしまって、曖昧に笑うだけ。この手から害意が読み取れない以上、おれもささくれだつ必要もない、なんてため息が漏れた。
「虎豪さんを知っているんですか?」
だから、言葉もすんなり飛び出した。手に持ったコーヒーのぬくもりに勇気をもらって、おれは狗守さんをうかがう。
「うん」
簡単に頷いて見せて、狗守さんはもう一本の手でおれの頭を触りだした。そんなに気に入ったのかな……? なんだかボーリングの玉を拭いているみたい。
「彼に大事な用があるんだ」
ずきりと心が悲鳴を上げた。手の中のコーヒーが急に熱を失ってしまったようだ。いまのおれはさぞかし悲痛な顔になっていることだろう。でも、狗守さんは自身の腕に隠れたおれの顔を知ることはできず、淡々と続きを述べる。
「この体を差し出しても叶えてほしい願いがあってね」
おれを撫でる手は相変わらず優しいまま。でも、心はどんどん傷ついていく。カップを握る手が震えるのは恐れているから。虎豪さんがとられてしまうことを。
自信がないせいで告白に踏み切れないおれはいつだって恐れてる。おれが一歩踏み出せないうちに、虎豪さんが誰かの物になってしまうことを。同性だっていう壁を前にしり込みしてるおれを超えて、誰かが虎豪さんを射止めてしまうんじゃないか。それが何よりも怖い。
でも、怖がってばかりじゃダメなのも知ってる。ゆっくりとコーヒーを一口。虎豪さんが入れてくれたコーヒーを体に流し込んで、おれは勇気を手に入れる。
「でも、虎豪さんは……その、ノンケですよ?」
「え?」
頭上に振ってきたのは特大の疑問符。どうやら狗守さんは想定していなかったようだ。あんな場所でわざわざチラシを配っていたんだから勘違いするのも分かるけど、それはきちんと訂正しておかないといけない。
自分の中にしたたかな勝算があったのは否定しない。この事実を伝えておけば、あきらめてくれるのではないかと思っている自分がいる。おれがくすぶっているように、狗守さんも躊躇してくれるはずだと。
しかし、狗守さんは不思議そうに首を傾げ、こう答えた。
「それは知ってるけど?」
今度はおれが疑問符を浮かべる番だ。そして、その意味を理解すると全身に悪寒が駆け抜けた。おれが諦めている壁をこの人はやすやすと超えてしまおうとでもいうのか。突き返されるのが怖くてたまらないと見ているだけのおれが驚愕に飲まれていく。
「なんだ、ずいぶん仲良くなったじゃねえか」
底なし沼に沈んで息を引き取る寸前だったおれを割って入ってきた声が引き上げてくれた。一仕事終えた虎豪さんがカウンターの中でグラスを拭きながらこちらを見ている。
撫でられ続けているおれの顔は今にも泣きそうになっていたんだろう、虎豪さんは人相をさらに悪くして狗守さんをにらみつけた。
「おい、うちの常連をいじめてくれるなよ。金づるがいなくなったらこまるだろ」
「おっと、ごめんよ。いじめているつもりはなかったんだ」
慌てて手を離した狗守さんに涙で濡れた目なんて見てほしくなかったから、うつむいて言葉だけで返事をした。別に狗守さんが悪いわけじゃない。そんなことくらいわかってるつもりだ。
それで狗守さんは椅子を回転させて向き直り、虎豪さんに視線を合わせた。そんな些細なしぐさも、おれの心を穿つ。ぎしりとなったのは果たして椅子だったのか。
「君に話があるんだ」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
大事な呼び名
夕月ねむ
BL
異世界に転移したらしいのだが俺には記憶がない。おまけに外見が変わった可能性があるという。身元は分からないし身内はいないし、本名すら判明していない状態。それでも俺はどうにか生活できていた。国の支援で学校に入学できたし、親切なクラスメイトもいる。ちょっと、強引なやつだけどな。
※FANBOXからの転載です
※他サイトにも投稿しています
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
モブなんかじゃ終わらない!?
MITARASI_
BL
気がつけばそこは、人気BLゲームの世界。
けれど与えられた役割は、攻略対象でも悪役でもない――ただのモブ。
本来なら物語の外でひっそりと生きていくはずだった。
だが、そんな彼の存在が、少しずつ“運命のルート”を揺さぶっていく。
選ばれないはずのモブが紡ぐ、新たな恋の物語。
ゲームの定めを超えて、彼が辿り着く未来とは――。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる