君の喫茶店

とりあえず

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また来た人

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 授業を終え、おれはすぐさま喫茶店へと向かった。

 はたして宣伝の効果がでてくれるのだろうかと気をもんでいたけれど、結論として成功したとは思う。いつもとは違い、まばらに人がいる店内を見ながらコーヒーを飲んでいるおれが胸をなでおろした瞬間だった。

 たいていはいつ足を運んでも閑散とした喫茶店で、お客なんておれ以外にいなかった。それが今ではどうだろう、おれ以外の人がお店に居るなんて信じられない。さくらか何かを疑ってしまいそうだ。

 おれはカウンター席でほくそ笑みながら虎豪さんに話しかけた。

「よかったですね、宣伝したかいがありました」
「まあな」

 そっけなく答える虎豪さん。眉間のしわはいつもより深く、眼光の鋭さは凶器並み。でも、別に彼は不機嫌というわけではない。丸っこい耳は硬直し、あたかも息をひそめて獲物を狙っているみたいだ。

 目の前の大柄な肉食獣に苦笑を向け、つい一言放ってしまう。

「さすがに緊張しすぎじゃないですかね……」
「うっせえ」

 そう、虎豪さんは緊張しているのだ。おれ以外のお客がこんなにたくさんきている所為で、いつもの剛毅な感じがなりを潜めてしまっている。

 肉食獣の本能なんだろうか、何度も店内に目を光らせてはきているお客さんをねめつけてしまう。これがおれのお仲間じゃなければ速攻で逃げていた所だ。お客が入っていることに慣れない店主ってなかなかいないんじゃないかな。

 細い尻尾はゆらゆらと揺れ、ぴんと張った髭が些細な変化を逃すまいとしている。動きにもいつも以上に気を配り、膨れ上がった巨体を縮こめて露出しないように神経をとがらせる。

「ここでへましたら駄目ですからね。リピーターになってもらわないと宣伝の意味がないです」
「言われなくたってわかってる」

 ならまずその表情をどうにかしてください、なんて言葉が喉まで出かかったが、すんでの所で飲み込んだ。これ以上虎豪さんを不機嫌にしてもいいことなんてない。ましてや笑顔とかいう対人関係崩壊兵器なんて繰り出そうものならリピーターどころか警察がやって来るに決まってる。ここはいつもの虎豪さんで乗り切ってもらおう。

 そして、テーブル席に備え付けられているベルが涼やかな音をたて、店主である虎豪さんを呼んだ。呼ばれたからには行かなければならない。虎豪さんは小股でテーブルまで近づくと、精一杯の愛想を詰め込んで口を開いた。

「なんでしょうか?」

 この場合、精一杯の愛想とはおれに対するよりもほんのちょっとだけ口調が柔らかいということをさす。つまりその表情は全く変わっていない。射抜くような視線を放ったまま、虎豪さんはお客さんを威圧する。

 それをカウンターから見るおれも二つの意味でどきどきだ。スーツに眼鏡を合わせたいかにもサラリーマンといった風体のヒョウの男性は虎豪さんをうっとりとした目で見ており、どう考えても惚れているのは明らかだった。

 だからこそあんなに人相の悪い虎豪さん相手でもひるまないのだろう。それはいい事に違いないのだけど、おれとしては心中穏やかではない。虎豪さんは緊張でそんなの全く気付いていないし、緊張してなかったとしてもあの性格じゃ気付くわけない。

「おれも一目ぼれだし人の事言えないんだけどさ……」

 愚痴と共にコーヒーを流し込む。野性味としぶさを持つ雄が醸す色気は壮絶な効果を発揮するのはわかっている。けれど、虎豪さんがあれだけ引く手あまたな所を見てしまうと、どうにも落ち着かない。

 でも、おれは今度の日曜日に試食会という誕生会に呼ばれてるんだ。一歩先んじてるという優越感だけで、おれは自分を落ち着けようとする。我ながら情けないとは思うけど、虎豪さんに注がれる視線はそれほどまでに熱い。

 テーブルに座っているヒョウのサラリーマンは今にも鼻血を噴き出さんばかりの勢いで虎豪さんの股間を凝視している。座っているとあのもっこりが眼前に来るせいで、平常心なんか肥溜めの肥料と化してしまう。

 虎豪さんは絶対に気づいていないが、注文を取り終え背を向けた時だって、あの小さなズボンに押し込められた肉厚なお尻が視線を独り占めしているんだ。生地を引き伸ばし形の良い尻がボリューミーに張り出しているあの虎豪さんヒップは中途半端なエロ下着よりエロい。だから、みんなが目で追てしまうのもわかる。わかるのだが――

「納得いかないって顔だね」

 いきなりのことに驚いてしまった。虎豪さんに目を取られている隙に、隣に座った人がおれに話しかけてきたんだ。

 そして、話しかけてきた人を見てさらに驚いた。その人は灰色の毛皮を持つオオカミ。すなわち、この前おれが逃げてしまったその人の他ならない。
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