君の喫茶店

とりあえず

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コーヒーに罪はないけど

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 最近、コーヒーが飲めない。それがおれの悩みの種だった。

 単位を取るために勉強しなくてはいけないのだけど、そのお供であったコーヒーを見ると悲しい気持ちになってしまう。原因ははっきりしているのだけれど、時間が解決してくれることを祈るばかりだ。

 あの日から店に行かず、もう結構経った。といっても一か月くらいかな。だけど、一月あまりの時間は失恋の傷をいやすにはまだまだ足りないようだ。

 おかげで、町中で虎種の男性を見るたびに心臓にちくりとした痛みが走るし、大学の講義で見かけてしまうと授業が頭に入ってこない。

 でも、こんなこと大学の友達に相談できるわけもないし、同じ趣向を持った友人というのもいないため、胸に抱えたまま日々を過ごす羽目になっている。ここ最近はまさしく灰色の日々といったところだろう。

「なあ、最近おれのこと避けてねえか?」

 だから、目の前の虎種の友人にそう切り出されるのも時間の問題だった。いつも通り学食で次の授業まで待機していると、詰め寄るように聞かれてしまった。

「そんなことないよ」

 なんて返答したが、猫柳は虎種であるためどうしても虎豪さんを思い浮かべてしまう。彼に非がないことは分かっているけれど、こればっかりはどうしようもない。

「そうかあ? 前はもっとうっとうしいくらいべたべたしてきたじゃねえか」

 うぐ、そうだっけか。無意識だろうけど、そんなに過去のおれは馴れ馴れしかったのか。

「なんだか元気ねえし。おれでよかったら相談に乗るぞ?」
「ありがとう。でも、本当になんでもないんだよ」

 もちろん嘘だけど、虎豪さんに似た顔でそんなこと言われたら言わなくてもいいことまで言ってしまいそうだから、自重しておかないと。

 友人は信じてなさそうに目を細めたけど、これ以上言及することはなかった。理解のある友を持って助かる限りだ。

「まあいいけど。なんかあったら言えよ。お前がいないとおれの単位が死ぬんだから」
「君も少しは自分で勉強した方がいいと思うよ」
「お前から教わってる。おれは効率厨なんだよ」

 こういうところは虎豪さんと違ってるんだよなあ。虎豪さんが大学生だったら細かいノートをしっかり取ってそうだ。事実、最初のころにおれが料理を教えていたときは、きちんとメモを取っていたし。

 ……虎豪さん、どうしてるかな。

「あ、ほらまた顔が曇った。……ひょっとしておれに勉強教えるのが嫌とか?」
「そういうわけじゃないって。君は関係ないよ」
「……関係ないっていうのもそれはそれで悲しいな」

 ふてくされたように言う彼の姿はちょっとだけ虎豪さんに似てた。

 だからだろう、つい、言わなくてもいいことまで言ってしまうのは。

「ねえ、おれの頭ってなでやすい?」
「はあ? それがどうしたんだよ」

 どうやら否定はしないようだ。セルフサービスの水に口を付けながらそう思った。

 その事実に彼も気が付いたらしく、即座に補足を入れてくる。

「別にお前の頭をなでるのが好きってわけじゃねえからな。確かに、人間の髪の毛の感触は嫌いじゃねえけど。おれはどちらかというと頬の方が好きだからな」

 ごまかすようにひげをいじりながら彼は言う。

「そっか」

 やっぱりただの物珍しさだったのかな。頭にまだあの固い手のひらの感覚が残っているようで、おれはそれを振り払うように髪の毛をいじった。

 寂寞とした感情が言葉にも出たのだろう。喉を震わす声はどこか乾いていた。

「なでられるのが好きだったらよ……おれが、なでてやるから」

 予想外の返事に思わず猫柳を見ると、朱を散らした顔に真剣なまなざしを浮かべていた。

 おそらくこれが、猫柳の精いっぱいの慰めなんだろう。何があったかなんてわからないけど、おれを元気づけようとしてくれている。

 ……こういう不器用なところは、虎豪さんに似てる。

「そういうわけじゃないんだよ。ただ、気になっただけ。本当だよ」

 駄目だ。そんなことを考えたら猫柳が虎豪さんとかぶってしまう。

 それに、今なでられたらまた泣いてしまうかもしれない。まだ傷は癒えていないんだ。おとなしく時が来るのを待とう。

 猫柳は心配そうな顔を浮かべていたけど、突然席を立った。

 何事かと思ったけど、その疑問を口に出す前に、そのままおれの横の席に座る。

 肩と肩が触れる。人の熱。温かい、虎の熱。

「言いたくなったら言ってくれ。おれは待ってるから」
「……ありがと」

 寄り掛かってもいいのかな。思えば誰かにすがって泣いたことなんてなかった。

 体の大きな猫柳は進んで誰かの隣に座ることはない。けど、彼はこれがもっとも効く薬だと本能で感じているんだろう。そして、それはまさしく当たりだった。

 ああもう本当に、虎種は勘がするどいな。

「ありがとう」

 それだけ言って、肩に頭を置かせてもらう。これ以上喋ると涙声であることがばれてしまいそうだから、おれは口を閉ざすことにする。

 これはもう次の授業に出られそうにないな。猫柳もそれを感じているんだろう、そろそろ移動した方がいい時間になったけど、何も言ってくることはなかった。

 このままゆっくりと流れる時間の中に意識が溶けていきそうな錯覚に襲われた時、ふいにおれの携帯が鳴った。取り出して見てみると、差出人に『狗守』の文字が。
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