君の喫茶店

とりあえず

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つい言ってしまった

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 そういえば連絡先を交換したんだった。その後の展開のインパクトが強すぎてあまり頭に残っていなかった。

 連鎖的に引きずり出された記憶のせいで、沈鬱とした情景も蘇る。中身を確認する手も重く、漫然とした指先が画面を目指す。しかし、指は空気をなぞるだけ。不安が壁を作っているかのようだ。

「そいつのせいか?」

 低い、猫柳の声が耳元で響く。

 おそらくおれの感情の機微を察したんだろう、猫柳は凶悪な顔になって携帯の画面を凝視している。その姿はまるであの時の虎豪さんのようで、以前は見分けられる自信があるなんてみえを切ったのに、今ではもう何もわからなかった。

「……悪い。怖がらせるつもりじゃなかったんだ」

 硬直した体に猫柳は何を思ったのだろう。すぐさま申し訳なさそうな顔になり、謝罪を表現する。お人よしな友人は授業のベルが鳴り始めたことにも構わず、手を掲げるとおれの頭をなで始めた。

 お返しのつもりだろうか。さっき話題に出したから、それを実践したのだろうか。

 硬い手のひらが頭を押す感覚が心に痛みを走らせる。猫柳に悪気なんてこれぽっちもないのは知っている。けど、今それをされてしまうと思いだしてしまう。

『――癖でな』

 そんな幻聴が、過ぎ去った過去が耳を打つ。あの時の照れくさそうな虎豪さんを反芻するたびに、どうしようもない気持ちが胸を占めるんだ。

 ポロリと、透明な滴が目から落ちていくのを感じる。膿んだ傷口からあふれた膿が滴となって流れていく。

 猫柳はさっきと違い、扱いを変えることはなかった。ただ、優しく、髪の毛を愛でるように武骨な手を動かしていく。これも勘なのだろうか。おれが望んでいることを、優しさを求めていることを本能で理解しているのか。

「こういう時は泣いた方がいい。感情は溜めると淀んでいくからな。まっすぐ向き合うためにも、今は泣いとけ」
「……散々泣いたと思ったんだけどな」
「じゃあ、まだ足りなかったんだろ。必要量は体が知ってるから、きちんと耳を傾けとけ」

 こういうのを大人というのだろうか。おれにまだ足りていない要素。それがあれば先に進めたかもしれない要素。
 毛皮が揺れる肩の頭を乗せ、しみじみと思う。鼻孔をくすぐるほのかな体臭は、確かに虎豪さんとは違った物だった。

「君はすごいね」
「そんなこともねえよ」
「大人だ」
「ちげえよ。お前が弱ってるからそう見えるんだ。普段のおれはお前に頼りっぱなしだからな。いつもとは立場が違っただけじゃねえか」

 そういうものなのかもしれない。だれだって甘えたいときはあるし、八つ当たりしてしまいたいときだってある。

 おれはどういう大人になりたかったんだろう。どうすれば虎豪さんと同じ目線になれると思っていたんだろう。曖昧なままがむしゃらに背伸びして、それで失敗してしまった。

 まだ指は空を切っている。それは大人と言えるのか、向き合わないまま逃げ出すことが本当に最良なのか。

「……そんなわけないんだよな」

 だからおれは画面を押す。次に進むために、おれが大人になるために。

 猫柳は不安そうにこっちを見ていたけど、やがて何も言わずにおれを受け止めてくれた。感謝してもしたりない。今度なにか恩返ししないと。

 指圧によって導かれた文面には、おれを気づかう言葉と直接会いたい旨が記されていた。

 何が起こったのか察してるんだろうな。きっと虎豪さんからも情報を仕入れているだろうし。

「いくのか?」

 猫柳が問う。きっと彼の事だから付いてくるつもりなんだろう。猫柳は気のいい奴でもあり、心配性でもあるんだ。さっきからそわそわとひげが動いているのがその感情を物語っている。

 だから、おれはそれをやんわりと押しとどめ、狗守さんへ返信をする。おれの家で会いましょうと、誰にも聞かれたくない話だから。

「じゃあ今日お前んちに泊まるから」
「ねえ、おれの話聞いてた?」

 涙声で何を言わせるんだこいつは。今から狗守さんが来るって言ってるだろうが。

「話終わってからってことだよ。夜には慰めてやるから」
「君はおれを甘やかしすぎだと思う」
「甘えることこそが、今のお前に必要なことじゃねえか」

 それは否定しないけど、猫柳は気付いていないんだ。ゲイのおれと一晩を共にすることの危険さを。おれはこれからも猫柳と友達でいたいから、嫌われるようなことはしたくない。

 猫柳に嫌われてしまったら、今おれの頭をなでている手だってどこかに行ってしまう。そうなったらもう、立ち直れない。

 友達でいるために、一線を画すべきだ。このままだと甘えてしまって、負担になってしまう。

 おれは猫柳の肩から顔を上げ、隣の虎面を見上げた。真剣な雰囲気を感じ取り、猫柳も見つめ返してくる。

「あのね、おれ、ホモ……なんだ」
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