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会いたい気持ち
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おれはそれで、彼が愛想を尽かしたんだと思ってしまった。店の雰囲気がこんなにも退廃的なものだとしたら、この屈強な友人が被害にあっていないわけがないからだ。
せっかくおれの事を受け入れてくれたのに。申し訳ない気持ちと悲しい気持ちがいっぱいで、沈鬱な声が重く吐き出されていく。
「ごめんね、気持ち悪いことさせて。もう頼まない……」
「おい」
ムニッと急に頬をつねられる。ぐいっと顔を近づけてきた猫柳は不機嫌ではあったものの、さっきとは違う不機嫌さだった。
さっきのが本心からの拒絶だとするならば、今のは聞き分けのない子に言い聞かせるような雰囲気があった。
「だーかーらー、何度言わせるんだって。お前はもっとずうずうしいくらいでいいの。確かに気持ち悪かったし、ホモなんて正直ごめんだなって思ったけどさ、おまえのせいじゃねえだろ」
「ふぇ、でも、気持ち悪かったって……」
「お前は別! おれが手伝うって決めたんだから、お前はおれをねぎらってうまい晩飯でも作ってくれればいいんだよ! わかったか!」
「ふぁい」
頬から手を離した猫柳は、その後ばつの悪そうな顔で顔をそむけた。
「いや、まあ、おれも言い過ぎたと思ったけどよ。でも、本当にあいつはやめたほうがいい」
「ありがとう、でも、ごめん。せめてもう一度虎豪さんと話すまでは、まだ好きでいるって決めてるんだ」
それはたとえ猫柳に言われても譲れないことで。それを分かっているからこそ、猫柳もそれ以上強く言うことはない。ただ、不機嫌そうな顔でむくれているだけだ。荒い鼻息でひげを揺らしていくのが、彼らしいかわいい怒り方だと思う。
へそを曲げましたと言わんばかりに口をとがらせる彼の素直さがおれの心を少しばかり晴らしてくれる。見ていて飽きない友人のご機嫌を取るべく、今日の晩御飯も腕によりをかけるとしよう。
「今日はカレーがいい」
「いいけど、毛皮大丈夫? 臭いがとれないだろうし、うちにはシャンプーないけど」
「買い物ついでに買えばいいだろ」
「本格的におれんちに住みつきそうだな君……」
さて、それじゃあ買い物に行こうかと猫柳を誘うと、ひそめられた眼光が返ってきた。いぶかっているような表情はおれの返答を期待しているかのよう。
おれの中でくすぶっている感情を見透かして、その虎は問いかける。
「……行かないのか?」
「行きたいのはやまやまなんだけど、会いたくないって言われてるんだ」
そう言って笑う自分はどんな色を宿しているのだろう。猫柳が不機嫌を加速させたことから、きっといい顔ではないだろう。
でも、こればかりはしょうがない。虎豪さんはおれに会いたくないんだ。無理やり押しかけて、どの口で何を言えばいいというのか。
「お前ってほんっとに素直というかいい子だよな。顔に書いてあんじゃねえか、会いたいって」
だけど、猫柳にそんな言い訳は通じない。野生の勘か、彼はすぐにおれの心を言い当てる。
確かに猫柳の言うとおりだ。許されるなら、今すぐにだって会いに行きたい。会って、力になりたい。
虎豪さんがおれのことをどう思ってるのか知らない。でも、おれはまだ好きなんだ。
だけど――――
「お、押し付けがましいんじゃないかなって……」
そう、おれはそれが怖い。虎豪さんがおれのことを嫌いになったとしたら、拒絶されてしまうんじゃないか。その恐怖がおれを『いい子』に逃げさせる。
「お前さぁ、もっと図々しくていいって言ったじゃねえか」
どうしたいかなんて決まってる。だけど体は動いてくれない。
猫柳はきっと気づいてる。このままいけばおれは後悔すると。男らしい彼は考えるより足を動かすきらいがあるから、本能的に動いた方がいいことを知っているんだ。
おれとは真逆の、頼りになる友人が、行けと発破をかけてくる。憶病なおれに勇気を出せと励ましている。
あの写真の中の虎豪さんはどう見たって助けを必要としている状態だ。
おれが、行ってもいいのだろうか。虎豪さんの傍で支えてあげてもいいのだろうか。
「猫柳、あの、おれ、虎豪さんの力になりたいんだ。だから……」
それは一度目を向けてしまうとどんどんと肥大化してくる決意。心が、さわいでいる。
「会いに行くよ」
たとえ、拒絶されたても、それがなんだというのか。会わないまま後悔だけを重ねるより、ずっとましなはず。
好きだというのなら、困ってる時に助けない理由がない。それだけで十分な理由に足りえる。
熱を持つ心が歓喜に湧いている。おれの決断をはやし立て、会える喜びに跳ね回る。部屋に吹き付けるクーラーの冷気が熱した頬を優しく包んでいった。
そんなおれを見る猫柳は実に満足そうだ。一体この友人はどのくらいおれのことを理解しているのだろか。いや、冷静に思い返すと、逆の立場ならおれでも同じことを言うな。後悔するのがわかってて、背中を押さない自分を想像できなかった。
感謝の気持ちを乗せたメモを持たせ、ついでに鍵も渡してやる。さすがにまた待たせるわけにはいかない、という配慮なんだけど、なんだか同棲一歩手前まで来てる感じがするなこれ。
金属の奏でる硬質な音がおれの手から離れていく。君より遅くなるという簡単な意思表示。
「せいぜいがんばれよ。失敗したら慰めてやるから」
受け取った鍵を揺らしながら、むくれた虎は言う。
おれがそれに無言の首肯で答えると、猫柳はしっかりと鍵を握り締めた。
「何かあったらすぐ連絡しろよ」
それだけ言って、虎の友人はすねたように尻尾をくねらせた。さらに鞭のようにしならせておれをぺちぺちと叩き、早く行けと急かす。
急かしはしたが、やはり会ってほしくはないようだ。あくまでおれの意思を尊重してくれた君に、精いっぱいの料
理をふるまうと約束しよう。
さあ、虎豪さんに会って、話をしないと。誰かを介してなんてだめだ。おれが、自分の目で確認しないと。
「じゃあ行ってくる」
「おう、早く帰ってこいよ」
ここはおれの家なんだけどな、なんて思ったけど、帰りを待ってくれるということはそれだけで支えになる。鍵を渡したことで、背中を預けた気分だ。
目指すのは喫茶店。おれが虎豪さんと別れたあの場所に向かい、おれは家を飛び出した。
せっかくおれの事を受け入れてくれたのに。申し訳ない気持ちと悲しい気持ちがいっぱいで、沈鬱な声が重く吐き出されていく。
「ごめんね、気持ち悪いことさせて。もう頼まない……」
「おい」
ムニッと急に頬をつねられる。ぐいっと顔を近づけてきた猫柳は不機嫌ではあったものの、さっきとは違う不機嫌さだった。
さっきのが本心からの拒絶だとするならば、今のは聞き分けのない子に言い聞かせるような雰囲気があった。
「だーかーらー、何度言わせるんだって。お前はもっとずうずうしいくらいでいいの。確かに気持ち悪かったし、ホモなんて正直ごめんだなって思ったけどさ、おまえのせいじゃねえだろ」
「ふぇ、でも、気持ち悪かったって……」
「お前は別! おれが手伝うって決めたんだから、お前はおれをねぎらってうまい晩飯でも作ってくれればいいんだよ! わかったか!」
「ふぁい」
頬から手を離した猫柳は、その後ばつの悪そうな顔で顔をそむけた。
「いや、まあ、おれも言い過ぎたと思ったけどよ。でも、本当にあいつはやめたほうがいい」
「ありがとう、でも、ごめん。せめてもう一度虎豪さんと話すまでは、まだ好きでいるって決めてるんだ」
それはたとえ猫柳に言われても譲れないことで。それを分かっているからこそ、猫柳もそれ以上強く言うことはない。ただ、不機嫌そうな顔でむくれているだけだ。荒い鼻息でひげを揺らしていくのが、彼らしいかわいい怒り方だと思う。
へそを曲げましたと言わんばかりに口をとがらせる彼の素直さがおれの心を少しばかり晴らしてくれる。見ていて飽きない友人のご機嫌を取るべく、今日の晩御飯も腕によりをかけるとしよう。
「今日はカレーがいい」
「いいけど、毛皮大丈夫? 臭いがとれないだろうし、うちにはシャンプーないけど」
「買い物ついでに買えばいいだろ」
「本格的におれんちに住みつきそうだな君……」
さて、それじゃあ買い物に行こうかと猫柳を誘うと、ひそめられた眼光が返ってきた。いぶかっているような表情はおれの返答を期待しているかのよう。
おれの中でくすぶっている感情を見透かして、その虎は問いかける。
「……行かないのか?」
「行きたいのはやまやまなんだけど、会いたくないって言われてるんだ」
そう言って笑う自分はどんな色を宿しているのだろう。猫柳が不機嫌を加速させたことから、きっといい顔ではないだろう。
でも、こればかりはしょうがない。虎豪さんはおれに会いたくないんだ。無理やり押しかけて、どの口で何を言えばいいというのか。
「お前ってほんっとに素直というかいい子だよな。顔に書いてあんじゃねえか、会いたいって」
だけど、猫柳にそんな言い訳は通じない。野生の勘か、彼はすぐにおれの心を言い当てる。
確かに猫柳の言うとおりだ。許されるなら、今すぐにだって会いに行きたい。会って、力になりたい。
虎豪さんがおれのことをどう思ってるのか知らない。でも、おれはまだ好きなんだ。
だけど――――
「お、押し付けがましいんじゃないかなって……」
そう、おれはそれが怖い。虎豪さんがおれのことを嫌いになったとしたら、拒絶されてしまうんじゃないか。その恐怖がおれを『いい子』に逃げさせる。
「お前さぁ、もっと図々しくていいって言ったじゃねえか」
どうしたいかなんて決まってる。だけど体は動いてくれない。
猫柳はきっと気づいてる。このままいけばおれは後悔すると。男らしい彼は考えるより足を動かすきらいがあるから、本能的に動いた方がいいことを知っているんだ。
おれとは真逆の、頼りになる友人が、行けと発破をかけてくる。憶病なおれに勇気を出せと励ましている。
あの写真の中の虎豪さんはどう見たって助けを必要としている状態だ。
おれが、行ってもいいのだろうか。虎豪さんの傍で支えてあげてもいいのだろうか。
「猫柳、あの、おれ、虎豪さんの力になりたいんだ。だから……」
それは一度目を向けてしまうとどんどんと肥大化してくる決意。心が、さわいでいる。
「会いに行くよ」
たとえ、拒絶されたても、それがなんだというのか。会わないまま後悔だけを重ねるより、ずっとましなはず。
好きだというのなら、困ってる時に助けない理由がない。それだけで十分な理由に足りえる。
熱を持つ心が歓喜に湧いている。おれの決断をはやし立て、会える喜びに跳ね回る。部屋に吹き付けるクーラーの冷気が熱した頬を優しく包んでいった。
そんなおれを見る猫柳は実に満足そうだ。一体この友人はどのくらいおれのことを理解しているのだろか。いや、冷静に思い返すと、逆の立場ならおれでも同じことを言うな。後悔するのがわかってて、背中を押さない自分を想像できなかった。
感謝の気持ちを乗せたメモを持たせ、ついでに鍵も渡してやる。さすがにまた待たせるわけにはいかない、という配慮なんだけど、なんだか同棲一歩手前まで来てる感じがするなこれ。
金属の奏でる硬質な音がおれの手から離れていく。君より遅くなるという簡単な意思表示。
「せいぜいがんばれよ。失敗したら慰めてやるから」
受け取った鍵を揺らしながら、むくれた虎は言う。
おれがそれに無言の首肯で答えると、猫柳はしっかりと鍵を握り締めた。
「何かあったらすぐ連絡しろよ」
それだけ言って、虎の友人はすねたように尻尾をくねらせた。さらに鞭のようにしならせておれをぺちぺちと叩き、早く行けと急かす。
急かしはしたが、やはり会ってほしくはないようだ。あくまでおれの意思を尊重してくれた君に、精いっぱいの料
理をふるまうと約束しよう。
さあ、虎豪さんに会って、話をしないと。誰かを介してなんてだめだ。おれが、自分の目で確認しないと。
「じゃあ行ってくる」
「おう、早く帰ってこいよ」
ここはおれの家なんだけどな、なんて思ったけど、帰りを待ってくれるということはそれだけで支えになる。鍵を渡したことで、背中を預けた気分だ。
目指すのは喫茶店。おれが虎豪さんと別れたあの場所に向かい、おれは家を飛び出した。
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