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寄りかかる言葉
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「あいつにそれをカミングアウトされて、俺はどうしていいかわからなくてな。情けねえ話だが、俺は弟を拒んだ」
震える声で虎豪さんは罪悪感を吐露する。おれをしっかり抱きしめて、倒れないようにしながら前を向いている。
「あいつが事故にあった時は、本当は俺と飯を食う約束をしてたんだ。その時に陽の彼氏を、あの狗守の奴を紹介するつもりだったらしい。でも、俺が拒んだせいでその話は無しになった」
だから、今度は受け入れようと思った。そして、それがおれを押し倒した理由。でも、果たしてそれは虎豪さんの責任になるのだろうか。本人がそう信じていても、おれはそれを肯定できない。
「ああわかってるよ。そんなのは理由の一つで、直接的な原因じゃねえって。でも、どうしても思っちまうんだよ。俺があいつを拒まなければ、まだ生きててくれたんじゃないかって」
それを分かっていながらもなお、虎豪さんは陽さんの為に動いていた。陽さんの夢だった喫茶店を継ぎ、その意思を示そうとした。
それが自分に合っていないとわかっていても、虎豪さんは止まらなかった。
「だけどよ、お前に泣かれて、説教されて、そんで気付いたんだ。ああ、好きな人は自分で決めなきゃいけないよなって。陽も自分で決めて、それがたまたま男だったんだな」
そこで、虎豪さんは一呼吸入れる。自然と上がる口角は彼の持つ優しさを表すには十分すぎるほどで、悔いていながらもなお立っていられる強さがあった。
「もっと、早く気付ければよかった」
長く重い息を吐いても過去は変わらない。そんなことはわかっていても、虎豪さんは悔やみきれていないんだ。
「お前はすごい奴だ」
虎豪さんはおれを少し遠ざけて、目と目を向い合せた。そして、うっすらと柔らかい笑みを浮かべて、おれに微笑みかけたんだ。
ああ、ああ、こんな笑みをまた見れるなんて。蛍光灯の下で見てもその魅力は変わらない。はたして誰が思うだろうか。肉食獣がこんなに柔らかい微笑を浮かべられるなんて。
「自分で選んで、自分で決めて、そして結ばれようと努力してる。俺みたいに流されて誰かを傷付ける奴とは違う。俺より年下のくせに、俺より大人だ」
虎豪さんの手がおれの頬に添えられて、手袋越しでも熱が伝播してくるようだ。それほどまでに、おれの頬は赤く熟れている。
熱に浮かされた思考回路のまま、おれの口は言葉を紡いでいた。虎豪さんと会って学んだことを、ぜひ知ってほしかった。
「おれは全然大人じゃないです。虎豪さんにだって、猫柳にだって、狗守さんにだって、迷惑をかけっぱなしです。大人に見えるのは、そこが際立ってるからです。誰にだって、大人じゃない部分と、大人の部分があって、だから成長しようと頑張るんだと思います」
「そうだな。それを知っていれば、俺は陽を拒まなかったのに。成長しようと背伸びするあいつを、受け入れられた。遅かったんだよな。でも――」
手を添えたまま、虎はおれに近づいた。ヒトとは違う顔が視界を埋めて、虎豪さんの視界にもおれが映っているのだと思うと動悸が速くなる。
そして、虎は言う。
「お前まで失わなくて、本当によかった」
吐息がかかるほどの距離まで虎豪さんは顔を近づけてくれる。視界いっぱいに想い人の顔。これまでで一番近い、おれと虎豪さんの距離。
「辰瀬……」
今にも消えてしまいそうな虎豪さんの声。取り繕った大人らしさも、不器用な頑固さもない。素のままで、魅力的な想い人の声。
体を一つにくっつけてしまえとでもいうようにおれをもう一度抱いて、虎豪さんは言った。
「――――甘えさせてくれ」
小さく、虎豪さんの喉が鳴った。
いつも一人で立つことなんてできないから、こうして甘えることが必要だ。その役に立てるなら、こんなにうれしいことはない。体がこのままくっついてしまえばいい。ずっと一緒にいられたらいい。おれはそう思った。
だから、肯定を虎豪さんに。
「喜んで」
誰だって弱いときはある。それをおれは学んだから、一歩大人に近づいたから。
おれはそういう時に支えられる大人になりたかったんだ。
「倒れそうになったら一緒に横になりましょう。おれ、抱き枕になりますよ」
確かにこの重みをずっと支えるのは難しい。でも、倒れそうになる時に支えて、そばで休んだっていいはずだ。立ちっぱなしは疲れてしまうもの。
「……ああ、そうだな。それもいいかもな」
「それだったら、おれも虎豪さんに甘えられるので一石二鳥です」
「布団の中で変なことしたら叩きだすからな」
虎豪さんがおれの頬をつまんで、しょうがないとばかりに笑ってくれた。気負いのない表情は珍しく自然な笑みになっていて、この虎の魅力をさらに高めてくれていたけど、すぐさまため息が覆い隠してしまった。
「駄目だな俺は。一人で生きていけると思ってたんだが、陽がいなくなってこんなに弱くなっちまった。さえないおっさんで悪いな」
苦笑しながら頭をなでて、虎豪さんの笑みは愁いを帯びる。重みはまだ肩に負担をかけていて、虎豪さんがまだ甘えているんだと思った。
「お前はなんで、こんなおっさんが好きなんだろうな」
「さあ、一目ぼれだったんで」
「見た目ならもっといい奴がいっぱいいるだろうが」
「でも、おれは虎豪さんがよかったんです」
「そうか……。俺でいいのか、変な奴だな」
そこでおれの体から虎豪さんの重みが離れていく。さきほどの憂いは少しだけなりをひそめ、残ったのはどこかすっきりしたような顔。それを見て、おれも安堵が胸中を占める。
「ありがとな」
甘え終わった虎豪さんがおれの頬をつまんで、にっと牙を剥いた。笑顔のようなそれは決して朗らかとは言い難かったけど、おれを安心させようと頑張ってくれたのがわかるから。その強さを尊重したい。
「おかげで、俺のしたいことがわかった。今度は牙縞にきちんと言ってやれる」
そこで、虎豪さんはおれの手をぎゅっと握って、真摯な目を向けてきた。
「その時に、傍にいてくれないか?」
「おれでいいのだったら」
「ああ、お前がいいんだ。お前にもぜひ聞いてほしいんだ」
そう言い切る虎豪さんに愁いの影は見えなくて、いかついけどかっこいい肉食の相貌でこちらを見つめていた。おれが頷いて返すと、感謝の意を込めてもう一度笑みを浮かべてくれた。意図的にはできなくても、虎豪さんの笑顔はこんなにも優しくなっている。
虎豪さんがどんな結論を出すのかわからないけど、虎豪さんが選んだ道なら、おれはそれを応援したい。喫茶店を続けても止めてしまっても、おれが好きなのは虎豪さんなんだから。
部屋の雰囲気が落ち着きを取り戻してきたころ、おれの脳裏にあるひらめきがよぎった。
「あ!」
やばい、とても大事なことを忘れていた。
「なんだどうした?」
虎豪さんが心配そうにおれに目線を向ける。その視線を一身に浴びて、おれは虎に質問を、今日一番大事と言っても過言ではない問いを放った。
「寝る時って、布団別々なんですか?」
「当たり前だろ馬鹿!」
震える声で虎豪さんは罪悪感を吐露する。おれをしっかり抱きしめて、倒れないようにしながら前を向いている。
「あいつが事故にあった時は、本当は俺と飯を食う約束をしてたんだ。その時に陽の彼氏を、あの狗守の奴を紹介するつもりだったらしい。でも、俺が拒んだせいでその話は無しになった」
だから、今度は受け入れようと思った。そして、それがおれを押し倒した理由。でも、果たしてそれは虎豪さんの責任になるのだろうか。本人がそう信じていても、おれはそれを肯定できない。
「ああわかってるよ。そんなのは理由の一つで、直接的な原因じゃねえって。でも、どうしても思っちまうんだよ。俺があいつを拒まなければ、まだ生きててくれたんじゃないかって」
それを分かっていながらもなお、虎豪さんは陽さんの為に動いていた。陽さんの夢だった喫茶店を継ぎ、その意思を示そうとした。
それが自分に合っていないとわかっていても、虎豪さんは止まらなかった。
「だけどよ、お前に泣かれて、説教されて、そんで気付いたんだ。ああ、好きな人は自分で決めなきゃいけないよなって。陽も自分で決めて、それがたまたま男だったんだな」
そこで、虎豪さんは一呼吸入れる。自然と上がる口角は彼の持つ優しさを表すには十分すぎるほどで、悔いていながらもなお立っていられる強さがあった。
「もっと、早く気付ければよかった」
長く重い息を吐いても過去は変わらない。そんなことはわかっていても、虎豪さんは悔やみきれていないんだ。
「お前はすごい奴だ」
虎豪さんはおれを少し遠ざけて、目と目を向い合せた。そして、うっすらと柔らかい笑みを浮かべて、おれに微笑みかけたんだ。
ああ、ああ、こんな笑みをまた見れるなんて。蛍光灯の下で見てもその魅力は変わらない。はたして誰が思うだろうか。肉食獣がこんなに柔らかい微笑を浮かべられるなんて。
「自分で選んで、自分で決めて、そして結ばれようと努力してる。俺みたいに流されて誰かを傷付ける奴とは違う。俺より年下のくせに、俺より大人だ」
虎豪さんの手がおれの頬に添えられて、手袋越しでも熱が伝播してくるようだ。それほどまでに、おれの頬は赤く熟れている。
熱に浮かされた思考回路のまま、おれの口は言葉を紡いでいた。虎豪さんと会って学んだことを、ぜひ知ってほしかった。
「おれは全然大人じゃないです。虎豪さんにだって、猫柳にだって、狗守さんにだって、迷惑をかけっぱなしです。大人に見えるのは、そこが際立ってるからです。誰にだって、大人じゃない部分と、大人の部分があって、だから成長しようと頑張るんだと思います」
「そうだな。それを知っていれば、俺は陽を拒まなかったのに。成長しようと背伸びするあいつを、受け入れられた。遅かったんだよな。でも――」
手を添えたまま、虎はおれに近づいた。ヒトとは違う顔が視界を埋めて、虎豪さんの視界にもおれが映っているのだと思うと動悸が速くなる。
そして、虎は言う。
「お前まで失わなくて、本当によかった」
吐息がかかるほどの距離まで虎豪さんは顔を近づけてくれる。視界いっぱいに想い人の顔。これまでで一番近い、おれと虎豪さんの距離。
「辰瀬……」
今にも消えてしまいそうな虎豪さんの声。取り繕った大人らしさも、不器用な頑固さもない。素のままで、魅力的な想い人の声。
体を一つにくっつけてしまえとでもいうようにおれをもう一度抱いて、虎豪さんは言った。
「――――甘えさせてくれ」
小さく、虎豪さんの喉が鳴った。
いつも一人で立つことなんてできないから、こうして甘えることが必要だ。その役に立てるなら、こんなにうれしいことはない。体がこのままくっついてしまえばいい。ずっと一緒にいられたらいい。おれはそう思った。
だから、肯定を虎豪さんに。
「喜んで」
誰だって弱いときはある。それをおれは学んだから、一歩大人に近づいたから。
おれはそういう時に支えられる大人になりたかったんだ。
「倒れそうになったら一緒に横になりましょう。おれ、抱き枕になりますよ」
確かにこの重みをずっと支えるのは難しい。でも、倒れそうになる時に支えて、そばで休んだっていいはずだ。立ちっぱなしは疲れてしまうもの。
「……ああ、そうだな。それもいいかもな」
「それだったら、おれも虎豪さんに甘えられるので一石二鳥です」
「布団の中で変なことしたら叩きだすからな」
虎豪さんがおれの頬をつまんで、しょうがないとばかりに笑ってくれた。気負いのない表情は珍しく自然な笑みになっていて、この虎の魅力をさらに高めてくれていたけど、すぐさまため息が覆い隠してしまった。
「駄目だな俺は。一人で生きていけると思ってたんだが、陽がいなくなってこんなに弱くなっちまった。さえないおっさんで悪いな」
苦笑しながら頭をなでて、虎豪さんの笑みは愁いを帯びる。重みはまだ肩に負担をかけていて、虎豪さんがまだ甘えているんだと思った。
「お前はなんで、こんなおっさんが好きなんだろうな」
「さあ、一目ぼれだったんで」
「見た目ならもっといい奴がいっぱいいるだろうが」
「でも、おれは虎豪さんがよかったんです」
「そうか……。俺でいいのか、変な奴だな」
そこでおれの体から虎豪さんの重みが離れていく。さきほどの憂いは少しだけなりをひそめ、残ったのはどこかすっきりしたような顔。それを見て、おれも安堵が胸中を占める。
「ありがとな」
甘え終わった虎豪さんがおれの頬をつまんで、にっと牙を剥いた。笑顔のようなそれは決して朗らかとは言い難かったけど、おれを安心させようと頑張ってくれたのがわかるから。その強さを尊重したい。
「おかげで、俺のしたいことがわかった。今度は牙縞にきちんと言ってやれる」
そこで、虎豪さんはおれの手をぎゅっと握って、真摯な目を向けてきた。
「その時に、傍にいてくれないか?」
「おれでいいのだったら」
「ああ、お前がいいんだ。お前にもぜひ聞いてほしいんだ」
そう言い切る虎豪さんに愁いの影は見えなくて、いかついけどかっこいい肉食の相貌でこちらを見つめていた。おれが頷いて返すと、感謝の意を込めてもう一度笑みを浮かべてくれた。意図的にはできなくても、虎豪さんの笑顔はこんなにも優しくなっている。
虎豪さんがどんな結論を出すのかわからないけど、虎豪さんが選んだ道なら、おれはそれを応援したい。喫茶店を続けても止めてしまっても、おれが好きなのは虎豪さんなんだから。
部屋の雰囲気が落ち着きを取り戻してきたころ、おれの脳裏にあるひらめきがよぎった。
「あ!」
やばい、とても大事なことを忘れていた。
「なんだどうした?」
虎豪さんが心配そうにおれに目線を向ける。その視線を一身に浴びて、おれは虎に質問を、今日一番大事と言っても過言ではない問いを放った。
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