前世ではなかった戦争を止めるため、私は男装して敵国の騎士になります

松平ちこ

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そして彼女が失くした忘れ物

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 今日は安息日。ここ数日、カメリアが屋敷の中を忙しなく動き回っていたせいで、メイド達の目が厳しくなったように感じたのだ。
 子どもらしく過ごす日も必要だろう。カメリアは庭に出て、花を見て回っていた。

「……りんどう」

 ジェンティアンの家名と同じ植物を、カメリアは見つける。今は春の終わり。咲くのはまだまだ先で、今は蕾もなかった。

『ジェンティアン嬢っていうんだ。可愛い花の名前だね。僕の国では、竜胆って言うんだよ』

 カメリアは、母に連れられた王城のお茶会で、ロスに出会ったことを思い出した。
 彼はそんなに年も変わらないだろうに、植物の造形にとても詳しかった。それに言葉遣いも。

 ――どうして、忘れていたんだろう。

 カメリアは、竜胆の葉に手を添えて、そっと目を伏せた。
 他国の来賓を招いてのお茶会で、他国の子どもだという彼と過ごした時は、とても楽しいものだったのに。

「……あ」

 気持ちを切り替えて歩いた先、小さな池を見つけた。
 そこには、水面にまっすぐ伸びた蕾がなっていた。

「なんだっけ?」

 これも彼に教えてもらった気がする。大切な記憶だったはずなのに、カメリアはうまく思い出せないでいた。

「ありゃ蓮ですね。お嬢様」

「ありがとう。蓮っていうの、そっか」

 教えてくれた庭師に礼を述べて、カメリアは繰り返す。けれどもちょっと、違和感が残ったままだ。

 ――腑に落ちないのはなぜだろう?

「今年も、立派な花を咲かせますよ。楽しみでしょう、お嬢様?」

「あら、どうして?」

 その言い方だと、カメリアが蓮に、思い入れがあるように聞こえた。
 きょとんと子どもらしく聞き返してみれば、庭師はしまったという顔をする。

「野暮なこと言っちまったみてぇですな。忘れてくだせぇ」

「まぁ、気になって夜も寝れなくなってしまうわ。ねぇ教えてよ」

「参ったなぁ。お嬢様が三年ほど前に、蓮を植えたいって旦那様にお願いして、この池が出来たんでさぁ。
 昨年は楽しみにしてらしたので、つい。気を悪くしたなら、すんませんねぇ」

「ううん。教えてくれてありがとう」

 カメリアにとって、大切なものだったらしい。

 ――でも、ならどうして忘れているの?

 ロスのこともそうだ。カメリアはきゅっと胸の前で手を握った。

「ねぇ。この蓮はいつ咲くの?」

「夏の前ですから、まだ先になりますなぁ」

「そう。ありがとう」

 咲いているところを見れば、何か思い出せるかもしれない。
 カメリアは期待して庭師に訊ねたが、どうやらそれは叶わないらしい。

 ――暑い中の旅は危険だもの。夏より前に出なくちゃ。

 カメリアはしばらくの間、蕾を見つめていた。



 それからも数日をかけて、カメリアは準備を整えていった。

「……使えるのね」

 夜、皆が寝静まった頃。布団を頭からすっぽりとかぶって、カメリアは両の手を見つめていた。
 手の中で、小さな竜巻がくるくると回っている。確かめてみなければ分からないが、前世での発現と比べるまでもないレベルだった。
 カメリアは、口許を弧に描いた。
使用人達の動きや流れを注視していたが、人知れず抜け出すのは、ネックだったのだ。誰も巻き込みたくないだけに、なおさら。

 けれど、それもたった今解消された。魔法が使えるのなら、カメリアが抜け出すのはとても簡単になる。



 ある日カメリアは、字の練習がしたいとねだって、たくさんの便箋とペンなどを用意してもらった。

 夜な夜なの魔法の練習と合わせて、こっそり皆へと宛てた手紙をしたためていく。
 バレないように、日中は父や母を始めとして使用人たちにもカモフラージュのための手紙を書いて、感謝の言葉として渡していた。

 ――悩んだけれど、本当のことを書いた方が、お父様は探さないでいてくれるかもしれないもの。

 ぽたり。雫が落ちて、便箋に染みを作る。
 いけないと、カメリアは手を止めて涙を拭った。せっかく書いた手紙が、渡せなくなってしまう。
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