前世ではなかった戦争を止めるため、私は男装して敵国の騎士になります

松平ちこ

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そして彼女は旅立った

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 どんよりと暗い、雨の日の夜。
 寝たふりをやめたカメリアは、静かに起き上がった。

 まず、カメリアはチェストの二重底を外して、手紙の束を回収し机に並べた。
 父、母、アイリス、その他には、関わりのあった者達へとまとめている。

 ――時間差で、少しは冷静に見てくれると良いわね。

 そして一通のみ、カメリアは日頃の装飾品を入れる小箱へと忍ばせた。死に戻る前の、前世を書いた手紙だ。

 そこからさらに、手紙と一緒に仕舞っていたお手製ナイフを取り出す。

 魔法が使えると分かった時点で、カメリアの心に余裕が出来た。
 当初の計画を大幅に変更することが出来たのだった。

 その一つがこのお手製ナイフ。
 男装するには先ず、髪を切らなければいけない。けれど刃物の入手は困難で、諦めていた。
 魔法の練習をかねて、手のひらよりも小さい石に風を当てて鋭く削って作った。
 思ったよりもハマってしまい、石製のナイフは鏡面になるほど滑らかな仕上がりだ。

 ――ふふ、良い出来よね。

 さらに以前調達し損ねた古布だが、手紙の隠し場所を探した時に偶然見つけた。
 チェストに、着なくなった古い服が入ってあったのだ。

 ――着替えはいつも、メイド達任せだったものね。盲点だわ。

 今のカメリアの家出を止められる人間は、ここにはいない。
 家出した直後、時間稼ぎのために隠蔽する必要もなければ、見つからないように、こそこそと動き回る必要もなくなった。

 チェストから、サイズアウトした寝巻きと外套を出して、寝巻きに着替えた。
 外套は、ベッドの上に広げて置く。そこに、以前執事からもらった硬貨を数枚乗せた。
 机に置いたお手製ナイフを手にとって、反対の手で一つにまとめた髪へと当てる。

 ――さようなら、令嬢のカメリア。

 首の辺りから、ナイフを左右に動かして、ざっくりと長髪を切った。
 カメリアの頭が、すっきりと軽くなる。

 カメリアの手に残った髪の束とナイフを、硬貨と一緒に外套へとくるんだ。

 とことこと、カメリアは包んだ外套を抱え、窓に向かって歩いていく。
 ゆっくりと扉を開けて、濡れるのも構わずにそっと外へと出た。
 ざあざあと雨は降り続けていて、吹き抜ける風は少し冷たい。
 暗く広がる空は、止む気配がなかった。

 雷の心配もなさそうだ。見上げた空に一つ頷いて、カメリアは音を立てずに窓を閉めた。
 両手を窓に添え、カメリアは俯き額をあてると目を閉じて、別れを告げた。

「さようなら。お父様、お母様、アイリス。皆、大好きよ」

 その小さく震える声は、降りしきる雨に拐われて誰一人として聞くものはいない。
 頬を伝う温かなものは、雨に溶けてなくなった。
 そっと窓から手を離す。ふわりとカメリアの身体が、宙へと舞い上がった。

 猛練習した風魔法だ。初めて飛び上がった空は、とても広かった。見下ろした屋敷の小ささに、カメリアは口だけを動かした。それが、音になることはなかった。
 
 ――カメリア・ジェンティアンは、今日で居なくなる。

 明け方まで続く雨の日に、忽然と一人の子どもが姿を消した。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 お父様へ。

 この手紙をお読みになる頃には、私は屋敷を離れていることでしょう。
 ジェンティアン家の血筋から、私の名を除外していただきたく存じます。
 どうか、私を探すことに手を煩わせぬようお願いいたします。

 突然のことで、驚かれることと思います。
 しかし、これ以上貴族としての役割を果たすことができない自分を、受け入れざるを得ません。
 十年の間、父母のもとで育てていただき、心から感謝しております。
 この幸せな日々を忘れることはありません。
 本当に、ありがとうございました。

 カメリア・ジェンティアン
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