35 / 41
35話 その執着が辿り着いた未来
「リンが死に戻ったのは、私のせいだ。君が悪かったことは、一つもないんだ。
あるとするなら、それは私だろう。君には、私を恨む権利がある」
固い声で、陛下がそう言った。金の瞳を歪ませて、表情を消している。
「……私、は」
途方もないような、話を聞かされた。
ただ、淡々と陛下は真実を述べてくれた。
ただ、リンのために。そこに情を一切込めずに、話をしてくれた。
その陛下の優しさが、リンには重い。
どう受けとめていいのか、分からない。
だってずっと一人で、逃げるのが正しいと思っていたから。
――血が。
リンのものではない、鉄の匂いを嗅ぎ付けて、瞳をさ迷わせたら、陛下の握りしめた手が僅かに震えて、赤い雫が落ちていた。
――ああ、この人も。
私と同じ、一度目の生を失くした人なのか。
私が死んだ、後の世界を見た人。
私の知らない、私を知る人。
「文、を交わしていたの、ですか」
「ああ。一度目では君が王城に行くまで。死に戻ってからは、君が死に戻る前まで」
リンの口から出たのは、何も脈絡もないことで。けれど陛下はそれに、応えてくれた。
「……どうして、私を」
「一目惚れしたんだ。君のいない世界は、私には本当に耐えられなくて。
どうしても、君と、もう一度やり直したかった。二度目の生では、ただ君だけを、ずっと探し続けていた」
そう言った陛下は、今にも泣きそうな顔で、リンを見つめてきた。
その瞳に、リンの胸はきゅっと締めつけられる。
――どうして、この胸が痛むの。
「王太子の地位では、権力に限りがある。
アスフォデルの秘術は一人につき一度だけ。私は二度も、同じ過ちを犯すつもりはないからね。
死に戻ってすぐ、アスフォデルの秘術を駆使したと、父上に紋様を見せたんだ。
数年後、貴方は過労で病に倒れると伝えれば、快く代わってくれたよ。あとはリンが見てきた通りだ」
――それは、脅しでは。
形容しがたい思いを胸に抱えて、ぼんやりとどこか遠くに聞いていたリン。
続けて発せられた陛下の言葉に、それは違うだろうと違和感を覚えた。口には出さなかったけれど。
陛下が即位したのは、リンがアスフォデルの教会に居を移してからだ。
国内の憂いを一掃した噂が市井に流れ、徴兵がかかったのは、リンが教会で過ごして季節が巡った後。
――ただ逃げた私と違って、陛下はずっと戦っていたのか。
「リンを探しながら、ミレットの証拠集めも、同時に進めていた。
何かの拍子に、君がまた、捕らわれることのないように。
あの国は、滅ぼしてしまおうと最初から決めていた。
そのための徴兵に、まさかリンが男として志願していたとは……完全に、予想外だった」
「……それは、ジェンティアンが攻められるかもと思ったからで」
陛下の乾いた笑い声が、泣いているように感じて。
リンはちょっと気恥ずかしげに、声をかけた。
――令嬢が一兵士に志願するなんて、変よね。
リンは戸惑いながらも、そっと手を伸ばして、陛下の手に指を触れた。
その手があまりにも痛々しくて、見ていられなかった。
陛下は、とても驚いた顔をして、そして年相応にくしゃりと表情を崩して笑った。
「リンがどう思っていたとしても、生きて会えたこと、それだけが私には救いだった。
君には残酷かもしれない。でも、生きていてくれて、ありがとう」
「――っ!」
それは処刑台に上がった時に思い出した、少年の面影が重なって、リンは息が止まった。
込み上げてくる熱いものに、ぎゅっと目を閉じた。
――だから、あの時。
自分の中で、点と点が一つ繋がったのをリンは感じた。
『っ! ……ああ。――っリア!』
閉じた目蓋の裏、リンを見つけた時の必死な声と、今の泣き顔のような笑顔を向けてきた陛下を思い出す。
『リア、君にはただ、私の無償の愛を受け取ってほしい』
リンが孤独にもがいた時間と同じだけ、陛下はカメリアに恋い焦がれていたのか。
――でもそれは、一度目の。
あの時、もう会えないと抱いた淡い気持ち。二度目の生で、リンはその気持ちに蓋をした。
汚れた自分には、ふさわしくないとリンは自ら手離したのだ。
「……陛、下。私はもう、カメリア・ジェンティアンでは、ないんです。
出会った時の令嬢ではないんです。陛下の愛した人物とは、違――っ!」
流れる涙を拭わず、まっすぐに陛下を見つめてリンが叫べば、言い終わる前に口を塞がれた。
「……んん!」
それが口づけだと、リンは遅れて気づいた。
陛下の肩をドンと叩くけれど、リンに覆い被さった彼はびくともしない。
息を詰め、思考が溶かされたリンの手から力が抜けた頃――陛下はようやく、リンを解放した。
「違わない。リアも、リンも、私は、君の全てを愛している。私を恨んでくれていい。その気持ちごと、私は君を受け入れる」
リンの言葉を真っ向から、瞳に熱を宿した陛下が否定した。
あるとするなら、それは私だろう。君には、私を恨む権利がある」
固い声で、陛下がそう言った。金の瞳を歪ませて、表情を消している。
「……私、は」
途方もないような、話を聞かされた。
ただ、淡々と陛下は真実を述べてくれた。
ただ、リンのために。そこに情を一切込めずに、話をしてくれた。
その陛下の優しさが、リンには重い。
どう受けとめていいのか、分からない。
だってずっと一人で、逃げるのが正しいと思っていたから。
――血が。
リンのものではない、鉄の匂いを嗅ぎ付けて、瞳をさ迷わせたら、陛下の握りしめた手が僅かに震えて、赤い雫が落ちていた。
――ああ、この人も。
私と同じ、一度目の生を失くした人なのか。
私が死んだ、後の世界を見た人。
私の知らない、私を知る人。
「文、を交わしていたの、ですか」
「ああ。一度目では君が王城に行くまで。死に戻ってからは、君が死に戻る前まで」
リンの口から出たのは、何も脈絡もないことで。けれど陛下はそれに、応えてくれた。
「……どうして、私を」
「一目惚れしたんだ。君のいない世界は、私には本当に耐えられなくて。
どうしても、君と、もう一度やり直したかった。二度目の生では、ただ君だけを、ずっと探し続けていた」
そう言った陛下は、今にも泣きそうな顔で、リンを見つめてきた。
その瞳に、リンの胸はきゅっと締めつけられる。
――どうして、この胸が痛むの。
「王太子の地位では、権力に限りがある。
アスフォデルの秘術は一人につき一度だけ。私は二度も、同じ過ちを犯すつもりはないからね。
死に戻ってすぐ、アスフォデルの秘術を駆使したと、父上に紋様を見せたんだ。
数年後、貴方は過労で病に倒れると伝えれば、快く代わってくれたよ。あとはリンが見てきた通りだ」
――それは、脅しでは。
形容しがたい思いを胸に抱えて、ぼんやりとどこか遠くに聞いていたリン。
続けて発せられた陛下の言葉に、それは違うだろうと違和感を覚えた。口には出さなかったけれど。
陛下が即位したのは、リンがアスフォデルの教会に居を移してからだ。
国内の憂いを一掃した噂が市井に流れ、徴兵がかかったのは、リンが教会で過ごして季節が巡った後。
――ただ逃げた私と違って、陛下はずっと戦っていたのか。
「リンを探しながら、ミレットの証拠集めも、同時に進めていた。
何かの拍子に、君がまた、捕らわれることのないように。
あの国は、滅ぼしてしまおうと最初から決めていた。
そのための徴兵に、まさかリンが男として志願していたとは……完全に、予想外だった」
「……それは、ジェンティアンが攻められるかもと思ったからで」
陛下の乾いた笑い声が、泣いているように感じて。
リンはちょっと気恥ずかしげに、声をかけた。
――令嬢が一兵士に志願するなんて、変よね。
リンは戸惑いながらも、そっと手を伸ばして、陛下の手に指を触れた。
その手があまりにも痛々しくて、見ていられなかった。
陛下は、とても驚いた顔をして、そして年相応にくしゃりと表情を崩して笑った。
「リンがどう思っていたとしても、生きて会えたこと、それだけが私には救いだった。
君には残酷かもしれない。でも、生きていてくれて、ありがとう」
「――っ!」
それは処刑台に上がった時に思い出した、少年の面影が重なって、リンは息が止まった。
込み上げてくる熱いものに、ぎゅっと目を閉じた。
――だから、あの時。
自分の中で、点と点が一つ繋がったのをリンは感じた。
『っ! ……ああ。――っリア!』
閉じた目蓋の裏、リンを見つけた時の必死な声と、今の泣き顔のような笑顔を向けてきた陛下を思い出す。
『リア、君にはただ、私の無償の愛を受け取ってほしい』
リンが孤独にもがいた時間と同じだけ、陛下はカメリアに恋い焦がれていたのか。
――でもそれは、一度目の。
あの時、もう会えないと抱いた淡い気持ち。二度目の生で、リンはその気持ちに蓋をした。
汚れた自分には、ふさわしくないとリンは自ら手離したのだ。
「……陛、下。私はもう、カメリア・ジェンティアンでは、ないんです。
出会った時の令嬢ではないんです。陛下の愛した人物とは、違――っ!」
流れる涙を拭わず、まっすぐに陛下を見つめてリンが叫べば、言い終わる前に口を塞がれた。
「……んん!」
それが口づけだと、リンは遅れて気づいた。
陛下の肩をドンと叩くけれど、リンに覆い被さった彼はびくともしない。
息を詰め、思考が溶かされたリンの手から力が抜けた頃――陛下はようやく、リンを解放した。
「違わない。リアも、リンも、私は、君の全てを愛している。私を恨んでくれていい。その気持ちごと、私は君を受け入れる」
リンの言葉を真っ向から、瞳に熱を宿した陛下が否定した。
あなたにおすすめの小説
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く
魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」
帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。
混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。
ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。
これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!