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悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる

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大きなホールには使用人や兵士などたくさんの人がいたが、晩餐会の参加者と思われる紳士淑女は限られていた。

その中には儀礼用の軍服に着替えたファレルの姿もあった。濃紺の胸元にいくつもの勲章が輝いている。


「待ちかねていたぞ、二人とも」


ホールの中央に集まっていた人の輪から、背の高い男性が歩み寄ってくる。

メイヴィスは彼の正体に気付き、淑女の礼を取った。


「本日はこのような素敵な会にお招きいただき、ありがとうございます」

「こちらこそ、急な誘いに乗ってもらって悪かった。私はロレンス・レアード。ヴィンセントの一番上の兄だ」

「お初にお目にかかります。メイヴィス・ジーン・レアードでございます」


艶やかなダークブラウンの髪を撫でつけて、ぴしりと凛々しいが、末弟より柔和な雰囲気をしている。
ロレンスも身長はヴィンセントとほぼ同じで、がっしりとした体格をしていた。他の兄弟たちと同様、彼もまた煌めくグリーンガーネットの瞳だ。

ブラックタイに濃紺のタキシード。襟元とウェストコートは黒い。

その姿を見て、メイヴィスはレアード領のナショナルカラーがネイビーであることに気付いた。客間から見た海の波間を思い返す。


「次期領主様へ、お祝い申し上げます」


隣に立つヴィンセントがメイヴィスの腰に手を回して言った。彼に倣い、メイヴィスも「おめでとうございます」と微笑む。


「ありがとう。二人こそ結婚おめでとう、幸せそうでなによりだ。それから、おかえりヴィンス。よく戻ったな」

長兄の言葉に、ヴィンセントは「ああ」と目を細めた。

「ただいま、ロン。いま戻った」


ヴィンセントにエスコートされ、メイヴィスは広間の中央に用意された晩餐のテーブルに腰を下ろす。
横に長いテーブルの真ん中に並んで座り、その両脇を他の参加者が続く。


まずはヴィンセントの右隣に、長兄ロレンスと彼の妻のケイトが。その向かいには二人の子供たち。男の子のアレクと女の子のモナは年子の兄妹だ。

メイヴィスの左隣には、レアード商会の副会頭であるラニーと、レアード商会本店の店長だというジャレット。

彼らの正面に、次兄ファレルと彼の妻のベラ。ベラはお腹が大きく、そしてなんとマヤの姪だった。「同じジーンね」と微笑まれる。


そしてメイヴィスとヴィンセントの真向かいに、辺境伯夫妻で三兄弟の両親である二人が。ベルナルド・レアードとその妻のアミラ・レアードが座る。


「あ……!」


そこでメイヴィスはようやくこの晩餐会がただの夕食会でないことに気付いた。

白いクロスに、白いナフキン。銀の食器類。
自身の白い華やかなドレスも、ヴィンセントのホワイトタイの意味も。


ヴィンセントの親族に囲まれて、義家族との顔合わせ――いいや、これは結婚の祝賀会だ。


反射的に隣に座る夫を見上げ、メイヴィスの頬がぱっと染まった。ぷるぷると小さく震えている。それを見て、ヴィンセントもやわらかく笑み崩れた。

新婚夫婦の甘やかな様子に場が華やかに和む。


「ヴィンセントのそんな笑顔はいつ振りでしょう。メイヴィスと呼んでいいかしら?」


メイヴィスに向けて、母・アミラが微笑む。


「はい、よろしくお願い致します…」


三兄弟の母親でさらに孫もいるとはとても思えない、たおやかで美しい人だった。メイヴィスはどきどきと胸を押さえる。


すると今度は、父・ベルナルドが。


「まったくお前はいつも勝手をする」


ヴィンセントへ厳しく告げた。

艶やかな黒髪に明るいグリーンの瞳。
ヴィンセントとまったく同じ色合いの壮年の紳士だ。がっしりとして逞しく、蓄えた髭がいっそう威厳を増している。

メイヴィスは緊張に打ち震えた。
この婚姻には反対だったのかもしれない。当然だ。勢いと思惑に任せた結婚なんて、親として認められるわけがない。


「申し訳ございません」

「本当にお前は。学生の頃も後見人の伝手を使って勝手に隣国に留学してしまうし、もっと親らしいことをさせろ」


ところが、ヴィンセントへの小言はメイヴィスが思っていたものとは少し違った。


「では父上、僭越ながらひとつお願いがあるのですがいいでしょうか」

「なんだ、言ってみろ」

「それはまた後程」


ヴィンセントが軽く告げると、ベルナルドは「仕方ないな」と頷く。


「後で話せ」

「いいんですか、父上。ヴィンスは何を頼んでくるかわかりませんよ」


ファレルが横から口を挟む。
その目は三日月形に歪んでいて、他からもそうだそうだと笑んだ声で同意が上がる。ベルナルドは軽く咳払いをして「いいんだ」と言った。


「――ヴィンセント、メイヴィス、結婚おめでとう。急なことで確かに驚かされたが、私たちは全員二人の幸せを切に願っている。幸せになれ」


ベルナルドの低く穏やかな声をきっかけに祝福の声が注ぐ。それはテーブルを越えて、使用人や兵士たちからも届いた。

メイヴィスは込み上げるものを堪え、潤む目を伏せて胸を押さえる。

「…ありがとう、ございます…」

震える声で答えるその姿をヴィンセントは愛情深く見守った。



***
「そういえばずいぶん髪が短いな?」


祝いの席が穏やかに進む中、ロレンスが言う。


「あ、えっと、実は……」

メイヴィスは言葉に詰まってしまった。

髪を切ったことに悔いはないが、淑女らしくないと言われてしまうだろうか。なんと説明しよう、と躊躇うその後をラニーが続いた。


「この髪は姫様のヴィンセントへの愛なんですよ」


ラニーと、それからジャレットは、ヴィンセントとは長い付き合いらしく、同じだけレアード一家とも古くから親しくしているそうだ。次期領主であるロレンスに話しかけるラニーはとても気安い。


「ヴィンセントに横恋慕するマダムがいまして、髪が美しいから選ばれたんだろうなんて嫉妬をされて、姫様は髪を切って対抗したんですよ」


驚いた声が上がる。


「それはまたなんというか、豪胆だな」

「あら、レアード商会の会頭の奥様ですもの。それくらいでちょうどいいんじゃないかしら」


「ねえ?」とケイトに微笑みかけられて、メイヴィスも曖昧に頷く。


「でもその髪型かわいいわよ。よく似合っている」

「ええ。長い髪のメルも美しいけれど、短い髪のメルもまた格別だ」

「つまりヴィンセントは姫様ならなんでも好きってことですね、ご馳走さまです」


ベラの言葉にヴィンセントが同意して、すかさずジャレットが指摘する。メイヴィスはじわじわと顔を熱くさせた。照れてしまう。困るからやめてほしい。


「かわいい、妖精さんみたい!」

「お姉さんきれいだからぼくとも結婚して?」


極めつけは子供たちだ。
モナはともかく、アレクの台詞にはすぐさま「だめだ」と大人たちが嗜めにかかる。


「ふふ、ふふふ」

メイヴィスは耐えられず、赤い顔を押さえて笑ってしまった。幸せそうに。

あたたかい家族の形が優しくて堪らなかった。
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