61 / 67
悪役令嬢は悪徳商人を捕まえる
22
しおりを挟む
「ひどいよ、どうしてこんな楽しいことをもっと早く教えてくれないのかな」
「あなたに伝えていたら、厄介なことがもっと厄介になっていました。また内政干渉と言われますよ」
「ふふ。あったねえ、そんなことも」
コン、とチェス盤の上でキングが倒される。
「チェックメイト」
「うわっ、また負けた」
「まだまだだな、ヴィンセント」
レアードの沖合いに豪華な大型船が停まっている。潮風にはためく船旗。隣国からの外航船だ。
「では、新生レアードの宰相殿にお祝いを申し上げようか」
ヴィンセントは少し身構える。
「…なんですか」
「じゃん!我が国との友好国の証だよ!」
取り出された公式証書には確かにレアードを友好国と認める旨が記載されており、ほっとする。
「ああよかった。独立早々、属国にされるのかと思いました」
「しないよ、そんなこと」
あはは!と楽しげに笑うのは隣国の外務大臣だ。
「こっちがレアードを飲み込んだら向こうが黙ってないし、向こうがレアードを潰したらこっちも黙ってないよね。それに商会は上手に大きくなった。他の国ともいい距離を保っているから、諸外国の目も十分にある」
「おかげさまで、方々から祝福をいただいております」
「それは商会に?それとも国に?」
「レアードに、です」
ヴィンセントはにっこりと笑う。
「モンタールド侯、今後とも我らレアードとどうぞご贔屓に」
メイヴィスは大きな船からヴィンセントに続いて降りてきた賓客に麗しく淑女の礼を取る。
「ごきげんよう、夫人。どこかで会ってないかな」
「ご冗談を。初対面でございますよ」
肩につかない短い白金色の髪を揺らして微笑む。
メイヴェルならば、隣国の外務大臣とも公務で挨拶をしたことがある。けれど彼女はメイヴィスだ。
「そうか」と楽しそうに笑った紳士はヴィンセントとは旧知の仲で、揃って商会の本店へと向かった。
「メイヴィス」
振り返ると、盛装した軍服姿のベルナルドがアミラと腕を組んでいる。
「お義父様、お義母様」
メイヴィスも笑みを浮かべて近付く。
「メイヴェル、ヴィンセントを繋ぎ止めておいてくれてありがとう」
「あなたにはずっとお礼を言いたかったのよ」
「え……?」
メイヴィスは目を瞬かせた。
「モンタールド外務大臣は他国の貴族だというのに、ずっとレアードに協力してくれていた。ヴィンセントの商会がここまで大きくなったのも彼が後ろ楯となってくれたおかげだ。そして商会のおかげで今のレアードがある」
ベルナルドが切なそうに息子の背中を見遣る。
「ヴィンセントは学生の頃、留学という形で隣国の学校に進学した。そのとき後見人になってくれたのが大臣だ。ヴィンセントは立派になって帰ってきたし、感謝もしているが、少々複雑な思いもある」
モンタールド卿は過去の敵国の政治家だ。
そんな相手に息子を預けたことも、知識や技量を吸収して戻ってきた息子が矢面に立ち、結果レアードを独立に導いたことも。
「父として何をしてやれただろうか、と思うときがある」
苦味を湛えて呟いたベルナルドは、そしてメイヴィスを見た。
「メイヴェル、あなたがいなかったら息子はとうに隣国に取られていただろうし、王国はもっと早くに崩れていただろう」
「ヴィンセントはずっとあなたのためにと行動してきたから、ぎりぎりで踏み止まってきたのよ」
実力行使は容易だ、と言ったヴィンセントの背景が窺える。
「そうだったんですか…」
メイヴィスは軽く目を伏せ、そして顔を上げる。
「ですが、ごめんなさい。それはメイヴェル嬢のことです。わたくしはメイヴィスですから、ヴィンセントの側にいることしかできません」
ヴィンセントはメイヴィスのものだ。
それは変わらないし、変えさせない。
にこりと笑った表情は妖精のように美しく、宝石のように煌めいて、そして花のように強かった。
***
南の辺境領は正式に王国から独立を果たし、レアード公国と名を変えた。街はどこもお祭り騒ぎだ。
宮殿では盛大なパーティーが執り行われ、ロレンス・レアードが国主としてお披露目される。
公国が抱える軍部を仕切るのは、変わらずファレル・レアード総司令官。そして新しく創設された宰相の地位には、ヴィンセント・レアードが任命された。
ヴィンセントが宰相になったことで、レアード商会の会頭にはラニーが就任し、ジャレットは副会頭となった。
三兄弟が興した新しい国は、小さいながらも隣り合うそれぞれの国と巧みにバランスを取って共存していく。商会は公国の両輪のひとつとして、他国と関係を深めながら、ますます発展するのだろう。
メイヴィスはそれらを眩しく、誇らしく思った。
「あなたに伝えていたら、厄介なことがもっと厄介になっていました。また内政干渉と言われますよ」
「ふふ。あったねえ、そんなことも」
コン、とチェス盤の上でキングが倒される。
「チェックメイト」
「うわっ、また負けた」
「まだまだだな、ヴィンセント」
レアードの沖合いに豪華な大型船が停まっている。潮風にはためく船旗。隣国からの外航船だ。
「では、新生レアードの宰相殿にお祝いを申し上げようか」
ヴィンセントは少し身構える。
「…なんですか」
「じゃん!我が国との友好国の証だよ!」
取り出された公式証書には確かにレアードを友好国と認める旨が記載されており、ほっとする。
「ああよかった。独立早々、属国にされるのかと思いました」
「しないよ、そんなこと」
あはは!と楽しげに笑うのは隣国の外務大臣だ。
「こっちがレアードを飲み込んだら向こうが黙ってないし、向こうがレアードを潰したらこっちも黙ってないよね。それに商会は上手に大きくなった。他の国ともいい距離を保っているから、諸外国の目も十分にある」
「おかげさまで、方々から祝福をいただいております」
「それは商会に?それとも国に?」
「レアードに、です」
ヴィンセントはにっこりと笑う。
「モンタールド侯、今後とも我らレアードとどうぞご贔屓に」
メイヴィスは大きな船からヴィンセントに続いて降りてきた賓客に麗しく淑女の礼を取る。
「ごきげんよう、夫人。どこかで会ってないかな」
「ご冗談を。初対面でございますよ」
肩につかない短い白金色の髪を揺らして微笑む。
メイヴェルならば、隣国の外務大臣とも公務で挨拶をしたことがある。けれど彼女はメイヴィスだ。
「そうか」と楽しそうに笑った紳士はヴィンセントとは旧知の仲で、揃って商会の本店へと向かった。
「メイヴィス」
振り返ると、盛装した軍服姿のベルナルドがアミラと腕を組んでいる。
「お義父様、お義母様」
メイヴィスも笑みを浮かべて近付く。
「メイヴェル、ヴィンセントを繋ぎ止めておいてくれてありがとう」
「あなたにはずっとお礼を言いたかったのよ」
「え……?」
メイヴィスは目を瞬かせた。
「モンタールド外務大臣は他国の貴族だというのに、ずっとレアードに協力してくれていた。ヴィンセントの商会がここまで大きくなったのも彼が後ろ楯となってくれたおかげだ。そして商会のおかげで今のレアードがある」
ベルナルドが切なそうに息子の背中を見遣る。
「ヴィンセントは学生の頃、留学という形で隣国の学校に進学した。そのとき後見人になってくれたのが大臣だ。ヴィンセントは立派になって帰ってきたし、感謝もしているが、少々複雑な思いもある」
モンタールド卿は過去の敵国の政治家だ。
そんな相手に息子を預けたことも、知識や技量を吸収して戻ってきた息子が矢面に立ち、結果レアードを独立に導いたことも。
「父として何をしてやれただろうか、と思うときがある」
苦味を湛えて呟いたベルナルドは、そしてメイヴィスを見た。
「メイヴェル、あなたがいなかったら息子はとうに隣国に取られていただろうし、王国はもっと早くに崩れていただろう」
「ヴィンセントはずっとあなたのためにと行動してきたから、ぎりぎりで踏み止まってきたのよ」
実力行使は容易だ、と言ったヴィンセントの背景が窺える。
「そうだったんですか…」
メイヴィスは軽く目を伏せ、そして顔を上げる。
「ですが、ごめんなさい。それはメイヴェル嬢のことです。わたくしはメイヴィスですから、ヴィンセントの側にいることしかできません」
ヴィンセントはメイヴィスのものだ。
それは変わらないし、変えさせない。
にこりと笑った表情は妖精のように美しく、宝石のように煌めいて、そして花のように強かった。
***
南の辺境領は正式に王国から独立を果たし、レアード公国と名を変えた。街はどこもお祭り騒ぎだ。
宮殿では盛大なパーティーが執り行われ、ロレンス・レアードが国主としてお披露目される。
公国が抱える軍部を仕切るのは、変わらずファレル・レアード総司令官。そして新しく創設された宰相の地位には、ヴィンセント・レアードが任命された。
ヴィンセントが宰相になったことで、レアード商会の会頭にはラニーが就任し、ジャレットは副会頭となった。
三兄弟が興した新しい国は、小さいながらも隣り合うそれぞれの国と巧みにバランスを取って共存していく。商会は公国の両輪のひとつとして、他国と関係を深めながら、ますます発展するのだろう。
メイヴィスはそれらを眩しく、誇らしく思った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
924
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる