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へえ、と乗り気な五曜につられてケースを覗き込む。きらきらした金色が眩しい。
「あ、これ」
「どれ?」
つるりとなめらかな輝きを放つシンプルな指輪を示すと、「いいね」と同意が返ってきた。
「お試ししますか?」
試用品を指に嵌めて、互いの薬指で光る金の輝きにため息が落ちる。
「こみつに馴染んでいるね」
「五曜様もよくお似合いです」
自分の指で試しながら相手の感想を言い合う。店員は微笑んでいた。
「お連れ様は婚約者様ですか?婚約指輪もいかがでしょう?」
「いや、わたしたちはもう入籍済みなんだ」
「そうでしたか、おめでとうございます」
店員に頷き返しながら五曜が振り返る。
「でもこみつ、何か気になってたよね?どれ?」
「あ……」
気付いていないと思ってたのに。
でもあの指輪をもう一度見たくて後ろを見やると、「向こう?」と促される。
「こみつらしいね。よく似合ってる、かわいい」
それで結局、真珠の指輪も試すことにした。
かわいいかわいいと五曜は大喜びで、でも実際、華やかな色の総柄の着物を着たこみつにしっくりと馴染んで似合っていた。指の寸法を測ってもらい、ちょうどいいサイズがあったため購入してそのまま指に嵌めていく。
「いいものがあってよかったね」
「ありがとうございます」
揃いの金の指輪は取り寄せの後、刻印してくれるそうだ。出来上がったら連絡をくれるらしい。
手の上で輝く白い真珠に感嘆が落ちる。きれい。かわいい。素敵。
「すごく素敵です。でもあんなに高価な指輪をいくつも買っていただいて、すみませんでした」
「こみつ」
五曜が強い声でこみつを呼ぶ。
「謝らないで。私がこみつにしてあげたかったんだから。それに」
店を出てすこし。先程より人気は減っているとはいえ、往来でこみつの顔に影が落ちる。唇に重なる淡いぬくもり。
「ちゃんと報酬はもらうから」
「ご、ごご五曜様…っ!!」
真っ赤になって慌てふためくこみつ。ここをどこだと思ってと怒るが、五曜は「はは」と笑うばかり。
「誰も気にしちゃいないよ」
「五曜様っ!」
こみつがいてくれれば五曜は無敵だ。
小さな手を取ってしっかりと繋ぐ。こみつからもきゅっと握られ、離れる様子はない。それだけで気分は最高潮。
「こみつ」
何度呼んでも甘いと五曜は思う。
こみつはこみつで、なんて甘い声で呼ぶのだろうといつも思う。
「北辰が私たちのお祝いに来たいんだって。呼んでもいいかな」
「北辰様が……?」
***
元々、北辰は五曜とこみつの結婚祝いに駆けつけるつもりだったらしい。
新婚の蜜月を邪魔するわけにはいかないと時期を見ているうちに、何故かこみつは五曜の実家に行ってしまった。添島の本家にまで行って祝福するのもおかしな話だとさらに様子を見て、それでようやく二人が屋敷に戻ってきたため、先頃、北辰から打診があったと五曜は言う。
そういうことなら、とこみつは頷いた。異を唱える理由はない。
その日、浅紫色の着物を着たこみつは朝からそわそわしていた。右手の薬指には五曜からもらった真珠の指輪を嵌めている。やわらかい輝きに心が落ち着く。
この屋敷で客人をもてなすのははじめてのことだ。椿は別にして。
うろたえる女主人を使用人たちは落ち着いて支えた。改めて人を入れ替えてよかったと心強く思う。以前の女中たちがいる前で北辰を呼んでいたらどうなっていたことやら。
北辰はこみつの幼なじみで、こみつはずっと彼を慕ってきた。頼りがいのある兄として。男らしくて立派な異性として。
それが恋だと認めた後はますます彼にのめり込んで、彼以外に目を向けることは考えもしなかった。でも、この想いが報われることはないとどこかでわかっていた。こみつを見る北辰の目はいつだって妹に向けるようなそれだったから。
―――やさしいけれど、熱はない。
甘くやさしく、いっそ頼りないほどなのに、驚くほどの熱量に満ちた瞳を知ってしまったいまでは物足りなさを覚えるだろう。
それでも五曜と北辰なら、こみつの好みはまだ北辰に軍配が上がっている。
「あ、これ」
「どれ?」
つるりとなめらかな輝きを放つシンプルな指輪を示すと、「いいね」と同意が返ってきた。
「お試ししますか?」
試用品を指に嵌めて、互いの薬指で光る金の輝きにため息が落ちる。
「こみつに馴染んでいるね」
「五曜様もよくお似合いです」
自分の指で試しながら相手の感想を言い合う。店員は微笑んでいた。
「お連れ様は婚約者様ですか?婚約指輪もいかがでしょう?」
「いや、わたしたちはもう入籍済みなんだ」
「そうでしたか、おめでとうございます」
店員に頷き返しながら五曜が振り返る。
「でもこみつ、何か気になってたよね?どれ?」
「あ……」
気付いていないと思ってたのに。
でもあの指輪をもう一度見たくて後ろを見やると、「向こう?」と促される。
「こみつらしいね。よく似合ってる、かわいい」
それで結局、真珠の指輪も試すことにした。
かわいいかわいいと五曜は大喜びで、でも実際、華やかな色の総柄の着物を着たこみつにしっくりと馴染んで似合っていた。指の寸法を測ってもらい、ちょうどいいサイズがあったため購入してそのまま指に嵌めていく。
「いいものがあってよかったね」
「ありがとうございます」
揃いの金の指輪は取り寄せの後、刻印してくれるそうだ。出来上がったら連絡をくれるらしい。
手の上で輝く白い真珠に感嘆が落ちる。きれい。かわいい。素敵。
「すごく素敵です。でもあんなに高価な指輪をいくつも買っていただいて、すみませんでした」
「こみつ」
五曜が強い声でこみつを呼ぶ。
「謝らないで。私がこみつにしてあげたかったんだから。それに」
店を出てすこし。先程より人気は減っているとはいえ、往来でこみつの顔に影が落ちる。唇に重なる淡いぬくもり。
「ちゃんと報酬はもらうから」
「ご、ごご五曜様…っ!!」
真っ赤になって慌てふためくこみつ。ここをどこだと思ってと怒るが、五曜は「はは」と笑うばかり。
「誰も気にしちゃいないよ」
「五曜様っ!」
こみつがいてくれれば五曜は無敵だ。
小さな手を取ってしっかりと繋ぐ。こみつからもきゅっと握られ、離れる様子はない。それだけで気分は最高潮。
「こみつ」
何度呼んでも甘いと五曜は思う。
こみつはこみつで、なんて甘い声で呼ぶのだろうといつも思う。
「北辰が私たちのお祝いに来たいんだって。呼んでもいいかな」
「北辰様が……?」
***
元々、北辰は五曜とこみつの結婚祝いに駆けつけるつもりだったらしい。
新婚の蜜月を邪魔するわけにはいかないと時期を見ているうちに、何故かこみつは五曜の実家に行ってしまった。添島の本家にまで行って祝福するのもおかしな話だとさらに様子を見て、それでようやく二人が屋敷に戻ってきたため、先頃、北辰から打診があったと五曜は言う。
そういうことなら、とこみつは頷いた。異を唱える理由はない。
その日、浅紫色の着物を着たこみつは朝からそわそわしていた。右手の薬指には五曜からもらった真珠の指輪を嵌めている。やわらかい輝きに心が落ち着く。
この屋敷で客人をもてなすのははじめてのことだ。椿は別にして。
うろたえる女主人を使用人たちは落ち着いて支えた。改めて人を入れ替えてよかったと心強く思う。以前の女中たちがいる前で北辰を呼んでいたらどうなっていたことやら。
北辰はこみつの幼なじみで、こみつはずっと彼を慕ってきた。頼りがいのある兄として。男らしくて立派な異性として。
それが恋だと認めた後はますます彼にのめり込んで、彼以外に目を向けることは考えもしなかった。でも、この想いが報われることはないとどこかでわかっていた。こみつを見る北辰の目はいつだって妹に向けるようなそれだったから。
―――やさしいけれど、熱はない。
甘くやさしく、いっそ頼りないほどなのに、驚くほどの熱量に満ちた瞳を知ってしまったいまでは物足りなさを覚えるだろう。
それでも五曜と北辰なら、こみつの好みはまだ北辰に軍配が上がっている。
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